1話
学校生活と言うものはいつも出会いや別れに満ち溢れている。小学校の6年間で漢字や数字を学び中学校の3年間で感情や理論を学ぶ。高校は・・・・・・まだよくわからない。正確にはよくわからなかった。3年間いろんなことがありすぎた。それはもう何かの形式に当てはめるような物でもなく、誰かが導き出すものでもなく、それは僕の3年間の思い出の一部となったのだから。
中学生活最後の3月。進路も決まり高校生活が始まるまでの休憩期間のような時だった。進路先の高校は特にこれといった特徴もないようなところだった。担任の教師から勧められ、そのまま試験を受けて合格。特に特徴があるわけでもなかった僕の内申表には尖りのない学校が似合っているという事なのだろう。別に不満があるわけでもなかったし親も反対ではなかった。合格が決まると両親や祖父母からとても喜ばれた。僕にはそれが理解できなかった。
3月の初めには卒業式があった。周りのみんなは涙を流しもう一生会えないような雰囲気も出していた。3年間お世話になった教師のもとに行き涙を流しながら礼を述べる人も居た。今まで一度も話したことのないような奴でさえ僕の所に来て、さも友人であったかのような会話をしたり写真を撮ったりした。僕にはそれが理解できなかった。
4月。とうとう次の3年が始まった。朝起きてからやることは変わらず、いつも通り朝食を食べる。パンの味は変わらないしジャムの味も変わらなかった。母は弁当を作り父は新聞を読む。いつも通りだ。
家を出ると空は雲一つない快晴だった。学校まで行くにはバスに乗る必要があった。バス停までの道中で見知った顔が話しかけてきた。彼は中学の時のクラスメイトだった。3年の時からの知り合いだったが進路は一緒だったようだ。高校に着くまでの間、特に他愛のない話を彼としていた。例えば「部活は何部に入るか」だとか「可愛い女の子とかいるかな」とか。僕から話しかけることはなかった。
学校に着くとすぐに入学式が始まった。入学式はクラス単位で座るものだが見たところ僕のクラスには知り合いが誰も居なかった。校長の話や生徒会長の話があったりして入学式は終わった。特に気にするようなこともなかった。
入学式の後各クラスに分かれて明日からの予定の話やプリントの配布などがあった。教室に着くとお互い知らない者同士なせいなのか緊張感が漂っていた。しばらくすると担任が入ってきて話を始めた。クラス担任も平凡で穏やかそうな人物でクラス自体も何か問題が起きるようなところには見えなかった。
ほどなくして生徒の自己紹介の時間が始まった。出席番号の若い生徒から順番にそれぞれ名前や誕生日、趣味などを自由に語っていく。僕も他の生徒と同じように名前を言い、適当に考えた趣味を話し、これからよろしくなどと心にもないことを言った。クラスの人間の誕生日や趣味まで聞く気は毛頭なく、ただ名前だけを聞き流し時間が過ぎることだけを意識していた。
自己紹介が女子の何番目かに周りその女子が自己紹介を終えた後それは起きた。自己紹介を終えた女子の後ろの席に座っていた女子に順番が回った。彼女は俯き気味に座っていた。彼女は何かに怯えるようにしてその長い黒髪を机に垂らし、その目線は彼女の机の中心に向けられ俯いていた。その姿が僕にはまるで自分の世界に引きこもっているように見えた。順番が回ってきたことに気付いていないように見えたのか前の席の女子や担任からも声を掛けられていた。すると、周りに気付いたのか彼女は恐る恐る椅子を引き、俯き気味の顔を震わせながら話した。
「わ、わ、わ、わた、わたしは、あ、あの、あ、きり、きり、しま、ま、まいです・・・・・・」
小さな声で弱弱しく吐き出される声。言葉に詰まりを感じさせる話し方。何かに怯える様な彼女の目。彼女は名前だけ言って体を震わせながらすぐに座った。
彼女の自己紹介の後に僅かな間があった。
その時、僕はこの教室に居心地の悪さを感じた。