46-01 【平和と安全の為に】 Ⅰ
―餓狼の佇む魔道跡地
ここに巣食っていたボス、ケルベロスが倒れた後再生しかけていたこのダンジョンは再びただの森へと変わっていた。とても濃い瘴気が渦巻いていた為、ダンジョンとして機能していなくてもモンスター等は未だに数多く存在し、特にブラウンベアーなどの強いモンスターなどが今も尚徘徊している危険な場所である。
その道を歩いて行く二人の男性―
メイジのオッターとシーフのイクスが周囲を隈無く調べながら探索を続けていた。
「ふむ、やはり反応はありませんな。取り越し苦労で良かった」
「罠も見当たらないしね、ダンジョンとしては間違いなく終わってると思うよ?」
ダンジョンの様な瘴気の濃い場所ではランダムにトラップ等が発生する。それらは大体凶悪で、冒険者やモンスター達ですら容赦なく苦しめる恐ろしいダンジョンと化した自然の脅威だろう。下級冒険者はシーフという存在を蔑ろにしやすい傾向があるが、それは基本的にダンジョンに潜らなかったり、シーフ=攻撃力が無い存在と頭ごなしに否定する脳筋が多いせいなのだが…
ダンジョンではない自然の場所でトラップが発生する事は基本的に無い為、周囲を隈無く探し続け1個もトラップがないと言う事は、ここがダンジョンとして機能していない事を示している。
「それで良いのです。確かにダンジョンは我々冒険者の稼ぎ場所でもありますが、ダンジョンは一般人にとって脅威のモンスターを輩出する場所なのですから」
「まー、そんなもんだよね。公共事業にしてる町とかもあるけど、襲われたら一回りも無いんだし…こういうのは近くにないほうが安心できるかぁ」
「その通りですな。…さて、イクス氏、今日は有難うございます。あれから落ち着いてきたとは言え、確認して置かなければ心配は拭い去れませんでしたので、あのランクのボス。万が一復活でもしてしまえば厄介ですからな」
「んや、いいっすよ。俺も今日はフリーだったんで。妻はチャハンさんの所で料理の練習してますし超暇なんスわ」
愛妻家であるイクスであるが、彼女の事は基本的に自由にさせている。
自分が死と隣り合わせである冒険者をやっている事があってか、妻のサーラには無理ばかりさせてしまっていた。だからこそ彼女が羽を伸ばせるように彼女を自由にさせている。勿論お互いに周りの人間が辟易する程の愛妻カップルなのでお互いに信頼しているからこそ、出来る事だろう。
「しっかし、あんたも支援と阻害魔法だけでここまで来るってやっぱとんでもないわ。ここまで俺滅茶苦茶安全でした。俺みたいにある意味特化型なんだなぁ。、攻撃魔法は全部だめなんしょ?」
「残念ながら、ここまで来ても攻撃魔法はかすりも致しませんですな。まぁ、戦うことは出来ますしこれはこれでいいのでしょう。私の宿命ならば受け入れるまでですぞ」
「ぱねぇ…男らしさを感じるわ……!」
緩い会話をしながらも警戒は一瞬足りとも解いていない。
だからこそ、近づいてくるモンスターの微かな足音や気配、息遣いそしてそれから導き出される長年の経験からの情報の確認を終えオッターに伝える。
「敵3体、こっちに気づいてるようで奇襲するつもりみたいだね、感じる気配と匂いから多分熊だね? どーします?」
「お見事、貴方が来てくれて良かった。その程度の数でしたら倒してしまいましょう。少しお時間頂きますが良いですかな?」
「んじゃ俺後ろで応援してますわ。攻撃外れるし」
オッターの後ろに下がって回避体勢を取るイクス。
高レベルのシーフではあるが、デメリットスキルの所為で99%以上の確率攻撃が当たらないという致命的な欠陥がある以上、攻撃する事はむしろオッターの邪魔にしかならない。
「ふふ、イクス氏に応援して頂けるとは、とても心強いですな」
「来るね。4歩下がって。丁度当たらないから」
「了解ですぞ」
イクスに言われた通りに後ろに4歩下がった瞬間、狙い澄ましたようにブラウンベアーが飛び出し大きな腕を振りかざす。その一撃は先程までオッターが居た場所を引き裂いただけだった。
―ブラウンベアーの奇襲!! 失敗!!
