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ありがとう(後編)

 わたしたちはそれからほどなく、木や草がいっぱい生えた、でも半分ぐらい崩れている塔についたんだけど。

 それはなんと、エティアの王様の宮殿のお隣にあって、赤毛のパパはとってもびっくりしてた。


「な、なんでここに?! 前は遠い異国の森の中にあったのに……」

「いやぁ、このツルギ塔、自走機能あるから。ていうか、蛇に巻かれてさ、中にたてこもる陛下ごと強制的に連れてこられたっていうか……おーい騎士団のおっさんたちぃ、さっそく修理開始してくれー」


 ウサギさんはぴょんぴょん跳ね飛びながら、団長さんたちに指示をとばすと、赤い宝石をもって塔の中に入っていった。

 なんて奇妙な塔。パパとママと一緒に、ウサギさんを追って中に入って見れば、そこかしこに色とりどりのスカートをはいた赤毛の女の子がいっぱい。

 みんなニコニコで、いらっしゃいって歓迎してくれた。

 わたしと同い年ぐらいの子もいる。

 パパは、家族三人で住む素敵なお部屋をウサギさんからもらった。

 朝と晩に金属の鳥たちが飛びこんできて、おはようとお休みを歌いにきてくれる部屋。もうびっくり。これから楽しく過ごせそう。

 それに……。


「剣は鍛冶場で直す。現場を見学していいぞ」


 塔の一階。真っ赤な炉が燃える鍛冶場で、パパの剣はさっそく修理された。

 そこには毛むくじゃらの猫みたいな顔をした人がいて、その人が一所懸命、剣の刀身を打ってくれた。

 なんだか……どこかで会ったおぼえがある。

 どこ? どこでだったかしら? 

 きれいな金色の目。

 とても真剣なまなざしで、輝く銀色の塊を金鎚で打っている。

  

 あらっ? この石みたいなものは――

 




 キン。キン。

 小気味よい金鎚の音が響く。

 塔にきてからというもの、わたしは鍛冶場にひっつき虫。

 猫みたいな毛むくじゃらの技師さんと、その人がキンキン打ってる金属をずうっと、ずうっと、ながめてる。


「おもしろいかい?」


 金色の瞳の技師さんにきかれるたびに、だまってこくりとうなずくけれど。

 ほんとは、鍛冶の技に興味があるわけじゃない。

 わたしは、「そこ」から離れられなかった。

 汗をぐっしょりかきながら、きれいな目の技師さんは、何度も何度も鎚をふりおろす。銀色の塊を炉に入れて真っ赤にしてから、何度も何度も、叩いてる……

 

「いい金属を使っているからね。きっと切れ味は抜群になるよ」

「それ、お空からふってきた石でしょ」


 わたしがいうと、「そうだよ、よくわかったね」と、猫の顔のその人はにっこりした。

 

「前からずっと欲しかった材質でね。故郷の聖地で崇められてたものだったからあきらめていたんだが、つい先日、競売に出てきてびっくりしたよ。ずいぶんあちこち観賞用の石としてたらいまわしにされてたみたいだったけど、お師匠様を説得して、なんとか手に入れてもらったんだ」

「だよなぁ、その韻鉄すっごく高かったわ」


 白いウサギさんがひょい、と作業台に乗ってくる。

 

「そんでネコメくんの故郷に返してやろうとおもったら、人の手にわたりすぎていろんな人の手垢ついてるもんで、もう聖なるものとはみなせないからもういらんって、先方に断られちゃって。返還してめっちゃお礼されてウハウハになるっていう計画が、パーになったんだよな」

「ほんとすみません」

「いやいや、技師的にはいい材料だからさ、損はしてないよ」

「あの、師匠、この刀身どうでしょうか」

「いいんじゃない? このどこまでもまっすぐなフォルム、見事だね。長さはあの赤毛の兄ちゃんに合わせて、もうちょい切った方がいいな」

「長すぎましたか」

「ネコメくんは背が高いもんねえ。これ、自分の身長にあわせたでしょ」

「すみません。そういえば持ち主はもっと背が低いですね」


 背の高いネコメさんは、ちんちくりんのウサギさんに申し訳なさそうに頭をさげた。

 さっそく銀色の刀身を短く打ち落として、先っぽを打ち直す。


「いい音だなぁ」


 きん、きん、という金鎚の音を聞いて、ウサギさんがうっとりする。

 

「ネコメくん、乗ってるね」

「実はこの韻鉄を加工できるのがうれしくて」


 ネコメさんは満面の笑みで、せまい額の汗をぬぐった。


「永年恋焦がれていた恋人に、やっと告白できたような気分で……爽快です」

「そりゃまたずいぶん、入れこんでたんだなぁ」

「ひとめぼれ、でしたからね」


 わ。なんでだろう。ふしぎ。

 どうしてわたし、ほっぺた赤くしてるんだろう。

 鍛冶場が暑いせい……かな?

