38-06 【絶望の中に響く唄】 Ⅳ
倒れ藻掻いているケルベロスにミキを除いた全員で攻撃を加えていく。
剣が肉を切り裂き、槍が突き刺さり、魔法弾と矢が雨霰の様に降り注ぐ。
攻撃の度にケルベロスが苦悶の唸り声を上げるが、僕達の攻撃はどれも致命傷には程遠く、攻撃し続けてるにも関わらずゆっくりと起き上がろうとしている。
「おおおおおっ!!」
再び倒れるように足を重点的に攻撃するが、意に返さずケルベロスは立ち上がった。既に全身傷がついていない場所はなく、どこから見ても半死半生にしか見えないが、感じる重圧と存在感はこゆるぎもしていない。
「はぁ……はぁ…」
連続攻撃によってHPは減り疲労が身体を襲う。回復したとはいえ全快している訳ではないし、ほんの少し前まで死んでいた身体を酷使するのはやはり無理がある。
「あれだけ攻撃しても死なねぇのかよ。ちっ…ファイナルブレイクがもう一回使えれば」
【我ヲ地ニ伏サセルトハ……人間メ……ダガ、次ハナイゾ?】
2つの口から轟々と炎が溢れていく。首を大きく動かすあの体勢にケルベロスが何をするか気づいて大声で叫んだ。
「炎のブレスが来る!! 皆避けろおぉぉぉっ!!」
【最早逃レラレヌワァアアアア!! 【豪炎のブレス!!】
ケルベロスが叫ぶと同時にブレスを吐き出した。
僕の後ろにはミキが居る、あいつがこのブレスを受ければ燃え尽きるのは考えなくても分かる。
直ぐに防御魔法を唱えるが、土壁を唱えると目の前が一気に暗くなってしまう。MPが尽きかけているのだろう、僕はそこまでMPが高くない。いつもなら魔力のポーションなどを飲んで回復させているが、この戦闘中ポーションを飲む時間すら無く、既にMPが枯渇しかけていた。
「ぐうううううううううううううっ!!」
土壁を破壊し猛火が全身を焼いていく。
鎧越し…変身した中身は調べた事がないので分からないが、内部が高温と火に焼かれた鎧の熱で全身を焼いていく。嫌な匂い…人が焼ける匂いに顔を顰めるが、まだ何とか耐えることが出来ていた。
顔を護る無意識の反応で両手をクロスし炎に耐えるその目に映ったのは、同じくブレスを浴びて焼かれている仲間達の姿。魔法防御力でダメージを軽減してはいるがそれでも限界がある。ノーヴァ君が自分を覆う火を何とか消し止めたがそれ以上動く事が出来ず、再び倒れてしまう。
「おおおおおおおおおおっ!!」
「フィル君!?」
「この…程度おおおおおおっ!」
フィル君が高らかに叫ぶと同時に彼を中心として衝撃破の様な物が走る。それにかき消される様に炎が消し飛んでいった。
「ぐっ……」
しかしそれが限界だったのだろう、倒れる事はなかったが槍を杖にして立っているのがやっとの様子だ。だが死んでいないだけでも十分だ。
「っ………ごめ…んな……さ……」
カノンは魔法防御力が高いお陰で直ぐに火を消し止めたが、HPが低いメイジ。気を失いその場に力なく倒れた。助けに行きたいが今動いてしまえば後ろに居るミキがブレスに焼かれる。
「っ!!!!!」
【焼ケ死ネエエエエエエエエエッ!!】
勢いを増した猛火が鎧を焼き焦がす。
最早熱いと言うより痛みになった豪炎を声にならない叫び声を上げる事で受けきる。
1秒、2秒……まるで時間が止まったかの様に感じるブレスの攻撃がドンドン弱まり、炎が消えていく。焼き付けていた火も同時に消え何とかブレスを耐え切る事が出来た。
「はぁ…はぁ………もう…少しだ、もう少し耐えるんだ…!! ここで死んだら、あの人達に合わせる顔がねぇんだよっ!!」
体中から力が抜けていくのを感じる。
どうやらトランスブーストの効果が切れてしまったようだ、虚脱感と疲労が一気に伸し掛かる。HPを見れば既に1割を切っていた。ギリギリ生きていると言う言葉がまさに当てはまる状態だろう。
でも、それでも……僕はありったけの力を振り絞って立ち上がる。
