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食聖

 わが名はフーシュ。母国の言葉で「魚」という意味だ。

 わが国では、料理の腕、調理の才能こそが何ものにもまさる価値ある技能とされており、食材の名をつける親が実に多い。とくにフライヒとフーシュ、つまり共通語でいうところの「肉」と「魚」は、一、二をあらそう人気の名だ。

 肉料理と魚料理、どちらも甲乙つけがたいというのが、わが国の実のところの世論であるが、メンジェールの王室では肉料理が第一位、魚料理はそれに順ずる第二位の格であるとされている。

 山のふもとに小さな都市ひとつと緑なす平野。かような国土には清涼なる川が一本流れてはいるものの、そこでとれる魚はほんの数種類。輸入に頼らねば、豊富な魚介の類が手に入らぬためだ。

 メンジェールでは平野での畜産がさかんであり、食用の牛と豚と鶏が多く飼育されている。

 とくに王家所有の牛は、さまざまな肉質をもつあらゆる種類のものが、常時あわせて一千頭。豚は二千頭。鶏は五千羽ほどいる。

 しかしもっとも至高とされるのは、飼育ではなく狩で得た天然の獲物である。

 イノシシとツノ鹿、ホロホロ鳥がとくに好まれ、わが国の森でよくとれる。

 ゆえに国王の長子、すなわち王太子は、肉料理を極めるよう仕込まれる。

 その中でも最高峰とされるのが、かの伝説のグリル料理、イノシカチョウである――


「イノシカチョウって、どこかできいた料理名だなぁ……」

「この料理の調理法だが――」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください」


 俺は必死に書きつけていた帳面から頭を上げた。ベンチに座る白いコック姿の男が、目に入る。

 四角くていかつい顔。誠実そうな、まっすぐなまなざし。


「なんだ? 赤毛のパン係どの」

「ええと、お名前は、フーシュ? ゴトフリートじゃないんですか?」


 頭上から冷たい夜風がおりてきて、俺たちの頬をなでた。四方四面にかっちりとそそりたつ石壁の高さは、見上げると首が痛くなるほど。星の瞬きがかすかにみえる。よくみえないのは、壁につけられた灯り球が煌々と光を放ってるせいだ。

 ここはがやがやうるさい食堂ではなく、使用人のために解放された中庭。まだぽこぽことしか芽のでていない花壇のはじっこに、たんぽぽがちらほら咲いている。

 ゴトフリート――いや、メンジェール王国第二王子フーシュ殿下は、いかつい顔からいかめしい声を発した。 


「パン係どの、魚介担当係のゴトフリートというのは、わが仮の名、仮の姿である。我は身分を隠して、エティア王宮の大厨房でこっそり修行しているのである」

「あ、本名を名乗るのはまずいですもんね」


 明日から俺は王命により、剣を取り戻す旅に出る。ウサギ技師とそのご伴侶どのもいっしょだ。その前にと、俺はゴトフリートさんに、メンジェール王国のことをきいている。

 ジャルデ陛下から、殿下ご自身から事情を聞くとよいと、すすめられたからだ。

 ここは、秘密の話を聞くにはうってつけ。

 仕事が引けた夜、それもまだ春先で肌寒いときたら、わざわざ中庭に出る者は少ない。

 それでもいちおう、間諜がいないかどうかは確かめた。なにせジャルデ国王陛下ご自身が、「どこにでもいるからなぁ。あはははっ」て、もうやけっぱちはなはだしく、笑ってらしたもんで……


「いやでもそのなんか、よくわからない……」

「む? どこがだね?」

「食聖ホーテイの子孫だからって、なぜに調理技能で王位継承が決められるんですか?」

「ああそれは、食聖ホーテイ様の遺言を堅守しているからだ。わが子孫は、人の腹と心を満たす料理人であれ。我が王家は、かような家訓を掲げている」

「それで貴国には、国王陛下自ら厨房に立たれる伝統があると?」 

「そうなのだ。我が王国の開闢は、三百年前にさかのぼる……」

 

 料理王国の第二王子殿下はそれからえんえんと、メンジェール王家のなりたちについて話しだした。

 その淡々とした途切れのない、微に入り細にわたる、時々牛とか豚とか鶏方面に大きく寄り道する説明に、俺は頭がすっかりパンクして唖然となったわけだけど。

 ついには書きつけるペンの動きが、力つきて完全停止したわけだけど。

 殿下はそんなことおかまいなく、たっぷり真夜中まで語り続けていた。

 まるで歴史書を読み上げるように。

 




