8 私、感動しましたわ!
⚠︎3歳児です。ヴィネアは、色の薄いゆるくウェーブのかかったブロンドの髪に、薄い紫色の瞳をしてます。顔は父親似です。
「ユート、終わったわよ。待たせたわね。」
私は洗い終わった食器を調理場の横の棚の中にしまい込んだ後、外に出て、私の畑を眺めながら家の影で座っているユートに声を掛けた。
「ううん、そんな待ってないよ。じゃあ早速行こっか?」
ユートは家の屋根の影からさっと立ち上がり、こちらに笑いかけながら歩いて来た。ユートが私の目の前で止まった時に、私は彼に尋ねた。
「待って。ジェニー呼ばなくていいの?」
ジェニーとは、ユートの父親の名前である。どうして今彼の名前を出したかと言うと、いくら有能だと言ってもユートは3歳児なのだ。単細胞な人種が集まっているこの村でも、3歳児を自由に放っておく事などはしない。保護者1人は、必ず子供のそばにいる様にしている。ルールではないが、一応常識として子供から目を離さないと言うことは、この村でも行われている。
ここに朝夕とご飯を食べに来る時にも、彼の両親のどちらかは途中までは付き添っている。ここへ入ったのを確認したあとは、うちの両親に任せて何処かへ行ってしまう。帰りは勿論、私の両親のどちらかが彼を責任を持って彼の家へ届けている。そんな私達の子供ながらの事情を心配しての配慮として、私はジェニーを読んだ方がいいのか尋ねたのだ。
「大丈夫、そんな遠くに行かないよ。そうだっ!ねぇ、君の親から離れすぎない場所で、邪魔が入らない様な場所ってある?」
「唐突ねぇ。そうね、新しく出来た私の部屋なんかはどうかしら?」
つい最近まで、私の両親が武器置き場として使って居た倉庫を掃除をしたところを自分の部屋としたのだ。あの親が掃除など出来るとは思っては居なかったが、それでもあの惨状はそれは酷い物だった。と、この話はまた別の機会にして。その部屋は、どんな用途かは分からないにしても、とても良さそうに思う。広さは十分という程にあるし、今の時間帯は朝日が入り込んでとても暖かく心地よい。
「あ、あの埃が大変で一週間くらい掛けて頑張ったあの部屋?」
「その節は本当にありがとうございました。とても助かりました。」
私は遠い目をしながらユートにお礼を述べた。最初こそ私1人でやって居たのだが、あまりの酷さに遂にユートに泣きついて、手伝ってもらったのだ。だから勿論ユートもその部屋を私と同等には知っているので、すぐに理解してもらえた。
「いーえっ。ま、そこなら丁度いいかもな。」
ユートはこう言いながら、うんうんと1人で頷いていた。そして私の右手をとって、私の部屋へと向かった。私が少しびっくりして、「ひゃぁ」と言ったのは想像に難くない。
「へぇ。こんな感じになったんだね!俺掃除しかしてないから、なんか不思議な感じがする!」
私の部屋に入ったユートは、私の部屋を見てこの様な感想を述べた。ユートが帰ってから、私は前々から親に頼んで居た木の魔物を使ってベッドや家具を作ったり、カーペットを敷いたりと、お部屋作りに勤しんで居た。今ではお手製の洋服箪笥に、観葉植物。壁一面の収納棚があり、その下には黄緑色のカーペットが映え、それなりに立派な部屋になっている。布団は自分では作れなかったので、親に外の村まで買いに行かせた。
あそこまで掃除をしないから、魔物の血がべったり固まって居たり、埃が歩くたびに舞うくらい大変だったのだ。これくらいはさせても問題ないと思う。
「頑張ったからね!って所で、どうして此処なの?私を連れて来たい所ってどこなの?」
「まぁ、待っててよ。」
ユートがそう言うので、私はベッドにダイブして、ゴロゴロしながら待っていた。まぁすぐに肩を叩かれ「準備できたよ」と言われたので、待っていると言う表現はいささかおかしい様な気もするが。
