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帰還

 ちくちく。ちくちく。


 きゃ。痛い。痛いです。なにするんですか?!

 刀身に走る嫌な感触で、私は目覚めました。

 なんでしょう、けっこう素敵に、気持ちよく、みのむしのようにすやすや眠っていましたのに。

 私、猫目さんが丹精こめて作って下さった鞘を、被っているはずなのですけど。

 黄金牛の高級なめし皮に、黄金の象嵌付き。暑くもなく寒くもなく、ほどよい気温を保つ素敵な服です。かなり分厚くて、ちっとやそっと刺されても全然大丈夫! と思っていたのですが。


 ちくちく。ちくちく。


 なんですかこれは。針ですか?

 あふん。いやん。なんて無体な。ツボ刺激しないでくださいよ、お願いしますよ。


「起きられよ、戦神の剣どの」


 ふええ? 誰ですかあなた。あ……

 あなたは、私をこの寺院の宝物庫に入れた導師さまですね。

 黒き衣の……なんでしたっけ?


「我はルデルフェリオの一番弟子。エンデミオンだ」


 き、今日はまた、どういった用件で? なぜに真っ暗闇の宝物庫の中で、私をつんつんするのですか?


「火急の用事ができた。俗界があなたを必要としている。しかし何度呼んでも精霊石が反応せぬので、この長針でエレキテルを流させていただいた」


 えっ。エレキ……それって電気ショックってやつじゃないですか。

 しかもその針、むちゃくちゃ長っ!

 間違って秘孔突かれて心臓止まったらどうするんですか。私、まだ一万と一千六百歳しか生きてないんですよ? 最低五万は超えて、輝くほむらの竜殺し剣さんを見下さないといけないんですよ? 

 だから手荒な真似はどうか、よしてくださいよ。


「猫目という鍛冶師が、迎えに来ている」


 え、猫目さんが? ぬう、どういった用件なのですかね。私、ご主人様以外の人には手を貸しませんよ? 契約期間はきっかり一世紀、あと九十七年は、第二十四代目のご主人様のためにしか働けませんからね? 彼のためじゃなかったら、私、てこでも動きません。


「どうやら、あなたの主人だった男が、俗界で問題を起こしているようだ」


 む。それならば、重い腰を上げましょう。

 あ……ああもうやっぱり、鞘に穴できちゃってるじゃないですか。

 なにするんですかもう! 素敵な服がぁー。


「ぬ、なんという軽さ。眠っていた時はびくともしない重さであったのに。」


 私の言葉などひとことも聴こえないらしい黒き衣の……なんとかさんは、私を手に取るなりとても驚きました。


「なんとも不思議な剣よ」


 そうでしょうそうでしょう、英国紳士は、我が主のためにしか動かないのです。

 黒き衣のなんとかさんは、私を両手に捧げ持ち、地上へ昇っていきました。

 そう、宝物庫は地下にあるのです。普段は真っ暗、長老の位にある導師しか、入ってこれません。エティアの法廷で私は永遠に封印されるようにと、判決をくだされました。だから眠りは数世紀、あるいはミレニアムに至るのではないかと思っておりましたが。まさかこんなに早く、目覚めさせられるとは。


「赤猫さん!」


 私を迎えにきた猫目さんは、船着き場におりまして。とても蒼い顔をしておりました。


「あの……! おばちゃん代理さんが大変なことに……」


 なんと?


「我が師や陛下やエティア兵が総出で全員(・・)取り押さえたのですが、どの人が本物のあの人なのか……どれが真実あの人なのか! 誰も見分けが……。嗅覚のすごい牙王さんが頼みの綱だったのですが、彼女は……」


 どうやら我が主は、増殖したようです。

 って。猫目さん、顔色が悪いですよ? あの……牙王さんが、どうかしたんですか? 


「彼女は、破壊されて(ころされて)……しまって……」


 え?! ころ……?! 

 あの狼、神獣になったでしょうに! まさかそんな、おいそれと壊されるはず……


「おばちゃん代理さんたちのひとりが……彼女を……。怒り悲しむ人が本物かと思われたのですが、下手人もほかの人たちもみんな泣きじゃくって……! わからない……わからないんです! どうか。どうか本物のあの人を見つけてください、赤猫さん!」






 大変なことを聞いてしまった私は、柄にもなくおろおろしてしまいました。

 牙王はプピだかペピだか言うウサギ技師によって神獣になった、機械の狼です。神獣とは、星をかち割るほどの力を秘めし、聖なるもの。何万何十万という人口を抱えた一国を守護できるほどパワフルな存在なのです。

 それが……破壊された?! 我が主の……複製に?!

