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奇跡の子

今回はちょっと短めです。

 学都オムパロスは大陸の腹をえぐる黄海の真ん中にある。

 大陸共通語ではナベルと呼ばれるが、その意味はずばり「臍」だ。

 島は人工的に広げられており、ほぼ全域が白亜の街。七つの塔が針山のごとくそびえたつ。

 島名すなわちこれ街の名であり、どこの国にも属さない。


「ここは大陸同盟の一機関。学びの都で、いわゆる国際大学ってもんがある。賢者ってのが塔に住んでて、大陸中の人間があらゆる学問を学びにくるんだけど、大陸共通法や大陸法典を学びにくる人がめっさ

多いらしいぜ」


 入江に浮かぶ船上から、七つの塔そびえる都を見上げてウサギがうんちくを垂れる。


「ここにある大陸図書館の蔵書がすごくてさぁ、古今東西のありとあらゆる出版物が全部収められてるんだよね。だから知識の蓄積量は、北の果ての岩窟の寺院と双璧って言われてるんだ」

「どうして俺がここに放り込まれなきゃいけないんだ……」

「うんだからさ、ここには古今東西の学者だの賢者が常時いるからさぁ」


 エティア王国の南東の港町から、はるばる船で幾海里。

 俺は今、壮麗な白亜の学都を目の前にしている。

 いや、濡れ衣は晴れたんだ。

 蛇の王妃様が卵をお産みになったんだけど、父親は俺とかって言い出したもんだから、俺はエティアに帰るなり国王夫妻からじきじきに尋問を受けた。

 それで誤解は溶けたし、原因もちゃんと分かったんだ――。

 




『毎朝、この男の卵料理を食べておったからの』


 エッグスラット――俺が考えたあの瓶詰め湯煎卵料理とか。


『それに昼前には、この男の菓子パンを食べておったからの』


 あんぱんやきそばぱんめんたいこぱん――パン係の俺がひたすら焼いたパンとか。


『それに昼には、この男の蒸し蒸しシリーズを食べておったからの』


 蒸しダチョウ蒸しターキー蒸しクジャク――俺がヘルシーさを前面に押し出した高タンパク蒸し物とか。


『それに三時のおやつには――』


 にこにこ顔で供述なさる王妃様は、たしか手乗りサイズでトウモロコシ二本ぐらいの長さだったはず。なんだが、一日七回、俺が考案したメニューを厨房で作らせて食した結果、ソファにぶっくりどでん。なんとぶっとい土管のごとき大蛇と化していた……。


『おかげでこんな、はらみやすい体になってしまったのじゃ。つまりおまえのせいじゃ』

『いやだから、その体は俺のせいかもだけど! やることやったんですよね? 陛下と、やったんですよね?!』


 思わず聞いちゃって、ぶっとい尻尾でぶっとばされて壁に埋まったけど、幸い骨は折れなかった。でも顔面直撃だったんで鼻血は出た。


『やっておらぬわ!』

『ということは……ま、まさか卵は……無精卵……』

『そうなのじゃ。栄養がつきすぎて、わらわはニワトリと同じ体になってしまったのじゃ。毎日一個、卵が体から出てくる。臣下どもがそのたび、お祭り騒ぎでなぁ』


 メスのニワトリは毎日卵を産む。しかし雄鶏と交尾したあと産んだものでなければ、その卵がひよこになることはない。それと同じ体になったなんて、どれだけ贅肉……もとい、栄養をつけたんだろうか。


『俺の奥さんをこんな体にするとか。まじで困ってるんだが』


 じとっと睨んでくる陛下に、俺は土下座して平謝り。俺の料理、毎日七回は食べ過ぎ太りすぎって思ったけど、ひたすら謝罪した。


『す、すみません。卵が孵らないんじゃ、エティア国民みんながっかりですよね……』

『それが、孵っとる』 

『ほんとすみま――……えっ?!』

『ほとんどみんな、孵っとる』  

『え? えええええ?!』 

『それで今な、托卵室と育児室を急遽設置して対応しとる。可愛い緑蛇が毎日卵から生まれとるのだ』



 単為生殖って知ってるか?



