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思い出の城

 エティア王国国王ジャルデ陛下のお妃さまは、蛇である。

 蛇のような性格の人ではなくて、尻尾がある蛇女とかでもなくて、完全に蛇である。

 長さはだいたい、三分の一パッスス。茹でとうもろこしをニ本並べたくらいだ。

 そう、まさにこのまな板の上にのってるこれぐらい。

 なぜにジャルデ陛下は、そんな小さな蛇と結婚しているのかというと。

 酔いどれのウサギ技師いわく――


『好きだからじゃね?』


 いやそうなんだろうけど。


『でも蛇ですよ?』

『まあ、あの陛下も似たようなもんだから』


 緑虹のガルジューナ。

 いにしえの時代、とある国を守護していた神獣の一柱。

 それがあのお妃さまの正体である。

 あの方の「鎧」は驚くほど巨大で、エティア王宮の屋上にとぐろを巻いているのだが。

 エティア国民のほとんどは、その「鎧」のことを、竜王メルドルークだと思っている。


『実のことを言うとさ、ここだけの話、ジャルデ陛下ってその竜王メルドルークの生まれ変わりなんだよぉ。それで永らくメルドルークに片思いして探してたお妃さまがさ、そのことが発覚するなり押しかけ女房したんだ』


 昨晩、酔いどれウサギの告白に俺は口をあんぐり。

 お妃さまが卵をお産みになって、めでたいめでたいって、ウサギもそのお師匠さんもどんちゃん騒ぎ。俺と猫目さんは仕方ないなこの人たちって、苦笑しながらちびちび大人しく節操ある祝い酒を楽しんだ。


『ジャルデ陛下もまんざらじゃないんだぜ。強力な神獣が守護神になってくれたんだからさ』


 でも、体格差ってあるよなぁ……。


『それは全然、問題ないぜ。陛下が変身術で前世の姿になれば、竜っていうよりトカゲモドキになるからさ。メルドルークって、だいたいこんぐらいだよ』


――「とうもろこし一本と半分……」


 まな板の上の茹でとうもろこしを見下ろし、俺はウサギがモフモフの手で示した「竜王メルドルークのサイズ」を思い出した。

 ジャルデ陛下の前世がメルドルークだっていうのはまあともかく、神獣の中の神獣、大陸で一番有名で一番強い竜の大きさが、あの蛇のお妃様よりも……小さいとか。

 いや嘘だろうそれ。

 たしかにこのサイズだったら釣り合いが取れるけど。

 卵を生むための作業も問題なくできそうだけど。

 でも、ガチムチ筋肉隆々で巨人じゃないですか? っていうあの陛下が、とうもろこし一本と半分のトカゲモドキに変化する……? ち、ちょっと想像できない。


「助手君、とうもろこしを一粒分の輪切りにしてくれ」

「了解! フーシュ殿下!」

 

 ここはメンジェール王宮前の、石畳広がる広場。広場を半分強ほど埋め尽くす大天幕(パビリオン)に、即席の厨房が三基しつらえられている。

 俺はその一角で、急いでとうもろこしを薄くスライスした。

 目の前にはグリルされたイノシシとシカとホロホロ鳥の巨塔がある。何時間もかけて焼き上げ、組み上げた丸焼き三種盛り。グリル・イノシカチョウだ。

 子鹿と鳥を支える猪の足元は、一面緑の野原。インゲンを乾燥させてすりつぶした粉が撒いてある。緑の色合いは四種で、目にも鮮やかなグラデーションの波。

 その美しい野原の上に、俺はスライスしたとうもろこしを急いで配置した。


「助手くん、これを!」 


 白いコック姿のフーシュ殿下が、たくさんの薔薇の花が載ったトレイを差し出してくる。

 カボチャ、さつまいも、紫芋のペーストを絞り出して作ったものだ。

 さすが殿下、まるで本物そっくり。とうもろこしの台座に乗せると、緑の野原はたちまち豪華絢爛なバラ園と化した。

 

「よし! 完成だ!」


 満面の笑みでグリル・イノシカチョウを見上げる殿下を、審査員たち――この国の閣僚たちが驚きの目で見つめている。まさかまともな肉料理が作れるなんて、という懐疑と驚嘆のまなざしで。

