3 私、ユートに会いたいですわ!
私には先日可笑しな友達が出来た。彼の髪の色は母親に似たグレーで、透明感あふれる白い肌がまるで妖精のようであった。目も母親に似ていて、黒みがかった黄色だ。父親の遺伝子どこ行った?と思ったが、子供だからまだ分からないが、顔つきは父親似だと思われる。遺伝子良かったね!冗談はさておき、まつ毛が長く目がクリクリで、子供の今でさえ美しいので、将来はきっとヤバい美形になると推測される。
まぁあれからこうして再会するまで二週間ほどはかかった。私はユートの事について何も知らない。こちらの世界の名前事情がよくわからないが故に、性別すら判断しようがない。でも会話が一番出来そうな相手もユートのみである。知らないからと言っても何も変わらないけれど。
しかしそれでもこちらの言語が分からないので、意思疎通が出来ているかと問われれば、それは否と答えるしか無かろう。
再会を果たした本日でもそれは変わらず、双方の状況を唯一理解しているのはユートだけなのだ。それは、何となく自分が言っている言葉はユートには理解されているだろうなぁという憶測からくるものである。と言っても勝手に心を読まれているだけなのだが。
言葉が必要になるまであと一年は有ると、高を括って居た事に先日初めて気付かされたものだ。これでも私は、母親などの会話から学ぼうと『努力』していたつもりだったのだ。でも実際は単語が少し分かるレベルであり、生きた言葉にするのはまだまだ先のように思う。
留学したことがないから分かりかねるが、一体どうやって他国の言語を覚えれば良いのだろうか。仮にも私は、赤ん坊で自由など効かないのだ。出来る範囲でどう頑張るかが鍵になってくる。
それに私は昔から、読んで、発音して覚える方であった。それに、友達などいたことがなかったから、会話というものがよく分からないのだ。常に受け身でただ聞いてるだけの周りの会話は、そこらへんに溢れているCDと何ら変わらなかったのだ。むしろ私にとっては雑音以外の何者でもなかったが。
ただユートの場合は質問をしてくる。答える義務がある。まぁ、普通の会話であればコミュ症の私は、答えるのに時間を要し、その間に話題が変わったり、相手がイラついて「私と話したくないならそう言えばいいでしょ!」と言われて終わりである。
それがどうだろう、ユートは心を読むのだ。質問を理解し、考えているだけで勝手に答えた事になってしまうのだ。コミュ症などそもそも発動出来るわけもなく、謎の敗北感に襲われるのだ。
まぁ、子供の成長は早いと言っても2週間だ、ユートはそんなに変わらなかった。先日と同じように唐突に頭に語りかけてきた。
『久しぶりだね、ヴィネア。元気してた?』
やっぱり夢じゃなかったかぁ。異世界へ来た喜びで勝手に作り出してる虚像かと思ったわ。元気か答えてあげますか。そうだね、貴方が居なかった生活は快適でしたよー。こんな日常暇すぎるとか思っててごめんね!最高よね、暇って最高よね。ぽけーっと心読まれることを考えずに好きに妄想しても大丈夫なんだもの。
『それ、俺に聞かれてるよ。知っててやってるでしょ?』
何のことかなぁ?
『まぁいいよ。それにイセカイって何?』
異世界の意味が知りたいのね。なんて説明するべきなのだろうか。異世界…、こことは違った次元にある世界。違う国とか惑星ではなく、全く違う概念の中にある世界といえば分かるかなぁ?思ったより難しい。
『あぁ、なるほど。そんな考えがあった事に驚きだ、うん。違う世界か。』
今回は何言ってるか分からないわ。でも私には聞きたいことがあったのよね。どうしようかな?聞いちゃおうかな?でも友達だって言っても、いきなり質問したりしたらへんな奴だって思われたりしないかな?それにお願いしたい事もあるのだけど、まずはユートの話を聞くべき?それとも私のことについて話すべき?だってユートの言葉理解できないし、そ……
『あぁもう。君って考えすぎだね。うるさいよ本当に。怒るかどうか、迷惑かどうかは俺が決めるし、ちゃんと言うから勝手にそっちで憶測するなって。』
これは何となく分かった。ならば聞いてしまおう。私と貴方の性別は分かる?
『俺は男で、君は女の子だよ。』
ありがとう。女で良かったわ。じゃあ次にお願いなんだけど、私ってまだ貴方の言葉が理解できないの。だから私が思い浮かべた事をそっちの言葉で言い直してくれたら覚えるのも早いと思うのよ。そうすればもっと貴方の話を聞けるでしょう?
