36-05 【大激戦へ向かう者達】 Ⅴ
―ホープタウン 中央広場
そこには一人、フィルが俯いた表情で立っていた。
背中には自慢の槍を括りつけ、ダンジョンアタックをする時同様の装備を身に纏い、いつでも戦える準備を整えている。
アルス、ヤスオ達のアタックパーティは明朝早く再構成中のダンジョンに向かっている。フィルは自警団としてここの防衛に回る役目がある。とは言え誰もがそんな急にモンスターが襲ってくる訳がない、そう考えていたが―
「……またモンスターが攻めてきてる…か」
ヤスオ達が向かってから2時間もしない内に斥候役の冒険者と自警団団員が下級の知らせを持って帰ってきたのだ、【前回並のモンスターの集団が向かってきている】と。タイミングが良すぎる状況に全員がどよめいていたが、ファッツの一喝により冷静さを取り戻しそれぞれ準備を行っている。
前回並みのモンスターだが、その中に危険なパライズモスの姿はあまり確認されていないのが救いと言えば救いだろうか、更には前回の戦いを経験したものがかなり多いため、対パライズモス用の魔力を帯びた水などは常備してある。
これらの事もまた頭を悩ませる要因ではあるが、フィルが今悩んでいるのはそれではなかった。
「俺は……自警団だ、わかってる…わかってるんだ」
自分が自警団である事に彼は誇りを持っている。町の平和を守り、町を守る刃になる、それが自分の目標だし変えるつもりもない。団長であるファッツを実の兄の様に慕い尊敬しているし、ハウルの事も尊敬している。自警団のメンバーは自分より年上しか居ないが、それでも皆フィルを子供扱いせず対応してくれるし、互い助け合う間柄だ、不満に思う事などあるわけがなかった。
だが、それでも彼は悩み悔しさで身体を震わせている。
友人が補助とは言え死ぬかもしれない場所に向かっていった、役割が違うと言うのは彼自身重々理解しているが、だからといって納得させるには彼はまだ幼すぎたのだろう。
ヤスオがパーティメンバーと共に向かっていった事がどうしても心の奥にしこりを残す。いつも一緒にフィールドやダンジョンで戦っている彼等が今回も大事な場面で向かっているというのに自分はここで何をやっているのかと自問してしまうのだ。防衛は恥ずかしいことでも無いし、臆病者が出来るものでも無い。後が無い場所で闘う以上、勇気や実力が試される場所ではあるが……
「俺は………」
頭の中をぐるぐるとめぐるのは、たった1つの事―
それは単純― 一緒に行きたかった、ただそれだけである。
町の皆を守りたいという気持ちも当然あるし
彼の恋人であるエルを守れるのは自分だと思っている所も勿論ある。
自分でもどうして良いかわからぬまま、彼は此処に立っていた。
「俺は……どうしたいんだよ…」
「フィルさん。やはりここでしたか。もう皆門の外に向かってます貴方も出来るだけ急いで下さい」
ロシェルが立ち尽くしていたフィルを漸く見つけ出して話しかける。額の汗を拭っているのはあちこち走り回っていたからだろう。レベルも2と低い彼は超人の様な動きは勿論出来ないので仕方がない。
「モンスターの姿が町からでも見えてきています、恐らく後1時間もしない内に戦闘になるでしょうね…今年はホント面倒な事ばかり起きる」
「わかった…」
「一緒に行けなかったのが、そんなに悔しいのですか? 確かにフィルさんはヤスオさんととても仲が良かった。お気持ちは分かりますが…」
話を続けようとするロシェルの言葉をフィルが止める。
「言わないでくれロシェル。解ってるんだそんな事は」
大きく息を吐き出し、心を落ち着けるためにゆっくりと呼吸するフィル。
「俺は自警団で、ヤスオは冒険者だ。俺の役目はここに向かってきてるモンスター達を全力でぶっ潰す、それだけだ」
「……フィルさん」
ロシェルはフィルと同い年で、小さな頃からの仲だった。だからこそ彼の性格は熟知しているし彼がヤスオ達冒険者と仲が良い事も知っている。そして今彼が何を考え、何を悩んでいるのかも彼は理解していた。それでもロシェルは何も言わない。自分たちの役割と役目を分かっているから。
「悪かったなロシェル。行こうぜ、団長達が待ってるんだろ?」
「はい、自警団は町民の避難などで外れている者、トラップ班など以外は全てそろっています。冒険者はおよそ20人ほど、全員下級冒険者ですがそれでも僕達より遥かに強い、きっと頼りになるでしょうね」
「カトルやウォルク兄弟も残ってくれてる、あいつらは強いからな…今回も乗り切ってやるさ」
「ダンジョンに向かったのは2パーティ、アルス達とオッターさん、アリアを入れた6人。もう一つはヤスオ、カノン、ミキ、ノーヴァの4人の後方支援だったよな?」
ヤスオ達のパーティ構成についてはおぼろげにしか聞いていないので改めて確かめる。直ぐにロシェルが頷いてその通りだと伝えると、少しばかり苦い表情を見せた。
「あいつら…本当に四人で平気なのかよ。そりゃ、ヤスオ達の実力は知ってるし、今回は援護なのもわかってる……」
此方に残した冒険者の内、ウォルク兄弟を連れて行けばパーティとして最適だった可能性があるのに、それでも連れて行かなかったのは此方の防衛に対しての要の役割を彼等が持っていたからだ。現在町に滞在し協力を申し出てくれた冒険者の中で、一番レベルが高かったのがその二人だった。ヤスオ達のパーティにねじ込む事も話されては居たのだが、ファイターでありウィザードナイトを目指している彼等は自ら、自分たちでは足手まといになりかねないと断っている。
純粋なファイターとは違い、ステータスが魔法関連の特性値も満面なく上がっている彼等は経験は兎も角実力としては他の中級間際の冒険者より多少劣る。イートマジックを使えるので決して弱くは無いが、それならば町の防衛に少しでも戦える冒険者が居たほうが良いだろうと言う事になったのだ。
ヤスオ達は悪く言えば、ただの荷物持ち+雑魚掃除係なのでそこまでメンバーを強固のする必要がなかったからとも言える。モンスターがブラウンベアー以上のモンスターが出るならこういうパーティにはならなかっただろうが、それ以上は確認されていないので、現在の割り振りになっている。
「僕からはなんとも…ですが、支援に徹するなら問題ないのかもしれませんね。いや、すみません。僕は戦闘はからっきしですから」
「わ、悪い」
「いえ、気にしないでください。中級クラス5人、その手前が5人。今から攻める元ダンジョンは、下位ダンジョンだった場所らしいですし、直ぐに終えて戻ってきますよ。その間に僕等は此処に向かってきてるモンスター達を蹴散らすのが仕事です」
「…ヤスオ達が向かった数時間後に狙ったかのように大集団で、か。あきらかにきな臭いぜ。そのダンジョンのボスがけしかけてるんじゃ?」
前回のダンジョンアタックで、フィル達は人間並、いやもしかしたら人間以上の知性を持っているようなボスモンスターと出会っている。今回向かった先のモンスターもボスモンスターならば、それ位の芸当はやりそうだと認識している。
「ありえそうなのでやめて下さい。想像したくない」
「あぁ、悪い。それじゃ行こうか」
今自分に出来る事をやろう、そう思いフィル達は町の外に歩いて行く。
だがその先で、フィル達は足を止める事になった。
なぜなら―
「な……エ、エル!?」
フィルの恋人であり、ホープタウンに住む少女。エルがフィルを優しい眼差しで見つめていた―