 謙虚な殿下はその不躾な視線に気づかぬふりをし、天幕のはるか向こうを眺めた。


「外見は兄上が作ったものとさして変わりないが……」


 視線の先には、肉の巨塔。メンジェール王国第一王子フライヒ殿下のグリル・イノシカチョウが鎮座している。


「こちらの方が焼きの時間が三十分長いです。同じ素材で同じオーブンですが、おそらく味には如実に差異が出ているかと」

「低温でじっくり焼いた成果が出るとよいな」

「ええ、きっと出てますよ」


 メンジェール王国王位継承者選定料理大会。

 今開かれているこの大会こそは、食聖を祖とする王家が次代の王を決める催しだ。

 参加しているのは三人の王子たちである。

 第一王子フライヒ殿下。

 第二王子フーシュ殿下。

 第三王子アイ・メン・タイコ殿下。

 肉料理こそ至高なり。国王は肉料理のエキスパートであれ――という王家の家訓のため、そしてこの料理大会で継承者が決まる、という仕様のため、王太子とみなされる第一王子以外の御子は、肉料理に熟達することを阻まれる。それゆえ第ニ王子フーシュ殿下は国外へ出て、ひそかに特別な師を求めた。

 メンジェール王家流肉料理を作ることができる、エティア王宮総料理長。もと食堂のおばちゃんには、この王家の祖、食聖ホーテイの魂が宿っている。身分を隠し、彼女のもとで修業していたフーシュ殿下は、こうしてついに勝負の時を迎えている。


「メン・タイコも果敢にイノシカチョウに挑んだか」

「でも焼き色が濃いです。高温で焼きすぎているかも」


 食聖の魂を求めたのはフーシュ殿下だけではない。

 第三王子はにせの情報にひっかかり、俺の剣を盗んだ。剣が食聖の魂を内包していると思い込まされたのだ。

 ウサギたちが反逆者を始末するどさくさにまぎれて、俺は剣を取り戻して雲隠れ。そのため第三王子は何も手を打てぬまま、この大会に臨んでいる。さすがにそれなりに形を整えた肉料理を作っているが、おそらく兄二人と同じ土俵には立てないだろう。

 

「エティアの国王陛下には、感謝してもしきれぬ」

「おばちゃ――総料理長が、殿下の助手を務められたらよかったんですが……」 

「いや。あの方の指導を受けられただけで、恩の字だ。助手君、もう一息がんばろう」

「はいっ! 次はスイーツですねっ」


 課題の料理は前菜、メインの肉料理、スイーツ・ピエスモンテの三種。大会の挑戦者は、助手をひとり使える。

 食聖の魂を内包しているおばちゃんは、当初フーシュ殿下を手伝う予定だった。

 しかし――

 

「殿下、さすがですな!」

「ふふ、なにせこちらには食聖さまがついておられる。負けなどせぬよ」

「おお……?」


 第一王子の厨房から審査員たちのため息が聞こえてくる。

 鼻高々のフライヒ殿下のかたわらで、猛然と飴細工を作っているのは……


「なんと見事な手つき」

「すばらしい……この緻密さ、驚きですぞ」

 

 食堂のおばちゃん。

 ほかのだれでもない。まじでおばちゃん。まちがいようもなくあの顔はおばちゃんその人だ。

 黄金色の飴がみるみる糸を引き、繊細なカゴの形に形作られていく。

 すでに作られているスポンジ山の天辺にあのカゴが置かれるんだろう。

 中に入れられるものは一体何だ? ショコラーテ? マカロン? 

