45-02 【望郷、日常、悪意、殺意】 Ⅱ
―ホープタウン フィールド
―ミラは【HP上昇:最下級】を覚えた!!
「おめでとう…!! おめでとう私!! HP上昇獲得おめでとう!!」
「ミラちゃんが壊れました、本当に有難うございます」
レティカちゃんが一歩引いた感じでぼそっと呟いた。
僕が覚えている【翻訳】の魔法で翻訳したからなのか、本当に言っているのかわからないが、時々普通に聞き慣れたネット言葉等を聞く事がある。初めは耳を疑ったが最近は慣れてきた。
まぁ、そんなことはどうでもいいとしてミラちゃんが漸く【HP上昇】のスキルを覚える事が出来たのだ。これまでずっと前衛で戦ってきた甲斐があると言うものだろう。一度覚えさえすればHPも一気に上昇するし、戦っていけばランクも上がる。無理して前衛で戦う必要はこれでなくなった。僕も肩の荷が下りたというものだ。
「おめでとうミラ。やったじゃないか、これで耐久力の問題もクリアだよ」
今日はカトル君も一緒に参加している。
コリーちゃんとスノゥちゃんの二人は今日はオフって事でゆっくりしているそうだ。こうやってカトル君も手伝ってくれるようになってからかなりスムーズにレベル上げをすることが出来る様になった。後、彼女達はカトル君のパーティだから仲間同士での連携技術をも高めてもらわないとだし本当に丁度いい。
「うん、いい傾向だと思うよ。次は技の取得をメインで頑張ってみようか」
「はいっ!」
「わかりました~!」
元気に返事をするミラちゃん達。
「しかし、だがしかし。その前に皆でこのセレナちゃんが皆の為に作ってくれたお弁当を食べよう。自分これが楽しみで仕方ありませんでした」
僕はウキウキしながら用意していた大きいバスケットを取り出す。
実はこれ今朝方にわざわざセレナちゃんがお弁当ですと持ってきてくれたのだ…お弁当、お弁当ですよ奥さん。いや奥さんって誰やねんっ、とツッコミを入れてしまうくらいに嬉しかった朝の出来事である、あまりに楽しみすぎてついつい力を入れ過ぎてしまったほどだ。
「ヤスオさん朝からずっと言ってましたもんね。私も楽しみです」
パーティ内で皆の食事を作る事が多いレティカちゃんもセレナちゃんが作ったお弁当を気にしているようだ。彼女の言う様に朝からずーっと言っていたから流石に気になるよなぁ、引かれなくて良かったよ。
「お昼ごはんですね! 任せて下さい! 今の私はそう…いわばスーパーミラちゃん!! なんでもいけますよ! なんでも!!」
「ミラちゃんが変なスイッチ入ったまんま帰ってこないんですけどー…カトル君なんとかして?」
「お、俺に言うなよ…」
カトル君が巻き込むなとばかりに手を振って逃げる。
ちょうどいいので一緒にシートを広げて貰うのを手伝ってもらい、バスケットや水筒を並べていく。後は周囲に居るモンスターが近寄ってこないように特殊な薬液を巻いて準備は完了だ。
【結界】という聖属性のアコライト魔法があれば其れを唱えれば効果がそこまで強くない薬液を使う理由が無くなるのだが、残念ながら僕は覚えていない、下級魔法なのに現時点でも覚えていないと言うことは相性の問題が僕もあるって事だ。ちなみに覚えたとしてもあの魔法は【自分のレベル以下】のモンスターを退けると言う効果なので、レベルが存在しない僕じゃファングラビットすら防げないんじゃないかと思う…こういう時レベル制じゃない不便さを感じる。
全員で座ってそれぞれ持ってきたお弁当とセレナちゃん特製お弁当を広げた。
「わぁ…!」
「おぉ、サンドイッチですねっ!」
バスケットの中に入っていたのは多種多様なサンドイッチだ、ハムを挟んだものやスタンダードなたまごサンドを初めとして色々なのが取り揃えられている。僕が男性ということもあるのか仕切りを作って唐揚げやミートボールの様なものもあるし、フルーツも入っているという気のききようだ。
「こ、このカツサンドは…!! ハウンド肉だ! セレナちゃん楽しみにしててくださいねって言ってたけどこれのことかぁ…」
僕の大好物のハウンド肉のカツサンドまである。
まずは其れを取り出してがぶりと一口。パンの味わいの中に冷めてもしっかりとした歯ざわりと味わいが口内に広がっていく、ソースの酸味と甘みが肉によく絡んで美味しさを何倍にも膨れ上がらせている。
噛めば噛むほど感じられる肉の味わい。そしてふっくらとしたパンが其れを邪魔する事なく混ざり合い僕に活力を与えてくれる様だ。
一口二口とどんどん食べるスピードが上がっていくこの美味しさは地球のコンビニとかで食べたサンドイッチとは隔絶するほどの味わいだ。
