36-06 【大激戦へ向かう者達】 Ⅵ
36話は大イベントになります、恐らく序盤の中では一番長くなる予定なので、のんびりと読んでもらえると嬉しいです。これを1~3話程度にまとめるにはかなりの日数が必要なので、短くても良いから毎日投下を目指しています。
フィルの前に現れたのは、彼と一緒に住んでいる幼なじみであり彼女のエルだった。この世界特有の青い髪の毛をストレートに伸ばし、その瞳は相手を包み込むように柔らかい水色の光を湛えている。鼻筋の通った表情は儚げな天使と言える様な美しい印象を与える。フィルが来ているジャケットの色と同じ深い藍色の服が彼女の存在感を更に増しているように見えた。
彼女は一般人であり戦闘能力等はない。
だからこそ現在は冒険者や自警団員が万が一を考えて避難所を設立し其処に避難させているはずなのだが、何故か彼女は其処に居た。その瞳をまっすぐにフィルに向けて。優しげな瞳が、何故か今だけはフィルを睨みつけているように、彼は感じる。
「エ、エル!? 何でこんな所にっ!?」
「こんにちはフィル。今日は…少し冷えますね」
「此処に来たら危険だって言ったじゃないか!! 直ぐに戻るんだっ! この町の外はもうすぐ戦場になるんだぞっ!! 悪いロシェル先に行っててくれ!」
「……わかりました」
ロシェルは軽く一礼した後、ファッツ達の場所に走っていく。
それを見送る事なく、フィルは強い語気でエルに詰め寄った。
「急いで帰るんだ、流石に町中に入れるつもりはないが絶対って訳じゃないんだぞっ!!」
「知ってます」
「知ってる…って!? おい…エル…勘弁してくれよ」
「でもね…フィル。その前に貴方に伝えたい事があるんです」
「あのな、激励とかは要らないから、急いで……え、エル…ち、近いって!」
ゆっくりとフィルに向かって歩み寄るエル。彼女はフィルをして天然な少女と呼ばれる位に、少しゆったりしすぎな気性があるが、今回のように空気が読めないという訳ではない。寧ろ、こういうことに関してはいち早く気づきフィルに伝えてくれる子なのだが、今回に限っては彼女は敢えてここに来ていた。昨夜のフィルの悩んだ表情を見て、彼女はゆっくりと口を開く。
「ねぇ…フィル? 今のフィルが貴方の望む貴方なの…?」
「っ!!」
ドキンと胸が跳ね上がった感じを受けるフィル。
彼女が言った言葉が胸深く心に突き刺さった。喉が乾きカラカラになった口をゆっくりと開く。
「な、何を言って…? いつもより良くわかんないぞ…?」
「私はフィルが好き。いつものフィルらしい、貴方が好き。でも、今のフィルは、少し苦手です」
フィルの瞳をまっすぐ見つめて彼女は言う。フィルの目の奥には自分が見える。だが、フィルが見ているのはきっと、今だけは自分ではないと確信しながら、彼女は少しだけ怒った表情を見せ、続けた。
「良いですかフィル! 自分を偽ったらダメっ! 私の大好きなフィルはいつも前を見て、元気で明るい貴方。私の知っているフィルは、そんな悲しい切なそうな顔はしてないわ」
「お、俺は自警団だ! それを誇りに思ってる!! 悲しくなんか…悔しいなんて思ってないっ!!」
語気を荒くして言うフィル。
自分自身、心のどこかでは彼女が言ったことが正解だと言うことは理解していた。それでも町を守る自分もまた…本当の自分なんだと心を縛る。
「本当に……そう? それじゃその顔は? ねぇ、フィル。貴方の素直な気持ち…言って?」
再び見せる天使のような微笑みと、フィルを包み込む柔らかく温かい感触が彼の縛り付けた鎖をゆっくりと解き放っていく。フィルを抱きしめ瞳を閉じエルはフィルの本当の気持ちを待っていた。
「……………俺は……」
心の奥底に秘めていた言葉を絞りだす。
