ちっさな蛇のお話
大陸の東に、エティアという王国があります。
七つの魔法の武器をもつ騎士たちによって建てられたといわれていて、その版図はとても広いです。
山が七つに谷が七つ。河が七つに平野が七つ。
最近、北の国も征服したので、湖はもっともっといっぱい増えました。
北の国は、湖だらけだから。
エティアの王都におわす王さまはお強いです。
どのぐらい強いかというと、北の国の魔王を片手でぶちゅっとひねり潰したぐらい。
たった一分で片づけちゃったといわれてます。
なにせ王さまは、かの有名な竜王の生まれ変わり。翼もつ竜に変身するとのもっぱらの噂。
それでおいらは、そんな強い王さまにお願いをしに、都におのぼりさんしてきたのだけど。
「だーかーらー、王様にお目通りをお願いしたいんですっ」
さっきから、王宮の門で押し問答。
「通すわけにはいかん」
「アポなしでいきなり王宮に通せるわけがなかろうが」
衛兵さんたちが槍をばってんにして通せんぼ。
「でーもー、王さまに助けてもらわないとー、困るんですっ!」
門は鉄格子だけど、けっこう隙間が空いてます。あのくらいの間隔なら、すり抜けられそう。
よし、強行突破!
おいらは我が身をばってん槍の下に転がして、一気に鉄格子の門を抜けました。
「あああああこらあああ!」
「まてこびとぉおおおお!」
叫びたてる衛兵さんたちを尻目に、広い庭園をとっとこ走っていけば。
「うわあまっ白」
まん前に大きな白亜の宮殿が、どん!
塔が何本もあって窓がたくさん。壁も屋根も一面まっ白。緑の芝生の庭園によく映えて、真珠のようにきらきらしてます。
そのきらめく屋根の上には、なんと大きな大きな竜が――!
「あれが王さま? すっげえー!」
おいらは見上げておおっと声をあげました。
屋根に鎮座しているのは、竜。鱗がびっしりで太陽の光をあびてびかびかに輝いてます。翼は……あれ? ないのかな? 手も……あれ? なさそう。
体はとても長いです。とぐろを巻いてて、とってもお強そう。
「り、竜王の陛下! おねがいしますっ」
おいらは地に手をついて、屋根の上の蛇みたいな竜に土下座しました。
「おいらたちの国を、おたすけくださいなのですっ」
でも蛇のような竜は、かっと目を見開いたまま。いかつい顔で黙ってこっちをにらんでます。
「こらこびと!」「神妙にしろこびと!」「勝手に入るなこびと!」
衛兵たちがわらわらやってきて、おいらはあっというまにつまみあげられました。手足をばたばたすれども、衛兵たちは僕を宙ぶらりんにしてこわい顔。
と、そのとき。
「まったく! 陛下はどこへいったのじゃ! まだ見つからぬとは!」
目の前を、しゅるしゅる小さな緑の蛇が通って行きました。細くて長くてひすい色の体を、にょろにょろにゅるにゅる動かしながら。
「浮気現場をおさえてちいとしぼりあげただけで、逃げだしおって! 軟弱者め!」
その後ろには、きらびやかな衣装をまとった侍女たちが何人も何人も。
ぞろぞろ。ぞろぞろ。ものすごい行列です。
「お妃さま!」「お待ち下さいませお妃さまっ」
ひえっ。
あの小さな緑の蛇が、お妃さま?
竜王の化身たる王さまのお妃は、蛇――
っていう噂、ほんとうだったんですね。
「それにしても、ちっさいです」
衛兵にとりおさえられたおいらが感心して言うと。
蛇のお妃さまは、ぴた、と体を止めて、ぬうっとこっちに鎌首をもたげました。しゅるしゅるこっちに近づいてきます。
「待ちや。そこのちっさいの。おまえもしや、ちっさい国のちっさい種族かえ?」
「は、はい。そうです」
「ちっさい種族でちっさいくせに、おまえは、わらわのことをちっさいというのかえ?」
「ち、ちっさいはおいらの国では最上級の褒め言葉です!」
「ほおう?」
頭をわずかに傾げ、じい、と蒼い瞳でにらんでくる蛇のお妃さま。おいらは顔中、油汗。
「ちっさい上に蛙顔じゃのう?」
「お、おいしくないです! おいらはちっさくないのでおいしくないです!」
「なに? わらわよりちっさいのに、ちっさくないじゃと?」
「はい、国の中で一番でっかいもんですから、おいらはこうして貧乏くじ――いえ! 王さまに陳情する任務を、長老さまたちから命じられたのです」
必死に訴えると。お妃さまはなんや話してみやれ、と蒼くて大きい目ん玉をおすがめになりました。ぱしんと長い尻尾をひと打ちするや、衛兵たちがおいらを放してくれます。
「国で大変なことが起こりまして、これはもう王さまのお力をお借りせねばと」
「ほう。いったいどんなことが起こったのじゃ」
「ねむれ、ないんです」
「なんと?」
「夜がきても、みんなねむれないんです」
その調べがおいらたちの国を覆ったのは、数週間前のこと。
うっそうと繁る森の中に、突然けたたましい歌声が鳴り響いたのです。
大きな木の幹をくりぬいて我が家としているおいらたちは、なんだこの音色はと顔をしかめ、一斉に丸窓を閉めました。
だのにその音は、まったく遮断されません。太い幹をぶるぶる震わせて貫通してきます。
「いやもう、すさまじく不気味な音色で」
「魔法の調べというわけかえ? そういえばおぬし、目の下にくまがあるのう」