足がガクガクと震え、目はかすみ、全身が酷い火傷に覆われながらも、剣を握りケルベロスに突きつけた。
「まだだ……まだ死んでいないぞ、一度死んだ人間を、簡単に…殺せると、思うなよっ!!」
走る事も出来ず、僕は其処に立つだけしか出来なかった。
【奇跡ハ二度モ起コラヌ!! 既ニ勝負ハツイタ、コノママ喰ライ殺シテヤル!!】
後ろに重心を掛けるケルベロス、飛びかかってくるつもりなのだろう。既に僕には対抗する手段はない、すいませんアルスさん、ティルさん、アリーさん……どうやらみなさんの仲間にはなれないようです。
「ミキ…! 逃げろ!!」
「っ!! や、やだっ! やだぁっ!!」
【全員逃ガサン!! 死ネエエエエエッ!!】
「ほぅ、そりゃ聞き捨てならねぇなぁ」
【ッ!? ギイイイイイイッ!?】
瞬間、ケルベロスが真横に吹き飛ばされた。
何が起きたのか理解できず、僕はその場で目をキョトンとさせてしまう。直ぐに何かあったのかと目を凝らすと、其処には…あの人達が居た。
「おい、犬っころ。よくも俺のダチをイジメてくれたじゃないか。死ぬ覚悟はできてるよなぁ?」
吹き飛んだケルベロスに向かってゆっくりと歩いて行く白い鎧の戦士。巨大な剣を肩に担いで底冷えする様な声をケルベロスを威圧しているアルスさんが居た。
起き上がろうとするケルベロスよりも早くアルスさんは大剣を既に振りかぶっている。
「死ねよお前。【ストラグルアタック】【極断割破刃】」
―アルスの【ストラグルアタック】!!
―アルスの攻撃! 【極断割破刃】発動!!
―【防御貫通】発生!! 防御力を無視!!
―ケルベロスにダメージ!!
いつ振り下ろしたのかも分からないほどの速さで大剣を地面に叩きつけていた。その一撃が容易くケルベロスの首と首の間を一撃で切り伏せていく。
あれだけ固く頑丈だった肉体がまるでバターでも斬るかのように右の首を切り落とし、更には右足も切断した。
【ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!? バ、馬鹿ナ…!? 本体ガ…死ンダノカ?!】
最早立つ事も出来ずに完全に錯乱しているケルベロス。
それもその筈、先程まで僕達を殺す寸前だったのにいつの間にか自分が死にかけているのだから。
アルスさんの姿を確認すると、体中から今度こそ完全に力が抜けた。
そのまま仰向けに倒れ込もうとすると、ふわっと暖かい何かが僕を受け止める。
「よく頑張った、よく頑張ったおヤスオ……」
「ティ…ルさん…」
僕を受け止めてくれたのはティルさんだった。
ゆっくりと大地に僕を寝かせていつもの優しい笑顔で僕をみつめている。
「後はお姉ちゃんに任せなさい♪」
そう言うとケルベロスに向かって顔を向ける。
「うん、この犬畜生、お前生きてる価値ねぇお。そしてアルスグッジョブ、トドメはボクが刺す」
僕に向けていた声とは全く違う冷徹な声。
「良くもボクの弟分を…やってくれたなぁ!! 【マジックフォージ】【ダブルマジック】!! 【闇槍魔破】【闇槍魔破】!!」
右手からカノンがいつも使っている魔法、【闇槍破】より数段巨大な魔法の槍を2本呼び出しケルベロス向かって思い切り投げつける。
ものすごいスピードで飛んでくる魔法の槍を今まさに死にかけているケルベロスが避けきれる訳も無く、深々と頭部から胴体に掛けて突き刺さった。もう1本も胴体を綺麗に貫いている。
【!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】
暴れる事も出来ずにケルベロスはその場で溶けるように消えていく。
1分もしない内に、僕達を傷めつけた巨大なモンスターは消滅した。
―ケルベロスを倒した!!
―ヤスオを除く全員に経験値配布!!
―カノンはレベルが上った!!
―フィルはレベルが2上がった!!
―ミキはレベルが3上がった!!
―ノーヴァはレベルが上がった!!