「行きたかったっ!! 一緒に行きたかったさ!! ヤスオは俺のダチなんだっ! 普段は情けなくても戦闘じゃ兄貴のように頼りになる、俺の大事なダチだ!! そいつに任せて俺は町を護るだけしか出来ないのかよっ! あぁ、わかってる…わかってるさ! それだって大事な役目だっ! 自警団である俺の役目なんだ!! でも…悔しいんだよっ!!」
堰を切ったように捲し立てるフィル。
彼もヤスオ達と一緒に行きたかったのだ、一緒にダンジョンアタックを重ね、フィールドで共に戦い、笑いあってきたあの大切な仲間と、そして友人と。自分の役割と彼等の役割は違うとわかっていても自分が置いて行かれた、そんな気持ちがフィルを蝕んでいる。
「俺はまだ弱い。ダンジョンの敵が強いのは団長が一撃で倒されて知ってる。ハウルだって一撃だった。俺なんかじゃあっという間に倒されちまう…だけどよ、せめてあいつが……ヤスオが不自由なく戦えるようによ」
いつしかフィルの瞳からは涙が溢れていた。
同時に彼を抱きしめる力が少し強くなり、エルは瞳を閉じながら彼の言葉の答えを言う。
「それがフィルの本音。それはきっと素敵だと思う。ねぇ…フィル? 行ってきて? 貴方が思うままに、貴方の自由に。だって、それが私の大好きなフィルなんですもの」
抱きしめていた身体を離し、柔和な笑みを浮かべる彼女。
彼女の一番大好きな彼が戻ってきた、それが彼女の心を満たしていく。そしてそれはフィルも同じだった。悩んでいた、燻っていた心を一瞬で解き放ってくれたエルに感謝していた。涙を拭い、いつもの快活な笑顔をエルに見せる。
「敵わないなエルには…て言うかさ、なんで俺がそういうこと考えてるって知ってたんだ?」
「内緒♪ だって、言ってしまったらつまらないもの。行ってらっしゃいフィル、貴方の帰りを待ってます」
「まったく、エルの考えっていつもよくわかんないや。でも有難う、俺団長達に掛け合ってくる。今から行けば、きっと追いつくはずだから」
答えは決まった。
後は突き進むだけと、彼は手を上げながら町の外に走りだす。一寸の迷いもないその姿がエルにはとても眩しく、綺麗に見えた。
「頑張ってね、フィル」
その呟きは、きっと彼に届いたのかもしれない―
フィルの姿が完璧に見えなくなった後、彼女の瞳からは涙が溢れてきた。
彼女自身本当なら彼に戦場に向かって欲しくなかったのだ、フィルも彼女もまだ15歳の子供だ、それなりに自立しているとはいえ心の奥まで大人になっている訳ではない。だがそれでも敢えて彼女はフィルを送り出した。
もし送り出さなければ、彼女が知っているフィルはフィルでなくなってしまうだろう、そう言う確信があったのだ。ヤスオ達と日々戦い続け強くなっていくフィル、毎日の様に自警団の仕事をこなし彼と一緒に戦い続けている話を毎日の様に聞かされているし、何度か彼女自身出会ったこともある。とても優しい人だったのを覚えていた。
「止めてしまったら…きっとフィルは心を騙して心を傷つけてしまう…自分に嘘をつき続けるなんて彼はきっと出来ないから」
何事ともまっすぐに考えて生きていくフィル。例え今回は此処に残っていたとしてもきっと何処かで後悔するだろう、長年一緒に暮らしてきた彼女にとってそれは考えなくてもわかる事だ。
「生きて帰ってきて…駄目なら逃げてもいいから」
きっと最後までフィルは戦うだろう、そう言う男だと彼女は知っている。彼が帰ってくる時は戦いに勝ち、生きて帰ってきた時だけ。彼より強い冒険者達が先行しているとはいえ、絶対なんて無い。
「私も…戦わなくちゃ…だってフィルが戦うのだもの」
一般人である彼女に戦う力は無い、だが誰かの手伝いは出来る。きしむ心を押さえつけて彼女は彼女が出来る事をしに向かった。