『むかしむかしあるところに、ホーテイという料理人がおりました。

 彼はみよりのない子どもたちのために、ごはんをつくる人でした。

 とある王国のこじいんには、戦で親をなくした子どもがたくさんたくさん、住んでいたのです。

 ホーテイはパパやママをこいしがるこどもたちに、まいあさまいばん、ごはんやお菓子をいっしょけんめい作ってあげました。

 どうか子どもたちがほんのすこしでも、えがおになるようにと。

「おいしい!」 「おいしい!」 「おいしいよ!」

 ほかほか焼きたてパン。にじいろうろこの焼き魚。黄金のりんごパイ。

 ホーテイが作るものはみんなとてもおいしくて、子どもたちの顔はいつもまぶしくかがやくのでした……』

 (エティア王宮図書室所蔵本「食聖ホーテイのぼうけん」より)





「……こうして幸せになったホーテイは、天に召されるとき、こどもたちにゆいごんをのこしました。

 料理こそは、人あるかぎりけっしてなくならぬ仕事。人を満たし、笑顔にするもの。

 ゆえに我が子孫たちよ、未来永劫、料理人であれ」

「めでたし、めでたしね。ふわぁ」

 

 俺は読んでいた絵本を閉じた。ひざの上にいる金髪おさげの娘が、おおあくびをする。

 ようやく殿下の話に解放された俺が使用人部屋に戻ったのは、真夜中すぎ。しかし娘は俺に絵本を読んでもらおうと、寝ずにがんばっていたのだ。


『だってあしたからおとうさんは、なん日もおでかけするんでしょ? だからよんで』


 かわいい娘に甘えられては、いうことをきかざるをえない。

 絵本は数日前に、金肌の牙王が王宮の図書室からかりてきたものだ。「食聖」って知らないよなぁと俺が同意を求めたら、ああホーテイのことねと、さらりと返されだけでなく。お勉強しなさいと、俺のために見つけてもってきてくれた。

 絵本は絵柄がほのぼのしててかわいらしいので、たちまち娘の目を引いた。

 かしこい牙王はたぶん、しばし離れ離れになる俺と娘の団らんを、演出してくれたんだろう。

 

「おみやげ、かってきてね」

「了解」


 娘が、子ども用の寝床にはいって目を閉じる。ほんのり赤らんだ安らかな笑顔をみるにつけ、いっしょに住むことを許してくださった陛下に、じわっと感謝の念がわく。それから、なんだか少し重たい気持ちも。


「どうしたの?」

「あ、いや。なんでもない」 

「ねえ本当に、私行かなくて大丈夫?」


 娘に毛布をかけてやりながら、牙王が心配げに聞いてくる。

 

「神獣さまの手をわずらわせるなんて、おそれ多いよ」


 正直に言ったら、金肌でふさふさ犬耳の美女は、頬をぶっくりさせてきた。


「なにその、おそれ多いって」


 だってこいつ……この御仁はもう以前の牙王じゃない。ウサギに神獣化改造されて、人型になってる今も、きらきら後光がまぶしいんだ。神々しすぎて、触れるのを躊躇するぐらい。


「それよりさ、食堂のおばちゃんの謎がわかったんだ。おばちゃんがなぜにここの総料理長してるかっていうと、それはメンジェールの王子に料理の技を伝授するためでさ。ジャルデ陛下が料理の師を探してあげたらしいんだけど、なんとおばちゃんは……うへあ?!」


 背中に走るやわらかい衝撃。長くて白い腕がずどんと、俺を大人用の寝床に沈めてきた。

 

「体が熱いわ。鎮めて」

「でぃ、ディーネあのさ、」

「娘には絵本を読んでやったのに。この私には、なんにもしてくれないつもり?」

「いえ……そんな……つもりは……毛頭……ございませ……!」


 白光まぶしい金の肌の美女は、にいっと満足げに口の両端をひきあげた。

 今夜は一睡もできないだろうと、俺があきらめの境地に至ったのは、いうまでもない。 





『食聖ホーテイはなんでも食べてしまう人だったと、いわれております。

 だれもがふだん見むきもしないものでも、おいしく調理してごちそうにしてしまうのです。

 そんなホーテイのこどもたちもみな、遺言に従って、名だたる料理人になりました。

 そのなかのひとりルーテイは、南の大国バナーラ王の料理人となり、半年以上もの攻城戦を、意外な食材をもちいて耐えぬきました。すなわち城の中庭に生えるタンポポの根っこを煎じて兵士たちに飲ませ、イモユリの根を食べさせたのでした。

