エクス・カリブルヌス三世――創砥式7305Ⅲ――
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金槌で剣を打つマエストロが、ちらとこちらに視線を投げてくる。
裸のままで、ぐったり戸口によりかかっている私の方に。
自分の口から、赤い血がぽたぽた垂れているのがわかる。
動きたいのに。もう動けない……。
「急がないと。もう、時間がない……」
マエストロは背を向けて、剣の仕上げをしている。
真っ二つに折れていたあの剣は、いまやすらりとした長身のものに生まれ変わっている。
黄金竜をかたどった柄。その目の部分には、大きな穴。
マエストロは泣くほどあの剣が好き。
この剣こそが……たぶんマエストロの一番愛するものなんだろう。
一心不乱にその剣を直すのは、そのせい。
ごはんも食べないで直すのは、そのせい……。
――キン! と、金槌の音が止まった。
マエストロは剣を掲げ、惚れ惚れと眺めて微笑んだ。
「ほぼ、原型どおりに戻ったな」
なんていい顔。ホッとしたような。とても嬉しげな表情だ。
「刀身はまあ、超適当なんだけど。エクスカリバーはもともとなまくらだったから、刃は別にどうでもいい。問題は、柄の宝石だ」
マエストロは工房の隅にある卓の引き出しから、厳重に封印された箱を出して蓋を開けた。
その中に入っていたのは……とても美しい、大きな赤鋼玉。
「これはエクスカリバーの蓄積情報の複製……まさか僕が生きているうちに二つ目を使うことになるとはね。導師ダンタルフィダスの魂をオリジナルからここに移動して封じてたけど、三個目を作ってるヒマはない。このままこいつを使うしかない……悪魔と同居させるのはしのびないけど、仕方ない」
マエストロの顔にほのかに悲しみの色がさす。
大きな赤鋼玉は、剣の柄に嵌め込まれた。竜の、目の部分に。
「オリジナルの一万一千五百年分の蓄積情報は、完全に移植されている。だけど英雄スイールが殺される前後一ヶ月間の情報はない。そこは別の記憶で埋まるからいいとして、問題は重複分の情報だな。約三十年分か……コンフリクトしないでうまく融合すればいいけど……」
竜の目が。赤い宝石が、きらきら光る――
「二つ目よりさらに情報体内部の演算機能を強化してるから、ファジーな計算結果は出さないはずだ。魂を吸引する能力も、燃費も、魂の許容量も、みんな五割増しにしたから、衝撃派系の大技を簡単にくりだせるようになると思う。大地を割るとか、簡単にできるだろうね」
なんてきれいな目なんだろう……。
「そういえばオリジナルは、自分が竜の格好してるくせに、竜は毛嫌いしてたんだよな。同族嫌悪って奴か?」
マエストロはくすくす笑って、ぶん、と剣を肩に担いで。
「さあ、仕上げだ」
そして私の方を振り向いて。戸口でぐったりしている私の前にやってきた。
「エクステル。僕のエクステル」
マエストロが、私の名を呼ぶ。
「最後にもう一度だけ、君を食べさせて」
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「ひ!」
あ、あぶないところだった。
やばい感覚を感じる前に起きられてホッとする。
……って、俺いつの間に眠っていたんだ?!
リコの実たっぷりの目覚ましジュース飲んだのに。その直後寝落ちするとか、どういうことなの。
大体、剣を警戒して今日は寝室に行っていない。厨房で仕込みしようって思ってたのに、食堂の卓につっぷしてがーがー眠って夢を見てしまうって。
俺と剣のつながり具合って、そんなに深いものなのか?
あれ? コップに残ってるジュースの匂い……
う?!
も、もしかして俺、材料間違えた?! リコの実じゃなくてコリの実入れちゃったかも?!
それやばい。睡眠薬になってるじゃん! 何やってるんだよ俺!
いくら鼻血出すぐらい動揺したからって。砂糖と塩間違えるレベルになっちゃってるとかすごくやばいぞ。
あ……やばい。やばい。やばい。
ま、また……眠気……が……
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「ふぁ……マエストロ……マエストロ……!」
私はもう一度、マエストロの腕の中で溶かされた。
『最後に』
そういわれたので、これを最後についに捨てられるのだと思った。
何よりも大事な剣が手元に戻ってきたのだもの。
きっと、もう気を紛らわせるオモチャは、いらなくなったということだ。
死にかけの私を下取りしてくれるお店なんてないだろうけど、普通なら、損をした分を少しでも取り戻したいはず。きっと明日には、私は売りの手続きをされる……。
『どうか死ぬまで、おそばにおいてください』
そうお願いすることは……とてもできない。
そんなことを言える権利も資格も私には……。
「……と言え」
え? 今、なんて?
突然命じられて、私はびっくりした。
「愛してるソートアイガス、そう言え」
……え?