蛇のお妃さまは目をすうっと細めておいらの顔を覗き込みました。その口からは、真っ赤な舌がちろちろ出たり入ったり。油汗をなめられそうになっておいらはどきどき。
王宮にくるまでの、数日の旅。その間においらは何回か爆睡しました。でもまだ、本調子じゃありません。
なにしろ二週間もの間、少しも眠れなかったからです。
変な音の源はすぐにわかりました。場所はきこりの家の前。
そこには大勢の人間と、狼たちが集まってました。
音は、赤毛の男が掲げる目覚まし時計のようなものから放たれておりました。
りんごろりんごろかちかちという伴奏にあわせて流れる、なんとも不気味な歌声。
低い声やきいきい声。それから透き通った声。すくなくとも三つの声が混じっている……のだけど、ハーモニーとかとてもいえるものじゃありません。
音程、ばらばら。低い声がとくにひどし。
赤毛の青年は、黄金の狼が抱きかかえる女の子にその時計をつきつけて。
『なんっつーおんち!』
空いてる片手で片耳を塞ぎ、不気味な音に耐えてました。
『これは眠っていられませんな!』『なんという音害!』
周りにいる銀甲冑の騎士のような人々も、耳をふさいで困惑顔。
――『ノイズが音波攻撃並ですね! 楽にギヤマンの器が割れるレベルですよ!』
赤毛の青年の足元で、折れた剣がしゃべったのにはびっくり。
『わざと不協和音にしているのでしょう。いやあ、これほどの音波は禁呪の韻律にも勝りますよ! 私も加勢しますね!』
と、その剣はのたまわり、変な音楽を奏で始めたのです。
『なにこれ! ひでえ!』『ひいい!』『ぐごがぁ!』
赤毛の青年や騎士たちや狼たちは、さらに七転八倒。
狼たちは、きゃいんきゃいんと尻尾をまいていました。
そんな阿鼻叫喚の中。折れた剣はとりすまして言ったのでした。
『私のお気に入りのアニソンメドレーですけど、なにか?』
『あにそ? う、歌なのか?! とてもそうとはっ』
『ノイズが出ますようわざとキーをぐちゃんぐちゃんにして再生しております。けけけの魔太郎、妖精うぉっち、アンドロイド007をアレンジしてみました。あ、私も歌いますね。英国紳士は、カートゥーンが大好きなのです』
それからその剣は歌い出したのです。
わざとものすごく、はずれた声で。
♪きらりとひかーる白刃のぉー
我が身横たえまもりますぅ
♪たとーえ火の中水の中ぁー
あなたのためならおっそれずにぃ
ついーていきます、どぉーこまでぇ・も~
♪あーあーあ・あ・あ~
最強ぉーの、名のもっとにぃぃいい~
♪守護ぉのやいーば捧げますぅ、
えくーぅす・かーりっばぁあ~
剣は、これは「あにそ」の主題歌調で、自分のてぇまそんぐだとかなんとかかんとかいってました。
しかしひどい音です。おかげで森一帯は耳栓なしではいられない状態。
狼に抱かれた女の子を目覚めさせようとしていたようだけど、迷惑このうえありません。
しかも。
その女の子は半日ほどのちに目を開けたので、大団円! となるはずが。
『あら? とまらなくなっちゃいました~』
「剣が繰り出す『あにそ』なるものが、とまらなくなっただと?」
「はい……なんでもその剣は、一万と一千歳を越えている、とてもとても古いものだそうです。『あにそ』というのも、前にいた星で覚えたものだとかなんとか、いってましたです」
「ほほう?」
興味深々のお妃さま。説明するおいらは深いため息。
「古すぎて、いろいろ機能がいかれているようなんです」
叩いても。湖に突っ込んでも。なにをしても。
騒音たっぷりの『あにそ』は止まりませんでした。
赤毛の青年は剣を皮や袋でぐるぐる包んでいろんなものを上にかぶせました。
でも、音波攻撃級の不協和音の音色は、やすやすと防護膜を貫通。
人間たちだけでなく森に住むありとあらゆる生き物が、それからというもの、耳栓生活を余儀なくされてます。
こりゃたまらんと、騎士たちは森から退避してしまったし。
女の子と狼たちも、おいらたち森の住人のほとんども、避難しました。
森に残ったのは、赤毛の青年ぐらい。
『いいかげんにしろぉ!』
『すすすすみません我が主っ。でもどうにもとまらないんですう!』
剣は赤毛の青年にあやまり倒してたけど、折れた刀身からかもしだされる不気味な音はエンドレス。
「二週間経っても一向にとまらないのです。しかも時間がたつにつれておさまるどころか、どんどん音が大きくなって、森の外にまで音が漏れてきたんです。避難してるおいらたちはいよいよ辛抱たまらなくなりまして、長老さまたちが会議をしました。そうして、あの剣を王さまに溶かしていただくようお願いしようということになりましたのです」
「溶かす、とな?」
「赤毛の青年が剣を打ち叩いて黙らせようとしたのですが、そのときあの剣は申したのです」
『むりですう! 大鍛冶師マエストロの手によって鍛えられし我が身を壊せるのは、竜王メルドルークの炎ぐらいですう!』
「ならばわらわに任せるがよろしい」
えっ、と思う間もなく緑の蛇であられるお妃さまは、しゅるるんと王宮の壁を
はいのぼり。
「わが夫君、メルドルークの力を借りるまでもないぞよ」
屋根に鎮座する竜王の口にするると入っていかれました。
とたん。
カッととぐろを巻く巨大な竜の目玉が光り。
ずごごごと、蛇のようなその竜が身を起こしました。
ななななんと。たまげました!
