01-01 【何もないサバイバル】 Ⅰ
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思えば、ろくでもない人生だった。
自分は底辺の人間で、これ以上不幸な人間なんていないなんて傲慢な考えを持ってしまうほどに…その頃の自分が、今の自分を見たらどう思うのだろうか?多分理解しようともしないか、逆に喜んでしまうのかもしれない。
実際に体験すれば今までどれだけ自分が幸福だったか実感する事になるだろうけど。人間の境遇なんて、実際に体験しないとわからないものなんだと、今自分は痛いほど実感している。もし、戻れるのだとしたら……自分は一体どうするのだろうか。
…………
自分の名前は【田中康夫】どこにでもいるダメ人間【だった】
オタクでひきこもりで、見た目も悪くて社会の底辺に居るような人間で、1人じゃ生きていくことも出来ない社会のクズといえばいいだろうか。
そんな自分が嫌で、でも何もしようとしないで日がな一日PCの前で気持ち悪く笑うだけの毎日。ネット小説などを見ては自分がアドバイザーにでもなったかのように罵倒し指摘し、自分の満足の行く話を作らせるように誘導し…それが上手く行かなければ怒鳴ったり叫んだりして、鬱憤を晴らす。
今にして思えば、そんな電脳空間でしか自分は威張れないのかと更に情けなく感じてしまう。
「腹…へったなぁ」
陽の光も差さない森の中で僕は途方に暮れながら縮こまって座っていた。周囲は少し薄暗く、風のざわめきや動物か何かの鳴き声が偶に聞こえてくる。昼間はそこまで寒くはないけど、夜になると途端に冷え込んでくるのが辛い。
僕が今着ているのは安物の夏服で寒さを防ぐには全く向いていない。身体を動かしていればある程度寒さを誤魔化せるので、必死になって周囲を歩いていた。
今日は朝から結構な距離を探索したから脚が棒になったかのようだ。だからこそここで休憩がてら座り込んでいる。気力が尽きてへたり込んでいるとも言うけど。
「ヒッ!? ……か、風の音か…びっくりさせないでくれよ…」
微かな音に震えながら、それでも何も思いつかず僕はただここで座っていた。
「食べ物は…今日は無理かな。木の実も何もなかったしな…」
食べられる木の実なんて見つけられなかった。
正直、どれが食べられる木の実でどれが食べられない木の実が分からなかったからだ。一応緑色した小さな実が複数実っているのを見つけたけど、食べて腹を下したので今はスルーしている。後は全くと言っていいほど木の実が見つからなかった。
そんな事もあってか、食べられないのにはもう慣れてしまった。慣れなくちゃいけなくなってしまった。探しても見つからないのだから我慢するしかない、自分の家なら部屋に大量に置いてあった炭酸飲料のペットボトルや菓子が捨てるほどあったけど、そんなものこの森には無い。
「洞窟に戻ろう…もう暗いしな…夜は、怖いし、な…」
寒さと虚無感…そして恐怖で震える身体を無理やり起こし僕は立ち上がる。尻の部分が微妙に湿っているのは地面が雨で濡れている所為だ。昨日の雨は酷かったからとても寒かった、風邪を引かなかったのは奇跡かもしれない。
そろそろ暗くなってきた、早く洞窟に戻り身を隠さなければならない。そうしなければ、僕は―
転生物の最低系主人公やハーレムものの主人公を強く深く自己投影し、ただ悦に浸る…そんな事しか出来ず、死ねば転生できるのかと下らない妄想をして、自分ならなんでもできる万能の主人公になれると妄想していた。
出来る訳が無いのに、脳内で空想するだけなら子供でも出来る…でも自分はそれしか出来なかったのだ。自分は幸せだったんだ。
地球には両親が居た、家があった、食べ物は食べられた。働けばお金もきっと稼げた。何でも出来たんだ、腐った意識を捨てれば、芽はあったのに―でも、もう遅い…自分はもう、戻れないのだ……
「母さん…父さん…う…うぅ…死にたくない…死にたくないんだよぉ…」
20歳にもなって何弱音を吐いてるんだと言われるかもしれない、でも無意味だとしても嘆かずには居られなかった。
そうしないとなけなしの勇気が消えてしまいそうだったから。
夜が来る……真っ暗な夜が来る…自分が居た場所ではありえないほどの暗い夜。聞こえてくる鳥や動物の声が、心臓を鷲掴みにする。何も出来ない僕が唯一出来るのは怯えて隠れることだけ…
「行こう…行かなきゃ…お願いします。見つかりませんように、見つかりませんように…見つかりませんように」
頭を両手で抑え出来るだけ体勢を崩し森の中を進んでいく。
今の自分に唯一出来た安心できる場所を、其処に戻る道筋すらも今の僕には命がけだから。
今あらためて思う…
異世界なんてものに希望を持つのは愚か者だけだ。
そして僕はその愚か者だったのだ。
たった一人で、この恐ろしい世界を生き抜かなくてはならない…
怖くても恐ろしくても…それ以上に死ぬのが怖かった。
「何で僕がこんな場所に居なくちゃならないんだよ…僕はこんなの望んでなかった…望んでなかったのに…! 帰りたい…元の世界に…自分の家に帰りたいよぉ…」
恐怖でどうにかなりそうな心を泣き事を言う事でギリギリ押さえつけ目的の場所まで歩く。乳酸が溜まった足は太っているのをプラスして重く、動かすのも辛い。少し動いただけで寒さや疲労、太り過ぎもあってはぁはぁと息が荒くなる。
早く朝になれ、朝になればまだなんとかなる。頭の中でそればかりを考えながら歩を進める。動物を見つけられたら殺して肉を食べられる、そうすれば生きていける。それだけを望みに、震える身体を両手で押さえつけ夜の森を歩いた。
「ふぐっ…! 叫ぶな…叫ぶなよ自分。叫んだら死ぬんだ、眠くても寝ちゃいけないんだ…洞窟に戻って身を潜めれば、朝になれば…朝になれば少し休めるんだから…!」
ふと僕は右手の重い感触を確かめる…ガチャリと金属特有の音が微かに鳴り響いた。
「…僕は…弱いんだから」
運良く手に入れた一本のショートソードが今の僕の命を繋いでくれている。
―続く
2015/08/30
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2015/09/06
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