SP-10 【これ以上無いほど真剣に、斜め方向に突き進め】 Ⅰ
突然の珍客にとりあえず常備してあるお茶を出す。
彼女が現在借り続けている宿屋の一室に客が来たのはヤスオとフィルの二人組を除けば初めてである。
それも何だかふわふわしているがギルドのマスターとその相棒のアコライトともなれば流石の彼女もそわそわしてしまう。何せ元がスリなのでそういうのを絶対に許しはしなさそうな二人組が来ているのはミキにとって精神を削るものだ。
ただ気になるのはギルドマスター、アルスが両手に掴んで持っているどう見ても土鍋な点である。何故に土鍋なのか、それも耳を澄ますとぐつぐつと煮えている音がまだ聞こえてくる程だ、程よい匂いもするがあまり美味そうには感じられない。
「あー……で? なんか、用です…か?」
苦手な敬語をむりやり使っているのでどうにも締まらないが、二人はその程度の事で目くじらを立てる様な人間ではない。
ただ何故か隣のアリーが済まなそうな、居た堪れない表情をしているのが不思議だったが、次のアルスの言葉で彼女は一瞬で理解した。
目をくわっと見開き、これから戦闘しますと言わんばかりの気迫でアルスは大声を上げた。
「どうかお願いします!! 俺とヤスオが、敬語じゃなく普通に会話できる方法を伝授して欲しいです!!」
絶叫だった、擬音が見えるなら後ろ辺りに【ドドーン!!】とか聞こえてきそうなほど絶叫だった。但し聞くだけで情けなくなり、どうでも良くなってくる絶叫だったが。
「…………帰れ」
にべもなく追い返すミキだが、今回に限っては彼女の気持ちが痛いほど分かる理解者がアルスの隣で頷いている。
「いや、そこをなんとか頼むよ。ほら、鍋持ってきたからこれ報酬で」
「ごめんね…馬鹿でごめんね…」
「なんで連れてきたのさ、止めてよ…」
「止まらなかったんだよ、ほら…うちの大根って残念だから…」
アルスの事を想っているアリーにまで大根と言われる始末だが。アルスはその程度ではへこたれない。初の男性の友人であるヤスオとタメ口で話せるようになるまで彼の戦いは終わらないようだ。
「つーかさぁ? なんで私なのよ。フィルとかカノンとか居るじゃん?」
「いや、ヤスオがあんなに軽口叩いてるのあんただけだろう? フィルやアリアオロには弟や妹を見てる感じで接してるし、カノンは冒険者の先輩って感じだ。ノーヴァにも似た感じだし、ミキだけなんだヤスオがタメ口なのは」
「あー、なんてーか…何時の間にかよ、てかあんた見てるとヤスオの兄貴って感じがするけど、それなんじゃない? 尊敬してるっぽいわよ?」
出会いが出会いなので、とは流石に言えないのでお茶を濁すミキ。
ヤスオが伝えていないのは今までの事を考えれば直ぐわかるので、それに関しては感謝している様だ。
「んーやっぱそれかなぁ…実力的にも近づいたし、もう少し軽いやりとりがしたいんだが」
「こういうのは直接言ってもねぇ…流石にアルスの突飛な行動はあれだけど出来れば私達皆対等な間柄になりたいからさ、ティルは姉弟一本らしいけど」
「あれはどうしてあーなったのよ?」
「何かが琴線に触れたんだと思うぞ? 俺もあぁいう弟が欲しいとは思うしな。てか、俺の周りって老人か女しか居なくてさ…」
はぁ、と大きくため息をつくアルス。
「なにそれ、俺モテますっていう自慢?」
「いやそうじゃなくてだな、俺達が住んでた場所が俺とアリー、ティル以外で子供が居なかったんだよ。殆ど老人ばっかでな、んで近くに町とかもなくてなぁ…この年まで男の友人が出来なかった…」
冒険者になり初めの頃に一念発起して男の友人を探して見たのだが、常に一緒にいるティルとアリー二人が居た為、普通に男性からはやっかみや嫉妬を常に受け続けるはめになってしまったのだ。
たまに近づいてくる男は、二人狙いで近づく男ばかりだったりお金目当てだったりと、ひたすら出会いが無く今の今まで友人が出来なかった。そこで初めて出来た男性の友人がヤスオだったのだ。飛び跳ねてしまうほど嬉しい、と言うか実際に友達になった時部屋で飛び跳ねていたら、ティルにうるさいと蹴り落とされた事がある程である。
「ずーっとティルとアリーだけだと気まずくてなぁ…最近イクスが来てくれたんだが。愛妻家であんまり話す時間がなウォレク兄弟は流石に年齢が離れすぎてるし」
