7 私、長ったらしく振り返ってみましたわ!
話が何一つ進まないという回ですが、お付き合い頂ければ幸いです。タイトル通りに、それは長ったらしく振り返ってみました。
随分と低い位置に、月が出ていた。その月の光が開け放たれた木窓から控えめに入り込み、うっすらと私の輪郭を映し出した。決して明るいわけではないものの、確かに降り注ぐ優しげな光が、暗い夜を幻想的に映し出していた。
私は両親の寝室から、起こさないようそうっと起き出し、玄関で外靴に履き替え外に飛び出した。大きく1つ伸びをすると、タイミングを見計らったように、太陽が顔を出した。今まで静寂が嘘のように、空の半分を黄色や薄水色に染め上げ、全てのものに輪郭を与えた。遠くにそびえる大きな岩肌から反射する光がただ眩しかった。
何度体験しても、圧巻の一言に尽きる。私はこの時間が世界で最も好きだった。闇が開ける瞬間、まだこちら側に完全に姿を現してない瞬間に、半分ほど空を染め上げ、そして徐々に空が広がっていくのだ。闇と光が入り混じっているこの瞬間に、私はなんとも言えない感動を覚えるのだ。
空はいつだって平等だった。誰の上にも広がっていて、いつだって違う表情を見せてくれる。辛い時も悲しい時も、嬉しかった時も顔を上げればそこにあった。
そんな事に気付いたのは、この世界に来てからであった。心に余裕がなかったのも勿論あるが、空が平等である事が何よりも嫌いだった。不平等なこの世の中で、それは異質で私を嘲笑っているように思えたのだ。綺麗な景色は、自分の心を綺麗に洗い流してくれるどころか、汚い自分の心を浮き彫りにしているように感じたのだ。先ほども言ったように、前世で嫌いだった美しい空が、今は大好きだ。
今日で私は3歳になる。勿論それは、この世界の暦の上での事だ。前世同様、一年を365日とするならば105日前に誕生日は来ているはずだ。この世界に誕生日を祝う風習はない。ユートの情報によると、暦はあるらしい。けれどこの村では一切使用しない。それは村人が「生まれる時に生まれて、死ぬ時に死ぬ」と考えているからこそである。なんとも当たり前であるが、その様な考え方が生きているからこそ、皆が思うまま日々を過ごしているのだろう。
それに、約束などは前日以外に取り付ける事はほぼなく、思い立った時に即行動すればいいと思っているのだ。私の探知によるとこの村は、おおよそ半径が30キロほど連なる山脈である。その外堀には、その名の通り断崖絶壁が依然としてそびえている。もし今すぐに出発をするならば、端から端までを昼前に行き来するたけの体力を村人全員が持ち合わせている。そのせいもあり、この村で暦と時間はそれほど重要なものではないのだ。
その日その日を新たな発見とともに過ごしているのだ。それは無謀とも、自由だとも取れるが、実際村人全員が生き生きとした表情を見せているので、それもまた良い事なのだと私は思う。
一応この世界の暦を説明すると、一月40日を十月までとしていて、10日で一週間。一週間を4回で一月になる。
日本などで毎年、暦を決めている人からすればなんとも邪道なものではあるが、この世界ではそれで成立しているのだから問題ない。
散々言って来たここの住人が皆、脳筋である理由はまだ分かっていないけれど、ユートは何かを知っているようであった。問いただしたいという思いは確かにあるけれど、彼はいつか話してくれると約束してくれた。今はそれで十分だと私には思えた。
先ほど最も好んでいる景色を見る事ができた事で、私はだいぶ饒舌になっているようだ。うるさくて申し訳ないが、もう少しだけ付き合ってほしい。
私はこの3年間で自分の成長を確かに感じる事ができた。もちろん生まれた時から前世を覚えていたのだから、体の成長は感じざるを得ないだろう。けれど誰が想像出来ただろうか。赤ちゃんを体験する事で、私は心でさえ成長する事ができたのだ。
何を成長と捉えるかはハッキリと決まっていないのをいい事に、私主観で『成長出来た』と断言しようと思う。昔の私は言うなれば、狭い世界に閉じこもって外から目を背けていたのだ。しかし今は、見たくないことからも目を背けずに立ち向かおうと思えた。やりたい事もある。知りたい事も、守りたいものも出来た。
それは自分1人では決して得ることのできないものであった。何よりも大きかったのは、ユートと出会えた事だ。そう、友達ができた事ではなく、ユートと友達になれた事。彼でなければ、彼以外ではダメだったのだ。誤解のないよう言っておくと、確かにユートは美形だらけのこの村でも飛び抜けて美しいけれど、そこに恋愛感情は存在しない。あくまで友として、人として大好きなのだ。