 俺はずきりと痛むこめかみを押さえた。


「くそ……勝てる気がしない……いや、いや! 全力だ。全力出す!」


 まさか、おばちゃんと勝負することになるとは。

 天の配剤というのは本当にわからない。ほんとうにわからない――





 重々、警戒はしていたはずだった。

 フーシュ殿下とおばちゃんは幾人もの護衛に守られて、大会前日メンジェールに入った。

 だが、王太子としての教育を当然のように受けてきた第一王子もまた、自身の腕のみに頼るのは不安だったのだろう。

 しかも第一王子派は、剣に食聖の魂がやどっているのはガセネタという情報をどこからか得たらしい。大会当日の朝、おばちゃんたちを守る護衛たちは軒並み、手練れの隠密が作ったキノコ料理にやられた。幻覚キノコで幸せな気分にされているうちに、おばちゃんは宿泊先の宿屋で拉致されてしまったのだ。

 この大事に、おばちゃんと目と鼻の先の宿に泊まっていた俺とウサギ一味が呼び出された。とりあえず助手として俺が参戦、ウサギたちは急いでおばちゃんを奪還しようとしたのだが。


『あの。なんかさ。フーシュ殿下に協力はしないって本人が言ってきて。これ渡せって、いわれたわ』


 ほどなくウサギは青ざめた顔をして、おばちゃん直筆の手紙をフーシュ殿下のもとに届けてきた。おばちゃんはすでに大会会場にいて、喜々として第一王子の厨房で下ごしらえをしていたという。

 手紙の文言は以下の通りだった。

 

『我、食聖ホーテイは、王の長子に手を貸す。我が弟子よ、我を倒すがよい』

 

 てっきりおばちゃんは、第一王子にひどく脅されて手紙を書かされたのだと思ったら……。


「そっちはどうだい? ゴドフリート」


 飴を引き伸ばしながら、おばちゃんがニッと不敵に笑う。

 この表情。どうもこれは……本気だ。自分の意志で第一王子の側についたようにしかみえない。

 

「はい! 善処しております!」


 調子を聞かれたフーシュ殿下が、クリームを泡だてながらかちりと答える。

 おばちゃんはますますニヤリ。とても楽しげな顔だ。


「くっそ……」


 なんでどうしてとこめかみを押さえる俺のそばで、フーシュ殿下が微笑んだ。


「助手君、憤らないでくれ。食聖さまは我がメンジェール王国を、すなわちご自分の子孫の国を守ろうとなさっているだけだ」

「え? メンジェールを、守る?」

「第ニ王子の私にジャルデ陛下が師を探してくださったことは大変にありがたい。しかしそうしてくださったご真意は、エティアがメンジェール王家に多大な影響力を得ることにある。つまり私は、スメルニアに後援されている弟王子となんら変わりないのだ」


 たしかに。フーシュ殿下が王となれば、エティアは未来のメンジェール国王に大恩ある国となる。王位を与えた恩義を盾にどんな無茶だって言えるだろう。

 第三王子を後援したスメルニアとて、同じ。

 だが、第一王子には外国の後ろ盾はない。

 

「私は親エティアの旗頭。エティアと共に栄えたいと願っている。だがそうしたいと思わぬものはこの国にたくさんいる。兄が勝てば、良くも悪くもメンジェールは外国の影響に晒されずに済むだろう。だからホーテイ様は兄に味方したのだ」

「でも殿下の料理の味は……だれよりも……」


 料理の味は如実にその人となりを表す。三人の王子のうち、おそらくこの殿下が一番だと俺は確信している。

 でもそれでは、だめなのか? 国のかしらとなるには。ただ、善き人というだけではだめなのか? 政治的なものごと。いろいろなしがらみ。国と国のせめぎあい。

 王になるということは。

 いったいどういうことなのだろう――?

 フーシュ殿下は勢いよく飴を伸ばし始めた。なんだかとても嬉しげに。


「しかしホーテイ様は、私にチャンスを与えてくださった。師となってくださり、私を鍛えてくださり。そうしてご自身自ら私に立ちふさがり。まっこうから挑む機会を与えてくださった。つまりあの方は――」


 黄金色の飴が幾筋もの糸となり、ふわと宙に舞った。


「私を、好敵手(ライバル)と見てくださっているッ……!」


 たしかに……おばちゃんのあの表情。おそらく手加減など一切してこないにちがいない。

 だからこれで負けても、殿下に悔いはないのだろう。

 そして俺は。俺は――


「俺はエティア国民だ。ジャルデ陛下にはたくさん恩義がある。だから全力でフーシュ殿下に協力する。おばちゃんを、負かす!」


 ぐっと拳を握った俺を、おばちゃんが眺めてまた不敵に笑う。

 俺はしゃかりきになって焼き上げたクッキー壁を組み立てた。

 スイーツ・ピエスモンテは菓子でさまざまな造形物を組み上げる大作。

 一般的にはタワーを作る事が多い。

 フーシュ殿下はいくつも塔がある王城をつくろうと、繊密に図面を引き、型をつくってきていた。その型で焼いたクッキー壁をマジパンで接着していく。壁も淡い色のマジパンで化粧をほどこし、殿下が作った飴細工の窓枠をつけていく。

