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エクステル――創砥式7305―― 

 今日ネコメさんが剣が直ったと知らせてくれた。

 工房に行ってみたらなんともまあすらっとした長身の剣になっている。

 黄金の狼姿の牙王が、よくやったといいたげにネコメさんを称える遠吠えをした。

 真っ赤な赤鋼玉で黄金竜をかたどった柄が実に見事だ。

 でも刀身が見事によみがえったのでもうリュックには入らない。

 しばらくは、自分の寝台のそばに置いておくことにした。


「そういえば明日は夏至ですね」

「あ、そうだった。やっぱりエティアの中央部でも、柱たてるのかな?」


 北の辺境のうちの村では、夏至柱を立ててその周りをぐるぐる踊る。

 ジャガイモや魚の塩漬けなど、ご馳走も食べる。

 ネコメさんは猫の姿のマオ族なので、エティアの習慣はよくわからないんじゃないかと思ったら。


「王宮前広場で立派なのを毎年建てますよ」


 屋台もいっぱい出されるそうだ。

 カーリンと牙王を連れて行ってみようか。

 それにしても。

 修理された剣はまだ眠っているのか、全く反応が無い。

 いつもならべらべらのべつまくなし、精神波で喋ってくるのに。


「いや、そんなそぶりは全然」


 ネコメさんに聞いてみたら、声などひとことも聞こえないという。

 でも赤鋼玉には傷はなさそうだから、しばらく様子をみることにした。  

 祭りを楽しみにしながら娘と暫定の狼奥さんが隣の寝台で寝入ったあと。

 俺は夏至の日に出すご馳走のレシピを考えながら眠りに沈んだ。

 まさか変な夢を見るとは思わずに――。



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 白綿蟲が舞っている。ふわふわふわふわ舞っている。

 夏の始めに、雪のように降ってくる虫だ。

 今日は夏至だと、母が言う。

 街で祭りがあるんだと。たらいでごしごし洗濯する手をとめて、私の頭をそうっと撫でながら。


「父さんが連れてってくれるよ。晴れ着を着てお行き」


 洗濯物を干した後。家の中に呼ばれて手渡されたものは、いつもの晴れ着と違った。

 襟にも裾にもびっしり花模様の刺繍がしてあって、中に着るブラウスは真っ白でおろしたて。袖にボビンで編んだレースがついている。白い被り物には大きなリボンがついていて、フェルトの靴にも、刺繍がびっしり。

 まるで花嫁衣裳――。


「食べていきなさい」


 夏至の祭りは夜にやるからと、早めの晩御飯を出された。

 いつもはパンだけなのに、母はチーズをとろとろに溶かして麦と炊いたシチューを食べさせてくれた。

 貧しい我が家では、チーズやお肉は、父だけが食べられるものだのに。

 それが母の精一杯のたむけだったことは、父さんに連れられて街へ入る前にうすうす気づいた。

 小さな弟や妹たちは母と一緒に家で留守番だったし。父はひとことも喋らず黙りこくっていたから。

 それでも街へいけるのがうれしくて、道端で小さな花をつんだ。

 夏至のお祭りには、広場に柱が立つ。みんな願いごとをしながら、その柱に飾りをつけると知っていたからだ。 

 街の広場はものすごい人だかり。街の人だけでなく、近隣の村からもたくさん人がやってきていた。

 広場の中央に立てられている柱は、針金で飾り杖のようにかたどられた、せいたかのっぽ。花がいっぱいつけられていてとてもきれい。

 楽団の演奏がどこからか聴こえていて。年頃の若者や少女たちがぐるぐる柱のまわりで踊っている。

「おまえも踊っておいで」と、父さんはひとこと言い残して酒場に消えた。 

 私は道端でつんだ花を柱に飾った。名も知らない小さな花だ。

 薔薇やガーベラに比べたらひどくみすぼらしいけれど、街の人たちのように花屋さんから買うお金が無いから仕方ない。

 これで家族みんなの健康や幸せを祈るなんて、虫がよすぎるだろうかと、手を合わせて拝むのをちょっと躊躇した。踊りの輪の中に入ろうかどうしようかと、広場のはしっこでぼうっと踊りを眺めていたら。

 知らない人に肩を叩かれた。


「マキウの娘ってあんたかい?」


 振り向けば、ものすごくお酒臭い人の後ろで父がうなだれていた。


「まあ、顔はかわいい部類だな。名は?」

「……」

「あー、呼び名だけでいいぜ。俺は持ち主にならねえ。仲買するだけだからな」

「赤猫……」

「よし、銀三本出そう」


 お酒臭い人に腕をつかまれ、私は広場から連れ出された。


「すまねえ赤猫」


 うつむく父の言葉を背に。


 こうして私は人買いに売られた。

 同じぐらいの年の娘が、自分の結婚相手を見つける日に。


 