だが、全てがそう変わるほど、世界は甘くない。私は未だに注目されるのが苦手だし、人見知りだし、挑戦する事が怖い。でもそれでも良いと、私が失敗して帰って来ても良いと、笑顔で送り出してくれる誰かがいるだけで、私は安心して踏み出す事ができるのだ。私の成長を信じて待っていてくれる人が居るだけで、私は自分で居られる。自分は自分で良かったと思える。
私は自分に自信がないけれど、そんな彼と友達である事に自信を持っている。私は自分がそれほど好きではないけれど、彼と出会ってくれた自分は大好きだ。なんともひねくれているが、これが私なのだ。これがヴィネアなのだ。
彼だけでなく、私に惜しみない愛情を注いでくれてる、今ちょうど起きた両親も私にとってかけがえのない存在である。放任主義だし、頭おかしいと思う事が常であるけれど、それでも彼らが私は大好きなのだ。彼らは自分の意見はしっかりと言うけれど、私を否定したことはない。そこが一番大好きなポイントだ。
成長かは分からないが、この世界でしか体験できないことに、今は夢中である。そう、魔法である。毎日欠かさず、朝起きたら使い尽くすまで魔力を垂れ流しにすると言うことを実践している。昼になれば、またある程度はたまるので、その時にユートに教わったりもしている。
その甲斐があってか、私の魔力量は凄まじい量になって居た。それは、今となっては一日中垂れ流しても、全部を使い果たす事が出来ないほどであった。
その魔法を使って、今最も力を入れているのが、農作物を作ることである。親からの許可を得た私は、家の周りの森の木を素手でへし折って平地にならし、魔法で一気に1メートルほどの土を持ち上げて空気を大量に練り込ませた。もちろん石とか根っこは取り除いた。
前世の記憶では、土に大切なのは水と空気だったと思う。空気が豊富な土が最も好ましいと本で読んだ気がする。その私の愛してやまない畑や農作物に惜しみなく成長魔法をかける事で、魔力を全て使い切る事に成功している。
私はどうしてかは自分で分からないが、戦闘に使うような魔法に関しては、ほぼ覚える事が出来なかった。しかしこの錬金術のようなものや、鑑定のような魔法ばかりを習わなくても習得して居た。
それだけでなく私は運動センスが皆無であった。ドジな訳ではなく、生まれ持った頑丈で俊敏な体を使いこなせないのだ。速く走ろうと思うと、足が動いてくれるせいでもつれそうに感じて、恐怖で速く走れない。
魔物は核を一発で打ち砕く事によって肉体を持ったまま倒す事が出来るのだが、核からそれて殴ってしまうため、消滅してしまうのだ。
これは前世でいうドロップアイテムの様なものだと勝手に解釈している。いくら体が有能であっても、使いこなせる人とそうでない人が世の中には存在するという事を思い知った。
もちろんユートは、全て完璧だ。運動神経は勿論のこと、魔法も使えるし、本当に物知りである。未だにどうして私以外の友達がいないかが不思議で仕方がない。
でも私はその理由を少しばかりは理解しているつもりだ。彼は自分が特別である事を隠しているのだ。一般の3歳児らしく生活をしている、ここだけは昔からまるで変わっていない。だからそれを唯一知る私の存在がとても心地の良いものになっているのだと推測する。それは私も同一だからだ。私の前世の話を聞いて信じてくれた、そして知った上で友達になってくれた彼の側は心地が良い。
たまに意地悪だけれど、私の事をとてもよく理解してくれている。時に甘えさせてくれ、時に叱ってくれ、時に何も言わずにいてくれる。本当に場合に応じて私が欲している態度をくれるのだから、そこも才能なのかなと、少しばかり嫉妬している。
彼はよく無愛想だと言われるし、実際にそうであるのだが、私は彼が誰よりも優しい事を知っている。それで十分だ。私が思う彼を信じていれば、それが全てなのだ。
私はユートには劣るものの、生まれたばかりの時に予測した通り、整った顔立ちに育った。勿論まだ3歳児であるので、将来は分からないけれど私は自分の顔を好いている。
ユートの家には鏡があるのだ。ユートが言っていたが、姿鏡がある家はこの村では彼の家一軒だけだ。この世界には国も王都もあるらしく、聞く限りだと50年前の日本と同等くらいには文明が栄えているらしい。
けれどそこから運び込むには断崖絶壁を変えなければならない。それか、ドラゴンに乗るかだ。いずれにしても、それを乗り越えてまで欲しいと思えるアイテムではないらしい。
だがここでは外見など大した問題にはならないのだ。外見にこだわるものも、コンプレックスを持っている者も居ない。だから私がどんな顔に成長しようとも、ここではイジメられる心配はない。
