36-10 【大激戦へ向かう者達】 Ⅹ
フィル君をパーティに加え、更に先に進む僕達だが、やはりと言うかなんと言うか茂みが邪魔をして思うように進む事ができないで居た。僕とフィル君がそれぞれナイフ等で道を切り開いていくが、このタイミングにモンスターに襲われたらと思うと、安心して行動するのが難しい。警戒にミキとイクスさんが立ってくれているから奇襲は無いと思うが、人間絶対なんて無いと言う訳で慎重に歩を進めていた。
「通常のダンジョンがどれだけ人の手が入ってるか分かるよなぁ…」
「だね、【ざわめく】じゃ様々な冒険者が出入りしてるから普通に道も結構多いし」
「あーもう、虫が気持ち悪いっ! ヤスオ焼いちゃって!!」
「出来るか阿呆!?」
虫が嫌いなのは僕も同じだが、それだけで周囲を焼け野原に出来る訳なかろうに。ミキの方も冗談なんだろうが…いや、目がマジっぽい。
しかし彼女の言う事も分かる。
元ダンジョンと言う事で人の手が全く付けられていないこの場所は様々な虫や動物などを見かける事が多い。虫に至っては小さな羽虫が夥しい数で周囲を飛び回っている、虫に対して恐怖症がなかったとしてもこの周囲を埋め尽くす様な数には寒気や気持ち悪さを感じるだろう。僕も冷静さを保ち周囲に気を配ることで気にしない事にしているが、口元などに近づいてくる虫は怖気が走る。
「……皆ストップ」
少し硬い口調でイクスさんが僕達を止める。
「空気が変わった、んであちこちにトラップが満載だ、やったね俺の仕事があったよ」
「っ! イクス任せた」
「了解。そこのツインテきゃわいい子、そっちのトラップ頼むね。君なら解除できるっしょ? 俺はこっち方面やるから」
「変な名前付けないでよね、ったく、何この罠の数。どんだけ臆病者よ、ここのボスって」
イクスさんが言うにはこの周辺辺りに様々なトラップが仕掛けられているらしい。確かに空気が変わったと思えるほどの周囲の瘴気の濃さや、先ほどまで感じてなかった寒気などを僕も感じられた。周囲にあるトラップなど気にしないかの様にイクスさんは少ししゃがみこんで腰に備え付けてあるシーフツールを取り出した。
「こりゃ自然発生だね、設置タイプじゃなくて明らかに大地に発生したエンチャントタイプのトラップだ、よし解除」
「はやっ!? 何そのスピード!?」
腕を少し動かした、程度にしか僕には全く見えなかった。もう片方のトラップをミキが解除している間にあちこち移動してはしゃがんで数秒手を動かして、また立ち上がって、少し動いてしゃがみ手を動かす。あの一瞬でトラップが解除されているのだと思うと、戦慄してしまう…ミキだってシーフの中では腕は中級位だとハウルさんやノーヴァ君も言っているのに、中級であるイクスさんはその何倍も先に行っている気がする。
「うし、辺りの罠は全部解除したよ」
「こ、このミキ様が1個解除している間に…!? あ、あんたホント何者よ…」
「戦えないシーフです。よろしくねミキリン」
「だれがミキリンだっ!?」
タバコ型の胃薬の煙を吹かしながら軽く言うその姿は、戦えないと言われているその姿とは程遠いほど、格好良かった。流石アルスさんの専属パーティに入っている人だな、と改めて思う。
「あれが中級ね…訳わかんないわありゃ…」
微かに汗を垂らすミキがそう愚痴る。
「(その中級にひとつとは言え仕事を頼まれてる君も相当なんだけどね、言わぬが花か)さて、どうします? 先ほどの通りに僕等が先行して雑魚を潰しますか?」
ノーヴァ君がアルスさんに進言する。
しかし答えを返したのはオッターさんだった。
「いや、ここからは完全に後方支援をお願いします。アルス氏も気づかれましたな?」
オッターさんがそう言うと、隣では剣を抜き盾を構えているアルスさんがずっと奥を睨みつけるように見つめていた。
「あんたも気づいたか。あぁ、こりゃ低ランクの気配じゃないな、下手すりゃ中級、それもボスクラスの気配だ。ダンジョンが再構成されると、ランクも変わるのか?」
「私も初めての経験ですからな、未確定としか言えませぬ。ですが、このまま放置する訳には行かないでしょう。ここで止めなくては」
中級ダンジョンの、もしかしたら其処のボスモンスターと同等の相手がこの先に居るかもしれない、その言葉に僕やミキは流石に動揺してしまう。フィル君も隣で臨戦態勢を取っているほどだ。
「ちょっ!? なにそれ!? 私等下級のボスすらぎりぎり逃げたんだけど!?」
「ほほぅ、その話詳しく?」
私怒ってますといった表情で僕達を…と言うか主に僕を見ているティルさん。ど、どうしよう無理はしないと言ったばかりでボスモンスターに鉢会いましたとは流石に言えなかったので、黙っていたのがばれてしまった…あ、後でお説教されるかもしれない。
「俺達はどう行動すりゃいいんだ? とりあえず俺は槍だし、後列から攻撃できるけどよ?」
フィル君が槍を構えていつでも行けるとばかりに問うが、アリーさんがそれをやんわりと止める。
「この場合の後方支援ってのはポーションとかを使う仕事かな。正直今のヤスオや君じゃ、かなりきついから」
「こっからはヤスオは回復、支援、阻害の魔法を。カノンも阻害、状況に応じて攻撃。ノーヴァはその一撃は強いから狙える時に狙って、ミキは、うん。フィルと一緒にポーション係だお」
事細かに僕達の役目を伝えていくティルさん。
素直にそれを聞き入れて後方の支援に回る事になった。
「(ヤスオで力不足ってどんだけよ…)はいはい、ポーションはどうすんの?」
「これを渡しておくから使って?」
アリーさんがそう言って袋から取り出したのは。
「ハイポーションぽんと渡すとか…中級っていうかあんたらやっぱおかしいわ」
「ま、そうそう怯えない。俺なんかもう慣れたよ、寧ろパーティ内でグチグチ言われる時の方が怖いです。このパーティに入るまでは胃薬が俺の心の友でした、今は親友です」
「お…おぅ」
フィル君と僕がイクスさんの言葉に思わず微妙な顔になってしまった。
こんなにすごい人なのに、何故これほどまで胃を痛めてしまう事になったのか…聞きたいような聞きたくないような。こ、今度胃に優しい物をプレゼントしようかな。
「んで、気配はビンビン感じるけど周りには居ない感じ。ポニっ子の方はどうだい?」
「てめっ……名前言うまでそれで通すつもりか、知ってるじゃん名前」
「いや、なんとなくね」
「ミキ様と呼びなさいよ」
右手の指先を鎖骨の部分に当てて偉そうな態度を見せるミキ。
なまじ見た目は良いので、その様子が微妙にサマになっていた。そんなミキのアホみたいな言葉にイクスさんはぽんと手を打つ。
「ミキサーマンだね、よろしく」
「こんにゃろおおおっ!?」
ミキがリアルが【ガルルル】と唸りながらイクスさんに噛み付いていた。馬鹿をやってたのも束の間、今度はアルスさんとイクスさんが前衛になって瘴気が溢れだし殺気すら感じられる最奥へと進んでいく。