 私を持たない我が主など、ぬ○のふくを着た丸腰の初心者も同然(攻撃力ひ○きのぼう以下)。黄金の狼と、ガチで勝負なぞできるはずがないと思うのですが。

 いや、スペックうんぬんする前に、これはおよそありえないことです。

 もしまこと我が主の複製ならば、あの黄金の狼を手にかけるなど……できようはずがありません。我が主はあの狼をそれはそれは……


『愛している……はずですが? それなのになぜ?!』


 取り乱す猫目さんに連れられて、私は湖を渡り、街道を下り。急いでエティア王宮へと向かいました。

 そうして壮麗なる緑の蛇が鎮座する宮殿の、地下深く、暗い暗い牢へと入りました。

 驚いたことに、そこには確かに……赤毛の青年がたくさん、たくさんおりました。

 ぎょっとするほど、我が主と同じ顔の人たちが。


「ディーネ」

「ディーネ……」

「ああ、なんてことに……」


 彼らはみな、涙を流しておりました。肩を震わせ唇を噛み。頭をかきむしり、また耳を塞ぎ。哀しみに打ちのめされていました。

 嗚咽と慟哭が、そこには満ちていました……。


『一体、何があったんです?!』


 呆然とする私はたいそう大声で聞いたのですが。赤毛の男たちは、まるで聞こえていないようでした。


『我が主! 返事をしてください!』

「ディーネ……」

「ディーネ……!」


 なんとも拉致があきません。私が途方に暮れますと、状況を見て取った猫目さんが、慄きながら話して下さいました。 


「はじめにやってきたのは、赤毛の少年でした。少年は英雄殺しの遺伝子を駆使し、ジャルデ陛下を暗殺しようとしました……。陛下は傷を負われましたが、命に別状はありませんでした。我が師やおばちゃん代理さんが辛くも、そのおそるべき少年を撃退したのです。とても若い容姿でしたので、まさかおばちゃん代理さんの複製体だとは、囚えて尋問するまで分かりませんでした」


 赤毛の少年はなんと、蛇の王妃さまに化け、神獣の力を駆使して陛下を襲ったのだそうです。

 どこから来たのか口を割らぬまま、彼は自爆して散ったのだとか。

 しかし刺客の波はそれだけでは収まらなかったのだと、猫目さんは目を潤ませました。


「今度はこの人たちが……おばちゃん代理さんたちと寸分たがわぬ人たちが、次から次へと……」


 この人たちは我が主の完全なる複製。しかもことごとく英雄殺しの能力を発現させ、陛下の命を狙ったそうです。

 我が主は一所懸命、偽物たちを退治しようとしたそうですが――


「分身に影響されたのか、本物のおばちゃん代理さんも、英雄殺しの能力に目覚めてしまったらしくて……彼らの中に、まぎれて、しまいました……」


 なんと。では我が主も、陛下の命を狙ったと?


「はい。本物も含め、この人たちはみな一斉に、蛇のお妃様に変身しました。神獣ガルジューナ、そのものにです。我が師の分析によると、寸分違わぬ分身たちはどうもスメルニアから送られてきているようなのですが。それ以上のことはなにも分かっておりません。それで牙王さんが……本物を嗅ぎ当てようとしたのですが……まさか、あんなことになるとは……」


 ああ……スメルニアにはたしか、有機体工場が在った覚えがございますね。

 かの国は、我が主の細胞をどこかで盗んで、量産したというわけですか。

 あの、あんなことってどんなことです? 牙王はなぜに破壊(ころ)されたのですか?

 ああ、カーリンは? 我が主と狼の娘さんは、無事なんでしょうね?!


「おそろしい……じつにおそろしいことが起こりました。とても口では言えないようなことが。カーリンは、大丈夫です。我が師が塔に保護しております。でもまだ、今回の惨事のことは伝えておりません。伝えられません……!」


 猫目さんは袖で濡れるまぶたを拭いながら、震えました。


「ディーネ……」

「ディーネ……」  

「ああ、なぜ俺は……」

「ディーネ……!」


 打ちひしがれ、泣きじゃくる我が主たち。たしかに塩基が同じようですし、記憶も共有しているようです。判別は、つきがたいでしょう。

 でも……。


『わかりました、任せなさい。今から調べます』


 嗚咽する彼らは、一体何を見たのか。何をしたのか――

 私は覚悟を決めて、猫目さんに言いました。


『今から、食べます。ひとり残らず』


 わが心臓から、くれないの光を放ちながら。




『我が主を、いただきます!』




――帰還・了――




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