 陛下は俺に真顔でそう聞いてきた。

 交わっていない母が子を産む。これのことを指すらしいが、ミジンコとかアブラムシとかはみんなそうやって個体数を増やすという。つまり母親が自身の複製をえんえん増やすということだ。

 王妃様の卵は、まさにそんな状態になってしまっているらしいのだが。


『それを常態とする生物ではない我が妃が単為生殖を起こしたとなるとだ、この事象は、聖なる奇跡に値する。つまり我が妃は神の子を産んだのだ。しかしこれ以上卵を産んでもらって増えすぎるのもなんだから、妃には食事制限をしてもらうことにした』


 ニワトリかつミジンコ体質って。いったいどういう体なんだよ王妃様。

 神獣ってわからん。わからなすぎる。こわすぎる!

 とにかくも今度はダイエット食を考案するよう命じられるのかと思ったら。事はそんなに単純には済まなかった。


『我が妃ガルジューナは、エティア王国の正妃。おばちゃん代理、この意味がわかるか?』

『え。ちょっとよくわかりません……』

『エティアの国法では、正妃も国王と同位。共同統治者だ。聖なる奇跡によって発生した正妃の子らはまずまちがいなく、エティアの王位継承権を持つと議会より認められるだろう。すなわちおまえは未来のエティア王を生み出した者。俺は奇跡を起こしたおまえを、しかるべき地位につけねばならん』 





 帆船が港にすうっと入る――。

 学都の玄関口は幾隻もの帆船がひしめいていて、見るだに壮観だ。

 俺は着慣れない絹のチュニックの上から緋色のマントを羽織って、身支度した。どこからどう見ても貴族の格好だよなぁこれ……とごくりと息を呑む。この肌触り、まったくもって居心地悪い。コック服が恋しい。 


「パパ!」


 一緒に船に乗ってきた幼女――俺の娘カーリンは、ぼんぼり袖にひらひらフリルいっぱいのドレス姿。激しくかわいい。

 そして黄金の狼である牙王は……


「大丈夫?」

「ごめん、めちゃ美しすぎて鼻血が……」 


 犬耳をひくひくさせる黄金の髪の女は、娘と同じぼんぼり袖に、コルセットで腰がきゅっとしまったドレスをまとう貴婦人と化している。この眼福は大変すばらしいが、どこからどうみても、俺達はさる貴族の一家みたいな体裁だ。まるで別人じゃないかって錯覚してしまいそうでこわい。



「神の御子たちの守護者、竜王メルドルークの代理騎士どの」



 ウサギがうやうやしく、俺の称号を呼ばわった。


「目的地につきましたぜ? どうぞ、ご下船ください」


 ジャルデ陛下は……俺にとんでもないことを押し付けてきた。


『俺はおまえを妃の子らの守護者に任ずる。生みの親の責任をとって、蛇たちの面倒をみろ。そのために急いで学都へいって、大陸大法典と大陸共通法(コモン)と帝王学を頭に詰め込んでこい。未来の王を護るのに必要な知識をな』


 冗談じゃない。


『それからな、おまえ一度じっくり、偉い賢者どもにおまえの体を調べてもらえ。紹介状書くからよ』


 ほんとに冗談じゃない。


『英雄殺しの遺伝子持ちが、なんでこんな慶事の奇跡を起こす英雄になるんだ? わけわからんわ』


 わけがわからないのはこっちだ。

 英雄殺しって一体なんだ? 

 牙王に相談したら俺はたしかにその遺伝子を持ってるって暗い顔してうなずくし……


『あなたは、人によって造られたおそろしいものの末裔なのよ……』


 なんて、悲しそうに言われたし……


『知るべき時がきたのね。教えてもらうといいわ、人間たちに。あなたが一体何者なのか』 

  

 こうしてどっぷり暗澹たる不安を抱える俺は、大陸の臍たる島に上陸したのだった。

 狡猾で老獪で非情な老人どもが待つ、檻の中に――。




――奇跡の子 了――




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