鋼の神 (後編)
キン キン キン キン
打つ。打つ。赤い光。
キン キン キン キン
打つ。打つ。金の床。
それから三日かけて、私は技師に磨かれ刀身を打ち直されました。
黄金竜の象嵌も、きれいに嵌めなおしていただきました。
その間に黄金の狼だのその養い子だの、ウサギだの、ウサギの師匠だのが様子を見にきてくれました。
「このなまくら剣! あんたがしっかりしないせいで、あの人が大罪人になってしまったじゃないの!!」
狼には、しこたま噛まれました。
本当に申し訳ありません。おっしゃる通りです。お許しください。
ていうか、あ、あんまり近づかないでください。
あなたは今や神々しい存在。ちょっとにらまれただけで私、溶けちゃいますよ……。
「パパ、ずうっと牢屋に入れられちゃうの? そ、そ、それとも、首を、ちょんぎられちゃうの?」
神となった狼の養い子には、ぐすぐす泣かれました。
本当に申し訳ありません。なんとふがいない。こんな小さな子を泣かせるなんて……。
「ま、料理人は市中引き回しの上、八つ裂きじゃね? そんでおまえは岩窟の寺院に封印されて、めでたしだな」
ウサギの師匠には、さらっと言われてしまいました。
って寺院?!
嫌です、あそこだけは勘弁して下さいよー。
「じゃ、今すぐここで俺に溶かされるかぁ?」
『い、嫌です。ち、ちゃんとお裁きを受けたいです……』
微塵も容赦ありません、この人。銀髪の奥さんの方が断然優しいです。
他にも騎士団の方々とか、妖精さんたちがちらほらいらしてくださったのですが。赤毛の我が主人だけは、とんと姿を見せませんでした。
「え? うちの厨房にいるよ? 今は囚人扱いでお沙汰待ちで、鎖ついてるけど」
ウサギは顔を見せるたび、いるよ、と言うのですが。
あの人は、本当は塔にはいないのではないか。そんな気がしてなりませんでした。
そして、今日。
『出廷?』
「うん。君の主人は、裁判所に召喚された。裁きを受けるためにね」
工房にくるなり、ウサギはぼりぼり頭をかいて教えてくれました。
我が主だけでなく、捕縛したメニスの子と王弟殿下の処分も、決められるのだそうです。
「ヴィオは今、超危ないんで俺が作ったもう一基の塔に監禁してるけど。そこから動かさないで塔ごと封印かなぁ。殿下と君の主人はどうなるかねえ」
『我が主は、体質的に抗えなかったのです。それを知っていながら暴走を許した私が悪いのです』
「その訴え。事情を知ってる俺にじゃなく、裁判官と陪審員にがっつり言うといいよ」
『では今すぐ裁判所へまいります!』
「まま、落ち着け」
ずるずると自ら動き出しそうな私を、ウサギは押しとどめてきました。
「おばちゃんはまだ、塔から出てないから」
『おばちゃんじゃなくておばちゃん代理です。って、あの方は本当にここにいるのですか?』
私は思わずたずねました。
ウサギの塔に帰ってから、一度も会いに来てくれない我が主。
彼はもう、私を手に取るのがこわくなってしまったのでしょうか。
谷を崩し、平野を焼き。あまたの兵士の魂を一気に吸い込んだこの私。
はたからみたら本当に、この世の悪魔以外の何ものでもないでしょう。
私を持っていなければ、たとえ正気を失ってもあんな惨事は起こらなかったでしょう……。
あの人はもう、私に近づくのは嫌なのかもしれません。
でもひと目。私はあの方に会って、あやまりたいのです。
ごめんなさいとひとこと、申し上げたいのです。
『バカ主人!』
二人して正気に戻ったとき、私は我が主がメニスに魅入られたことを罵ってしまいました。すべては、意識を手放し思考停止した私のせいなのに。
そのことだけは、なんとしても謝罪したいのですが……
『私、嫌われているのですね』
「いやいや、今あいつは、超忙しくってさ」
なぜかウサギは苦笑顔。
「ここに戻ってきてからずっと、厨房にこもりきりでさ。囚人に特訓してる」
『え? 囚……?』
「ま、出かけるまで、おまえさんは食堂で待ってなよ」
私は猫目の技師に運ばれて、食堂の卓に置かれました。
たしかに赤毛の我が主は、コック服姿で厨房におりました。
その隣にもうひとり、エプロン姿の男性がいます。
『おっ、王弟殿下?!』
二人の手首と足首に、金色の鎖が巻きついています。どうやら韻律で固められており、それである程度行動を制限されているようです。
なんと我が主の指導のもと、王弟殿下はとても真剣な顔で、生クリームを一所懸命絞りだしておりました。
「できたぞ! 特製バースデーケーキ!」
ほどなく殿下は顔をあげ、ふうっと息を吐いて額の汗を手の甲でぬぐいました。
完成品に近寄ったウサギが、感嘆の声を漏らします。がちゃがちゃと流しで調理道具を洗う我が主が、ホッと息をつきました。
「よかった、間に合いましたね」
「しかしこれは、全く変わり映えしないというか……味は格段によくなってると思うが……」
「いいと思うぞ。昔作ったものと同じってとこが特に」
ウサギが真っ白いケーキをほれぼれと見上げました。
「これ、雪だるまっぽいのが二つ並んでるけど。仲良し兄弟を模してるんだなぁ」
「完璧です。完全に再現できてますよ」
我が主がうんうんうなずいています。
「殿下が十歳のみぎりにジャルデ陛下のためにお作りになった、手作りバースデーケーキ。そのケーキとまさに瓜二つです。陛下からの礼状が残っていたおかげで、寸分たがわず作れました」
