9 私、更に感動しましたわ!
10話で、少しだけ村の秘密が明らかになります!(予定)
「ふふっふー。」
私はこのように鼻歌を歌いながら、るんるん気分で歩いていた。勿論右手に本を大事に抱えて、左手はユートに握られている。目的地は全く検討も付かなかったし、気にならない訳ではないが、私は本がこの手の中にある事に感動し、そしてかつてないほどに喜んでいたので、心持ちはそちらにだいぶ傾いていた。
前にも話した気がするが、この村で本を読む光景など全くと言って想像できないが故に、私は早々に諦めていたのだ。それが今、私の手の中にあるのだ。児童書と言っていたが、私は勿論児童書も大好きだし、今の年齢から見ても何ら問題はない。
何よりも、前世で普通の人以上には本を読んで来たと言う自信があるが、まさかこちらの世界の物語を読めるとは思っていなかったので、心が弾んだ。「魔法があるようなこの世界ではどんな想像の話があるのだろうか?日本人では考えもつかないような話などもたくさんあるのだろうか?」と、どんどん私の想像が膨らんでいく。
それに聞いた話ではユートに渡された、この児童書はとても馴染みの深いお話らしく、小さい子の子守唄や、話聞かせなどに良く用いられているらしい。もちろんだけど、「悪魔の心臓引っこ抜き〜」などと言うこの村の歌は例外だ。
私は早く読みたくて仕方がなかったし、その為に文字だって全力で覚える所存である。日本では特に物語が好みであったが、どんなジャンルでもとても興味があった。いくら読んでも次々に出てしまうので、好きなジャンルに走りがちであるが、それでも色々な本を読んで見たいと昔から思っていた。
だからこの世界では、もっともっと色々読んでこの世界の事を知りたいし、楽しみたい。友達ができたからと言って、好きなものが変わる訳ではなかった。本に逃げていたのも事実であったが、それでも本が好きだったのだと改めて思った。それに前世で言うファンタジーな世界だ。教科書のような歴史書を読んでも魔法が溢れていて、とても楽しいものかもしれない。そう思うとやはり、私のワクワクは増えていく一方であった。
「ヴィネア、喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっとこっち向いて、俺の話を聞いてくれないかな?」
ユートがこちらを向いて、立ち止まった。向かい合って、交差された瞳はとても真剣で、私も素直にコクッと頷いた。
「ええ、分かったわ。」
そう言って何気なく周りに目を向けると、今までと違い、ものが何も置いてなかった。たったひとつ、大きな ” 門 ” を除いては。それは3メートルをゆうに超え、金の淵に水色のような黄色のような、それでいて深い青のような不思議な色で、とても綺麗だった。模様と言うよりは、色が混ざり合わないで重なっているように見える。それも不気味ではなく、とても優しくキラキラした海のようだった。
「あぁ、気づいたね。そう、これについて説明したかったんだよ。」
「…これは、門かしら?とても、とても大きいわね。」
「これは、ある場所へと繋がってる門なんだ。この門に入った時の諸注意だからちゃんと聞いてね。3つだけだよ。
一つ目、絶対に止まってはいけない。
二つ目、呼吸を止めてはいけない。
三つ目、目を瞑ってはいけない。これだけは守ってほしいな。」
ユートがこの門についての諸注意を話してくれるけど、全くついていけない。取り敢えず頭で反復しては見るが、何が何だか…。
「えーと?ついてけないわ。ユートとこの門をくぐると、別の場所に行けるってこと?」
「そうだよ。それに俺が言った事を守ってくれれば、大丈夫だから、安心して。それに守れなかったとしても、俺がなんとかするから絶対大丈夫!」
「そ、それは心強いわね。連れてきたかったのは、ここでは無くて、門に入った先って事?」
心強いのは確かだが、正直チキンな私にはハードルが高すぎると思う。それに諸注意を言われた時点で危なさがプンプンしているものだから、私の警戒心もより強くなっている。いくら安全だと言っても未知の門を開け、そこに入って行く勇気は私は持ち合わせていなかった。
「そうだね、勿論ここにも連れて来たかったんだけど、それはあくまでこの門の為だったんだ。こんな大きいのを外には出せないからね。」
「そうだったのね、でもやっぱり怖いわ…」
