18-04 【幸運の後の不安】 Ⅳ
―現在
アルスさんの教えを受けたお陰で訓練の効率も上がってきている、小剣の扱い方は太剣や長剣などと違い、短剣の様に扱うのも主としていて閉所などで使うのに適している。つまり大きく振りかぶって切り裂くというやり方は向いていないのだ。【蓮華】も駆け抜け様に打ち斬る感じなので、素振りもそれに対応したやり方になる。
「今日の目標は300回っ! 過剰な修練は無意味だって皆言ってたし自分のペースがやっていかないと」
ゆっくり、一回一回に気合を込めてから振り切る。最近は基礎体力もついてきたお陰で息切れもしなくなったし、腕が剣に持っていかれることも無くなってきた。流石に斧とか太剣は慣れてないのもあるし、無理だろうけどショートソードや短剣の様な軽く取り回しやすい物はもう大丈夫だ。
何にせよ自分はまだまだ全てが足りてない。
元々0だったのだから十分な進歩なのかもしれないが焦ってしまう気持ちはやはりある…が、それでもゆっくりと自分を鍛え上げていく、力だけ強くても仕方ないのだから。
伝わる汗も気にせずに1回1回確実に素振りをこなしていく。地味なトレーニングかもしれないが、これほど最終的に自分の実になる鍛錬はない。派手な訓練をしたって、それが身につかなければ意味が無い。ステータスはモンスターを倒せば上がるとしても、スタミナがなければ意味が無い。
「150…!! 腕が流石に震えて来たな…」
漫画や小説では千回とか1万回とかよく見るけどあれだけ振るうのにどれだけ筋力居るんだろうな…と言うか体力が持つとか以前に筋肉がやばいような気がするが……多分気にしちゃ行けないんだろうな。何気に僕も300回位なら素振りも出来るようになったし、そんなものなのかもしれない。
これが終われば次は盾を持った時の剣の使い方を練習しなければならない、盾を使えば攻撃も防げるようになるけど少盾とはいっても前方につきだしたまま戦うのは難しい、敢えて盾をしまったりして攻撃するのが早いんだろうけど、皆を護る様な戦いをする時にそれは悪手になるから、その状態でもスムーズに倒せるようにならないと。
「197……198……199……! 200!! よし後百か…!?」
―ヤスオは【連環】を覚えた!!
―ヤスオは【三散華】を覚えた!!
「3文字技…それもアルスさんが教えてくれた蓮華の派生技…!?」
技は鍛錬中でも中級、上級を覚えることがあると聞いてはいたが…まさか自分がこの様に中級技を覚えるなんて。いつか覚えらえたらいいなとは冗談半分に思ってたけどまさか練習中にこうして覚えるとは予想だにしていなかった。覚えた喜びより戸惑いの方が強くなるのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。
「やっぱり、いきなり強い技を覚えるとなんか怖いな…最近良い事続きだったからそろそろしっぺ返しがきそうでやだなぁ」
幸運が続けば後で不幸がやってくる、大体の場合において真理だ。森から抜けだして、優しい人達に囲まれて幸せに人生を謳歌している自分。まさに幸運の絶頂期だろう、スムーズに強くなっているのもそれを助長している気がする。こうまで良い事が続くとフラグ的になにか起きそうで、ついつい不安になってしまった。
「駄目だ駄目だ、変な事言ってると本気でフラグ経つかもしれないぞ。結構疲れたからネガティブモードになってるっぽいし今日は此処で切り上げよう。今日は晩御飯食べに行って英気を養うか……うしっ、それじゃさくっと身体洗って来るとしようかな」
こういう時は気分転換するに限る、もう少し続ける予定だった練習を切り上げ準備をすることにした。新しい技も覚えたのだ、今まで弱かった剣が実戦でメインに出来るかもしれないのだから喜ぶべきなのだし、気持ちを切り替えるとしよう。
…………
―大衆食堂【うちより安い店はねぇ!】店
「へへっ悪いな奢ってもらっちゃって。ここの料理は安い上に美味いから俺もよく来てるんだ。」
「実は僕もだよ。休みの日は大体ここでご飯食べてるから、もう一つの店の方は一人じゃ入りにくくてね」
一人で食べるのも味気ないので、フィル君を念話で呼んで奢る事にした。彼の食べっぷりを見ているとネガティブになっていた気分も和らいでくる。
回りはいつもの様に沢山のお客さんで埋め尽くされている。この中の何人がナナさん目当てなのだろうか…冒険者の半数はずーっと目がナナさんを追っているから半数以上は食べに来てるっていうかナナさん見に来てるっぽい。
「あっちは冒険者などの高級層がメインだからな。お前さんでは流石に入りづらかろう、味はかなり良いけど流石に此処よりは高いし。私もたまに行くけど、高級な店って感じがするわ、あそこは」
「何しれっと混ざってんだよナナ、お前店員だろうが」
「珍しく暇なんだよ、いいだろ混ぜろよ。後私は店員は店員でも看板娘だ、ほら褒め称えるがいい。」
この忙しさを暇と言い切るのだからこの人はやはり凄いと思う。冒険者やり始めてる僕でもこれをほとんど一人で捌ききるには体力が持つかどうかだ…
「まぁ、別にいいけどさ。お前ってさ、いつも来る度に思うけどかなりフリーダムだよな。」
「それが私の最高の魅力だからな、褒め称えろ」
「きめぇ」
「よし殺す」