―ブラウンベアー達は困惑している!!
―ブラウンベアーAが現れた!!
―ブラウンベアーBが現れた!!
―ブラウンベアーCが現れた!!
その後ろからがさがさと草木をかき分け残り2体のブラウンベアーも出てきたが、オッターにとっては無防備にやってきた雑魚でしかない。
「では…!! 行きますぞ。【アクセラレーター】【風縛鎖檻】!!」
スキル【アクセラレーター】を用いて一瞬の間のみ高速行動を可能にする―
―オッターの【アクセラレーター】!!
―オッターは【風縛鎖檻】を唱えた!!
―ハイデバッファー!! 抵抗失敗! ブラウンベアーAは身動きが取れない!!
―ハイデバッファー!! 抵抗失敗! ブラウンベアーBは身動きが取れない!!
―ハイデバッファー!! 抵抗失敗! ブラウンベアーCは身動きが取れない!!
「ぐぉ!? ぐおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「ががあああああああああああ!?」
「おおおおおおおおおおおお!」
オッターの杖から発生した可視化出来るほどの風が幾重にも鎖の様に絡みつきブラウンベアー達の身動きを完全に封じ込める。もがいで抜けだそうとするが風の檻は一切の動きを封じてしまう。
「やっべ、何もすることないわ…がんばれー、超がんばれー」
「続けてまいりますぞ【屍群魔手】!!」
―オッターは【屍群魔手】を唱えた!!
―怨念に満ちた手達が、道連れを求め敵を引きずり込む!!
―ブラウンベアーAは回避できない!!
―ハイデバッファー!! 回避が1ランク減少、抵抗失敗!!【麻痺】【猛毒】
―ブラウンベアーBは回避できない!!
―ハイデバッファー!! 回避が1ランク減少、抵抗失敗!!【麻痺】【猛毒】
―ブラウンベアーCは回避できない!!
―ハイデバッファー!! 回避が1ランク減少、抵抗失敗!!【麻痺】【猛毒】
身動きが取れなくなっているブラウンベアーの足元から耳を塞ぎたくなるような怨嗟の声と共に毒々しい色の腕が何十本も生え身体の自由を奪い更には麻痺毒と猛毒を全身に塗りこんだ。先程まで何とかして逃げ出そうと動いていたモンスター達の口からは泡と血がゴボゴボと溢れだし身体を完全に麻痺させ猛毒が生命力を奪っていく。最早叫び声を上げる事すら出来ず、ビクビクと断続的に震える事しかモンスター達には出来ない。
―ブラウンベアーAは身動きが取れない!!
―麻痺している!! 猛毒によって中ダメージ!!
―ブラウンベアーBは身動きが取れない!!
―麻痺している!! 猛毒によって中ダメージ!!
―ブラウンベアーCは身動きが取れない!!
―麻痺している!! 猛毒によって中ダメージ!!
「これが俗にいうデバフ地獄。何も出来ませんわこりゃ、あ、これどうぞ」
本格的にすることが無くなったので、持っていたMPポーションをオッターに進呈するイクス。MPは余裕で余っては居るだろうが、プレゼントしないといけないと思わせるほどの見事な魔法行使を見せてくれたお礼でもある。
「感謝しますぞイクス殿。それではすみませんがもう少しお待ち下さい。行きますぞ…【奈落叫】!!」
―オッターは【奈落叫】を唱えた!!
―敵全体と【精】で対決…モンスター達は抵抗できない!!
―ブラウンベアーAは抵抗に失敗!!
―HPとMPが1割減少!! 【混乱】した!!
―ブラウンベアーBは抵抗に大失敗!!
―HPとMPが3割減少!! 【混乱】した!!
―ブラウンベアーCは抵抗に失敗!!
―HPとMPが1割減少!! 【混乱】した!!
―ブラウンベアーAは身動きが取れない!!
―麻痺している!! 混乱している!! 猛毒によって中ダメージ!!
―ブラウンベアーBは身動きが取れない!!
―麻痺している!! 混乱している!! 猛毒によって中ダメージ!!