はにかむ殿下は、手にもつ手紙と作りたてのケーキを何度も見比べておりました。
手紙からは、目の前のケーキと全く見た目が同じケーキの幻像が飛び出ています。
「十歳の時……あの年はめずらしく体調がよくてな。だからいつも私を守ってくれる兄上のために、何かしたいと思い立ったんだ。それでこっそり厨房に忍びこんで、頭の中の想像だけでケーキを作った。スポンジはふくらまなかったし、塩と砂糖をまちがえてたし。今思えば本当にひどいものを贈ったんだ。でも兄上はわざわざ幻像をとって保存してくださって……この礼状をくださったのだ」
手紙を覗きこんだウサギが、目を細めました。
「『ありがとう、全部食ったぜ』って書きなぐってあるなぁ」
「うれしくて、宝箱に入れてずっと大事にとっていた。いつか自分の手で、ちゃんとしたまともなケーキを作って、贈りたいと思っていたんだ……。しかし私は……兄上に対して……兄上の国に対して、とんでもないことを……」
殿下の金髪頭がみるみる沈んでいきます。
兄王陛下はきっと食べてくれない――。そう予想したのでしょう。
けれどもウサギはばしりと殿下の背を叩き、励ましました。
「陛下は、食べてくれるさー。な、おばちゃん代理」
「ええ、そう思います」
雪だるまのようなケーキは慎重に大きな箱にしまわれて、ポチという名の細長い銀色列車に乗せられました。
ウサギに鎖を握られた、王弟殿下。鼻をほじっている黒髪のおじさんに鎖を握られた、我が主。
そして、私を抱えた猫目の技師が列車に乗り込みました。
「赤猫」
列車が動き出したとき。我が主は私に向かってひとこと、言葉をかけてくださいました。
「ごめんな」
『な、何をいってるんですか! 私の方こそ、私こそ……!』
鳴り響く出発の汽笛で、私の声がかき消されました。
列車はウサギの塔を離れ、王都の外れにある裁判所へと、ゆっくりゆっくり向かい始めました。
私はもう一度、主人に叫びました。
この人に言いたかった言葉を。
『あなたは、悪くない!』
すると二十四代目の我が主は、微笑んでくれました。とてもとても、優しい顔で。
「ありがとう、赤猫」
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「おはようございます、赤猫さん」
あ。猫目の技師さん。おはようございます。
「いよいよ、判決が出ますね」
眠っていた私はゆっくりゆっくり、赤い心臓をスリープモードから戻しました。
うすぐらい地下留置所の壁が見えてきます。
裁判所の地下にあるここは、春たけなわだというのに真冬のようにひんやりしています。
『審議、ずいぶんかかりましたね。ここに入れられて、三日と十一時間四十五分経過しました』
「ええ、長くかかりました。陪審員たちは、だいぶもめたみたいです」
猫目の技師は、私に銀の鎖を巻きつけ始めました。
「あまりきつくは縛りません。形だけです。それにしても先日のあれは、すばらしい演説でした」
『む?』
「あなたさまが被告席に置かれましたとき。御みずからご自分の能力を示してみせたでしょう? あれで赤毛の方への悪い心証は、だいぶ払拭されているようです」
ああ、陪審員たちのまん前に、大きな穴を開けてやったあれのおかげで?
ごりごり熱線出しながら、一気に大音量でえんえんまくしたててやったから、正直どうかな、と思いましたけど。
でも思いの丈を思いっきり叫ばせてもらいましたよ。
主人がいなくても、私はこのとおり、自由自在に力を行使できるって。
メニスの甘露にあてられたゆえに、私こそが主人を無視して暴走してましたって。
「代わりに、あなたへの印象が最悪になっておりますが……」
『ご心配には及びません。私は嘘は申しておりませんよ。私は我が思考を止めて、主人だけでなく、この世界を完全に無視したのですから』
「さあ……判決を聞きに参りましょう」
裁判所に入った日、私たちはひとりひとり個別に被告席に立ちました。
そのため殿下のゆきだるまケーキがどんな反応を得たのかは、のちほど猫目の技師から教えてもらいました。
王弟殿下とともにしずしずと運び込まれた、寄りそう二つの白い塊を見た瞬間。
兄王陛下は両手で顔を覆い、肩を震わせて、王弟殿下のお名前を叫ばれたそうです。
きっと涙を、必死におさえていらしたのでしょう……。
「どのような結果になるかわかりませんが。王弟殿下の御心は、陛下に届いたと思います」
猫目の技師は私を抱え、留置所を出ました。
彼は暗い階段をゆっくりゆっくり、登っていきます。
はたからみればそれはまるで断頭台にのぼるような光景であったでしょう。
でも私の中にはふしぎと、不安や焦りはありませんでした。
階段の先が、とても明るかったからでしょうか。
私は柄にはまっている赤い心臓をまばたきさせました。
『ネコメさん。まぶしいです』
「そうですね。今日は、よいお天気ですよ」
技師の声が陽気に聞こえるのは、気のせいでしょうか。
階段の先にある狭い戸口からは、日の光が燦燦とさしこんでおりました。
我が心臓の目が潰れるほどに、それはあまりにもまばゆく。
金剛石の煌めきのように輝いておりました。
――鋼の神 了――




