36-01 【大激戦へ向かう者達】 Ⅰ
暗く、そして昏い場所から聴こえてくる獣の息遣い。
周囲を歪ませるほどの瘴気がその場に居る全てのモンスターに更なる活力を与えていく。モンスターの中では下等のファングラビッドでさえその双眸を爛々と輝かせ歓喜の鳴き声を上げた。本能に導かれるままにたどり着いたこの場所こそ彼等の楽園、彼等の狩場…彼等の全てだ。
【オオオオオオオオオオオオオオオ!!】
魂の底から震え上がるような咆哮が大地を揺らし響かせた。それはモンスターといえども耐え切れるものではなく、その場に居たそれぞれが怯えたように動かなくなる。だがそれと同時に感じるのは強い喜びの感情、曖昧な知能や知識しか持たない筈のモンスターですら、咆哮に答えるように大声を上げた。
【長イ…長イ時間ダッタ…コノ恨ミ、憎シミ決シテ忘レルモノカ!】
前足を大地に叩きつける、大木の様なその足は地面に罅を入れ瘴気が大地を腐らせる。ブラウンベアーより大きい胴体は赤黒い毛並みを讃え、見るものを惑わせる様な美しいさと恐怖を合わせたような感覚を相手に齎す、何よりも恐怖感を与えるのは、雄々しい鬣を携えた【三つの首】
上級モンスターとして恐れられるハウンド種の最高峰、【ケルベロス】が炎の吐息を漏らし怨念が篭った言葉を紡ぐ。
【長キ時ヲ超エ…我ハ再ビコノ地ニ蘇ッタ……思イ出スダケデ我ガ心ヲ黒ク塗リ潰ス!! 我ハ…!】
全身から放たれる物理的な気配さえ感じさせる殺気がダンジョンとして再構築されかかっている大地に満たされる。あと僅かでここは再びダンジョンとなるだろう、そうすれば復活したてで未だ本来の力を発揮出来ないケルベロスが再び災厄を齎すモンスターになる時でもある。
その為には力が足りなかった。
その為には恐怖が足りなかった。
ならば…知らしめなくてはならない。人間を滅ぼす凶悪なモンスターの存在を、その威容を見せつけ人間を絶望させ塵殺しなくてはならない。その為だけにケルベロスは存在しているのだから。一度は人間に討たれたがその憎悪は死しても尚崩壊したダンジョンに残り続け、ゆっくりと瘴気と絶望と憎悪を融合させ、ついに復活したのだ。その目的は永劫変わらない。
【人間ドモヲ…絶望サセ、殺シ、喰ライ尽クス。我ガ同朋ヨ…我等ノ復讐ノ時ハ来タ!!】
―オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
モンスター達がケルベロスに負けず劣らず声を張り上げる。人間を殺し、自らに瘴気を満たす事こそモンスターの根源である以上、ケルベロスの言葉はたとえ理解できなくても意味を理解する。自身達とは違う人間を殺し、侵し、滅ぼし、絶やす。ケルベロスと同調したその場に居た全てのモンスターは理解する、納得する、行動する。
人間を滅ぼす為に―
【サァ…始マリダ。高ラカニ声ヲ上ゲヨ、我等ノ復讐ノ為ニ!!】
ケルベロスは吠える。
その日―数百を超えるモンスターが動き始めた。
…………
―ホープタウン
青空市場の直ぐ近くにある小さな広場に魔法陣が展開され、同時にその真上が光を放つ。アコライトの使う時空魔法を目にしたことがあれば大体分かる魔法陣であり、時空魔法の一つ【転移】の転移先に展開される魔法陣である。光が途絶えると其処に冒険者の四人組が立っていた。先ほど転移してきたアルス達だ。
そんな中アルスが周囲を見渡し少し首を傾げている。
「ほいとーちゃくっ! ん? なんか変な雰囲気だねぇ?」
直ぐにティルも気づいたのか合わせた両手を直ぐに離し同じく周囲を見渡す。いつもなら冒険者や一般人がごった返しているここにしては珍しく、町民はほぼ来ていないし冒険者もぽつぽつとその辺に居る程度だ。青空市場の方に目をやると誰もが店をたたんでいる様子が伺える。
夕方なら兎も角この時間にこの様子はこの町では考えにくい光景だろう。
「確かにな。いつもはこの時間賑わってるはずなんだが、嫌に静かだな? 何かあったのか?」
訝しむアルスにイクスが煙草型胃薬を吸いながら言う。
「わかんないけどヤスオ君の家に行けばいいんじゃない? どっちにしろサプライズで驚かせに行くんだよね?」
「そうだね、とりあえず長屋に行ってみようか」