 

「師匠にも感謝してます。この韻鉄ほんと、高かったですからね」

「いやいやぁ、気にするなってえ」

「ありがとうございます」


 あ……


『ありがとう』


 いい顔。

 いいことば。

 ほっこり、あったかい……。





「カーリンお手伝いありがとね。お皿ぴかぴかだ」 


 その日のお昼ごはんのあと。わたしは塔の厨房にいるパパを手伝った。

 きれいに洗ったお皿を布で拭きながら、そうっとお願いしてみる。 


「あのねパパ。パパみたいに、おいしいもの作ってみたいの。あのね、お菓子みたいなのとか……」

「ほうほう。じゃあ簡単なお菓子、一緒に作ってみる? ドーナツがいいかな? 蒸しケーキ? いやいや。初心者には、マシュマロがいいかな」


 マシュマロ。

 塔に来た日に食べたのは、すごくおいしかった。

 ニンジン入ってるとは思えないぐらい、甘くてふわっ。


「それつくる! マシュマロつくるー!」

「よし、じゃあ卵もってきて」

「はーい」


 ゼラチンっていうのをお水でふやかして。

 卵の白身をお砂糖入れてひたすらかきまぜて。

 メレンゲっていうのをいっぱいいっぱいつくったら、あまーいイチゴのシロップと、ゼラチンをいれて……


「腕つかれたー」

「混ぜ混ぜがんばったなぁ。すごいぞ。さて、これを型に流しいれて、冷やせば……」


 わぁ。固まった。わたしはほのかに桃色のマシュマロを小さく切りわけて、練乳の粉をふりかけた。こうしたら、ひっつかないんだって。

 わたしがひとりでその作業をしてる間に、隣のパパは、余った卵の黄身と生クリームと牛乳でプリンをつくってた。

 牛乳で煮出されたバニラの香りが、もうたまらなくおいしそう。

 

「このプリンは夕飯のデザートに出そうかな。おお。マシュマロ、できたねえ」

「味、どう?」


 パパの口にひとついれてあげると、パパはたちまち、にっこりしてくれた。


「おおっ。おいしいよ! イチゴに練乳ってやっぱりいいね」

「ほんと? パパ、あのね、あのね、ありがとう!」


 わたしはもうひとつパパの口にマシュマロを入れると、大きなお皿にマシュマロをこんもりのせて、厨房から飛びだした。


「イチゴ味なの。たべてー」


 塔の中と外を走り回ってお菓子を配ってまわる。

 友達になってくれた赤毛の女の子たちに。

 塔を修理してくれてる騎士のおじさんたちに。

 塔をぐるっとかこんで守ってくれてるママとオオカミさんたちに。

 

「うほ」「うま!」「ふわふわだねー」「がうがう」

「ほんと? ありがとうー!」


 ウサギさんにも、食べてもらった。


「ニンジンじゃないけどうまいな!」

「ほんと? わあ、ありがとう!」


 それから。

 勇気を振り絞って、鍛冶場にいる人にも――


「おや? それは?」


 ネコメさんがにっこりしてくれる。

 ボボッと顔を赤くしたわたしは、のこりひとつになったマシュマロのお皿を両手でバッと差し出した。


「ど、どうぞっ」

「ありがとう」

「いえ! とんでもないですっ! ありがとうございますっ」

「いやいや、そんなに深くお辞儀してくれなくても。この修理作業は仕事なんだし」

「いえっ! うれしいです! ありがとうございます!」

「お。イチゴ味なんだね。おいしいな」 


 ネコメさんが笑ってくれた。

 きれいな金色の目がきらきら輝いてる。

 とても澄んでて、吸いこまれそう。

 ああでも、マシュマロひとつだけじゃ、お礼にはぜんぜんたりないよ……。

 もっともっと、作らなくちゃ。

 明日も。あさっても。

 


『ありがとう』


 もっともっと。みんなに言いたい。

 ここにはいない人にも。

 ほんとうのパパとママや、王様や、お妃様にも。

 


 みんな。みんな。

 

 

 ありがとう。



 

――ありがとう・了――


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