19-02 【スリと魔法使いと世界の現実】 Ⅱ
「んー、ハウンド肉の新鮮な奴肉屋さんに置いてるといいなぁ。なかったら偶には牛肉にしてみようかな」
肉屋さんは町の中心にある商店街に列を連ねているので、セイルさんのお店からは少し離れている。彼の店は道具屋で主に冒険者が客層なので宿や外に近い場所に建っている。その近くには空き地の一部を改装したフリーマーケット…青空市場があってそこで冒険者達が自分達で手に入れたレアアイテムや装備品を売っている姿がよく見える。僕はそこまで売るものも持ってないし、お金もそこまで持っていないので遠巻きに見ている位だ、いつかは行ってみたいと思ってる。
僕が働いている武器屋はどちらかと言うと中心に近い所に建っているので、長屋が近くにあるから徒歩10分もかからずお店につけるのが利点です。あまり離れすぎるとセレナちゃんが大変そうだし、これはこれで良いんだろうなぁ。
「防具屋も偶にはのぞい…っ!?」
「おっと! ごめんよお兄さん! ちょっと急いででねっ! 悪いけどそれじゃっ♪」
「あ、いえすいません。こっちも不注意で。大丈夫ですか? って、もう走ってったし。」
周囲をキョロキョロしていたら女性にぶつかってしまった、相手は急いでいる様で此方に文句もつけずに走り去っていく。特徴的な赤いツインテールが走る度に揺れているのが見えた。
と言うかかなり早いな、もう豆粒位にしか見えなくなっているし。何急いでたんだろうか…? ここらじゃあんまり見ない顔だけどもしかして冒険者かもしれないな。方角的に俺の塩があるし数少ない道具でも買いに行ったのかも、もしくは塩。
まぁ、あまり詮索する事でもないのでこっちも肉屋に向かう事にした。
こういう場合僕がよくやってたギャルゲーとかだと、こう言う時は出会いイベントとかあったけどファンタジー世界だとこういう場合何かあったかなぁ? ……あぁ、そうそう、テンプレだとお金スられたーとかあるよなぁ。ドン臭い主人公が盗まれてから全く気づかずに他の場所で頭を抱えてたりとかよくある。もしくは一瞬で見破って格好良く取り押さえるとかね。
「財布かぁ………財布…? ま、さかなぁ……」
財布はズボンのポケットに入れて………
「な…ない…!?」
そういえば財布の重みを全く感じない事に今更気づいた…やられたっ!?
「流石に全財産は入れてないけど…ってそれ以前にあのサイフはティルさんが僕に買ってくれたやつなんだぞっ!! ちくしょうっ! この町でスリにあうなんて予想してなかった!!」
すぐさま踵を返して全力で走りだす、今なら頑張れば追いつけるかもしれない―!!
「あの女が走ってったのはあっちだ!! 絶対にサイフは返してもらうからなっ! 待ちやがれぇぇえええええええっ!!」
ティルさんが僕にくれた宝物!! 絶対に取り戻してやるからな!!
◆
―【ホープタウン】同時間
人混みを縫うようにして人気の少ない場所に入り込む一人の少女がいた。
燃えるような赤い色の髪の毛をツインテール、ニヤリと笑う表情は可愛らしいさと生意気さが混ざり合っている。
黒を貴重とした半袖タイプの衣服と短めのスカートが息の切れた身体が酸素を取り込む度に微かに揺れた。
「ひゃっほい♪ 今日は大漁大漁。まさか冒険者達があんなに隙だらけとはね。これで今日の収穫は2つ。さっさとこの町からオサラバってね♪」
たった今ヤスオから、そしてその1時間位前に冒険者の女性からサイフをくすねていた、手に入れたサイフをポンポンとお手玉している。
この町に来たのは昨日からで、今日早速仕事…つまりスリを開始して二人の間抜けからまんまと盗む事が出来たので顔も綻んでいる。その顔だけ見れば天使のように愛らしい。
「さーてさて、御開帳~。おぉっ! へなちょこっぽい饅頭顔の癖に金はいっぱいあるじゃんっ! えーと、ひのふのみ…うわっ、40万Rも入ってる、こりゃラッキー♪ もう一人の女の冒険者は10万も持ってなくてしけてたからなぁ」
持ちすぎと思わないでも無いが冒険者は下級でもこれ位持つのが大体当たり前となっている。色々な店で武具を買い揃えたり、道具を購入したりすると数十万は軽く吹き飛ぶのだ、一般人と較べて命をかけて戦っている冒険者はとても収入が多いが、比例するように消費もかなり激しい。中級~上級ならともかく下級では入ってきたお金が一瞬で消えていく事などままある。
彼女自身一応冒険者を名乗っているが、金は一般人から盗んだり弱いモンスターを偶に倒して路銀を稼いだりしている。