私の行きたくないという思いを受け取ったのか、ユートは困ったような悲しそうな顔をした。その顔ずるいと思う!それでも私の返事を待っていてくれている。思わずユートから先ほど受け取った赤い本をギュッと抱きしめていると、ユートが私の両手そっと手で包み込んでくれた。
「大丈夫、俺がついてるから。」
3歳児の美形天使がこのような砂糖吐きそうなほどの甘いセリフを吐いているのに、私はそれに動揺もせずに、どうしようと、そんなことばかりを考えていた。私の手を引いて無理矢理連れて行くこともできるだろう、けれどそれをしないのはユートの優しさで…。
「わ、分かったわ。女は度胸よ!目を開けて、呼吸をしながらひたすら歩けばいいのね?」
うーんうーんと散々思い倦ねた後、私は遂に腹を括った。私は自分を褒めたいと思う、だって前世では考えられないもの!私は深呼吸をして、緊張を少しも隠しもせずにユートに告げた。
ユートはそれは嬉しそうな笑みを浮かべ、そして大丈夫だと言うように、私の左手をギュッと握りしめてを引き、ゆっくりと気遣うように門へと近づいた。
「ヴィネア行くよ!大丈夫俺が絶対に守るから。」
「う、うん!」
ユートが門を開けると、そこには何もなかった。てっきりワープでよくある虹色のようなものを想像していただけに驚きではあるが、『何もない』が『ある』と言うのも非現実的であるので、これはこれでそれっぽいと思った。
ユートは前を向いて、まるでスーパーに買い出しに行くような気軽さで前を歩いていた。そんなユートの頼もしさったらない。ビビっている自分が馬鹿みたいに思えて、私は先ほどよりも幾分軽い足取りで門の中へユートと手を繋ぎながら入って行った。それでもガチガチだし、諸注意をこれでもかと言うほど復唱していたのは言うまでもない。
5歩ほど何も無い空間を歩いた…との表現で合ってるかはや分からないが、とにかく歩いたらまず目に入ったのは眩しすぎる光だった。一瞬何も見えなくなったが、目が落ち着いてくると、そこには色取り取りの草花の絨毯がどこまでも広がっていた。
「どうかな?気に入ってくれると嬉しいんだけど。」
隣でユートが、私にニコッと笑いかけた。そして、わざとらしく草花達の方へ片手を広げて見せた。さながら道化師のショーの始まりのようである。
「す、凄い…っ、凄すぎるわ!!」
私は急いで駆け出し、その綺麗な花や草の楽園を見ようとした…ところで止まって、ユートの方をジッと見つめた。
ユートは、それに気づいて笑顔で「行っても良いよ。俺も後で行くから」と言って送り出してくれた。
「ユート、ありがとう…」
ヴィネアは、照れ臭そうにはにかみながらユートにお礼を言ったかと思うと、楽しそうに草原の中へ入って行った。花が咲いている手前に到着すると、ちょこんとしゃがみ込み、右手の人差し指で壊れ物を扱うかのようにそっと触れた。
そしてそれがわずかに揺れると、ヴィネアはそれは幸せそうに微笑むのだ。それをユートは満足そうに、そして愛おしそうに見つめている。周りには本当に沢山の綺麗な花が咲き誇っているのにも関わらず、彼の目にはヴィネアしか映っていない。
「本当っ、本当に綺麗で可愛いわね。貴方達、とっても素敵よ。」
私は目の前の花達にボソッと呟いた。私の眼下には見渡す限りの花の絨毯が広がっていたのだ。大きな花や小さい花、控えめに咲く花に目立つ花、まだ蕾だったりとどれも平等ではなかった。けれど私にはどれ一つでも欠けてはいけないような気がした。皆それぞれ違う魅力を持っていて、それらが合わさることでより素敵な景色を作り出している。それが集まっているからこその、私の見ている景色の全てで、一部なのだ。
飽きたわけではなかったが、いつの間にか隣で私を見ていたユートに手を引かれ花の中心の小道を通って小さな2人掛けのベンチに連れていかれた。そこに2人して座ると、私はそこから見るまた違った素晴らしい景色に感動したのだった。
先ほどまでは下からなだらかな丘に沿って生えている花々を眺めていたのだが、今度は上から見下ろす感じだった。お陰で見えてなかった花が顔を出し、私はさらなる高揚感を覚えた。
「ちょー綺麗…」
私がうっとりと花を眺めていると、ふと隣が気になった。グルっと、ユートの方を見ると、それはバチッと目があった。そして目をそらすこともなくユートは私をガン見していた。
「ユート?」
私は訳がわからなくて、首を傾げた。するとユートは夢の中から帰ってきたかのように「ハッ」とし、そしてすぐに首を振って視線を下に落とした。耳が真っ赤であったのが気になるが、きっとぼーっとしてたのが恥ずかしかったのだろう。
