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センニンソウ 後編

 幸い。

 戦は、ここにまではおよびませんでした。

 けれども私どもにふかふかの土をかけてくれた騎士たちは、狼が消えて三日後に、急いでウサギたちが去った方向へ向かっていき……それから二度と帰ってきませんでした。

 この山すそに残ったのは、赤毛で真紅のスカートの少女ひとり。

 

「大丈夫です。戦火はここまではきませんよ。それに促進剤はすでに数年分、ここにおろしてありますからね。もしそれが切れたら、王都の本社に連絡して運び入れてもらいますから」


 娘はにっこりそう申しまして、本当にこの山に住みつきました。

 彼女の家はポチ七号。それにつながれた鉄の箱のつらなりに、促進剤なるおいしい水が大量に収納されているのです。

 彼女は以来毎日、金属の筒を背負い、山すそにその栄養たっぷりの液をかけてまわってくれました。

 雨の日も。風の日も。雪降る日も。毎日。毎日。

 ゆえに。いつしかしなやかなケヤキの貴公子やあでやかな桜の若君が、この娘に並ならぬ好意を寄せるようになったのは、必然でありましょう――。



 ひと月たちふた月たち。雪ふる季節が過ぎました。まっしろな雪の上からもなお、赤毛の少女は毎日ひとりで、山すそに促進液をかけてまわっておりました。

 そうして若葉芽吹く季節になった今日この日。


――す、す、す、スオウよ。


 桜の若君がついに、少女に告白をなさっております。


「はい? なんですか? もう少しお水をかけてほしいですか?」


――いやその。なんだその。おまえかけ方、乱暴だぞ?


「す、すみません」


 え。ちょっと。何おっしゃってるんですか桜の若君。

 しっかりなさってくださいよ。

 それでも私たちをしりぞけた猛者ですか?


――うう、なんだその、いやその、空が、青いな!


「は、はい? そうですね。すごく青いですね」


 ああああ。まさかこんなじれじれを見せられるとは。

 ふくらむ花芽を一気にふくらませたごとき私たちの思いは、ついにおさえがたきものとなりまして。

 私たちは、つい昨日、とある決着をつけたのです。

 木々の若君や私たち年端もゆかぬものたちが総出で寄り集まった中。その美しさとしなやかさと、精霊じゃんけんの運の強さで、桜の若君はほかの木霊を圧倒し、赤毛の娘に告白する権利を勝ち取ったのであります。

 ちなみに精霊じゃんけんとはかなりぶっそうな決闘方法です。

 すなわち人間のじゃんけんと原理はおなじですが、精霊界にて実際に、剣と網と岩石をたずさえた眷族たちを使いまして戦います。

 まるで知略めぐらされし人間界での大戦のごとく、おのおのの木々の若君とその眷属は激しくあい争ったのです。やぶれさった他の木霊たちは数知れず、消滅したものも数体おりました。

 なんと木霊の命をかけるほどに、みなさま赤毛の少女をいとしく想うようになっていたのです。

 

――あの、あのな。私が勝ったのだ。じゃんけんに!


「まあ、そうなんですか」


 赤毛の少女はころころ笑いました。

 ぜったい人間が遊ぶじゃんけんと勘違いしているにちがいなく。切り株にえらそうに座っている桜の若君は悶絶寸前。 

 ま、まさか。あの熾烈な精霊じゃんけんは、まったくの運だったのでしょうか。

 かくも桜の若君が腰砕けになるとは。


――いやだから! すごいじゃんけんだったのだ! 後出しもあってだな、三回勝たねばならんとか、わけのわからんことを言い出すやつもいて! 


「あーそれ、あるある、ですよね」


 たのしげな笑い声があがります。いやほんと、勘違いまっしぐらです。 

 

――と、と、と、とにかく、好きだ!