「ファッツさんはアルスとよく話したりするんだけどね、ノーヴァは狩りの方に集中してだめだし」
「ノーヴァを誘う方があれだろ? ありゃモンスターハンターだし」
アルスから話しかけると8~9割ほど、次のダンジョンアタックですか? とか狩りに行きませんか? としか言わないノーヴァである。さもあらん。
「ま、第一印象ってそうそう変わらないしね。お陰でカノンがまだちょっと怖い。(あの顔は忘れねぇ…漏れそうだったし)」
「カノン? 良い子だと思うけど?」
「い、色々あったのよ、色々…てかさ、あれじゃないの? 下世話な話すれば株大暴落して白い目で見られね? そこから上げるとか」
「い、いや流石にハードル高すぎるわ…」
「てかヤスオがそんなのに興味あるか分からないけど。修行大好き人間だし」
「ですよねー…ま、ゆっくりやるしかないか。所で、ギルドの話なんだが続けていいか?」
持ってきた土鍋とテーブルの上に置いて、今度はまともな話を切り出すアルス。
「あー、そういやウチ等ギルドだったわね。名前も知らないから忘れてたわ」
ギルドを発足こそしたが、活動らしい活動はまだ何もしていないのが現状では忘れるのも無理はない、ギルドを作ったからと言って何か報告する義務等は無い。そのため余計にやる気の無い彼女に取っては意識が乗らないようだ。
「いい名前が思いつかなくてなぁ、一応いくつか候補はあるんだが。それはおいおいということで。それでだ、そろそろ違う街に出てみたいと思わんか?」
「別の町? あー、他のダンジョンって事?」
「そうそう、それでだな、此処の近くにも少し大きな街がある、ダンジョンが2つほど確認されててな低~中 中~上の二箇所だ」
「あー【シトラスタウン】だっけ?」
スリをしていた当初、ミキは其処に逃げる予定だった。
あの町はその辺の村や町とは違い、国から任された貴族が領主をしているので規模が大きく出入りが激しいのが特徴だ。近場にはダンジョンが2つもある事を利用して冒険者を使って利益を上げているという噂もある。
「私は別にこの町に愛着はないからいいけどさ。他の奴らどうすんの? ノーヴァやフィルはたまに帰るからいいとして、ヤスオは? あいつ行かないんじゃ意味ないんだけど」
恩を返す相手であり友人が行かないのであればミキが行く理由が無いと、ヤスオの予定を尋ねると、アルスの代わりにアリーが答える。
「ヤスオにも勿論確認を取るよ。それに移動とかに関しては私が【転移】使えるし、戻ろうと思えば一日で戻れるしね。此処に定住にしたいなら、ちょっと大変だけど私がが送るよ。ヤスオも【転移】覚えてくれたら楽かなぁ」
「毎日転移する気かっての。あんたらやっぱお人好しだわー…そのうち騙されるんじゃね?」
「あぁ、その辺は大丈夫だ。隠しネタがあるからな、騙そうとする奴はすぐに見抜ける。で、少しお仕置きって訳だ」
「あ、うん、お仕置きだね…(アルスって怒ると怖いんだよねぁ。全身ボロボロにしてから回復してまたボロボロにしてのエンドレスを半日以上やらされた時は、私の方がダウンしそうだったよ。その日はお肉食べれませんでした)」
その時の光景を思い出してげんなりした表情をするアリー。
普段優しく、面白く、どこか残念なアルスにも冷徹な面がある事を知っているのはティルと彼女だけだろう。
「お仕置きねぇ…(どうせ説教とかなんだろーな、お人好し軍団どもめ)ま、私はヤスオが行くなら行くわ。恩返さねーと。つーか早くシーフ技能教わりに来やがれあいつ」
シーフ技能を教えてくれと前に言われてから一向に来ないヤスオに微妙にやきもきしている。いつ来るかわからないので、ある程度宿屋に居る事が多くなったのだが、正面向いて言うと集ってる様に思われるのシャクなので敢えて言っていない。
「了解。まぁ今すぐって訳じゃないから頭にでも入れておいてくれ。でも近いうちにギルド狩りはする予定だから、今度時間合わせてくれないか?」
「ダンジョンじゃなくて、フィールドでの乱獲だね。皆でわいわいやりながらやるんだってさ、ある意味ピクニックだよ」
「はいはい、わかったわよ……で、土鍋持って帰れ」
「え……?」
「え? じゃねーわよ。持って帰れ」
しょぼんとした表情でとぼとぼ土鍋を持って帰るアルスの姿がそこにあった。




