CP-07 【報いと代償と、ぶち壊す者】
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我武者羅に走り回るヤスオ、相手はかなり素早いらしくスリの姿は影も形も見当たらなかった。中身は取られるのは良い、いや良くないがそこは稼げば手に入るし貯金はまだ余裕もある。
だが、ティルに貰った財布に代わりは無い。同じ物を買ったとしてもそれは彼女が買ってくれたものではなくただ同じ物だ。タダの財布と言われるかもしれないが人からプレゼントなど小さい頃に親からゲーム機を貰った位の思い出しかない彼にとってショートソードと並ぶ大事な宝物の一つだった。
「うおおおおおおおおおおっ! 何処行きやがったぁあああっ!」
先を走り続けていると人の姿が目に入る。それは目的のスリではなく自警団の副団長のハウルだった。
「あっ!? ハウルさん! スリが! 僕のお財布が盗まれてっ!! 中身はいいけどお財布は僕の大事なものなんですっ!!」
「何というか予想通り過ぎて笑えんな。安心しろ、既にそのスリに向かってる奴が居る。中級一歩手前の冒険者だ、あんな雑魚なんざすぐ捻ってくるだろうさ」
「え、そうなんですか…? あの、出来れば自分も手伝いに行きたいですが…大丈夫だとしてもあれだけは取り戻さないとっ!」
既に冒険者がスリを捕まえに行ったらしく少しだけ安堵する、がその人だけに任せてはおけないとヤスオはその冒険者が向かった場所をハウルに聞き出す。
「普通なら止める所なんだが、お前もそこそこの冒険者だしな。間違っても返り討ちはないか。行くのは構わんが殺すなよ? 外の奴とはいえ死なれたら面倒だ。お前なら手加減も出来るだろうが…それに関しては寧ろさっきの女の方が心配だな」
先ほど向かった冒険者の殺気はとても強かった。殺さないとは言っていたがそれを確約出来るほど冷静さを保っているかはハウルも信用出来ていない。その点目の前の居るヤスオなら最悪止めに入るだろうと今までの態度と性格から予測した。
冒険者が死ぬのはハウル自身特に何も思っていない。目の前のおせっかいなお人好しがそうなるのは流石に考えるが、先ほどのスリや他の知らない冒険者がどうなろうと【町や町民】に迷惑を掛けないのなら知った事ではなかった。
殺人を止めたのは優しさからでもなんでもなく、この町で冒険者同士が殺し合いをした等と町や他の冒険者に伝われば、町のイメージダウンに繋がる。町の主な収益は善意の冒険者に寄る青空市場の場所代や店舗の利用が大部分を占めている。それなのに、もしそんな噂が広まったら冒険者の足が途絶えてしまう可能性が僅かに存在するからだ、そしてそれを許容するほどハウルはおおらかではない。
「さっきのスリは南門に向かっている。この時間に町から出る時はそこを絶対通るからな、其処に向かえばいい。いいか? 何度も言うが傷めつけても障害を残しても良いが絶対に殺すな。先に向かった女もその辺解ってるだろうがそれを忘れるなよ?」
「分かりましたっ直ぐ向かいますっ! 自分も人を殺すなんて出来ませんから安心してくださいっ!」
言うが早いか見た目からは想像も付かない俊足で町の南門向かって爆走していくヤスオ。
それを見送りながらヤスオが言った言葉に彼は少しだけ難しい表情をする。
「人を殺すなんて出来ない、か。やはりあいつは危ういな…この町に居るのなら問題はないが 他の街や都市ならそんな甘いことは言ってられん。あのアルス達の様に強くなればソレも通せるだろうが、あいつは…な。ダンジョンに潜るなら、相手は必ずしもモンスターではない事を知らなければ。それをあいつらはちゃんと教えられるのか? いや、部外者の俺が考えるべき事ではない、か」
知り合いではあるが、そこまで深い仲ではない。ヤスオの未来は彼や彼の仲間が決める事だと考えを切り捨てる。
「戻るか、数時間もしない内に終わるだろうしな。さて、どうしたものか。うちに突き出すのか、叩きのめして追い出すか。どちらにしても小物は消えるさ。」
…………
―【ホープタウン南門】街道付近
「あははっ、馬鹿な自警団員。町ものんびりしてるからあれらも役に立たないんですねご苦労様です。食料も買い込んでるし、さぁーて、のんびり次の街を目指しますか♪」
まんまと町を抜け出す事に成功しうきうき気分で街道をのんびりと歩いて行く。ここから徒歩で数日掛かる所に【レイリア】と言う町があるのでそこを目指していた。そこなら襲ってくるモンスターも少なく、偶に襲ってきてもハウンドやファングラビットだけ、レベル4のシーフである彼女には楽勝とは言えないが問題無く倒す事の出来る相手だ。
「~~♪ あれ食べて~、これ買って~♪ いやぁ、笑いが止まらないっ♪」
「それが最後の笑いになるかもね」
「え?」
―奇襲成功!! ??は【風雷】を唱えた!!
