俺が二股恋愛をしない理由(実録風フィクションエピソード)
※ このお話はフィクションです。
俺は山野仁(仮名)、どこにでもいるシャカイジンだ。……というと物語的にはつまらない始まりに思えるだろう。だがしかし……、考えてもみてくれ。ここで俺の特徴や性格の描写を一々したところで、一体なんのメリットがあろうか。せいぜい俺の身バレの危険が高まるくらいだ。万一そうなれば、俺の実名SNSアカウントは火あぶりの刑だ。裏垢も友達フォローしてるから簡単に見つけ出されてフラッシュオーバーだ。……すまん不謹慎がすぎた。
俺が二股恋愛をしない理由、それは簡単だ。過去に痛いめに遭ったからだ。そのときのことを話そう。時は、俺の学生時代までさかのぼる。
俺には当時、二人の恋人がいた。彼女たちを仮に「相川真純」「熊田佳恵」と名付けよう。いや、「当たり前のように言うな、どういうわけでそうなったか事情を説明しろ」という糾弾はやめてほしい。とにかく俺は二股をかけていたんだ、それは認めざるをえない。だがしかし、その経緯をいま、第三者の君たちに一から十まで説明する責任が俺にあるとは到底思えないハイロンパッ……なんて強気に出てみようかとも思ったが、あいにく俺は、この件に関してはそういう余裕を持ち合わせてはいないのだ。
ある日曜日。この日はカンカン照りの暑い夏の日だった。蝉がジージー鳴いていて……、いや、待ってくれ。まだ本題に入る気になれないんだ。ああ、思い出すと汗が……、そう、あの日は暑くて暑くて、待ち合わせの十五分前に駅前の犬の像の前についてしまった俺は、汗だくだったんだ。こんな状態で佳恵に会うのかよ、あーカッコわり……なんて思ってたわけだ。
ああそう、待ち合わせというのは……、ああ、これの説明をするには、面倒なんだが前の週の水曜か木曜の夜までさかのぼらねばならん。
たぶん水曜だったと思う。……そうだ、あの日は大学で、毎週水曜のくっだらない講義があって、不運にも同じ講義を取っていた真純とノートのラクガキを見せ合ったり、居眠りをしたりして時間をつぶしていたのだから……。
夜、俺の携帯が鳴った。メールだ。
見ると、差出人欄には「熊田佳恵」の名があった。
―― 日曜あいてるぅ?
よしきた、とばかりに俺は返信をして、デートの約束を取り付けたのだった。
さて、日曜日。俺は汗ばんだ肌のまま、三十分間待ちつづけた。途中、「まだ〜?」という件名のメールを二回ほど送った。
外に出てすぐに汗をかき始め、待ち合わせ場所に着いたのが指定の時間十五分前……とすると、佳恵は十五分も遅れたことになる……と言いたいところだが、このときやってきたのは佳恵ではなく、なんとも悪いことに、もう一人の恋人、真純だった。
ちなみに俺は……いや、ちなみにというか、これを言っておかないと君たちが混乱するだろうから言っておくのだが……、佳恵にも真純にも、二股をかけていることを話していなかった。普通そうだろう、と思うやつもいるだろうが、じっさい友達の例がある。俺の友達は二股をかけていたとき、一方にはその事実を告げていた。この友達とその恋人たちを仮に……名付けても今後話に出てこないので、意味のないことはひかえて話を悪夢の本筋に戻す。
「あれ、仁くんだあ」
「まままままままっ、真純っ?!」
「ねえ、こんなとこ突っ立ってるってことは、暇なんでしょ。だったら遊び行こうよ」
いやいや、待ち合わせスポットなんだから……とつっこもうとしてやめた。そんなことをしたら、
「待ちあわ……、誰と?」
と訊かれるに決まっている。それに……これは後から思ったことだが……、真純が登場した時点でかなり動揺していた俺には、「友達だとかなんとか言って適当に誤魔化す」というミッションを成し遂げる余裕など到底なかった。
結局俺は、佳恵との約束を反故にして真純とデートすることを選んでしまった。……いや、「どういう神経してんねん」という糾弾はやめてくれ、俺は……、よし白状しよう、俺はほんとうに、ほんとうにこの件に関しては反省しているのだ……。
真純と行ったのは映画館だった。コグマが街で大暴れをするコメディ映画で、俺と真純はゲラゲラ笑った。これはいい映画だった。
でもちょっと残念だったのは、終盤のちょっとした感動シーンのときに真純がトイレへ行ってしまったことだった。
「もー、先にしとけよ。いいシーンだったんだぞー」
そう言って口を尖らせると、真純はかわいく「てへぺろ」をしてみせた。ああ……、モータマランカッタヨアレハ……。
そうして俺は、「佳恵の洋服選びに付き合うよりも、こっちのほうが良かったのかもしれないな」と、そんなことを思った……思ってしまった……のであった。
帰りの電車で、俺はメールを見た。
―― 件名「Re:まだ〜?」
……ん? ああ、佳恵か。適当に言い訳を……って、あれ、おかしいぞ? 差出人が「相川真純」になっている……。
―― ふふふ、仁くん気づいた〜? それとも、まだ〜?
こ、これは……?
さあ、どうしたことか。ちょうどそのとき、俺をさらに混乱させるメールが届いた。
―― 件名「は?」
差出人、熊田佳恵……。
―― なんなの、今日は楽しかったって知るかそんなの。こっちはバイトだ。
しかも女だけじゃなく熊も写ってるし嫌がらせ、ぶっ飛ばすよ?
熊田で悪かったなかわいい熊ちゃんじゃなくて悪かったなあばよクズ。
女と熊が、写ってる……?
たしかに俺は、上映前にコグマのキャラクターパネルの前で真純と写真を撮ったのは覚えているが、そのあとすぐに真純にメールで送って……。
俺はもう、なにがなんだかさっぱりわからず、気づいたら電車は見知らぬ駅に停車していた……。
さて、おわかりだろうか。
真純の仕組んだ壮絶な復讐劇の一部始終……、もう、どこでバレたかなんてこの際どうでもいい、俺に二股なんて、到底無理だったんだ調子乗ってたんだこのバカ最低この野郎……、ああ……っ!
講義中の居眠り、映画館での無用心、そして、差出人の登録名だけを見てアドレスを確認しなかった無用心、というよりそうかこれ電話帳に登録してある名前ってあとから編集で変更できたんだああ俺はもう、ああ、アア……ッ……。
いや、そもそもの話、二股をしたのがいちばん悪い。
俺は誓った。金輪際、二股恋愛はしないと。
こんどは真純のやつ、どんな手段に訴えるかわからんからな……。