 

「屋根は蒼。ここには飴の旗を。練餡の兵士はこことここ。それから……」

「城内の広場は緑の芝生ですか?」

「いや、石畳だ。氷砂糖のタイルを敷く。しかしここには飴細工の花畑を」

「了解!」


 屋根は上乗せ式。俺達は城の最上階の間取りも緻密に作っていった。

 部屋にはクッキー板を貼り合わせて作った、たくさんの家具を配置した。硬いショコラーテケーキのピアノや、半透明のガラス細工のような飴のハープも……


「音楽室はここだ。兄上と弟と。よくふざけて楽器をいじったものだよ」


 そして王子たちの寝室はここだと殿下は目を細め、小さな部屋にクッキーのベッドを三つ並べて置いた。布団はふわふわのマシュマロだ。

 そう、この壮麗なお菓子の城はメンジェールの王宮。

 本物と寸分たがわぬミニチュアの城。

 最後の仕上げに、殿下は練餡で作った三人の王子を暖炉の火が赤々と燃える居間に置いた。

 王子たちはにこやかな父王と母君の前で、仲良く小さな犬を囲んでいた。とても、楽しげに。


「この子犬はホーテイ。食聖さまと同じ名前をつけたんだ。みんなのアイドルだった」


 フーシュ殿下は指先で国王一家を優しく撫で、囁いた。


「我がメンジェールよ。永遠なれ――」



 


「というわけでその……」

「ああ、結果は、さっき隣の塔に帰っていったウサギたちから聞いとる」


 大窓並ぶ謁見の間。玉座に足を組んで座っているジャルデ陛下が、俺にひらひら手を振り苦笑する。

 料理大会が終わり、メンジェールの王宮で立太子の式と祝賀会なるものが開かれたあと。

 俺は無事帰国し、エティア王の御前に帰参した。

 ウサギ技師たちは先に陛下に呼ばれ、なにやらいろいろ話していたのだが、俺と入れ替わりに部屋から辞していった。がんばれよ、とか気をしっかりもてとか言われたけど。うん……。この結果は、たしかに残念といえば残念ではある。

 

「まあ、さすが食聖だな。何百年もこの大陸に居座っているだけはある」

「みごとな王城のピエスモンテでしたよ……飴にスパイスが効いてまして。いやもう、ひとくち食べたら次から次へと、手を出しちゃうんですこれが」

「食ったのか」

「はい、たっぷりいただきました。いやもう、まじでほっぺたが落ちそうで……」

「なんだそれ、うらやましすぎるぞ」

「す、すみません」


 いやもう。さすがおばちゃんだよほんと。

 まだまだ俺ごときには、あの隠し味は真似できない――。





 料理大会の勝負は拮抗した。

 前菜盛り合わせは僅差で第三王子が優勝。超絶ふわとろなオムレットに皆が唸った。

 メインの肉料理は第一王子が優勝。じっくり低温で焼いて勝負に出た俺たちだったが、皮のパリパリ度がおばちゃん組には勝てなかった。

 そして最後のスイーツ・ピエスモンテ。

 これにはだれもが驚いて目を見張った。


「三王子たちは皆同じ、メンジェール城のピエスモンテを作りました。第一王子組は王城の広場で気球を飛ばしましたし、第三王子は庭園の噴水を再現しまして……でも僅差で、ピエスモンテではミニチュア部屋を作った俺たちが優勝しました」