というかコンビニのサンドイッチと比べちゃいけないんだが、比較対象がそれしか無い出不精の僕にはこれが限界だったんです。
「うわぁ…私が作るサンドイッチなんかよりよほど美味しい…なんだろうこの敗北感…」
「ハウンド肉はいいですよね、倒して結構な確率で手に入りますし冒険でも必需品な食材です。私も料理するんでこのお肉の料理はたくさん覚えました!!」
「僕は塩+ハウンド肉が正義だと思います!!」
これに勝てる料理は僕には無いと言えるほど大正義な組み合わせだと思います。やはりハウンド肉の味わいを深めるにはいい塩が必要だと思う。最近セイルさんが言っている塩ラーの意味も少しわかってきた。やはり最高の塩は最高の食材を引き立てる為に必要なんだと思うな。
「ヤスオさん焼き加減を忘れてはいけませんよ!! 僕はミディアムが大好きです」
「そこに気づくとは…カトル君はハウンド肉通だね…? ちなみに僕はレアも行けるっ!!」
寄生虫とかの問題がないハウンド肉はレアでも美味しいのだ。
寧ろ採れたての状態なら薄切りにして刺し身にしても良い! この世界普通に味噌とか醤油あるので、色々な味わいが楽しめるのだ。
ちなみにお米は無かったけど特に気にしてない。
どちらかというとパン食がメインだったし、引き篭もってた頃はMMOとかよくやっていたのでぱぱっと食べれるゼリーや健康飲料が僕の食事だったのだ。例によって親に買わせていたという畜生なんだが…あ、あかん思い出すと情けなくて涙がでる。
「まぁお腹は壊さないから良いと思いますけど、出来ればちゃんと焼いてくださいね? カトルンもだよ?」
「レティカって思い出したようにコリーみたいに俺の名前改造するよな…俺ってそんなに弄りやすいかなぁ?」
「んー、適当に言ってるだけなんだけどね」
「あー…確かにカトル君って名前で良く弄られてるよね」
特におかしな名前じゃあないと思うが、色々弄られやすい性格なのかもしれないな。
「はじめはコリーが言い出してそれが広まったんですよね。意味は無いらしいんですけど、良くわからないネーミングセンスで」
「なるほどなぁ。彼女は基本元気だからねぇ」
カトル君のパーティの中で一番明るいのが彼女だ。
常にハイテンションだし、暇さえあれば誰か彼か構っている姿がよく目に映る。性格も優しく、なんというか学校とか会社などで人気者になれそうな子だ。
「それにしても…こんな短期間にスキルや技も覚えられて。まだレベルは上がらないけどかなり経験になりました。有難うございますヤスオさん」
「まだまだ追いつけないけど、それでもかなりパーティ時に役に立てるようになったんです。これもヤスオさんのお陰です、有難うございました」
二人が改まったように僕にお礼を言ってきた。
こうやって礼を言われるのは慣れてないので、微妙に気恥ずかしくなってくる。
「まさか二人がヤスオさんに特訓してもらってるとは、一応コリーとスノゥには内緒にしてますが、多分コリー辺りは気づいてますね」
「あぁ、彼女シーフだし戦闘中に動き一気に良くなったら気づくよね」
「そうですね。でもあれはあれで気づかないふりをしてくれてるので。ヤスオさん二人の事とても助かりました、本当は僕がやらなくちゃいけないことだったんですが」
「僕は後ろで支援してるだけだから。技を閃いたのも前で頑張ったのも彼女達の頑張りのおかげさ。でも、実になっているようでよかった」
僕がやっていたことは後ろでの支援や戦闘指示位だ。
攻撃はアタッカーである二人に任せて、適度に支援魔法や防御魔法を唱えていた位で別段何かした訳じゃない。彼女達は心の問題こそあれど戦闘はとても上手かった、きっといつか心の問題も解決すればカトル君達のパーティは凄くなるだろうな。
「僕等ももうすぐあのダンジョンに再挑戦しようと思うんです。この前ブラウンベアーを5人で倒せたんですよ。流石に長時間は潜れませんが少しでも頑張りたくて」
「おぉっ!! おめでとう! あいつを倒せれば中級なんて直ぐ来れる、頑張ろう!! あ、ダンジョン行くならもしもの場合の帰還の手段はあったほうがいいかも。【帰還】の他に【帰還の羽】も用意しておくべきだね。あそこのボスとんでもなかったし」
「ナイトスペクター…でしたっけ? あのファッツさんが一瞬で倒されたっていう…」
「うん、ケルベロスの分身と戦う前の事だけど…あいつはその分身より強かった。中級でも勝てるかわからないから万が一を考えて逃げる手段は絶対に忘れないように」
ある程度強くなれたからこそ分かる。