「おけおけ~、ヤスオを驚かせないとっ♪」
一瞬で切り替えて笑顔満面にティルがアルスに手招きしながら歩いて行く。
その嬉しそうな様子にアルスとアリーがお互いに顔を合わせ苦笑し、ゆっくりと後ろを付いて行く。イクスはその隣でこれから合うヤスオの事をのんびりと考えていた。
ヤスオの住む長屋に歩いて行く内、ブツブツと愚痴りながら歩いている少女を見つけた。燃えるような赤い髪の毛を綺麗にツインテールに纏め、それを白いリボンで留めている。派手さもあるが機能性と美しさを兼ね備えている黒いマジックドレスに、腕を覆う同じく黒色の手袋が小悪魔的な彼女の可愛らしさを更に引き立てている。美女と美少女の中間という、可憐さと妖艶という両極端な印象を持たせる表情は何か気に食わない事があったのか、折角の可憐な顔を曇らせている。
そんな彼女が大きな溜息を付きながら歩き、つぶやいていた。
「ったく自警団のやつ、折角のんびりしようと思ってたら良い所で邪魔しに来やがって、はぁ~ぁ…ま、ヤスオも来るらしいし仕方ないか」
ヤスオの臨時パーティメンバーの一人、シーフのミキだ。
先ほど自警団の団員が慌ててやってきて、依頼があるので来て欲しいと頼み込まれたのだ、自警団には自業自得だが留置場に拘留された思い出が全面に出てくるため苦手意識しかなく、唯一フィルなら少し話す程度なら問題ないのだが、ファッツはギリギリ、ハウルに至っては近づくのも怖いので、出来るだけ自警団には関わりたくなかった。
それでなくとも彼女は中度の人間嫌いなので、軽く話すだけで気分が悪くなったりする。フィルや確実に無害なアリアオロならまだ少しは大丈夫で、ヤスオは最近友達だと思っている為、過度に触れられなければ逆に話していると楽しいと感じている。
そういう理由から断るつもりでいたのだが、ヤスオも来るとなれば他のやつも来る、もしかしたらお金になるだろうしヤスオが居るなら、と妥協して自警団に向かっていた。
「ヤスオ…? すまないがちょっと待ってくれないか?」
「ん? 何よ?」
ヤスオというフレーズを聞き、つい呼び止めてしまうアルス。
逆にミキの方は呼び止められた事で機嫌が悪そうにしていた。
「悪いな呼び止めて、実は君がヤスオって言ってたのが聞こえてさ。もしかしてヤスオの友人かい? 俺はアルス、あいつの…友人って所だ」
目標友人なのだが、それは敢えて口にしない。
一応友人の間柄にはなれたのだが、残念ながらアルスに対しては敬語が抜けていないので、ちょっとばかり寂しさを感じている。
「ヤスオの? あの変なのと言いあいつはホントに知り合い多いわね。ま、あいつとは友達みたいなもんよ。それで何か用なの? あんたら初めて見る顔だけど?」
「そうか、あいつに友人がな……所で、聞きたいことがあるんだが、いいだろうか? 今何か起きてるのかな?」
ミキの言葉に嬉しそうな表情のアルス。
ヤスオがここで頑張っている結果の様な物が見れたのがとても嬉しかったのだ。
いきなりヤスオとは関係ない話になり露骨に警戒するミキ。
アルスとしてはヤスオの友人にフランクに話かけているだけなのだが、当のミキは人嫌いな事もあり、馴れ馴れしく話しかける目の前の大男の印象を大きく下げる。
「知らないわよ。私、今から自警団に行くんだし。多分ヤスオも行ってるし、あいつに聞いたらどう?」
「そ、そうなんだ。私達も付いて行っていいかな?」
「好きにすれば?」
「うわぁ、なんか厄ネタな気がするお。こりゃサプライズ以前の問題かな。悪いけど付いて行かせてもらうお」
特徴的なティルの口調に若干白目になるミキ。
目の前の連中がもはや色物集団にしか見えなくなっていた。
「…ねーわ、そのしゃべり方ねーわ。何なの? 電波?」
「失敬な。普通だお。何にせよ早くお姉ちゃんが行ってあげないとね」
えへんと胸をはるティル。
しかしながら見ただけで分かるほど胸部装甲は薄かった。
「は……? ヤスオの姉弟かなんか?」
「ふふん、可愛い弟みたいなもんだお。そんじゃ自警団までれっつごー」
片腕を上げミキに付いて行くティル達一行。
そんな中アルスとイクスはこの雰囲気に違和感を感じていた。