「えーと?何を準備したの?」
私が首を傾げ、ユートの指を指している方を見るが、何も見えない。それでも、ここだよと笑いながら先ほどと同じところを指差し続けている。
「ほら、ここ。」
と、先程と同じ事を言っている。しかし突然彼は、まるでそこに押入れがあるかの様に頭を入れて足を上げて登っていたのだ。すると頭が消え、終いには身体全身が見えなくなった。彼が空間に飲み込まれてしまった。
「ユート?どこに行ったの…やめてっ。お願いだから連れてかないで!彼を奪わないで!」
ユートが、消えてしまった。さっきまで彼はいつも通り私に笑いかけてくれていた。なのに彼は目の前でスルッと消えてしまった。音もなく、元から彼がここにいなかったかの様に静かにいなくなった。私は叫びながらユートが消えた空間に突っ込んで言った。必死だった。彼がいなくなるのなんて考えられなかった。
「え?」
そこは白い世界だった。壁から床まで全部真っ白で、私が今どこにいるかも、床に立っているのかも分からなかった。けれどそんな事はどうでも良かった。彼の姿が有れば、他に何もいらなかった。でも彼は見つからない、いくら探しても彼はどこにもいなかった。
「遅いよ。って…え?なんで泣いてるの?」
「ユート…!」
ユートは、私の背後から声をかけた。幻聴かと思った。けれど私はバッと勢いよく後ろを振り返った。そして私はユートを視界に入れると、急いで駆け出し、彼に抱きついた。3歳児の小さな体で、それでも力強く彼をギュッと抱きしめた。
「マジでどう言う状況?」
「ユートぉぉ。先に、説明しな、さいよ。本当にっ、怖かったんだ から!グスッ、絶対絶対 許して上げ ないんだからっ…グスッ。」
私は彼に抱きつきながら、怒った。さっきよりも涙が大量に出てくるのは、彼に会えて安心したからだろうか。
「いやだって、俺自分から行ったじゃん。心配する要素無いじゃん。」
「…グスッ…」
私は彼から少し離れ、それでも彼の両腕をしっかりと握り、ポロポロと涙をこぼしながらながら、キッと睨みつけた。あの時、本当に怖かった。それはもう、トラックに轢かれ死ぬ時よりも何百倍も怖かったのだ。確かに彼の言う通り、ユートは自分から空間の中へ行っていたように思う。けれどそれでも一瞬で居なくなったのだ。心配しないわけがないし、何よりも先に言うべきであると思う。
「悪かったって。」
彼はボソッと私に謝った。たった一言だったけど、私にはなによりも大切な一言だった。謝って欲しかったのもあるけど、それだけでなくて、彼がそう言った事でとてつもなく安心したのだ。ユートはちゃんと、ここにいるんだって。
私はコクッと頷いて、また彼をギュッと抱きしめた。今度は彼も私を抱き返してくれた。それだけで安心できた。
「でもまだ、許した、わけじゃ ないんだからね!所で、あの、ユート?」
「なに?」
「た、立てない…。」
「全く…何やってんの。」
「自分でも分からないわ。でもね、安心しちゃったのよ。」
私は安心した事で見事に腰を抜かした。それを見かねたユートが、あきれながら私をおぶってくれた。3歳の、そんなに私と身長が離れてない彼の背中はやはり小さくて、でもとても暖かった。
「ふふっ。」
「何笑ってるの?」
「へへへ、内緒なの。ところで連れて来たかったのってここなの?」
私は彼の背中越しに話しかけた。彼は前を向き、歩きながら私に答えた。
「そうだよ。」
「ここってどこなの?それにこの丸いのはなに?」
先程までと違って、ある程度余裕が出てくると、ここの状況が少しずつ見えてきた。真っ白だと思っていたこの空間には、大量のものが置かれていた。金や銀の高価そうな防具や武器。色とりどりの宝石、絵画。訳のわからないものまで本当にたくさんのものが所狭しと並べ置いてあった。