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「ふわ?!」


 思わず驚いて俺は飛び起きた。

 何だろう今の夢は。

 自分が年端も行かない女の子になった夢とか、違和感ありすぎる。

 しかも妙に現実感たっぷりだ。

 首をかいて寝台の周りを見渡すと、そばに立てかけている剣の赤鋼玉がぴかぴか光っている。

 だが話しかけてこないから、剣の意識が目覚めた……わけではなさそうだ。

 首をかしげながら俺はばふんと、寝台に実を沈めた。

 とたんにまた、変な夢が始まった……。



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 ここ数年、近隣で子供が多い家では次々と年上の女の子が突然いなくなっていた。

 母は決まってこう言った。「お嫁にいったのよ」と。

 でも本当は、そうではないのだろう。

 たぶんみんな、私と同じ。

 村は飢饉続きで、うちは小作農。やっとできた麦は、ごっそり領主様にとられてしまう。

 だから父は一年の半分は、塩取りの出稼ぎに行っていた。

 ご飯は一日二回なんとか食べられたけれど、肉を食べていい父とは違って、私たちはいつも、パンと水だけだった。

 だから酒臭い人に放り込まれた「お店」で、牛乳や卵や果物が食事に出されたとき。


「これ……食べていいんですか?」


 私は目をまんまるくしてとてもびっくりした。


「もちろんよ。それはあなたの分」


 その「お店」はとても羽振りがよくて、女将はとても面倒見のよい人。使用人にもおなかいっぱい食べさせてくれた。 

 はじめのうち、私はそこで下働きをするだけでよかった。

 「お店」で働く女の人たちの衣類を洗い。食器を洗い。敷布やかけ布を、毎日何枚も何枚も洗う。

 時々血がついている布を見つけてどきりとしたけれど、それがなんなのかはこわくて誰にも聞けなかった。ここで十分食べていけるから、そのことにはわざと目をつぶった。

 女将は旦那様と「お店」の経営のことでしょっちゅう言い争っていた。

 意味が分からない言葉が多くて何を言っているのかさっぱりだったけれど、「お店」で働く女の人たちを守ろうとしている雰囲気が、なんとなく感じられた。

 でも女将は、しばらくして病気で亡くなってしまった。

 旦那様が毒を飲ませたのよ、という噂が店内でひそひそ囁かれて、とてもこわかった。

 それは、あながち嘘ではなかったのかもしれない。

 女将のお葬式の直後、私は旦那様の命令で下働きをやめさせられた。

 私も「お店」で働けという。

 その日以来。ご飯はいつもと変わらなかったけど、それに血のような真っ赤な色の飲み物がつくようになった。

 それを飲むと胸が焼けるように熱く、痛くなる。頭もぼうっとする。ろくに、歩けないぐらい。

 でも飲まないと、鞭で打たれる。


「とても高価な薬なんだぞ。おまえはずっと、このかわいい顔でいられるんだ」


 どうして布に血がついていたのか。

 女将がなぜ旦那様と言い争っていたのか。

 薬を飲んで「お店」で働くようになって、ほどなく分かった。

 私が飲んでいる薬は、体の成長を止めるもの。

 旦那様は大人になれなかった私を、「お店」に来た人にこう宣伝した。  

 

『永遠の少女。不死のメニス』

 

 メニスはほとんど老いない種族。「お店」では混血の子を二人抱えている。

 でも本物で貴重なその子たちは、お姫様のようにとても大事にされていた。

 大陸法典で、庇護されなければいけない生き物だと定められているからだ。

 だから彼女たちのお客さんは吟味されつくして週に一度だけ。どの人も、やんごとなき人たちばかり。


「決して傷つけることのなきようお願いいたします。涙の一粒で十分、甘露の効力がございますので」


 旦那様はそう愛想笑いをする裏で、とても恐ろしいことをしていた。

 私のような二束三文の人間の娘を「メニス」にして。お金を出した人に、好きにさせる……。

 薬のせいでぼうっとしている私は、涙を流せと、何度も殴られたり、蹴られたりした。

 手足を傷つけられて、血をとられた。

 ギラリと光る刃物で、肉をこそげとられたり。髪を切られたりもした。

 なぜなら。

 メニスは不死の体を持っている。

 その血を飲めば。その肉を食べれば。不死になるといわれているから――。


「お前本当にメニスなのか?」

「あんまり血が甘くないなぁ」

「でも体臭はすごく甘ったるいぜ」


 一体何人の人に、傷つけられたのだろう。

 痛いはずなのに。血がどくどく流れているのに。

 薬のせいで頭がぼうっとして。ぜんぜん、抵抗できなかった。

 悲鳴さえ。

 出すことが。

 でき。

 なく……て……。


 