―ブラウンベアーBを倒した!!
―ブラウンベアーCは身動きが取れない!!
―麻痺している!! 混乱している!! 猛毒によって中ダメージ!!
動きを封じられ、麻痺と猛毒に侵され更には呪いによって混乱し、生命力と精神力を根こそぎ奪われていくブラウンベアー達、最早生き残る術は残っていない。
「後は見てるだけという単純作業です。おつかれっしたー。うん、ティルちゃんとかとは違う凄みがあるわ。ケルベロスの時もそうだったけど、阻害って怖いわぁ」
一体また一体と何も出来ずに事切れるブラウンベアーを見つめながら改めて阻害魔法の恐ろしさを垣間見るイクス。大体のメイジは攻撃魔法を用いての見た目もド派手で威力も高い弾幕や超火力を使うのを好み、阻害魔法は攻撃魔法が効き難い相手に使う程度しか使われるのを見た事がない。
そもそも阻害魔法がこの様に簡単に成功する確率の方が低いのだ。
大体の阻害魔法は相手と【精】で対決する事が多く、アコライトとは違いメイジはそこまで【精】が高くならない為、成功率がそこまで期待出来る物ではない。その中でオッターの使用した阻害魔法はイクスが見た限り、ケルベロスとの戦いを除き全て100%効果を発揮しているのだ、あのケルベロスも多少の効果があった事もあり、改めて阻害魔法の恐ろしさを垣間見る。
「まぁ、攻撃魔法とは違って倒すまでに時間がかかりますからな。お陰でダンジョンではあまりお役に立てないことも多いのです。その分、全力で事に当たらせて頂いていますが」
「いやいや、これで役に立てないってどんだけのパーティなんスか。アルス君とかだったら是が非でも仲間に加えるって。こんな楽ちんな戦いあの3人でも出来ませんわ。ついでに俺という足手まといがいるってのにね」
「ターン制限があるダンジョンと言う場所で、更には確殺する事が出来ず自動的に時間が掛かってしまう阻害魔法ですからな」
「あー……探索したい人にとっては時間がかかるのはNGって事か…」
戦闘や行動でターンが消費されていくダンジョンでは常に時間とターンとの勝負である、どれだけスマートに行動し沢山探索して目的の宝箱を発見するか、が冒険者にとっての命題とも言われているほどだ。そんな中で探索能力こそ高いが守らないと何も出来ない、攻撃も出来ないシーフに、一切の攻撃魔法を持たないメイジでは、敬遠されるのは仕方の無いことだろう。
あえてイクスとオッターの様なタイプを使うよりはどれもそこそこ出来るシーフや攻撃魔法を使えるメイジを使う冒険者が多いのは仕方のない事だ。
「そーいや、ギルドには入らなかったんですよね? なんでまた? デバフ使いなら仲間が居たほうがいいっしょ?」
「私自身まだ少し思うところがありましてな。最低でも上級に上がるまでは、固定の仲間を募る気はないのです。お恥ずかしながら、ある意味意地というものでしょうか」
「そうなんすか。俺としてはあんたに居て欲しいけどその辺は個人の自由っちゃ自由やね。でもま…ヤスオ君も喜ぶんじゃないかな? オッターさんの事になると、かなり饒舌になるし」
ヤスオと話すと大体アルス達やオッターの話しが多くなる。
どれだけ相手を尊敬しているか、彼等がどれほど凄いかをとても嬉しそうに話す姿は、イクスを持って微笑ましいと感じさせるほどだ。
かと言って自分だけが延々と話す訳ではなく、とても聞き上手な所もある。
「最近ティルちゃんたちの気持ちが少しわかってきました・あんなに人の話を真剣に聞いてくれる良い子気に入らない訳ないわ。やだ、あの子人誑しっ!」
「はは、それもヤスオ氏の人徳のなせる業でしょう。私などをそう言ってもらえるとは有難いことですな。えぇ、私も上級に上がり納得した際にはお願いしてみることにしましょうか」
「お? そいつは楽しみっすね」
「さて、もう少し見回ったら戻りましょう。イクス氏、もう少しお時間よろしいですかな?」
「うっす、んじゃ行きますか」
二人は再び元ダンジョンを探索していく―