『いいよ。それくらいなら。』
本当!?嬉しいわ。
この後私達は、母親が井戸端会議をしている感覚で言う1時間ほど、私の目の前にあるものや日頃の疑問などを頭で思い浮かべ、それをこちらの世界の言葉で話してもらった。これは何だか効果がありそうな気がした。読み聞かせと同じ原理よね。
そのあと自分の家に戻って、私は赤ん坊用のベッドに寝かされた。目をつむりはするものの、眠りはしなかった。そして思考の渦に身を委ねた。今日ユートとの会話?会話と呼んでいいのか分からないが、その時に感じた事を思い出して居た。
私の記憶だと、日本語を話せるようになったのはいつなのか全く覚えていない。だっていつのまにか勝手に言語を覚えて居たのだ。でもそれは周りがそれを使って居たからこそ皆話せるようになる。
私は1人だと思って居た。実際そうだったのかもしれないけれど、見た事も無い誰かに生かされて、成長させてもらって来たのだ。私の食べて居た食事も道具も、誰かが作ったもので、私が覚えた文字や言葉も先生や道端の人が話してくれたから使えて居たのだ。そんな単純なことに私は今頃気づいた。
当たり前で、考えた事もなかったけど、そんな風に考えると自分は1人じゃなかったんだと思えた。私は人と全く話さなかったけれど、もし話して居たら誰かが成長してくれただろうか、などと年甲斐もなく考えてしまった。
それに私の小説を読んでくれた人達も、もし自分の考え方が届いてくれて居たならば、それはその人の価値観となり根付いてくれて居たかもしれない。そんな傲慢な事も頭をよぎったが、そうあってくれたら嬉しいなぁと思わずには居られなかった。
その理論で行くと、自分を全く出すことのしなかった学生時代などは何とも勿体無い気もした。けれど、それのおかげで今の私がいる。『今』と言うのはなんか違う気もするが、そう思うと始めて虐められた辛い日々も受け入れることが出来た。
私が発言する事が不快だと思う人がいるかもしれない。けれどそんな事は私の知ったことではない。自分は、自分なのだ。前世でも悔いはないけれど、これからはもっと自分を出して、色んなことに目を向けていきたい、そう思えた。どんな事も自分を形作る大切な要素なのだ、何をするかよりもどう生きるかの方がよっぽど大切なのだと死んでから初めて気づいた。
自分は、避けられてると思ってたけど、逃げてきたのは自分なのだ。周りを悪だと勝手に思い込み蓋をし、閉じこもって居たのだ。自分を守るための殻はいつの間にか自分さえも苦しめて居たのだ。外は、傷つく事が多いと思う、けれど私はユートの事がもっと知りたいと思った。この世界を知りたいと思った。それを叶えさせるには、殻は邪魔だ。もっと話しかけるしかない、自分が動くしかない。
こんな事は多くの小説が語って居た。けれど実際に体験できたからこそ、私はこのような考えを出来るようになったのだ。やはり、行動に移してみる事、挑戦してみる事は怖いけれど大切な事なのだと深く思い知った。
***
はい、目覚めましたよ!私は昨日、いつのまにか寝ていたようですね。3時間おきに起きなかったなぁ。あ、意識するとお腹が減ってきた。よし泣くか、なんてね。とっくに泣いてるわ。整理現象だわ。
昨日ユートに会った事で、いじめられていた自分を受け入れる事ができたし、脱コミュ症の兆しも見えてきた。コミュ症の最難関は思考なのだ。限りなくネガティヴなのだ。これはどうしようもない。これが昨日、変わろうと自発的に思えた事は、私にとって大きな変化だった。
かといって実際に行動を起こせない赤ん坊という立場に、何度目か分からない苛立ちを覚えた。そうだ昨日魔法という言葉を使ったが故に、その単語を覚えたのだ。その単語があるという事は使えるのか疑問に思った私は昨日頼んで見た。すると今話しているのも魔法なのだという。そりゃそうだわ。
まぁ、自分が魔法のある異世界に転生したんだよ?俄然やる気が湧いてきたし、オタク魂に火がついた。ステータスなんてあるのかなぁ?なんて思い浮かべたところブンっと、目の前に光る水色じみた板が表示された。日本語で本当に良かった。
私はユートを翻訳機能として使う以外、イエスかノーで答えられる質問ばかりをするようになった。機械っぽいなぁ、ユートに失礼だなぁと思いつつも、ユートが許してくれたのでそれに甘えてしまっている。少々手間がかかるが、そうすることによって前よりも多くの情報を得る事ができたのも事実だ。
そしてステータスについて聞くと、そんなものは使えないとのことだった。明らかに普通と違うユートでも使えないのだ。それを使える自分はやっぱり何か使命があってここに生まれてきた特別な人間なのではと思い始めた。
まぁ、ステータスには、チートなものなど何一つなかったが。そんなものはまだまだこれからだ。と言ってもステータスは、驚くほどシンプルで、情報がびっくりするほど少ない。こんな感じだ。
名前::ヴィネア
種族:人間
性別:女
属性:???