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 キン キン キン キン


 打つ。打つ。赤い光。


 キン キン キン キン


 打つ。打つ。金の床。


「どうですかネコメさん」

「うーん。この赤鋼玉に異常はなさそうだけれど。これはルファの目と同じものだね」

「ルファの目?」


 夢を見た翌朝、俺はネコメさんがいる工房へ駆け込んだ。

 なんだか夢で見た自分――女の子の感覚がとても生々しすぎて、これは何か実際に起こったことじゃないかと思ったからだ。

 つまり剣の精神波が、俺に変な情報……いや、記録を流し込んでいるんじゃないかと。

 推測したとおり、剣に嵌っている赤鋼玉には、膨大な情報が詰め込めるのだという。


「それが漏れてきているんでしょうかねえ。でも壊れている、というわけではなさそうです」

「はぁ。そうなんですか」


 昼に娘と牙王と一緒に夏至祭りに行ってみた。

 広場に入ったら、背の高い夏至柱が立っていて、周囲は黒山の人だかり。

 夢で見た柱よりも立派で大きく、つけられている花も見事で感心しきりだったが、夢の中の女の子が気になってぞくりとした。

 あの女の子。

 かつて本当にいたのだとしたら、どうなったんだろう……。

 屋台で仕入れた果物を大量に買い込んで、夏至のごちそうはジャガイモクーヘンとベリージュレ、それから低地魚のから揚げを作った。

 赤毛の女の子たちも銀枝騎士団員も大喜び。狼たち用に作った特大腸詰めも大好評。

 俺の主人であるウサギにニンジンジュレをつけてやったら、ウサギはでれぇと溶けていた。


「柱の周りで踊ってきたか?」


 ウサギが聞いてきたので、そうしたと答えると。


「うへへー。あそこで一緒に踊った男女は、将来結婚するっていわれてんだぜー」 


 ウサギはにやにや。俺は真っ赤になっていまだ狼姿の牙王を見やった。

 いやほんとに、そうなるといいんだけど……。

 カーリンと一緒に厨房で皿を洗って片付けて自室に戻ったら、見回りから帰ってきた牙王がたちまち麗しいディーネの姿になった。


「パパ! ママ!」


 なんだかんだいって、俺たち家族は幸せだ。

 夢の中のあの女の子は……こんな幸せはとてもつかめそうにない。

 寝台に立てかけた剣は、いまだだんまりだけど。

 今夜も、夢を送ってくるのだろうか―― 


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「あ……ここは……?」


 ある日目覚めたらそこは、いつもの場所ではなかった。

 ずっと閉じ込められていた、窓の無い牢獄のような部屋とは違って、円窓がいっぱいあって、とても明るい部屋。

 私はふかふかのベッドの上にいた。手足にはぎっちり包帯を巻かれていて、とても薬くさい。

 周りは本がいっぱい。地球儀みたいなものもいっぱい。金属の動物がそこかしこにいる。

 ウサギにネズミ。犬に猫。それから小鳥。棚に目玉のような宝石がいっぱい並んでいて一瞬どきりとした。

 寝台の上できょろきょろしていたら、赤い髪の女の子が蜂蜜やパンや果物を持ってきてくれた。

 ここは、塔の中だという。

 お父様が階下にいるから、会って欲しいと言われた。

 ふわふわ焼きたてのパンはとてもおいしい。今まで食べたことのない味。ほんのり甘くて、口の中でさっと溶ける。

 どうやら歩けるようなので、赤毛の女の子に「お父様」のところに案内してもらった。

 途中で幾人も、赤毛の女の子たちと行き交った。みんな同じような顔。みんな姉妹なのだそうだ。


「ここです。工房なんですよ」


 そこに見えたのは、真っ赤に燃える炉。金属の棒や塊。美しい剣や槍。

 そして。金槌をふるう少年の背中。

 この人が? 赤毛の女の子のお父さん? まだ子供のように見えるけれど?


「ああ、起きた? ずいぶんうなされてるようだって、僕の娘たちが言ってたけど」


 少年がくるりと振り向く。澄んだ青い目が私を射抜いた。


「あの……ここって……」

「ごめん。眠っている間に連れてきちゃった」

「えっ……」


 金槌を置いて、少年がにっこりしながら近づいてくる。

 うろたえながら、記憶の糸をたぐる。

 ああ……そうだ。

 確かこの人は、「お店」に来たお客さん。

「永遠の少女」の私を一晩買った。 

 他の客のように血をとるために傷つけてきたり、手足の肉を削ってきたりしないから、私はとても嬉しかった。でも頭が重くて、ろくに話もできなくて。

 ずっと、抱っこされていたような気がする。

 朝になったとたん、この人は旦那様の言い値で私を買い取ってしまった……

 「お店」にいる本物のメニスの子をひとり、囲える値段で。

 私はすごくびっくりして。気が遠くなって。それから――

 ああ、記憶がない。

 きっと倒れたのだろう。

 気を失ったまま、ここに運ばれてきたようだ。


「この塔って……一体? 何を作っているの、ですか?」

「ここはひそみの塔。どこにあるか、場所はちょっと言えないな。世間から隠してるから。今作っているのは、王冠だよ。ピピ師が開発した、時間流を止める膜を応用してる」


 なんだか……すごいものを作っているみたい。

 ピピ師というのは、塔のてっぺんに住んでいるお師匠様。

 技師でウサギだという。


「ピピ師のことは気にしなくていい。赤毛の子たちが世話するからね」


 それにしても。なんてきれいな少年なんだろう。金の髪がきらきら光って見える。


「ねえ赤猫。呼び名じゃなくてほんとの名前はなんていうの? 教えて」

 

 私の両手を優しく握って少年が聞いてくる。

 うろたえながらも、私は答えた。この人が、私の新しい主人。私の持ち主だから。


「……エクステル」





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