 ルーテイはその功労で、王よりうるわしい姫君と大公位をいただいたと言い伝えられております。

 この大公領が、飢える者なきメンジェール王国のはじまりでした』

(メンジェール王国観光協会パンフレット「王国のなりたち」より)

 




「へええ、これがメンジェール王国名物、タンポポ茶かぁ」

 

 俺の足元にいるまっしろウサギがせのびして、もふもふでちっこい手を大きな棚に伸ばす。

 木製の棚には、観光パンフレットやおみやげ品がずらり。こぢんまりとしてかわいらしい丸太小屋の家屋には、そんな棚がいくつも並んでいて、背後には長方形のカウンターがある。

 木の香りがむんっと匂うここは、生暖かい空気に満ちた異国。メンジェール王宮前にある、観光案内所だ。


「一個買っとこ」

「おいおい、ここはまよわず大人買いだろ、ぺぺ」


 俺の隣で黒髪黒い衣のおじさんが、棚においてあるタンポポ茶をごっそり腕に抱える。白いウサギは、思いっきりひきつった。


「ちょっとお師匠さま、今回の経費王宮から落ちるからって、それは」

「いやいや、ジャルデだって、みやげほしいって言ってたしさぁ」

「俺のアイダさんは、こんなはしたないことしないのにい!」

「歯ぁむきだして愚痴るなよ。お、なんだこれ蜂蜜飴? うまそぉ! 中に白豆はいってるぜ」

「それ、蜂の子ですよ?」

「ひっ?」


 俺の指摘に黒髪おじさんはあたふた。瓶を取り落としそうになりながらもなんとか棚に戻した。


「さっきの市場もすごかったですね。ありとあらゆる食材が輸入されてると聞いてましたけど。虫系の食材、どんだけならんでたことか。セミにタガメにバッタにコオロギ」

「えっ? あ、あれ食べられんのか、おばちゃん代理?」

「果物屋のとなりに並んでたじゃないですか。たべるんですよ。サソリも並んでましたよ」

「うえええっ?!」

 

 あとずさる黒髪おじさん。この人と俺とウサギは、今朝、メンジェール王国に入った。

 陛下はネコメさんと剣の救出隊として、騎士十人従者十人兵士十人からなるものものしい一団を下さったのだが、俺は固辞した。ウサギも同意してくれたが、巨大な鉄のドラゴン・ポチでいこうとしたので、あわててとめた。衛星破壊爆弾搭載とか、なにそれよくわかんないけど、名前からしてやばすぎる。


『い、いくらなんでも派手すぎますよ! 普通に行きましょうよ! 普通に!』

『ちっ。まともな交通機関つかったら、さらわれたネコメさんたちに追いつけないぜ?』


 ウサギのいった通りになった。

 大陸西北部を占めるエティアから、ウサギがつくった鉄製の箱型列車ポチで東の国境を越え、それから先は船で黄海を南進。オムパロス島を経由して、こんどは北進。大陸に上陸して、港湾国リドを貸し馬で縦断し、国境である山をこえる。その先に広がる平野一帯が、このメンジェール王国だ。人が住むところは都市ひとつぽっきりだが、領土の平野は果てしなく広い。街道の両脇には牛だの牛だの牛だの。豚だの豚だの豚だの。唖然とするぐらいの、家畜の海――。

 この入国ルートこそ、剣がさらわれてメンジェールへ運ばれたとおぼしき道筋だった。

 他国同様、エティアも大陸中に目と耳を放っているし、ウサギも赤毛の妖精たちという独自の情報網を持っている。そしてネコメさんは猫顔のマオ族だから、かなり目立つ。だから草たちも容易に見つけられて、ルートを逐次教えてくれたんだが……。


「だからポチで行こうって、いったのにい」


 敵の歩みは想像以上に速く、俺たちは剣とネコメさんに追いつけないまま、食の王国へついたのだった。


「まぁでも、ネコメさんは無事でいるって情報が入ってきてたから。そこは焦らずに済んだけどさ」


 まっしろウサギが、カウンターにどっそりおかれるタンポポ茶の山を見てためいきをつく。

 

