36-11 【大激戦へ向かう者達】 Ⅺ
森の中の風景は全く変わらないが、その瘴気は確実に空間を歪めている。濃い瘴気が一箇所に集まり、何か不思議な模様が浮かび上がったと思ったら消えていく。それは自然に発生したトラップで、直ぐにイクスさんが動き解除していく。解除できなければこの周囲全体に被害を及ぼす様な面倒なトラップばかり構築されているようだ。
見渡す限り普通の森であり、まだダンジョンにもなっていないのにこれは…奥に居ると思われるボスモンスターが発する瘴気でこうなっているのだから、その本体を想像するだけで額から汗が流れていくのを感じた。
誰もが無言になり、いつでも戦える準備は整っている。
僕達は後方からの支援だが、完全に安全という訳ではない。RPGゲームとは違い、縦横無尽に動くモンスター相手に後ろに回っていれば安心という要素はないのだ。それを防ぐ為にタンクの役目を持つアルスさんが居るが、それにだって限界がある。出来る限り邪魔にならない様にしつつ、援護していくのが僕達の役目になる。
「気配はあるけど敵は見えない…なにこれ嫌がらせのつもり?」
そんな中沈黙を破ったのはミキだった。
「私じゃ気配が強い事しかわかんないけど…そうなの?」
アリーさんが周囲を見回しながら言う。
この中で今の状況を完全に把握しているのはミキとイクスさんだけかもしれない。
「【見切りん】ほどじゃないけど俺も分かるわ。嫌がらせっていうか、誘導されてるね俺等。罠は致命的なのはないし、単純に待ち構えてるっぽい?」
「何その攻撃回避しそうな名前…」
「僕にはわからないですね…ノーヴァ君とカノンは?」
「強い気配があちこちに乱雑に動いてるのが分かる程度かな。ミキやイクスさんの様に完全に把握は出来ていないよ。だが、その分精神力を削られそうだね」
「私も同じね。特に私はメイジだし、そういうのは不得手よ」
フィル君やアリアちゃんも同じく、なんとなく気づいているのがアルスさんにティルさん位だった、僕はそこまで気づけてないのでどういう状況なのかはよく理解できない。やはり近い内にミキからシーフ技能について学ばないといけないな。シーフ技能を覚えられるかは分からないが、覚えられたらそれだけ奇襲などに対応出来る可能性が増える。
「………どう……す……る?」
たどたどしい口調だが、目はしっかりと前を見据えて言うアリアちゃん。その表情からは何も読み取る事は出来ない。
「何か嫌な予感がする、一応このまま進むが、イクスは前を、ミキは後ろを頼む。罠の他に奇襲に注意してくれ」
「了解だよ」
「解ったわ」
アルスさんの言葉にイクスさんが前に立ち、ミキが最後列に立って周囲を伺っていく。僕達も出来る限りで敵の気配を感じ取りながら捜索を開始した。
動物やおそらくハウンドの鳴き声が周囲から途切れる事無く響き渡り、その度に僕から精神力を削り取っていく。今更ハウンドが怖い訳ではなく、先ほどから感じているプレッシャーが遠吠えによってより深く僕達を蝕んでいってるのだ。昔の僕や精神的に弱い人は全てを投げ出して逃げていきそうな程の重圧を今感じている。ミキも少し辛そうな表情をしながら警戒を続けていた。
「……これが狙い、かしらね」
「此方に重圧をかける事が…かな?」
「えぇ、それが全てと言う訳じゃないけど、戦う前から相手の体調を悪化させるのは良い手段よ。どれだけ強くてもメンタル部分がダメージを受けてしまえば本領なんて発揮出来ないわ」
確かにそうだ、勝てる相手に対しても疲れ果てていたりすればどう転ぶかわからない。冷静さを保ち続けなければならない…と考えた瞬間にイクスさんの怒号が響き渡る。
「!! 全員! 散らばれえええええええっ!!」
「間に合え!! 【土硬鋼壁】!!」
咄嗟に反応するが、それよりも早く衝撃が僕達に襲いかかった。僕が見えたのは巨大な壁が迫り上がる様子と、それをあっさりと砕き視認できる程の白い一閃が僕達を吹き飛ばす所までだった。
…………
―【奇襲】!! ??の攻撃!! 【極双刃崩牙】発動!!
―【割り込み】!! オッターは【土硬鋼壁】を唱えた!!
―ヤスオは遠くへ吹き飛ばされた!! 中ダメージ!!
―カノンは遠くへ吹き飛ばされた!! 小ダメージ!!
―フィルは遠くへ吹き飛ばされた!! 中ダメージ!!
―ノーヴァは遠くへ吹き飛ばされた!! 大ダメージ!!
―ミキは遠くへ吹き飛ばされた! 絶大なダメージ!!
警戒していたイクスとミキをあざ笑うかの様に発せられた一撃が巨大な壁すら突き破り衝撃を巻き起こしてヤスオ達を遠くに吹き飛ばす。アルスはその一瞬で盾を構えていた。
「なんてこった!? 奇襲だとっ!? いっさい気配感じなかったぞ!?」
「ヤ、ヤスオ!? ヤスオォォォ!? 今行くから!?」
困惑しているイクス。
そして泣きそうな声を張り上げてヤスオたちが吹き飛ばされた方に走って行こうとするティルだったが、それをさせない濃厚な殺気がアルス達を襲う。
「いや、ヤスオ達の救出はまだ無理だ。安心しろティル、オッターが防いでくれたおかげで即死はしてなかった」
「う、うん…!!」
「いきなりご挨拶だな。雑魚はいらねぇってか? なぁ、おいっ!!」
大剣を突きつけた先、耳障りな腹から削り取っていく様な笑い声が響く。
【カカカカカカ…!! 良イ良イゾ、ソノ感情小気味良イワ。悔シカロウ、安心セヨ。アチラニハ我ガ分身ヲオイテアル。アノヨウナ雑魚ドモ、容易ク喰ライ尽クスダロウ】
口から火の吐息を吐き目につく全てを睨み殺さんとする6つの瞳。
ブラウンベアーすら軽々と超えてしまう巨体は赤黒い剛毛に覆われている。全身はドス黒い瘴気に覆われており、瘴気に耐性を持たない人間ならば一刻も持たない内に狂い死ぬだろう。
ハウンド系モンスターの最高峰。
三つ首を持つ魔獣。
そしてこの再生しようとしているダンジョンのボスモンスター。
【ケルベロス】がアルス達の前に立ちはだかっていた。
次回は話数が移動します。




