01-02 【何もないサバイバル】 Ⅱ
――僕が此処に来た時の話をしよう――
僕はただのニートだった。
控えめに言ってもロクデナシと頭につくほどのダメ人間だった。
10人中10人が【こいつはダメ人間だ】と確信して言ってしまうレベルだと思う。そんな僕がこんな場所に来たら予想は付くだろう―
「なんだ…ここ?」
気がついたら僕は森の中一人で立っていた。
先ほどまでパソコンで最新作のゲームを遊んでいたはずなのにだ。辺りは薄暗い森の中で、人の手が入っていないのか草木が高く覆い茂っている。
「僕はなんでここに? おかしいぞ? 何でだよ!? なぁ! なんで!!」
未踏の森の中で叫ぶ事がどれだけ恐ろしいことかも理解できず僕はただ喚き散らしていた。
だけどそんな僕は直ぐに満面の笑顔になる。恐ろしいほどの単細胞だなぁと、今の僕なら言ってしまうだろう。
「お…おぉ…すげぇ! すげぇ! あ、あれ…モンスターだ!!」
其処には1体のバケモノが居た―
―ファングラビットが1体現れた!!
今思えば、何馬鹿げた事を考えていたのだろう。でもその時は何よりも喜びが優っていたのだ。そう…自分が異世界に行けたという、そんな喜びを。
「うわっ、うわぁ! 凄いぞ! 小説のテンプレそのままじゃないか! ははは…!よし、こいつをさっさと倒して僕の英雄譚が始まるんだな! つまりこれはチュートリアルだなっ!!」
目の前に居たモンスターは其処まで大きくなかった。
見た目は口から鋭い牙がはみ出しているウサギでしかなかったのだ。
たかがウサギごときにこれから主人公になる僕が負ける訳がない、何せ異世界に来たのだから僕はこれから万能になれる。そんな勘違いをしてしまった。
「ふんっ! たかが牙の生えたウサギ程度、負ける要素がねぇ!」
確かにこんな不可思議な状況で自分のような性格の人間だったら勘違いしてしまうかもしれない。ソースは僕自身だ、何せ僕は自他共認めるダメ人間なんだから。
僕は無駄にファイティングポーズをとり、じりじりとウサギに近づく。普通に近づいても良かったとか考えていたけど、こっちのほうが【格好いい】からと言う理由で馬鹿をやっていた。頭の中ではウサギはすでに倒されて経験値になっていた。そしてそれを現実にするために、全力で飛びかかる。
「さぁ! とっとと経験値になれ! 秘技! 【恒星龍神脚】!」
勿論そんな技など無いし、頭の中で思いつく限りの厨二病満載の一撃だ。跳びかかった割には全く飛距離もなく、ウサギの直ぐ近くに着地していしまう。
―ヤスオの攻撃!! ミス!! ファングラビットは回避した!!
―ファングラビットの攻撃!!
「えっ…?! ぎゃああああああああああっ!?」
―ヤスオに大ダメージ!! ヤスオは吹き飛ばされた!!
何も分からず一瞬だった。
飛び蹴りを避けられ…届いてもいなかったけど、隙だらけになった後ろからウサギが突撃してきたのだろう。息が詰まる衝撃と激痛に駆られながら僕は為す術もなく吹き飛ばされる。
今までの人生で感じたことも無い痛み、父親に怒られた叩かれた時の痛みとは全く違う、死の恐怖を刻みつけるような痛みだ。よく見ると太腿のズボンが破れそこから出血していた。
ポタポタと血が流れるのを見てサァっと血の気が引いていく。
「い…てぇ!! なんだよこいつ! めちゃくちゃ強いじゃないかぁ! 痛いぃ!? ひぃっ!?血っ!? 血が!? 血が出てるううう!? う、うわああああああああ!?」
逃げればいいのに、錯乱してその場で喚き出す自分。
よく考えなくても下策でしかない。でも初めて感じる鋭い痛みは元々無かった冷静さを更に奪う。そしてそれをのんびりと待つようなモンスターは居る訳がなく、再び飛びかかってきた―!
―ファングラビットの攻撃!!
―ヤスオに小ダメージ!! 残りHP6割
「い、嫌だ…! 嫌だああああっ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!?
助けて!! 誰か助けてくれよおおおおおおおっ!」
恥も外聞もなく自分は逃げた。
それが正解だったのだろう…モンスターは僕を追ってこなかった。僕の足の遅さなら相手がこっちを殺す気だったらこのタイミングで殺されていた筈、モンスターの気まぐれで僕は生きながらえたのだ。体中が痛むが、それでも生き延びることは出来たの。後先も何も考えずただ無心に全力で駆け抜けた。
―ヤスオは逃げ出した!! ………………成功!!
―【森の中】
「はっ…! はっ…! 痛い…血が…血がぁぁ…あうぅ…ううう…あああああ…うわああああああああああああっ!!」
後は想像するまでもなく叫び喚き散らし、そんな事では最早どうにもならないことを理解するだけ。こんな事なら異世界の転生なんて望まなければよかった、そんな意味もないことを泣きながら愚痴る。
何故自分がここに居るのかも理解できず、ただ感情のままに泣いた。
「何でだよぉ…超人になれるんじゃなかったのかよっ! おかしいじゃないか!
テンプレチートじゃないのかよっ! 痛いよ…うううう…」
泣く事にも体力は使うのだ。
ずっと其処で泣いていてどうにかなる訳でもない。運良く血はウサギがぶつかった時と吹き飛ばされた時の衝撃で切れただけのようで直ぐに止まってくれた、これが致命傷だったら今の僕は居なかっただろう。
「さ…寒い…火を、火をつけなきゃ。そうだ、火を付けないと森の中じゃまたあのウサギに…!」
泣き疲れ、それと同時に寒さと空腹が襲ってくる。まず何より初めに火を起こすことにした。
ニートではあったが不良ではなかったので、タバコも酒もやらない自分がライターを持っている訳も無く、テレビやネット、マンガやアニメなどで覚えた簡易的な火を起こす準備を始める―
「火位なら僕でも付けられるさ、あれだけ見てきたんだ余裕だよ…余裕…!」
そんな軽口を叩きながら、軽口でも言わないと怖くて仕方なかっただけとも言うが、とりあえずは使えそうな木の棒と燃えそうな木片を見つけることが出来た。
木の板に棒の先を合わせ両手で擦っていく、手が冷えているのもあって何度も何度も棒が板から外れてしまい、苛立って板を投げつけたりもした。
はっきり言えば舐めていた。火なんてすぐに付けられるだろうと。
ネット小説なら、まず当たり前のように焚き火なんて起こせるのだから。けど、そんな淡い期待など打ち壊すかの様に、火はいつまでたっても起きず時間ばかりが過ぎていく。
「はぁ…はぁ…何でだよ! 小説とかで見た通りにやってるのに火が出る所か煙も出ないっ!」
その後も半ばやけになりながら火を起こし続けたが、結局火は起こすことが出来なかった。
かなりの時間を無駄に消費し体力と気力がどんどん減っていく。同時にサバイバルの基礎すら出来ない自分が情けなくて涙が出てきた。だけど誰も助けてくれる人なんて居ないし、勿論泣いてもどうしようもない。自分に出来ることは鳴る腹を満たす為に食べ物と飲み物を探す事だけ。
「腹減った…いつもならゼリー飲料飲みながらMMOやってる時間なのになぁ…
何か、何か食べれるものをを探さないと。」
何を探して食べるか…それすらも分からずビクビクと怯えながら森の中を歩いて行く。
―続く