―イクスはレベルが上がった!!
「ワーイ アガッタゾー……ごふぅ」
近場で微妙なテンションで喜んだ後お腹を抑えて今にも倒れそうなイクスさんが見えた気がした。
とりあえずは……
「間に合って…よかっ…た……」
「ヤスオ!? 皆も酷い事に、待ってて! 直ぐ回復するから!! 【ワイドヒーラー】!! 【極大治癒】!!」
アリーさんが僕達を見て全員に回復魔法を掛けてくれる。
全身が突っ張るような感覚や痛みなどがあっと言う間に消えていくのを感じた。
「ヤスオ!! 良かった!! 無事だったぁぁぁぁぁぁ……!!」
直ぐにティルさんが戻ってきて倒れている僕を抱き上げる。
あの元気なティルさんがポロポロと涙を流して僕を抱きしめて泣いていた。
「……無事……よか…った……」
アルスさんのパーティに混ざっていたアリアちゃんもどうやら大丈夫だったようだ、あまりダメージも受けていないようで安心した。アルスさん達のパーティに入っていると言えど、ダンジョンで絶対は無いから。
「ヤスオ」
「アルス……さん」
ちょっとティルさんに抱きしめられてて動けないので情けない格好だが、アルスさんは笑って此方を見ていた。とても嬉しそうに。あぁ、信じていて良かった…きっと来てくれると僕は信じていたから
「アルスさん……僕達…なんとか持ちこたえましたよ……褒めて……貰えますか……?」
「あぁ……あぁっ!! お前は立派に戦ったよ!! よくやったなヤスオ!!」
ぐりぐりと僕の頭を撫でるアルスさん。
とても嬉しそうな表情をしていて、僕はそれだけで…………
「よかっ………」
真っ白になっていく意識の中、やり遂げた自分が少しだけ…嬉しかった。
…………
ヤスオは何かを言いかけて意識を落とす。
「ヤスオっ?! し、しっかりしろぉっ!!」
「落ち着けティル! 気絶しただけだ。ゆっくり寝かせてやろう」
いきなり動かなくなったヤスオに驚いたティルだったが、アルスに言われ抱きしめているヤスオの鼓動と寝息を感じ取り大きく息を吐く。
「……びっくりさせるなぁ…! バカヤスオぉ」
再びぎゅっと強く抱きしめるティル。
先程まで気が気ではなかったのだ、もしかしたら死んでいるかもしれない、もしかしたら、もしかしたら、とケルベロスの分身に対する黒い感情に身を焼かれながらも、ギリギリとはいえ彼が生きていた事に感情を爆発させている。
まだ知り合って日が浅いとは言え、彼女にとってヤスオと言う存在は既にアルス達と並ぶ可愛い弟の様な存在になっていた。その事に自分自身少しだけ驚いて、同時に納得していた。だからこそ生きていてくれた事に彼女は安堵しヤスオの頭をそっと撫でた。
「瘴気が薄れていきます。あの分身以外はもう居ないようですな」
周囲を覆っていた瘴気がどんどん薄くなっている状況にオッターが安堵の息を漏らす。そしてアルス達、そして倒れているヤスオ達を見て柔らかく微笑んだ。
「やり遂げましたな。これで暫くはこのような騒ぎは起きないでしょう。ヤスオ氏達もよく健闘してくれました」
「とりあえず戻ろうや。このまんまにはしておけないっしょ」
ガリガリと胃薬を噛み砕きながらイクスが進言する。
アリーの回復魔法で全員が回復はしたが、カノンとノーヴァは未だに意識を失い、フィルも全てが終わったと同時に倒れていた。唯一ミキだけは意識もはっきりしていたが、ずっと泣きっぱなしで落ち着かせなければどうにもならない状態になっている。
「そ、そうだね! 直ぐ【転移】するよ!」
アルス達が総動員で皆を一箇所にまとめ、アリーが【転移】を唱え激戦の地からホープタウンへと消えていった―
―ヤスオは【力】【速】【魔】【器】【体】が上がった!!
―ヤスオは【知】2上がった!!
―ヤスオは【魔法修練:最下級】を覚えた
―ヤスオは【ウェポンチェンジ】を覚えた
―【トランスブースト】が絆の力で強化された!!