信じられない言葉に、私は呆然とした。
「命じないと、君は遠慮して何も言わないからな。早く言え」
「……マエストロ?」
「マエストロじゃない。ソートアイガス。僕の名前を呼べ。愛してると言え」
「あ……愛してる……」
「愛してる」は、「お店」にいた時、お客さんによく言わされた言葉だ。
なんの価値もない言葉。だからすんなり言えた。
でも。
その続きを言うのを、私はためらった。今教えられた名前は。まさか……。
「まさか、マエストロの、名前……?」
「そうだよ。僕の名を呼べ」
「い、言えません……」
私は茫然として首を横に振った。
「言えません……言えません! 言えませんっ!」
名前ほど、神聖なものはない。赤の他人に、絶対に教えてはいけないものだ。
私の名前を知っているのは、両親と、お店の旦那様と、マエストロ。
私の持ち主だけ。
それ以外のすべての人から、私は「赤猫」と呼ばれている。
みんなそうだ。本当の名前は、家族や保護者しか知らなくて。他の人たちは、みんな通称で呼ぶ。
その人の本当の名前を手に入れるということは――
「愛してる、ソートアイガス。そう言え、エクステル」
その人の、命を手に入れたのと、同じこと。
その人の、「持ち主」になるのと、同じこと……
「言えま……せん……!」
「だめだ。言って」
信じられないことに。ぼろっと、マエストロの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「僕のエクス。頼むから、僕の名前を呼んでくれ」
「……愛してます……ソ、ソ……ソート……アイガス様……」
私が震え声で、なんとか命じられた通りにすると。
マエストロは安堵のため息のようなものをついて、私から身を離した。
「ありがとう。これで心置きなく、君を剣に封じられる」
剣に……封じる?!
「愛してる、エクステル。だれよりも愛してる。だから絶対、君を死なせない」
マエストロは直した剣を取り、振りあげた。
「君は。もっともっと、生きるんだ。僕よりも」
「――!!」
「永遠に」
剣の刃が、ずん、と音を立てて食い込んでくる。
深々と、私の胸に。
次の瞬間。私は何かにひきずりこまれるような感覚を覚えた。
ずるずると。とても強力な、渦の中に――
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「大丈夫ぅ?」
「あんまり、大丈夫じゃないです……」
食堂のテーブルに突っ伏す俺の頭を、タラコ口のウサギがぐりぐりしてくる。
「それで赤猫の記憶は、どこまで見たわけ?」
「剣に、入るまで」
「おぶ。じゃあマジで鼻血がたれる経験を……」
黙れデリカシーゼロ・ウサギ。
「まあなんだな、このニンジンスコーンうまいな」
ウサギは俺の向かいにぽてんと座って、口いっぱいに朝ご飯をほおばった。
料理人たるもの、朝一番に起きてみんなのご飯を作ることは決して怠けられない。
目覚ましならぬ睡眠ジュースでまだ眠気がひどいが、俺はなんとか己の朝の仕事をこなしたところだ。
「えっとなぁ、ここの赤毛の妖精たちって、ひとりの女の人から造られてるってのは話したっけ?」
「はい、なんだか前にうっすらと」
「あの子らを作ったのは、俺の初めての弟子なんだ。命のもとをくれたその女の人をさ、弟子は大好きだったわけだよ。でもさ、失恋しちゃったのね。それで分身が欲しかったんだろうなぁ。でさ……ずうっと妖精たちに囲まれて独り身でいたんだけど。ついに見つけたのが、あの赤猫ってわけ」
赤毛の妖精たちの母親。その人への思いがかなわずにいたマエストロが……
赤毛の赤猫をひと目で見初めた?
「うん。ひと目で、だね。あの弟子はわりとスレてて、その手のお店に通っては研究材料を調達してた。ああいうお店って、闇市から実にいろんなものを買って商品にしちゃうらしくて。発掘の穴場だって言ってたよ……。しかしまさか何の変哲も無いふつーの女の子を、買い取ってきちゃうとはねえ」
まだほんの十代後半ぐらいの少年なのに? といぶかしんだら、当時あの姿で百八十歳ぐらいだったわ、とさらりと言われた。
マエストロは灰色の技師の技術で延命処置をしていたらしい。
このウサギもだいぶ年をとっていそうだ。先日もなにげに一世紀前って言ってたもんな。
一体いくつなんだろうか。
しかし夢をかんがみるに。今も、俺が持ってる剣の中には、もともとの剣精霊の他にエクステルという子が混在しているんだろう。
「でも剣の中に魂を封じ込めるなんて、ちょっと残酷では? 転生できなくなるでしょうに」
ウサギはニンジンスコーンをごきゅりと飲み込んで、うーんと唸った。
「あの弟子には、人道的な倫理観なんてなかったからなぁ。俺もちょっとひどいと思って詰め寄ったんだけどね。剣に女の子の魂を入れちゃったあとさ、あいつ珍しく、我をむき出しにして叫んだんだよね……」
『おまえ……自分のしたこと、わかって――』
『わかってるよ!!』
「もうぼろぼろ泣きながらさ。あいつ俺に怒鳴ったよ」
『でも、失いたくなかったんだ! 僕を慕ってくれる魂を!!』
「ほんとびっくりしたわ……」
『ひと目見て、この子だって解ったんだ。僕のもの。僕のかたわれ。唯一人の子……! 僕のこと、忘れさせたくない! 輪廻なんか、絶対させるもんか!!』
ウサギは腕組みをして天井を仰いだ。
「俺が思うに。あの二人、前世でなんか因縁あったんじゃないかなぁ。ひと目見て分かるってことは、そういうことだろ? 今生で初めて出会ったってわけじゃなさそうだわ」
そうなんだろうか。
とても気になるが、その部分は生まれ変わったときにすっかり記憶からなくなっているだろうから、知りようがない……。
その後金髪のマエストロは、塔の外で灰色の技術を危険視する勢力につかまり。岩窟の寺院に封じられ、そこから出られずに亡くなったそうだ。
だがその魂は寺院の中に今もまだ、とある形で残っているという。
「あいつは絶対死なないだろうなぁ。いつか寺院から出てきて世界征服でもするんじゃない?」
「えっ?! 世界征服?」
「いやあ、そのぐらいすごい技師だったのよ。大陸同盟にたてついてメキドを長らく支配してたのも、英雄たちを使ってエティアを建国したのも、あいつだもん。だから敵が多くて、塔に隠れ住んでたんだよ」
「そ、そうなんですか……」
そんな人の師匠って。俺の雇い主であるこのタラコ口のウサギ、一体何者?