―??に絶大なダメージ!! ??は【麻痺】した!!
「ぎゃんっ!?」
声がしたと同時に全身を走る鋭い痛みと痺れが襲う。まともに思考する事も出来ずその場に仰向けに倒れこむ。
指先まで走る痛みと痺れが身体の自由を奪い、ここで漸く自分が攻撃されたのだと気づいた。
「だだだ…!? だれれれっ!? (まずいっ!? 追いつかれたっ!? 嘘っ!?どっちにも気づかれてなかったじゃん!? 待ち伏せされてたのっ!?)」
「ずいぶんとのんきね、ここに来るなんて基本でしょう?」
氷の様に突き刺すような底冷えのする声が聞こえた。
「まぁ、私も人のことは言えないんだけどね。貴方のような小物にスられるなんて屈辱だわ」
全身を青と白でデザインされたドレスの様な強力なマジックローブに身を包んだ少女が右手を付き出している。その瞳は碧く鋭く輝き、目の前で倒れている相手の一瞬の行動も見逃さないとばかりに睨みつけている。元々の美しさも相まって更に恐ろしさを感じさせる。
「(まずい…ヘタしたら殺される!? なんとか凌がないと…!)ごごご…ごめんななさい…!? お、おかかね! か、かええしますすのででっ!?」
せめて麻痺さえ解ければ走って逃げられる可能性があるかもと、必死に言い訳をするが、相手は微動だにせずピシャリと言い放つ。
「別にお金はどうでもいいわ、単純に八つ当たりよ。私もこの町の雰囲気に当てられて気が緩んでたのかしらね。貴方ごときにも気づかないで。安心しなさい、殺しはしないわ。でも、一生引きずるだけの障害は受けてもらおうかしら。同じ冒険者ですもの、分かるわよね? 喧嘩を売ったらどうなるか?」
「(だめだ!? 死ぬ、殺される!? そんなの人生終わる!!) まま…まって!? おねががい! 許してっ!! な、なんでもも! なんでもしますっ! だからっ!」
這いつくばりながら麻痺している身体を動かし必死に命乞いをするが彼女は怒りの表情で言い放つ。
「盗みを働く相手を間違えたわね。安心しなさい、せめて顔だけは傷つけないであげるわ。それなら娼婦にでもなれるでしょ?」
「た…すけっ…!! てぇ…!!」
「じゃあ、足の腱でも切…??」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
殴ったり蹴ったりは趣味ではないので単純にもう何も出来ない様に両足の腱を切ろうとした時、後ろから咆哮を上げて迫ってくる何かに気づき攻撃を止める。殺気は感じられなかったが、何か切羽詰まったような声色にゆっくりと後ろを振り向くと、全力疾走するヤスオが其処に居た。
―走れ主人公(爆笑)
「やった! 見つけたぞっ!! こらーーーーーっ! サイフを返せぇぇぇぇぇっ! お願い中身はあげるからせめて外側だけでも返してえええええっ!!」
「呆れた。他にも盗んだ相手が居たのね、あんた死ぬんじゃないの? 言っておくけど私は止めないから、参加させてもらうし。」
「もう逃げられないぞっ! さぁ、お財布を返してもらおうか!! ……………なんか既に終わってますね」
ヤスオの目の前には倒れて震えている女性とどう見ても魔法使いの少女が一人。倒れている女の方は持っていたサイフが溢れている所を見るに、そっちがスリで目の前の女性がハウルの言っていた冒険者だろうと当たりをつける。