「でも目標は、メンジェール王宮に入ってしまってます」

「だよなぁ。大会開催まで、まだかなり日にちがあるってのに」


 大仰に頭をかくウサギのまなざしが、さらにみやげ物を物色しようと棚にとびつく黒髪おじさんに向く。俺も視線をそっちに動かしながら、声をひそめた。


「ゴドフリートさんがこちらにくるのは大会三日前です。ぎりぎりまで、おばちゃんに仕込んでもらうそうです」

「あと二週間かぁ。おばちゃん代理、剣の声、きこえるか?」


 ウサギの問いに俺はうなだれた。


「いえ……まったく」

「困ったなぁ。どうやって取り戻すかなこれ。でもまぁ……」

――「おおおお! ぺぺ! ニンジンジャム売ってるぞお!」


 黒髪おじさんがめいっぱい天井に腕を伸ばしてかかげるは、オレンジ色のジャム瓶。その鮮烈な色が、俺の目をじゅっと焼いた。

 

「これ買ってやる! 俺ってほんといい師匠!」


 おじさんのはしゃぎ声によって、ウサギの言葉の最後の部分が消された。

 いや、ウサギはだれにも聞こえないよう口だけ動かしたのだ。

 だが俺には、神のごとき力を持つこのウサギがなんといおうとしたのか、わかった。

 フーシュ殿下から、今回の事情をすべて聞いているから……。

 ウサギの言葉を、俺は頭の中で再現した。ぎっと奥歯をかみ締めながら。


『まあ、俺たちが救えなくても、大丈夫だけどな』


 



 夜風が中庭に吹き降りていた、あの夜。

 ゴドフリートことフーシュ殿下は、真摯な顔で憂いた。


『ジャルデ陛下に言われた。そなたは信用してよい味方、事情を話してよいと。だから腹を割って話そう。実は……我が兄、王太子フライヒの料理は、どれも塩辛い』

 

 作る者の性格は、如実に料理の味に反映される。兄に国をたくすのは、はなはだ不安だと。

 そうして、なにもかも俺に打ち明けてくれたのだった。


『たしかに兄は、そつなく何でも作れるし、肉料理もすべからく習得している。だが、塩辛いのだ。そしてわが弟、第三王子のつくるものは、甘い。体裁はよいが、どれも甘すぎる……ゆえに今の我が王国にはありがたくも、この私の即位を望む人々がいる』

 

 そうおっしゃる殿下が作った鬼カサゴのムニエルを、味見させてもらったことがある。

 おばちゃんが彼に魚さばきの実演をさせたときのことだ。あのあと殿下はひとりで魚を調理してみせ、見学者に供したのだ。

 そのいかつい顔に似合わず、ムニエルはなんともまろやかでふわりととろけるようで、とてもやさしい味だった。すでにおばちゃん仕込みであったからかもしれないが、味が性格をあらわすというなら、あの殿下は聖人君子だ。

 

『しかし継承権を競う料理大会というのが、くせものでな。正々堂々の勝負のように見えてその実、王太子が順当に勝つよう、あらかじめ調整されているのだ』


 さまざまなことが、この出来レースのためになされる。大料理人たる国王陛下が直接、王太子に食聖直伝の料理の技を仕込む。他の王子たちにも専属の師がつけられるものの、太子殿下に太刀打ちできないようにされる。第一位とされる肉料理は伝授されず、魚料理ばかり教え込まれる……。

 このままではけっして王になれない。

 そこでフーシュ殿下は彼の支持派に背中をおされて、懇意にしているエティアのジャルデ陛下を頼ったのだった。


『ジャルデ陛下は私のために、最高の肉料理を伝授してくれる師匠を探してくれた』

 

 何人かの候補があげられたが、その中のひとりにおばちゃんがいた。

 候補たちの個人情報を見たフーシュ殿下は、まよわず、おばちゃんをえらんだ。

 なぜなら……

 

『メンジェールの王家は、食聖ホーテイさまのご遺言どおり料理人となり、あまたの者の腹を満たさねばならない。とくに第一位とされる肉料理の熟達が求められる。その最高峰、グリル・イノシカチョウこそは、食聖ホーテイさまがあみだした、我が王家にのみ伝わる料理。なんと総料理長どのは、それを作ることができるのだ』


 そこまで聞いて俺はようやく思い出した。

 グリル・イノシカチョウ。

 おばちゃんが、その食聖直伝の料理を作っていた……という話を、銀枝の騎士団長から聞いたのを。


『食堂のおばちゃんはイノシカチョウを毎年必ず仕留めて、祭の日にふるまってくれたもんだ』

 