「私も、じゃんけん好きですよ」


――いやそーではなくてー! わたっ、わた、わたしは! そなたが好――


 そのとき。

 空からひゅるるるとおそろしい音がして。若葉芽吹き始めるすそ野に、あの箱型に変化する竜がずどんと落ちてまいりました。

 かつてウサギたちが乗ってきたあの鉄の竜です。

 ふた季節ほど経て再び舞い降りてきたそれは、ずいぶんくたびれていて。そこかしこ、おそろしげな穴やひびもあいており、すすけておりました。

 

「促進剤!」


 降りたった竜から飛び出してきたのは、あのウサギ。

 

「スオウ! 今すぐくれー!」

「おじいちゃん!」


 ウサギの叫びに赤毛の少女は飛びあがらんばかりにびくりとわななき。

 ふりむいたと思いきや。


「おじいちゃん! おじいちゃあああん!」


 ぼろっと顔を崩して、竜と同じくすすけているウサギに駆け寄り、抱き上げました。  

 

「無事だったのね。よかった!」

「おいおい、毎日伝信で情報流してたろ? はああああ、やっとこ勝てたわー。いやほんと、スメルニア軍わんさか漏れてくるってのはともかくさ、いやもう、あのヴィオのおかげで洒落になんなかったわ!」

「おねがいします、促進剤を!」


 竜からよろよろと赤毛の青年が出てきました。

 

『まったく! 何とちくるってんですか! このバカ主! ああもう! きもちわるい! きもちわるいいいいいいいいい!!!!!』


 すさまじくわめきたてる剣を、その背に負いながら。


『ふらっヴぃおすに「きみかわいいね」?! なんですかその言い草は?! しかもそれで三ヶ月も塔に監禁されるとか、なんですかそれは?! いくらメニスの魔王の甘露にあてられたからって、あんた自身が魔王の手先になってどーするんですかあああああああ!!』

――「いやほんとまじ、あの剣もってるおばちゃん代理相手に、よく勝てたわ俺……」

「おじいちゃん!」


 赤毛の少女の腕の中で、ウサギはくたりとうなだれました。 

 

「とにかくさ、あの狼に……」

「お、おねがいします! 促進剤を……アムリタを分けてください!」


 蒼ざめた顔で赤毛の男が抱えているものは、大きな黄金の狼。その毛は焼け爛れていて、なんと息がとまっています。

 私たちはみな、ざわめきました。

 とくに大杉の翁さまの呻きが、私の耳にこびりつきました。


――まさか、覚醒したのか?!


 そして、桜の若君のやるせないため息も。


――ああ……スオウ……君は……


「ぐ、ぐふ。つかれたー」

「おじいちゃん! いやあ! しっかりして!」

 

 若君はこの瞬間、赤毛の娘がだれを慕っているか、悟ったのです……

 

「スオウちゃん、ピピさんは大丈夫ですから、急いで牙王にアムリタを飲ませて」


 ぼろぼろの鉄の竜から最後に出てきたのは、以前見た黒髪の男ではなく。


「そうしたらきっと息をふき返すはずです」


 目の覚めるような銀髪の麗人でした。その美しい人は長い銀髪を春風になびかせて、赤毛の少女に言ったのでした。

 

「これから急いで塔にも持って行きましょう。みなさんを助けるために」


 

 そうして。

 赤毛の少女は去っていきました。

 人間たちとウサギと、なんとか息を吹き返した狼と。そして促進剤を乗せたポチ七号はなんと大きな鳥型に変じて、空に舞い上がったのです。ぼろぼろの鉄の竜が私たちのすそ野に残されました。

 その出来事はまるで春の嵐のようで、あっという間のことでした。


――いってしまった。


 若君が呆然とつぶやきました。

 

――あの男、覚醒したとなればゆゆしきことぞ。一度そうなれば……

 

 大杉の翁さまがうめきました。

 若君は、赤毛の少女を。

 翁さまは、赤毛の男を。

 それぞれ、案じておりました。

 私たちは、桜の若君はもうすっかり、失恋してしまったものだと思っておりました。

 若君はひがな一日切り株に座り、鉄の鳥が去っていった方角を眺めるようになり。月日がこんこんとたちました。

 