「貴方も私と同じ口の様ね。あぁ、あの自警団の人が言ってた、ヤスオさん…だったかしら?」
「はい、自分がヤスオです。貴女がハウルさんの言ってた…実は自分も何か手伝おうと思って、サイフ大事だったんで」
麻痺が取れず動けないスリの少女を尻目に場違いな感じで会話する二人を他所に、彼女は完全に絶望していた。
身体も動かず命乞いも出来なかった、更に目の前に居る男が追加した以上確実に殺されるのは目に見えている、今から男に犯されて最終的には塵芥の様に殺されてしまうのだろうと嫌でも理解した。
「ああぁぁ…うわあああああああああああっ! あああああああああああああんっ!!」
「うわ、あちこちボロボロ、攻撃魔法使ったんですか? 流石にやり過ぎじゃ…自分も最悪【風縛】は使おうと思いましたが」
「冒険者同士の争いならよくあることよ。それに殺すつもりはないわ、だから下級で止めたのだもの。でも、これ以上悪さが出来ないように両足の健位は切るつもりだけど。後はそっちに任せるわ、殴るなり犯すなり好きにしていいわよ」
「な…!? 流石にやり過ぎじゃないですか!? 自分も自警団に突き出す位でそこまでするつもりはないですよっ!!」
腕を組みながらスリを見下ろす女性の言葉に思わず反論してしまう。いかにスリとはいえそれだけで酷いリンチをするのはヤスオとしても止めに入ってしまう。それをきょとんとした顔で見つめて問いを返す。
「は…? 流石に甘すぎじゃないかしら? こいつがやってたのは犯罪よ? それも一般人じゃ手に負えない私達と同じ冒険者。それが冒険者に対して悪事を行った。殺されても仕方ないことよ? むしろそこまでしない所こそ有情じゃない?」
一般人の犯罪者ならそれこそ自警団やその辺にでも突き出せば良いが、倒れているスリの少女は装備からして冒険者なのは間違いない。そんな存在を単純につかまえて送り届けるのは流石にナンセンスだった。
だがそんな冒険者の一般常識をヤスオはまだ持っていない。いや、一応聞かされているがヤスオの考えではスリ程度=警察のお世話…つまり自警団に付き出して牢屋行き位で考えていたのだ。
「人を殺した訳でも害した訳でもない! ただのスリですっ! 確かに冒険者だからキツメの罰があってしかるべきだけど! そこまでする必要はねぇっ!! 僕はそこまでするつもりはないですっ!」
「う、うぅぅ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい…!! 許して、許してください…!!」
二人の会話を聞く余裕も無くいまだ麻痺が残る身体を必死に動かし土下座して許しを得ようとしているその姿は哀れ以外の何者でもない。そんなスリの様子と甘すぎるヤスオの言葉に流石の彼女も毒気が抜けてしまう。
「な、なんて言うか…甘いのね、貴方。そこまで言うならまぁ、後は好きにしていいわ。私も興が削がれたし、貴方みたいな面白い人も見たしね。」
「ごめ……え……ぁ…う、そ…?」
「良かったわね貴女、命拾いしたわよ? それにしても大人しいわね? 隙あらば逃げるつもりの目してたくせに。もう痺れも消えてるでしょ? まぁ、逃げたら消し炭にするけど」
先程までとは違う声色に本気で生き延びる事が出来たのだと安堵すると同時にあまりにもありえない現実に彼女自身呆然としてしまう。