「これだからスリはやめられないと来たもんだ♪ さっさと違う町いって美味しいもの食べまくろっと。って、誰か来たわね…さっきのは撒いたし普通に行こう。」
鍛え上げた察知力は下級のシーフを凌駕するレベルだ、これを上手く使って今まで生き抜いてきたのだ。平静を保ち此方に向かって歩いてくる誰かを見る。
「…外の奴か? こんな時間にうろついてたら流石に危険だ、さっさと宿に戻った方がいいな」
歩いてきたのは白髪が特徴的な男…自警団の副団長であるハウルだった。剣を腰に挿してパトロール中らしく彼女を見つけて注意を促す。時間は既に夕方で、平和なこの町といえどもこの時間に女性一人で歩いていたら危険な可能性がある、自警団の仕事は町の安全を築く事なので、こういうことも仕事の一つだった。
内心自警団に出会って苦虫を噛み潰しそうになっている彼女だが、努めて冷静に対応する、この辺は慣れたものでスラスラと嘘の話を並べていく。勿論真実も幾つか混ぜているので、頭の悪い自警団程度誤魔化しきれると余裕綽々だった。
「あ、すいませんこの町は初めてなので少し見て回ってたんです。そろそろ宿に戻ろうと思ってた所なんですよ。お気遣いどうも。」
「ならいい、少し前にモンスター騒ぎがあって少し町の連中もピリピリしてる。
面倒なことになる前に宿に帰るんだな」
その言葉に心の中でガッツポーズを取る彼女。
「成程、私も冒険者のはしくれですしモンスターの被害は良くわかります。そうですね、急いで宿に戻ることにします。有難うございました。それではっ!!」
言うが早いか、軽く会釈をして彼女は走り去っていく。勿論宿に止まるつもりは無い、急いでこの町をおさらばしようと笑みを漏らしていた。
「………」
それを見送るハウル。その目は鋭く彼女を睨みつけておもむろに口を開いた。
「…………行ったぞ。あれがそのまま宿に戻ると思うか?」
「無いわね、直ぐに町を出ると思うわ」
凛と澄んだだが、恐ろしさを感じる声がハウルの後ろから発せられる。声色から女性だと言うのはわかるが、その姿は見えずハウルも気にせず会話を続ける。
「あぁ、あれはハイエナの目だ、面倒なのが来たものだな。出来れば俺が捕まえてやりたいんだが、お前がやるんだろ?」
ハウルは先程の女と出会った時点で、彼女がスリだと分かっていた。獣人の血を微かに引いている為、スキルに昇華するレベルの嗅覚を有している。その鼻が2つの違う匂いを嗅ぎとっていた。一つは後ろにいる女性の、もう一つは……
「あの女、ヤスオの匂いがするものを持ってやがったな。アンタが居なきゃ俺がぶちのめしてる所だ。悪いが、ついでに取り戻してやってくれ、俺が見逃す代わりにな」
自分で捕まえるのは楽だが、怒れる彼女を止めるつもりは無い。よほどスラれたのが堪え難かったのだろう。凄まじいレベルの殺気が溢れているのがハウルも感じれらた。
「わかったわ、それじゃ行ってくるわね。有難う私の代わりに捕まえないでくれて。この落とし前は同じ冒険者同士、私がつけるつもりだから」
「殺すのは構わんが、外でやってくれ。町にいざこざを持ってこられると迷惑なんでな」
「えぇ、安心して頂戴? 殺しはしないわ。スラれた程度だもの、ま…迷惑は掛けないから。これで失礼するわね」
門…女が逃げるにはそこを通らねばならない、そこに向かって進んでいく彼女をハウルは表情を消して見送った、後はどうにでもなるだろう。あの女にかかればコスいスリなど直ぐに潰されると確信している。
「中級になりかけの冒険者か、オッターとは流石にプレッシャーが違うが同じなりかけと言ってもファイターの俺じゃ勝てそうにないな。ま…そもそも俺はリタイア組だしな、比べるまでもないか」
ハウル自身一時期は上位クラスを目指し冒険者をやっていたが、ある出来事の為に引退せざるを得なかった。
「それにしてもヤスオの奴はドジと言うか…ったく、あいつは戦いでは頼りになる癖にこういう時は話にならんな。あぁいう冒険者も居るって事か」
そう言うハウルの顔は微かに笑みを漏らしている。何度か出会い話もし、この前は戦いに協力もしてもらったヤスオの事を彼は高く評価している。まだまだ荒い所も目立つし、対人が苦手なのもあるが。誠実で真面目に仕事をこなしイヤミも無く冒険者を続けている所に好感を持っている。
時々やらかす大ポカも、ハウルが知っている冒険者に比べれば万倍マジだ。などと考えていると、此方に向かって走ってくる音と声が聞こえてきた。
「………噂をすれば影か」
そこには泣きそうな顔で爆走しているヤスオの姿があった。