――あの子はもう帰ってこない。


 赤毛の少女だけではありません。

 ほかのだれも、帰ってくるそぶりなど、ありませんでした。

 

――あの子は帰ってこない……

――あの子は……


 私たちがひどく同情するほど、桜の若君はしなだれてしまいました。

 なんとも哀れに。

 せっかく芽吹いた芽が枯れかけるぐらいに……。

 だれかれとなく、彼を励ましました。きっと少女は帰ってくると。


――まさか。帰ってなどくるものか。


 若君のつよがりは弱弱しく。

 私たちは、このままこの方は枯れてしまうのではと心を痛めました。

 でも。

 きっとその想いが通じたのでしょう。

 その夏。ふわふわ白い綿蟲が降ってくるころ。

 私たちは、あの鳥が飛んでくるのを目撃したのでした。

 ポチ七号とかかれた、あの鉄の物体が、みるみる私たちのすそ野にやってくるのを。

 その鳥はぴかぴかに輝いていて、中から降りてきた人たちの顔もそれ以上に輝いておりました。

 

――スオウ!


 だれよりも喜んだのは桜の若君で。


――ことなきをえたか!


 だれよりも安心したのは大杉の翁さまでした。


「ここがすっかりもとどおりになるまで、監督する約束ですから」

「――ってうちの娘がいうもんで、またぞろ促進剤いっぱいつくってきたわー」


 鳥から降りてきたのは赤毛の少女と白いウサギ。そして、赤毛の男と黄金の狼。

 それから、黒髪の男。

 銀縁取りの騎士たちは、いまだ「塔」と呼ばれるところにいるとかいないとか。

 そのあたかも勲詩のようなてんまつを、私たちはそれからえんえん、黒髪の男からきかされる(自慢される?)ことになったのですが。それはまた、別の長い長いお話なのでございます――。





 こうして赤毛の娘はまた、私たちのすそ野に水をまいてくれるようになりました。


「芽吹いてきますように。緑の森に、なりますように」


 祈るように言葉をつむぎながら、緑一面となった野に、毎日。毎日

 広い広い山のふもとには若芽が芽吹き、私たちはみな、見違えるほど伸びています。

 赤い髪の娘は、今日もにっこり私に微笑みかけます。

 

「もっと大きくなってね」

 

 ああ……なんてかわいらしい。

 いったいだれが、こんな幸せを手に入れられると想像したでしょうか。

 私はいま、幸せです。

 とても幸せです。

 この少女の笑顔を、毎日見られるのですから。


 それにしても桜の若君はいつ、この少女に告白できるのでありましょうか。

 あれからなかなか、よい時宜にめぐまれておりません。まったくじれじれもよいところです。

 もしあと三日のうちにだめでしたら、私、また名乗りをあげようかと思います。

 そして再び精霊じゃんけんをするよう若君に申し込み、果敢に告白権を勝ち取りたいものです。

 なにしろ促進剤のおかげで今の私は。

 この夏、私は――。


「もう、つる草じゃないわね。とてもりっぱだわ」


 赤毛の少女がほれぼれと私を見上げてくれます。

 いとしい人よ。あなたには、感謝してもしきれません。

 おかげさまで、私はなんともりっぱな木のようになれました。

 もちろん、この木霊の姿も劇的に変わっていますでしょう?

 すばらしく、二枚目にね。

 ふふふふっ。

 


――了――

ハヤトはきっと「俺のぺぺ大活躍う! 最高!」 とかみんなにいいまくったのでしょうが、

次回はきっと赤猫剣の大愚痴り大会です……

四百年後の「白の癒やし手」でもいまだに愚痴りだすぐらいのトラウマものだったらしいです。


武王語録に迷言として残ることになる「きみ、かわいいね」は、

ヴィオの甘露のせいなのでどうかご容赦ください。



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