表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ケチャップ

作者: 鵜川 龍史

 傘のない日には、たいていにわか雨に降られる。その度に映画館に入っていたら、いつの間にか映画好きになっていた。

「西野クンって、ホラーとか見るんだ」

 クラスメイトの佐原さんから、そう声を掛けられたのも、急に雨に降られた日のことだった。夏の話題作はあらかた見尽くしていて、あとは昔の俳優に名前のよく似た監督の、B級臭漂うこの作品ぐらいしか見るものが残っていなかった。

 チケットを買ってトイレを済まし、座席に腰を下ろした瞬間、お尻の下に前の客の残したゴミを感じた。この映画館は揚げたてのポテトが自慢で、多くの人が山盛りのケチャップが添えられたポテトを手にしているのだが、僕は油の臭いも手が汚れるのも嫌だった。それなのに、どうしてよりによってこの僕が――そう思いながら、ズボンの無事を確かめている時に、後ろから声を掛けられたのだ。

「それ、ゴミ? ひどいね。お尻見せて――。あ、大丈夫。汚れてないよ」

 僕はあわてた。佐原さんが、よりによって、あの、佐原さんが、この僕のお尻を見ているという状況は、ちょっと考えられない。視線を逸らしてポテトのゴミを拾い上げ、話を戻した。

「さ、佐原さんこそ、こんなマイナーな映画――」

「隣においでよ。その席、汚れてるかもしれないし」

 手からゴミが滑り落ちて、足元に散らばった。裾にケチャップがはねたかもしれない。

「いや、でも、係の人が――」

「係の人なんか来ないよ。それに、もし何か言われたら、苦情を言ってやればいいよ」

 佐原さんはそう言って、僕の二列前の席に腰を下ろした。そうして、ゴミを拾いなおすことも出来ずに立ち尽くす僕を手招きした。

 ゴミを捨てて佐原さんの左の席に座ると、すぐに予告編が始まった。どれもこれも見た予告だったけど、なぜだか妙に面白そうに見えた。佐原さんは少し乗り出し気味に座って、しきりにうなずいたり首を振ったりしている。四本目のスプラッター映画の予告の後、突然僕の方を見て笑った。それから後の予告は、頭に入らなかった。

 やがて、本編が始まったが、僕の頭の中は佐原さんの笑顔でいっぱいだった。都合のいい物語が作られ、すぐにそれを打ち消す自虐的な物語が生まれる。かと思えば、あっという間にベタな恋愛物語が上書きする。スクリーン上では、無名の女優がシャワーを浴び、窓の外からはなぜか上半身裸の、こちらも無名の男優が覗いている。カメラが切り替わり、森の中の一人称視点。男優が振り返るとカメラが激しく揺れ、次のカットでは血まみれの男の上半身がアップになる。

 その時だった。佐原さんは何も食べていないのに、左手の人さし指をぺろりと舐めた。

「ケチャップがついてない方がすきなんだけどな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