「………私だって流石に解ってるわよ。死ぬのも覚悟してたのに、まさかこんなことになるなんて。」
目の前には女性を止めていた男、ヤスオの姿が見える。普通の衣服に腰につけたショートソードと不格好な姿だが、その気配は目の前のメイジと同等以上に高い事に気づく、だからこそ余計に不思議に感じるのだ。
「ねぇ…なんで私を助けるの? 犯されても、殺されても仕方ないと思ってた。逃げられるなら逃げ切ろうと思ったけど無理だと分かった時は絶望したわ。普通は私みたいなの見逃さないわよ」
「別に僕はあんたを助けたつもりなんてさらさらねぇよ。ただ、スリ程度にやり過ぎだって思っただけだ。この後自警団につき出すし、暴れるなら遠慮なく取り抑えるさ」
甘すぎるヤスオの言葉にありえないとばかりに食って掛かる。
「はぁ!? ば、ばっかじゃないのあんたっ! 私だって、本当ならこの状況でどうなるか位わかってるわよっ! あんたの言ってることは甘ちゃんのセリフなのっ! そりゃ、アンタがそう言ってくれなかったら今頃人生終わってたけど…!!」
「そんなもん知るか。そりゃそっちの勝手な考えだっつの。僕だって酷い事されたら今言ったようにボコボコにするかもしれないさ。でも、そこまでされてない以上、そんな無駄なことをする意味が無いだけだ。殴るのも魔法使うのも疲れるんだよ」
そう言いながら落ちていた財布を拾い汚れを拭き取る。ティルから貰った財布はどこも壊れていないし、中身も普通に入ったままだった。中身はともかく財布を取り戻せた事に強く安堵する。
「とりあえず財布は返してもらうからな。……良かった、どこも傷ついてない。もし捨てられたり破かれでもしたらと思うと気が気じゃなかったよ…」
「何で中身じゃなくてサイフの方気にしてるのよ? あんたほんと、訳わかんない…」
「あんたにゃかんけー無いよ えーと…冒険者さん? そういや名前知らないや…」
「カノン、よ。そのままで呼んで頂戴」
「じゃあカノンさん、すいませんがこいつを自警団事務所まで連行するんで付いてきてくれますか?」
「構わないわ、どうせこの町には暫く滞在するし。私のレベルで丁度いいダンジョンが近場にあるから…貴方も冒険者でしょ? もし良ければ今度一緒に行かない? 私のレベルは11よ。貴方は?」
「え、えーと…9、ですね」
普段言っている偽の情報をカノンに伝える。レベルが無いから仕方がないとも言うが、バレてしまったら一気に信用を失いそうなのでレベルを申告するのは何時もヒヤヒヤしている。
「剣を持ってる所見るとファイターよね、なら都合が良いわ。あれ…たしか【風縛】を使えるって…? メイジの接近タイプ…かしら?」
「ちょっと待ちなさいよっ!! 行く前にあんたに言っておく事があるわっ!」
「はぁ…何なんだ? 言っておくけど見逃すとかは流石にダメだからな? 罪はちゃんと償ってほしい」
「私はアンタに助けてもらった。だから恩を返す、それだけ覚えておきなさい」
ヤスオに人差し指を突き付けそう言うスリの少女。その表情はとても真剣だった。
「いや、恩って何が違う気が……」
「うっさい! 返すったら返すのよ! 待ってなさいよ!?」
「はぁ…分かったよ。 てか、意味わからん……」
いきなりの恩返し宣言に気後れしつつもヤスオはそれを受け入れ、自警団に向かい始めた。
―19-02に続く