あのボスモンスターはかなり強い。今の僕達でも勝てる可能性はほぼ0だろう、それほどまでに相手との技量が隔絶していた。アレに出会って戦う事になれば僕達でも今度は生きて帰れるかわからない。だからこそいつでも逃げられる一手だけは取っておいた方がいいと諭しておく。
「後は、僕で良かったらいつでも力になるよ。ダンジョン行くとき戦力が必要なら呼んでくれていいから」
「有難うございます!! ヤスオさんが来てくれたらかなり行けそうですよ!!」
「中級クラスが来てくれる…とても頼もしいわね。こりゃ私達もうかうかしてられないわ。さっさとレベル9にまで上げなきゃね」
「そこで10とか12って言わないのがミラちゃんらしいよねぇ」
「【レベル9の壁】は流石にそうそう超えられないわよ」
「レベル10は遠いよねぇ」
二人のレベルは今7にまで上がっている、カトル君とコリーちゃんが今8レベルに上がったそうだ。スノゥちゃんはまだ6レベルらしい。
「あれかぁ、最近フィル君が悩んでたなぁ。結構数倒してるのにレベル上がらないんだよ。新しいダンジョンの方も行ったんだけど」
「人間の限界を超える、みたいな感じですしね。10になればそこからは早いと聞きますがどうなんでしょうね?」
「んー、どうだろう。カノンやアリアちゃん、ノーヴァ君もあまり上がらないしなぁ。あ、そういえばこの前ウォルクさん達が中級になったって喜んでたよ。でも魔法は上級になるまで使えないからここからが大変だって言ってたけど」
中級冒険者になって一番辛いのが自分達だよ、とウォルクさんが笑って言っていたのを覚えている。実力も高くはなっているしそうそう負けはしないとは言っていたが、ファイターである以上魔法が使えないのがネックになる。純粋なファイターとは違い今一歩攻撃力が足りないのが難点なのだ。上級クラスのウィザードナイトになるまでは特殊な方法を用いないかぎり魔法も使えないのが痛い。
「確かあの二人ってファイターですよね、そっからウィザードナイトって苦行じゃ…」
ミラちゃんも其れに気づいて少し表情を曇らせる。
「それがそうでもないよ、僕もたまに組ませてもらうけどあの二人のアクティブスキルが凄い、あれはほぼ魔法だよ。あれだけでもやっていける感じだしね。僕のアクティブスキルとは大違いだ。もう少し使用できる頻度が早くなればいいんだけど」
「僕のトランスブーストやカトル君の変身スキルは週に1回しか使えないのがネックだからね、どうしても使うタイミング考えないといけないしどうにか短縮できないもんかなぁっていつも思うよ」
一度使うと一週間のクールタイムがあるスキルなんて普通に考えれば使えないんだが、それでも使えれば劇的な効果があるし切り札と考えればそう悪いもんじゃないんだけどね…とはいえ僕の場合は使った後のデメリットがひどすぎるので多用は出来ないが…
「あ、でもスノゥちゃんがアクティブスキルは普通のスキルみたいにランクがあるって言ってたかな。下級とかそういうのじゃなくて名前が変わったりとか、効果だけが高くなったりとか、派生したりとかあるって聞きましたよ?」
「ふむむ…なるほどなぁ」
そういえばいつの間にか【トランスブースト】の効果が少し高くなってたし、効果終了後に減少するHPとMPが【1割】から【2割】になってたから、もしかしてランクが上がったんだろうか? 未熟ってなってたしまだまだ進化すると思うと、これからを考えればとてもありがたい。
「カトルのあの変身ももう少し防御がどうにかなればねぇ…鎧で全身覆うのに防御下がるってどんな呪いよ」
「め、面目ない。お陰で紙装甲だからコリーにも前衛任せてるしなぁ」
「とと…結構休んだし再開しようか。一応ヴァイパーとかまでなら僕は後ろにいるよ。ブラウンベアーが出てきたらはそいつは僕とカトル君で対処だね」
何だかんだと話してる間に一時間近く経っていたので、休憩はこの辺にしてシートなどを片付けていく。ミラちゃんがHP上昇も覚えたからここで切り上げても問題ないんだが、その状態に慣れていかなくちゃ行けないので、もう少し実戦経験を積ませていこうと考えた。
「頑張ります!! よし二人共、次からは後衛で頼むぞ」
「了解っ! 今度は技をバンバン閃くわよっ!」
「がんばろ~ね♪」
準備を整え僕達は再び狩りを始めた。
この後も何度かモンスターと戦い、途中でブラウンベアーも出てきた大騒ぎになったりと色々あったが、僕もカトル君も色々スキルをランクアップさせたり、ミラちゃんが全体攻撃技を閃いたりとかなりの結果になったと思う。
終始安定して狩り続け帰路についたのだった。
―ヤスオの【槍修練】がランクアップ!!
―ミラは【五月雨】を閃いた!!