レベル:2
HP:800
MP:1369
ヒットポイントなんぞを言われても、どの攻撃でどの程度減るのかも、比べる対象もないので、多いのか少ないのか全く分からない。
しかも属性がハテナときた!一番気になるのに。でもMPがある、という事は私も魔法を使えなくはないという事であろう。私は凄く胸が高ぶった。もしかしたら、私はとんでもない偉業を成し遂げるのではないかと考えずにはいられなかった。英雄になれるかもしれないと、本気でそう思った。
そんな事を思い出した私は、昨日会ったばかりだというのに、またユートに会いたくなった。ここ最近知識に飢えているのだ。だから最初に関わりたくないと思っていたユートであったのに、この変わり身の速さだ。聞きたい事がありすぎて自分でも困っているくらいだ。
まぁそう思っていると逆に会えないもので。とうとうあれから4ヶ月ほど経ってしまった。脳筋な母上達は、その狩に邪魔な私達を夫たちに預けて、颯爽と行ってしまうのだ。確かにかっこいいのだが、ごめん私中身おばちゃんなんだよ。言葉をすでに少しは理解出来るのだよ。
「子供達は、怪我させたら危ないし。はっきり言って邪魔なのよ。いつも楽しんできてるんだから、たまには私にもさせなさいよ。」
というのセリフが、はっきりと理解出来た。やっぱ子育てって大変だなぁとか、どこの夫もやはり女には勝てないのかなぁとか、人ごとのように思っていた。まぁ、邪魔と言われた私は大人しく待っていますけど。ユートと会えないのは寂しいし、退屈だけど、私だって命が惜しいのだ。これで「連れて行く!」なんて言ったら過去最大で泣き叫ぶわ!
それにしても息抜きが狩とか、どうなってんだろうと、つくづく思います。ユートの親含め、美女揃いなのに笑顔で物騒な魔物の足片手で引っ掴んで帰ってくるのは、はっきり言って怖いのだが。
話を戻すと、4ヶ月経ったのだ。と言っても私基準だけど。この世界に暦というものがあるかは分からないし、あったとしてもこの脳筋の村では日付、約束など些細な問題なのだ。使う所など想像出来ない。でも私は違う日が沈んだら一日と数えて、1ヶ月をきっかり30日と決めたのだ。だから、生まれて7ヶ月と2週間経ったと分かる。
だって暇なんだもん。暦数えるくらいが、暇人の私には丁度いいのよ。なんか、日課になってきてるしね。でもそろそろ本が読みたい!切実に本が読みたい!本が仮にあったとしても、しつこいようだが、脳筋だらけなので読む者がいるはず無いのだと安易に予想できる。まぁ私も本があったところで読めないし、読める人もいなければ教えてもらえないので、諦めているけど。読みたいものは読みたいのだ。
逆に嬉しかったこともある。それは自分の成長を感じられると言うことだ。私は驚くべきスピードで成長し、とっくにおっぱい卒業した。今はなんと、離乳食だ!言葉もほとんど理解出来る。話せるかはまた別としてね。歯がほんの少し生えただけだし、顎が弱いし、手がうまく動かないのでよく食事をこぼしている。
そう、思い通りにいかない体はまだまだ健在で、私は未だにもどかしい思いをしている。しかし前よりも明らかに成長しているのだ。それを実感できるのはとても心地が良い。寝返りが打てるようになった時なんて、それは感動したのだ!ていうか成長早すぎないか?私の前世の記憶と違いすぎて凄く混乱しているのだけれど!
けれど、これでユートの言っている意味がようやく分かるのだ。心を読まれるのは慣れないし、正直イヤなのだが、私は早くユートに会いたかった。
だから私は抱っこする母親名前はエミリーという、可愛いなおい。って違くて、その母親の胸元の布を引っ張って、拙い舌で「ゆぅと」と繰り返した。
「あら?ユート?会いたいの?って二回ほどしか会ってないし、名前なんていつ覚えたのかしら?」
なんてエミリーに言われて、初めてやってしまったと後悔した。そうだ流石に、あの二回で半年に満たない子供が名前を覚えることや、会いたいと思うことなど普通であれば不可能なのだ。
と、ここで思わぬ味方を得た、それは我が父親だった。名前はルートと言う。可愛いなおい。じゃなくて、まじありがとう。初めて君を見直したよ。
「ガハハ、行きたいのか?そうかそうか、俺もジェニーに会いたいし、一緒に行くか!」
ジェニーとはもちろん、ユートの “父親” だ。やっぱり可愛いなおい!ってちがーう!まぁ、慣れたとは言え、黙ってれば純粋そうな好少年で爽やか系イケメンのうちの父親が、ガハハって笑うのはなんか違和感があるけれど。それにこの前なんか素手で竜を狩って来て失神しかけた私に「そんなに嬉しかったのか?」などと、何とも見当違いなことを言ってのける父親だった。見た目詐欺で訴えたい!
ってまた逸れた。私は父親の提案に両手を挙げて「あぁうっ!」と笑顔で答えた。これで行くって言う意味が通じるのだ。
ユートのテンションに落ち着くヴィネアでありましたね。自ら会いたいと思うなんてっ。昔からは考えられない!何だかんだ異世界で浮かされて、オタク魂に火がついて来ましたね〜w出会いがなかっただけで、割と絆されやすい性格なんですよね。