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水毬観察日記

 短編、我輩は水毬である、に二つ話を付け足したものです。そちらは読んだよ、という方がおられましたら、半分ほどスクロールしていただければ他の話が載っています。

#1

 我輩は水毬である。名前はもうある。名前は、ええと。なんだったか。うむ。思い出せないのでとりあえず食事にいこうと思う。


 いつも通り椿の花の下で待っていると、白い虎人族の男が我輩を見てニヤリと笑ってみせる。手にした酒瓶と杯を木の根元に下ろし、どさりとあぐらをかいて座った。


「おまえいつもここにいるよな」


 まあ飲めや、と杯を差し出されたので、我輩は丁重にそれを受け取り、トクトクと注がれる透明な液体を全身で味わった。うむ、ウマイ。


「相変わらずいける口か」


 その男は自らも杯を傾けて一気にあおぐ。その様子を見て、我輩はこの男と初めて出会ったときの事を思い出していた。




 雪の降る月もない夜のことだった。我輩は凍らないよう気を付けながら、真っ白な雪の道を掻き分けて今夜の食事を求めていた。小さくてもよい。この空腹を満たすものがどこかに落ちていないかと。


 しばらくして木の生えているところにポンと出た。異様な魔力をまとった木が、雪にも負けぬ白い花をつけている。その根本。同じように白い男がうずくまっていた。我輩はちょっと近づいて、ごはんになりそうかつつこうとしたのだが、その前にこちらに気づいた男は我輩を見た。


 その顔からは止めどなく水分が流れており、いっこうに止まるようすがない。いくらなんでもそれほど水分を流していては活動に支障をきたすぞ。我輩たちと違ってこの生物は、水がなくなると動けなくなってしまうのだ。我輩はそっと自分の一部を切り離し、その男に差し出した。


 男は幾分戸惑ったようであったが、受け取ったそれを飲み干した。グル、ともグウ、ともつかぬ呻き声をもらし、男は再び水分を流し始める。我輩は時おり一部を渡してやり、男はその度にまた水分を流す。夜が明けて、男はふらふらとどこかへと消えていった。巣に帰ったのかもしれぬ。我輩は再び食事を求めて旅立った。




 そして再び。我輩は食事を求めてここへと立ち寄った。そこにはあの白い虎人族がおり、なにやらぼうっと突っ立っておるではないか。我輩は遠くから見ておったが、手に持っているものになにやら惹かれるものを感じ、そばに寄ってみた。


 男は大層驚いているようであったが、何事かもごもごと呟いた後瓶を我輩の上でひっくり返した。なんということか!我輩の全身を濡らすその雫は、芳醇ほうじゅんな味わいと馥郁ふくいく足る香をもって我輩を驚嘆せしめた。このようなものがあるとは!これほどの衝撃は、水の中に住む同胞より教えられた砂粒が食える、ということを聞いて以来の発見であった。



 それからというもの。事あるごとに我輩はここへと通い、男からの貢ぎ物を受け取ってやっていた。

 まこと美味。苦しゅうない、もちっと寄越せ。


「おまえ、本当に良く飲むな、酒天」


 ん。思い出したぞ、我輩の名は酒天しゅてん。この世にいくつもない、名前を持つ水毬である。




#2


「あっ、いたいた」


 牛人族の女性がぼくを見つけて駆け寄ってきた。その人はなにやら大きな鍋を手にしているようだ。ふんわりと、甘い匂いがただよってくる。


「つくりすぎちゃったんだよね。あなたたちにおすそわけ」


 ニコニコとしている彼女は鍋をぼくの手前において、数歩下がった。やった、ごちそうだ!


 ぼくは鍋の中にからだごと突っ込み、甘く煮られた豆を平らげていく。半分ほど消化して、残りは兄弟たちに持っていくことにした。


「おいしかった?」


 とっても!またつくってくれますか?優しくなでてくれる手にうっとりしていると、彼女があっと声をあげた。


「ふふ、この子もあなたを好きになってくれるかな」


 お腹をさすりながらうれしそうに話す彼女は、ちょっとだけ不安そうにも見えた。うーん、元気づけてあげたいんだけどな。この子はぼくらに優しいし。そうだ!


「え?…くれるの?ありがとう」


 体にとっておいた種を、彼女に渡す。これ食べて元気になって!驚いたみたいだけど受け取ってくれた。大事にするね、とほほえんで彼女は帰っていった。さあ、ぼくも家族のところに帰らなくっちゃ!





#3


 一面の砂、一面の砂、一面の砂。どこまでも続くさらさらとした粒子の細かい砂の海で、おれはちょっとヤバイ感じになっていた。


 まっずいなー、おれ砂漠に適応してないんだよね。だれかー、お客様の中にお水をお持ちの方はいらっしゃいませんかー?…だめか。魔獣すら通りかからねえわ。


 ふっとニヒルに笑っておれは空を見上げた。驚く青さ。雲ひとつ無い快晴。照りつける太陽と、焼かれた砂によっておれの体はあっという間に縮んでいく。やれやれ、ちょっと降りる場所間違えちゃったんだよね。しょうがない、雨が降るか、ここが海になるまで眠っちゃおうかな。


「ん?…なんだ水毬か。どれ」


 おおっ!褐色の肌に星空色の髪、ヴュステエルフのお姉さんが、キュポンと水筒を開けておれの上に冷たい水をかけてくれた。復活!おれ!ぼよん、とひと跳ねしてお礼を表現してみる。


「よしよし。元気になったか。替わりにしばらく涼をとらせてくれ」


 どうぞどうぞ。おれは持ち上げられてヴュステエルフの胸に抱かれる。お姉さん胸にも水袋持ってんの?でかいね。表面温度が高かったので、おれはちょっと魔術で自分の体を冷やしてみせた。


「ん…」


 お姉さんはちょっとビクッとしたものの、ぎゅっと抱き締めてくれたので気に入ってもらえたらしい。いやー、おれこのまま休眠しちゃうかと思ったよ。水毬に水くれるなんていいひとですね!


「さて、そろそろあいつが心配してるかもしれないな」


 お姉さん、このままおれを水のあるところまで連れてってー。役に立つよー、水きれいにするよー。




 水毬[による]観察日記。

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