 王家は肉料理を重視する。

 ゆえに総合優勝は、メインのグリル・イノシカチョウで一位をとったおばちゃん組がもぎとった。

 しかし結果はどうあれ――

 フーシュ殿下はとても幸せそうだった。第一王子殿下も、第三王子殿下もだ。

 三つのお菓子の城の前で、三人は硬く硬く、肩を寄せ合い抱き合っていた。


『気球飛ばしたの、なつかしいな』

『この噴水でよく泳いだよなぁ。それで母上に怒られて』

『ホーテイ! こいつほんと賢かった』


「結果は万々歳ってほどじゃないが。フーシュ殿下は、兄王子が即位したら摂政に任命されることになったそうだな?」

「はい。第三王子殿下も同じ位に昇ります。三人で仲良く、メンジェールを治めるそうです」

「お菓子の王城のおかげで、険悪だった兄弟の仲がもとに戻ったというわけか。寄るべきところや意見は違えど、王国や家族を想う気持ちは同じ。そう気づいたゆえに」 

「はい、仰せの通りです。あの方々ならばきっと、エティアやスメルニアを慮るまつりごとを、なさってくれるのではないかと……」


 いや、スメルニアは無視していいってばと、ジャルデ陛下は口の中でもごもごつぶやいて。うっほんと咳払いをなさった。


「で、王子たちはいまごろ、食聖さまに尻を叩かれて厨房で修行中か」

「はい。とにかく基礎から叩き直すと。いや、みなさん腕は相当なんですけどね、ほら、やっぱりいちばんてっぺんにいる人ですから、いろいろ見えて、いろいろ教えたくなっちゃうみたいで」

  

 おばちゃんは王子たちを鍛え直すと豪語して、メンジェール王宮に残った。

 かの厨房で料理長となり、日々王子たちに料理を教えるという。

 それだけがしごく残念だと、ジャルデ陛下はため息をつかれた。


「おばちゃんを雇ってからというもの、メシがうまくてうまくて……そのクオリティが下がると思うとなぁ」

「ぜ、善処しますっ」

「あ、取り戻してきた剣。預かっていいか?」

「はい、どうぞ。寺院に封印というのは、取り消しにはなりませんよね?」

 

 うん、そうなんだなとこくりこくりうなずきながら、陛下は俺が捧げ持つ赤猫の剣を受け取ると。部屋の隅に居並ぶ大臣たちに、意味ありげな目配せを飛ばした。

 え? と思う間もなく、いかめしいおじさんたちが何人も、俺をぐるりと囲む。 


「え、えっと? あのこれは?」

「うん、あのな。妃がほら、卵を産んだだろ?」

「はい。本当に、おめでとうございます」


 祝辞は開口一番に申し上げたんだけど。俺がもう一度お祝いをいうと、ますます大臣たちが寄ってくる。なんだかみんな、ひどく厳しい顔だ。


「とりあえず牢獄ですかな?」

「いや、まずは尋問」

「自白剤を使いますか?」

「え?! ちょ? ちょちょちょ……」


 なにごとかとたじろぐ俺の前に。ジャルデ陛下がのそのそっと玉座から降りてきて。

 頬を指でかきながら、もごもご仰った。


「うん、あのな。妃が卵を産んだんだけどな」

「は、はい、それは、おめでとうござ……」

「おまえだって言ってる」

「は?」

「いやそれはちがうだろうと言ったんだが。いやぜったいおまえだと言ってる」

「は……い?」


 嫌な予感を感じる間もなく。おそろしい言葉が、困惑顔の陛下から飛び出した。


「卵の父親」

「え……?」

「おまえだそうだ」

「え……ええええええーっ?!」

「いやあ、もちろん冗談だろうとは思うんだが、とりあえず今から事情聴取するから。どこでするかね。やっぱ尋問室? それとも拷問室か?」

「いやちょ……ちょっと待……いやそれなにかのまちが……」


 わかってる、わかってるさとポンポン俺の肩を叩きつつ。ジャルデ陛下は俺の腕をつかみ、ずるずる。

 一体何が起きたんだろうと俺は唖然呆然、ただただ、震えるしかなかった。

 こうして空おそろしい容疑をかけられた俺は。

 無罪証明のため、自分の身元を洗いざらい調べられることになるのだが。

 そこでとんでもないことがわかってしまうのだが。


 それはまた別の、長い長い物語である。




―― 思い出の城・了 ――

 

 

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