私はこのような事を長ったらしく振り返っている間に、庭の農作物への水やりや成長魔法をかけ終え、さらには今日の収穫まで終えてしまって居た。それでは飽き足らず、即席で朝ごはんまで作って居たようだ。
私はユートが唯一使えないこの、鑑定と錬金術は、割とチートだと思っている。そのおかげでコンクリート製のキッチンを作ることができたし、ステンレス製のお皿や、鉄製の鍋やフライパンなどもお手の物だった。
流石にガスや電気などはないので、火を起こしての調理ではあるけれど、火は魔法で調節できるので問題はない。このようにキッチンを作り出すだけでなく、岩塩を見つけて、塩だけを取り出したり、胡椒なども見つけた。
大豆もどきを作り出してからは、味噌や醤油を作ることも夢見ている。魔法を駆使しているため、もうすぐ収穫出来そうである。私は婆ちゃん子だったので、漬物や味噌、醤油、ぬかなどは一通り作れるのだ。
本当に祖母には感謝しても仕切れない。農業の基本も祖父に教わって居たからこそ、こうしてなんとか形になっているのだ。祖父母はなんで偉大なのだろうか。私もこのように何かを残していきたいなと何気なく思った。
私が大量に料理をお皿に盛り付けていると、先ほどまで組手をして居たと思われる両親が中に入ってきて、それぞれの席へと座った。するといつもの通り、ユートも入ってきて、涼しい顔で着席をした。
「おはよう、ユート。」
私が挨拶をすると、ユートもおはようと返してくれた。
「私達にはないのか?ヴィネア。」
「勿論おはようございます、エミリー、ルート。」
普通は3歳児にご飯を作らせてはくれないだろうけれど、私がどうしてもと無理を言って、なんとか許してもらえたのだ。両親の分も作るという条件付きで。でも、火傷してもすぐ治るし、組手の方がよっぽど危険なのにと、私はなんか納得がいかなかったけれど。
ユートは畑を作る際に凄く手伝ってくれたのだ。もちろん調味料を調達する時にも。だから料理を作る許可が出た時、真っ先に食べさせてあげたかったので、その時の朝食に招待したのだ。
私の料理があまりにも美味しかったらしく毎朝同じような時間帯に、こうしてご飯を食べに訪れる。そのまま私と1日を過ごすこともあればふらっと何処かへ行ってしまう時もある。私は朝昼晩と三食食べて居るのだが、私以外は一日二食なのだ。だからユート含め皆で食べるのは朝と夜だけである。
最初は野菜を食べるという文化がなかったらしく驚かれたが、野菜も案外美味しいものだと今では好評である。肉しか食べないなんてライオンかよと何度ツッコミを入れたか分からない。
私が離乳食を卒業すると、途端に食欲が減ったものだから、両親だけでなく村人の殆どから心配され、美味しい肉をいっぱい分けてもらった。しかし見当違いも甚だしく、私が欲して居たのは果物と野菜なのだ。
それを訴えると、それを森で収穫してくれたのだが、いかんせん調理をしないと美味しくなかった。故に、料理を許してもらってからは私の食欲も格段に増えたように思う。
まぁそうこうしている間に、料理が出尽くしたので、早速食事に取り掛かることにした。
「いただきまーす!」
「「「いただきまーす」」」
豚の丸焼きが丸々のりそうなほどの巨大な8皿の上に山盛りに載せた料理は、みるみるうちに消えていった。まるで魔法のように、10分だったかなという程の間に最後までなくなった。私を含め、みんな食欲旺盛なのだ。
「「「「ご馳走様でした!」」」」
ちなみに私はお箸を推奨しているので、全員に強制的にお箸を使う訓練をさせた。嫌な顔をせずに受け入れてくれたことは、私の中で素晴らしい思い出である。
「なぁ、ヴィネア。今日なんか用事があるか?付き合ってほしいところがあるんだけど。」
ユートが突然私の右手を引いて尋ねた。私は振り返りユートの目を見て答えた。
「特にないから、全然構わないわよ。」
私は、珍しいと思った。今までこのように用事を聞くことも、真剣な目をして私を誘うこともなかったのだ。
それはいつもが、一緒に出来たらいいなと思っているけれど、出来なくてもそれはそれで構わないと思っているからだ。だから、今日の様に、確実な答えが欲しいと言うことは、それほどの大切な用事であると言うことだ。
私は片付けが終わり次第向かうから、そこらへんで待って居て欲しいと伝えた。
私は何があるのだろうと考えながら、複雑な気持ちで食器を洗ったのだった。
肉だけなのは、耐えられない!
彼女がこの想いだけは譲れなかったため、なんともおかしな3歳児に仕上がりました。