どうして先ほどまで気づかなかったのか疑問なくらい、大量にあるのだ。それに歩く私たちの周りを丸い物体が包み込んでいた。とても透明で透き通って居て、泡の中にいたらこんな感じなのかな?と思う。見えるのはその球体の端っこの、境目の部分だけである。それもよく見ないと見えない。結界のように見えなくもないが、固そうではなく、ある程度の弾力は持って居そうであった。
「ここは俺の作った空間だよ。俺はここの空間を自由に作り変えられるから、太陽光と空気をなくして保存に特化させてるんだ。そしてこの中に色々収納してるってわけさ。この丸いのは呼吸出来るように俺たちの周りにだけ空気を纏っているだけだから、そんなにかにする必要は無いよ。」
「貴方が、空間を作ったの!?」
「そうだよ。」
「それにしても凄いわね。こんな量のものどうやったら手に入るのよ!」
「はは。そこはまたおいおいだな。」
「はいはい、分かったわよ。ってちょっと!あれ!あれなに?」
私はユートの背中でぴょこぴょこ揺れながら一角を指差した。彼はわずかに体を捻らせこちらを見て、私の指がさす方へ目を向けた。
「あ?本だろ。」
「うん!」
私はその言葉に目を輝かせながら、「うん」と答えた。
「………行くって、だからそんなに動くな。」
そんな私の様子を一瞥した彼は、仕方無さそうに行き先を本の方向へと変えた。
「いいの!?ありがとう!ユート大好き!」
私は嬉しすぎて、おんぶされながら彼をギュッとした。「はいってる、はいってる。殺す気かっ。」と彼が喚いたけれど。そんなこと気にならないくらいに、テンションが上がっていた。
「降ろすぞ。」
「ええ、そろそろ歩けると思うわ。」
ユートは、私を本棚の目の前で降ろしてくれた。そして私は、そわそわと彼を見つめた。
「見てもいいぞ。」
「やったぁ!ありがとう!」
溜息をつきながら、ユートが許可を出すと、私は飛び上がって喜び、ユートに抱きついた。そしてそれは、「分かったから!」と彼が無理矢理引き剥がすまで続いた。そして私は目の前にある太めの茶色の本を手にした。…のだが…
「読めないわ!」
「だろうな!」
素晴らしいツッコミが返ってきた。私は再び涙目である。しかし、「俺が教えるよ。」とユートが言った瞬間に、涙は引っ込んでいったのだけど。ユートの「何この変わり身の早さ…」という言葉は聞こえなかったことにした。
「ていうことは、この本借りてもいいの?」
「あぁ、いいぞ。だけどそれは難しいから、まずはこれがいいと思う。」
と言って、手渡されたのは、赤い表紙の薄い本だった。中身を少し開いてみると、かなり大きめの字と、可愛らしいイラストが書いてあった。これは…
「えっとこれは?…」
「児童書だな!」
ユートがいたずらに成功したようなニマニマした笑顔を浮かべていた。対して私は……はち切れんばかりの笑顔を振りまいていた。
「児童書!ユートありがとうっ!ふふっ。やった、やった!貴方、今日もイケメンね!」
「何で喜ぶんだよ!」と、腕に絡みつき喜ぶ私に、納得してなさそうなユートが声をあげた。
「嬉しいからよ。」
「答えになってない!」
そんなやりとりを終えた後、ユートは当初の予定に戻って、連れてきたい場所へと足を動かし、私はそれについて行った。大切そうにユートから借りた本を抱きかかえ、スキップで鼻歌を歌いながらの上機嫌で。
「これから喜ばせようと思ってたのに。本に負けそうなんだけど。」
ユートが何かボソッと呟いていたのだけれど、勿論上機嫌なヴィネアの耳には届くはずもなかった。
前世でも萌え禿げそうな時は布団をギュッと抱きしめて悶えてました。今でもそれは変わらず、嬉しいと慣れた人にはやってしまうようです。人見知りって慣れると積極的ですよねww