「ヴィネア、気に入ってくれた?」
「もちろん!!とっても綺麗だし、草原に花なんて初めて見たわ!とっても素晴らしいし、嬉しいし、感動したし。こんなに綺麗な景色、私初めてよ!」
ユートが下を向いたまま私に質問をしたので、私が「もちろん」と即答をし、両手をブンブン振りながら、興奮気味に感想を述べると、ユートは顔を上げてこちらを見た。
「それは…良かった。」
そして、それは安心したかのように、良かったと言って私に微笑みかけた。天使と言われても誰もが納得するような美しさを持つその顔で微笑まれると、私はやはりドキリとした。それを振り払うかのように私は続けた。
「どうして今日、こんな素晴らしい所に私なんかを連れてきてくれたの?」
「今日はヴィネアの誕生日でしょ。」
ユートは当たり前のことを言うようにそんな言葉を口にした。私はそれで一瞬で理解した。ここにある全て、いいやここまでにあった今日の出来事全ては私の為のものだったのだ。彼がこうして素敵な場所を見つけて、移動手段を用意して、そして私にそれを見せてくれたのだ。
私達の村周辺に草原なんて出来るはずがないし、転移の魔法なんてそう簡単に使えるものではない。それも他人も一緒になんて…私だったら考えただけで一日寝込みそうなほどに複雑な魔法式だと言うことは私にもわかる。
自惚れかもしれない。けれど今だけは私の為にこの景色を見せてくれたユートの優しさを感じていたいと思った。幻でもいい、一瞬だけでもいい。だから今だけはどうか、彼の隣でこの景色を目に焼き付けたいと思った。
そう思ったのに…私の頬に温かい液体がスッと滑り落ちた。視界が歪んで見えなくなった。『涙』だと、理解した時には既に遅く、ヒクッと可愛くもないひゃっくりを上げて泣いた。ありがとうと言いたいのに、涙と過呼吸がそれを邪魔する。
目をゴシゴシ擦って涙を拭う私の手を自分の左手で止めて、ユートはポケットからハンカチを出して私の代わりに拭ってくれた。そんな彼は「泣かせるためのセリフを考えてきたのにな。早すぎだ、使えなくなっただろ。」とイタズラっぽく笑った。
「全く…」
と私はむくれて見たものの、あまり効果は無いように思う。過呼吸が落ち着いてきたところで、私はユートの目を見て真っ直ぐに伝えた。
「ユート、本当にありがとう。」
「ん。これ以上は無理だぞ。」
「既に十分すぎるわ。これ以上貰ったら、私には返せないわ。…いっそのこと、自惚れ屋って小突いてくれたら良かったのに。」
「はは。でも君以外の理由で、花畑なんて気持ち悪いだろ。」
なんて言ってユートは苦笑いをした。そしてそのまま2人とも何も話さずに、私はただ花達をぼんやりと眺めていた。
「そろそろ帰らなきゃかしら。」
私が唐突に立ち上がって独り言のように呟くと、ユートも立ち上がって言った。
「また連れてきてやるよ。」
「それは楽しみね。」
私はふふっと言って笑った。なんだか本当にまた来れそうな気がしたのだ。そして名残惜しそうに私が花を眺めてると隣から声がかかった。
「なぁ鑑定して見たか?」
ユートはそう言って、俺は出来ないけどと肩をすくめて見せた。
頑張ったので載せます。ボツです。
《ヴィネア花を見に行く許可をユートに求めるシーン》
ヴィネアがそうしたのは、人の物に触れる時や人の場所に踏み入る時に、やはり考えてしまうからである。嫌われる可能性や、不快な思いをさせてしまう事など本当に沢山考えて心配して、自分よりも相手や周りを優先させる。それは小さい時から植え付けられた彼女の常識であった。今でもイジメを受けた時の思考は消えてくれず、無くなったと思ってもこういうふとした時に突如として顔を出す。
もちろんヴィネアにとって無意識である。物事を決める時、特にそれが自分以外に関わる時は許可をもらうのが当たり前だと思っている。どこにいても、彼女が勝手な行動をすれば陰湿な嫌がらせや陰口が待っていた。そうした行動や思考回路が染み付いて自分自身で気づかないくらいに定着してしまっている。
ユートはそれを少しならば知っていた。知っていながら、あえてそれを口にはしなかった。彼の常識では、自分の思うまま行動するのは普通で、いちいち許可を取る行動は理解しがたい出来事であったが、仮にそれを指摘したとしても、彼女は申し訳なさそうに謝ることが目に見えている。彼女が思いつめてしまうのならば、自分はこのままで良いとそう思ったのだ。