今の奥さんが普段ここにいないっていうのも気になるし。
「で。なんで赤猫の剣が騎士団営舎に? ずっとこの塔にあったんでしょう?」
「え、えーとね。たしか一回外に持ち出したとき、アクシデントで行方不明になっちゃってさ……」
なんだか、いろいろ事情がありそうだ。
「探しても見つかんないから、あきらめてたっていうか。どこいったかなーとは、思ってたんだけどねえ。いやあ、見つかってよかったよかったー」
その日の一日の仕事をいつものように、晩御飯の皿洗いで済ませた俺は。寝室に入るなり、盛大で荘厳なる音楽に歓迎された。
こ、これは……
『きらりとひかーる白刃の~♪ わが身横たえ仕えますぅ~♪』
「あにそ風主題歌」!?
『我が主ぃ! おはようございますう!! 今日もすっばらしい天気ですねえええ!』
……いや、今は夜だよ。 外は真っ暗な宵空だよ。
『なんか私、ひどくかっこよくなってるんですけどぉ、だれが治してくださったんですか?』
「ネコメさんが……」
『だれですかそれ、私の記憶にありませーん。でもすばらしい! すばらしい! ぶらぼぉ! ごーじゃす! わんだふる!』
寝台に置いてる剣がひどくはしゃいでいる。どうやら、意識が覚醒したようだ。
明らかにいつもの調子で元気満々。
でもこれ……どうみても、あの可憐な赤猫じゃないよな。全っ然性格違う。
きっと、もともとの剣精霊の方の意識なんだろう。
それが出てきたということは、赤猫はしばらくはもう、出てこないってことだろうか。
『ああん、そんなに見つめないでくださいよ我が主。恥ずかしいじゃないですか? さっそく仕事したい気分ですよ。どこかにわるーい敵でもいないですか? 必殺斬りでかるーくふっ飛ばしたいぐらい、気分爽快ですよぉお♪ ああなんて、すばらしい刀身! 銀色に輝いててきれいですねえええ』
「ね、ネコメさんが隕鉄で作ってくれたんだよ」
『っほおおおお! なんと! それは切れ味抜群でしょう。そうでしょう!』
これ……どうやったら、あのかわいい赤猫モードになるんだろう。
あの子ちょっと性格暗いけど、今のこれよりも断然いいよ絶対。
切り替えスイッチないかな。いや、ないか。
まじまじと剣をのぞきこんでみれば。
柄に嵌る赤鋼玉には、剣の名前と一緒に赤鋼玉を造った人の打銘がしっかり刻まれていた。
『Ex Caliburnus nova hebes Version Tribus』
『創砥式 七三零五』
俺はウサギがしみじみつぶやいた言葉をふと思い出した。
いつかその言葉が実現したらいいのにと、思いながら。
『いつの日か。ソートくんは赤猫ちゃんと再会するような気がするなぁ』
――創砥式7305・了――
剣の名前:
Ex Caliburnus nova hebes Version Tribus
(鋼の神)(新しい)(なまくらな)(三代目)
「hebesなまくら」をしっかり刻んでいるところが、マッドなマエストロらしいところ;
おそらくオリジナルである聖剣エクスカリバーの蓄積情報を
全部読んでつけたのでしょう。
聖剣は地球からこの星に運ばれてきた際にとある女神から
「なまくら」と命名されているからです。
マエストロはオリジナルを作り直したカリブルヌス二世をスイールに渡していたのですが、
これが本文中にあるように7305年に頭脳を破壊されて戻ってきました。
予備の複製頭脳に赤猫を入れて完成したのが今回の三世、
すなわちおばちゃん代理が持っている剣です。
赤猫が入れられた赤鋼玉は、オリジナルのエクスカリバーの頭脳の複製品です。
オリジナルの一万一千年にわたる蓄積情報(地球のAD500年ごろ~)を
完全に引き継いでいます。