緑の鱗の竜はくわっと真っ赤な口を開けて、ふおおおおと咆哮したのです。
『ゲヘナの炎はわらわにも吐ける。ちっさきものよ、竜王メルドルークが妻、この緑虹のガルジューナに任せるがよいわ!』
さあ、わらわの口の中に入れ。
と、緑の巨大竜――いや、蛇はおいらをぱくりと呑み込みました。
一瞬あわてたけれど、口の奥には小部屋があり、そこにある台座の箱に、ちっさな蛇のお妃さまがとぐろを巻いて入っていました。
そこは頭脳の部屋、というらしいです。
王宮の屋根でとぐろを巻いていたのは、お妃さまの「服」なんだそうです。
お妃さまはずん、と地にもぐり、ずんずん地中の穴を進み、あっというまにおいらの故郷、南の森につきました。
やっぱりおそろしい「あにそ」の音は、途切れていませんでした。
『なんとひどい音じゃ!』
お妃さまは唸りながら、おいらの案内できこりの家に這いゆきました。
家の前につくなり、口を開けてぶおうと炎をひと吐き。
『ひえええええ! あち! 熱いですううううっ!』
炎は身を伏せる赤毛の青年のそばにある剣に直撃。
真紅の炎はめらめらと、剣を包みこみました――。
さて、それからどうなったかというと。
ゲヘナの炎に焼かれた剣は完全には溶けませんでした。
でも恐ろしい呪詛のような『あにそ』は止まりました。
どろっと半ば溶けた刀身からぽろっと宝石がはずれたとたん、剣自身の声も止んでしまったのです。
赤毛の青年はその宝石を拾って、まじまじ眺めました。
「これ、剣の心臓なのかな?」
するとおっきな蛇のお妃さまはいかにも、とうなずきました。
『しかしそやつは気絶しておるだけ。いずれまた、意識を取り戻そうぞ。剣にするなり目玉にするなり、それとも砕くなり。好きにするがよいわ』
「エティアのお妃さますごいです! ありがとうございますなのです!」
おいらがお妃さまの口からぽんと飛び出て、目を輝かせてそう言うと。赤毛の青年は驚いて、とたんにそわそわし始めました。
その様子を見たとたん。おっきなお妃さまの口からちっさなお妃さまが飛び出してきて、青年に巻きつきました。
「こらおぬし! その挙動不審はなんじゃ? なにか知っておろう! 吐け!」
ちっさなお妃さまはぎゅうぎゅう縛りあげて脅しました。
すると青年は、ひいひい言いながら白状したのです。
「い、いえその実は、娘を救うのに陛下にご協力いただきまして……」
「なんじゃとおおお!」
「ひいいいいい!」
ちっさなお妃さまはさらにぎゅうぎゅう青年をしぼりあげて、王さまがどこにいるか聞き出しました。
「あのすっとこどっこいのトウヘンボク! ウサギの塔じゃと?! おのれえ! あの塔ごと焼きつくしてやるわ!」
かくしてちっさなお妃さまは再び『服』の中に入り、おっきなお妃さまとなるや。ものすごい勢いで地中に潜りました。
きっとウサギの塔というところに行ったんでしょう。
王さまと仲直りするのか、それともやりあうのか。
それは長い長い別の話に――なりそうです。
でも、なにはともあれおいらの森はとても平和になりました。
避難した動物たちは、さっそく戻って来ることでしょう。
あ! ほら、もう鳥さんたちが帰ってきましたよ。やっほーう。
みんなー、もう大丈夫ですよー!
ああ、めでたし、めでたし。
―― ちっさな蛇のお話 ・了 ――