 だれも知らぬ北の辺境の、小さな騎士団営舎で。年に一度、豊穣際のときに。

 かつて食聖ホーテイの魂を食った剣のそば(・・・・)で。

 その意味するところは。つまり。つまり……。

 

『私は果報者だ』


 フーシュ殿下は目にうっすら、喜びの涙をうかべて教えてくれた。

 

『わが師、総料理長さまには、食聖ホーテイ様の魂が宿っておられるのだ……!』


 中庭にびゅうとひと筋、冷たい夜風が降りてきた――。





「だからおばちゃんは、俺のことがわからなかったんだ……『おばちゃんじゃないときがある』から……」  

「ふあ? おばちゃん代理、なにぶつぶついってんの? お茶淹れたんならそこどいてよ。俺、ぺぺにニンジントーストつくるからさ」

「あ、すみません」

 

 こぢんまりとした旅籠の部屋で、黒髪おじさんが俺を小さな台所から追い出した。

 さすが食の国メンジェール、宿には部屋ごとに調理台がある。

 

「なんかいい香り!」

 

 卓で待つウサギが、鼻をふにふにさせている。俺が淹れたタンポポ茶をすするなり、豆茶そっくりだと声をあげた。


「うん! うまいぜ! ジャルデもよろこぶぞ、これ。あいつ豆茶好きだから」 


 ジャルデ陛下。

 俺は複雑な気持ちで、王の人なつこい髭面を思い出した。

 剣の中に食聖の魂がないことを知っているのは、フーシュ殿下とウサギ夫婦とジャルデ陛下と。そして俺のみ。俺は結局、牙王に話しそびれたままこっちにきている。あいつにだけは、言っておきたかったんだけど……機を逃してしまった。


『むしろおまえじゃないとだめだろうと思って』


 エティア王国は、フーシュ殿下を王にしたがっている。

 つまり剣をとりもどす、という俺たちの行動は、フーシュ殿下とおばちゃんを守るための陽動。

 「持ち主」の俺を奪還隊に加えれば、この作戦は俄然、本気のほんものらしく見えるというわけだ。

 なんというか……

 ジャルデ陛下は俺に剣をとり戻させてやりたい、絆強い俺たちを再会させてやりたいっていう、聖人のような思考じゃあ、なかったわけで……。

 陛下は殿下を通して重大な情報を教えてくれた。つまり俺に対して一見、正直にふるまってはいる。

 でもたぶん陛下はまだまだ、腹の内を隠してるんだろう。

 ネコメさんがさらわれたっていうのに、ウサギ夫婦のこの余裕っぷりを見てたらわかる。


 剣とネコメさんは。

 きっと。

 わざと(・・・)、さらわれたんだ――


 理由は?

 フーシュ殿下とおばちゃんを守るため……じゃなさげな気がする。まだまだほかにも、目的がありそうだ。そもそも、剣に食聖の魂が入ってるという情報を敵方に与えたのって、もしかしてもしかしたら……。

 ああくそ。もやもやするっ。とにかくようするに、陛下もウサギ夫婦もみんな、みんな…… 


「たぬき」

「ふえ?」

「たぬきだ……」 


 ためいきまじりにぼやく俺に、ウサギはカップにつっこんでいた顔をきょとんとあげた。


「え。俺うさぎだけど?」

「とにかく。剣もネコメさんも、絶対救い出します! いますぐ作戦考えましょう! 作戦! なんとかして、王宮にもぐりこむんですよ!」


 俺が大声あげてぎっちりこぶしをにぎると。ウサギは小さなこぶしで胸を叩いてにやりとした。


「もっちろんさ。ネコメさんは俺のかわいい弟子だぞ? 拉致ったやつらにはお仕置きするよ?」

――「ぺぺ! トースト焼けたぞう♪ 俺、ほんといい師匠!」

 

 そのとき、黒髪おじさんがニコニコ顔で、えたいのしれないかたまりをのせたトーストを運んできた。


「じゃじゃーん! 『白砂漠にたそがれる黄金ピラミッド』ぉ~!」

「ちょ……どんだけ盛ってんの!」

「メンジェール来たからさ。俺の創作料理魂は今、真っ赤に燃えてべラス山!」


 黄金色の三角山が、卓という名の玉座に鎮座する。

 みるみる青ざめていくウサギを尻目に。


「ふへへ。砂糖まぜてかさましした♪ おたべ~ぺぺ~♪」

「ほかになに入れやがったー!」


 甘ったるくて、くどそうな香りが……おとなっぽい豆茶に似た香りをなぎたおした。



―食聖 了―


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