喧嘩している訳じゃないけど、こうマシンガントークばりの言葉の応酬は凄いな、何でもフィル君が小さい頃からここで店員をしているのだから熟練者といっても過言じゃない……あれ? フィル君が若いって事は最低でも7年位前として…10歳前後でナナさん店員してたのか…? いいのかなそれ…
「ま、どうでもいいや。それより聞いてくれよヤスオ! 俺今日レベル上がってさ! HP上昇も覚えたんだぜっ! これで漸く一端のファイターっぽくなれたよ」
「おぉっ! おめでとう! ますます頼り甲斐が出てきたよっ!」
それはめでたい事だ。前衛で戦うフィル君が更にタフになったのだから安定性も上がったしこれからの戦闘でも頼れる様になってきたな。槍を使っての一撃はこの時点で僕の一撃を超えているし、将来凄い戦士になるんじゃないかと期待している。きっと僕では及びもつかない人になるかもね。
「あーはいはい、だけど油断は禁物な? 大怪我でもしてみろ、確実にエルやカリーナが騒ぎ出すぞ? レベルアップして浮かれるのもわかるが自重しろよ?」
「わ、わかってるよ。ったく、ホントお前の交友関係ってどうなってんだ?」
ドヤ顔しながらこの町で私にわからん事はないと言い切るナナさん。情報通の看板娘とかありきたりな設定だけど、リアルに居ると地味に脅威だと思います。
「で、そっちの丸っこいのはそんなにテンション低いのかね? 無理やり気合入れてます感があって、変だぞ?」
「ごふっ!? な、何で分かったんですか…!? 自分なりに隠してたつもりだったのに」
努めて明るくしようと思っていたのだけどナナさんはお見通しだったらしい。
「あんたって基本そこまで騒がないでしょ、目もなんとなく下向いてたし、なんかあったんだなーって位直ぐ分かる。」
「落ち込んでるって…俺にはわかんなかったけど。何かあったのか?」
「う、うん…実は……」
バレてしまっては黙っている意味も無いので正直に今日起こった事を全て話していく。するとナナさんはなんとも言えない表情をしていた。
「この町にきて良い事続きで、今日に至っては練習中に技の中級を覚えたから、不幸になりそうで怖かった、ね。あー……なんつーか。あれだなぁ、お前は、あれだ」
「なんだよ、あれあれって。はっきり言わないとわかんないっての」
はぁっとため息を付きながら言うナナさんにフィル君がツッコミを入れるけどガンスルーしてそのまま僕をジト目で見ながらストレートに言い放った。
「一言で言えば、馬鹿だろ。長く言えば、アンタ馬鹿だろ。だな」
「ひでぇ…」
その言葉にフィル君が汗を垂らしながら力なく突っ込む。僕は僕でまさにその通りなので乾いた笑いをこぼすしか出来なかった。ナナさんは僕の頭をペシペシと叩きながら続ける。
「そりゃ単純に思い込み過ぎだっての。良いことが起きたら次は不幸になる? 誰だよそれ決めたの。良い事が起きたんならそれでいいじゃないさ、単純に喜んでおけって。んなこと考えるから不幸になるんだっての」
「は、はい…そ、そうですよね」
フラグ云々なんて実際確実に起こるわけじゃないしね…
「そんな事言ってたらあれだ、この店に来てる奴は可愛い可愛い私を見て幸せになってるだろう? その分不幸のどん底に行くことになるだろうが。私を見て不幸になるとか抜かしたら埋めるぞ、星に。んなことうだうだ考えてる位なら、うちで死ぬほど食べてけそんな下らない事なんざ直ぐ忘れるっつの」
だろう? と周囲をくるりと回りながらナナさんが言うと冒険者の人達がわーっと叫びだす、途中【ナナちゃんと仲良くだと…くっ!】とか【何故だっ!? この俺の愛があんな丸っこいのに負けるのか!】とか聞こえてくるが超スルーの方向で、関わるとダメな気がする切実に。
「あはは、そうですよね…そうすることにします、それじゃ色々追加でおかわりしちゃいますんで! フィル君もどんどん頼んでくれよっ! 今日は僕の大盤振る舞いだっ!」
「おぉっ! 勿論そうさせてもらうぜ!」
「よし、よく吠えた。お前のサイフを全部空にする勢いで料理だしてやんよ。
店長がな」
ニヤリと意地の悪い笑顔を見せてナナさんが追加注文云々と店長さんに伝えてしまう。え? ちょ、ちょっとまって下さい…?
「まかせておいてー! 5番でいいかなー?」
「寧ろ5番しかないだろう、なぁヤスオ? 大丈夫お前らなら逝ける」
「ちょっ!? 待って!? 落ち着いて!? 店長さん本気で作らないでぇえぇええええええっ!?」
「ふおおおおおおおおおおおおおっ! いくよー!! 1分間に10人前の料理乱舞を!! ……あ」
舞い散る料理がゆっくり地面に流れ落ちていくのを見る事しか出来ませんでした。この店長さんは勢いがつくとよく料理を落としてしまうらしい、だけどこれがこの店のおもしろアクセントになっているそうだ。
「よし、1日1回必ずやらかすな。罰として全員にジュースな」
「うんー…次は失敗しないよー」
「その言葉は既に1万回位聞いたな」
その言葉に皆が笑いながら、再び周囲が賑わっていく、僕は彼等と遅くまで楽しみながら語り合った。此処に来るまで心に残っていた不安な感情などはもう既に残っていなかった。
―18話終了…19話に続く
―リザルト
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