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僕達は前を向いて生きていく。  作者: あさねこ
【1章】 異世界での成長録
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SP-08 【其は死の誘い】 Ⅱ

 漆黒の闇の様な禍々しい鎧に身を包んだ一体のモンスターが其処に居た。

 背中には真紅のサーコートをはためかせ、左に持つ重厚且つ巨大な黒き盾はいやがおうにもその存在感をヤスオ達に魅せつける。腰に下げた鞘には1本の銀色の剣が収められており、一度引き抜かれれば必ず誰かが殺されてしまうのではないかと錯覚するほどだ。


 シンプルなデザインの騎士兜から覗くのは赤く爛々と輝いた実体の無い瞳。そして人間の頭蓋骨そのものがカタカタと音を鳴らしている。その異様な黒騎士は腰に下げて居た剣を引き抜き自分の胸元に手を置いてまるで騎士の礼をするかのような形を取り、【口を開いた】


「お初にお目にかかる、戦士達よ。我が名は死霊の騎士、死の誘い【ナイトスペクター】である」


「ナ…イトスペクター…?」


 今まで出会ったことのない会話が出来るモンスターに気圧されてしまうヤスオとフィル。ファッツは気合を入れ剣を構えるが、周囲が木々で覆われている事を忘れてしまうほど混乱している。ミキに至っては泣きそうな程怯え、しきりにヤスオの方ばかり見ていた。


「ボスモンスター…ね、ダンジョンの核、瘴気を多く取り込んだモンスター。自我を持ち会話を可能とし、そして……強い」


「あぁ、僕も何度かボスモンスターにはお目に掛かったことはあるけど、こいつの重圧は、それ以上だな」


 現状の戦力ではまともに戦っても勝ち目はないだろう。自警団二人は元々戦いに身をおく冒険者ではない、このような絶対的な死の存在に対して満足に戦うと言う方が無理難題だ、ヤスオもここまでのモンスターには出会っていない。それでも気圧されていた自分に活を入れ直ぐに元の戦闘状態を保っているのはノーヴァとしても及第点を上げてもいいほどだが、ボスモンスターに対しては今のヤスオの様などれも平均程度の戦力で前衛を任せるのは無謀だと感じている。


 カノンにとっても同じ考えで、ここをどうやって安全に切り抜けるかだけを必死に考えている。この中でまともにダメージを与えられそうなのは自分とノーヴァだけ、それも後衛タイプである以上前衛が潰されてしまえば勝機は無い。


 そしてカノンにとっては勝利や敗北より、ヤスオやフィル達が死んでしまうほうが恐ろしかった。


「我が領域に訪れし者達よ、汝等はまだ弱く全てが我が目に止まらぬ。しかし、私もまたボスモンスターの端くれならば…」


 一瞬で銀の刃を此方につきつけるナイトスペクター。


「ここを訪れし冒険者と戦いの舞を踊るのも些か一興とは思わぬか?」


「…っ!!」


 自分と同じタイプの小剣だろうと見習いとは言え鍛冶をやっているヤスオはモンスターの持っている武器の種類を見抜く。つまり相手が使ってくる技は自分と同じ【速剣術】か守備系の【護剣術】そして自らを騎士を言ったこのモンスターが使ってくる可能性は低いが、相手を殺すこ事に特化した【邪剣術】のどれかだと睨む。【護剣術】ならばまだ直接的な技は無い事を知っているので、多少なりとも余裕が出来るだろうと考えるが、目の前のモンスターがそれしか使えないと楽観視出来るほど弱い存在では無いのは確かだった。


 ヤスオはこの状況をどうにか出来ないかと懸命に考える。

 戦って勝てるかと言われれば、確実にブラウンベアーを超える威圧感、そして小剣の一撃など簡単に止めてしまうだろう黒き騎士鎧に黒い盾。カノンの魔法ならばダメージ源になりそうだが、ノーヴァの弓では効果が低いだろう事は簡単に予測できる。


(…撤退の一手だ…今はそれしか無い)


 結果は逃げる―

 全員が生きて生還するためには、恥も外聞も捨て逃げ切る事が最善だと結論をつけ、ならば皆を生かして返すためにと行動を開始した。


「全員っ! 補助行動! ミキ! 僕と一緒にやつを撹乱してくれ! 後ろの二人は僕達を援護!」


「え……う、うん!」


 怯えているミキを動かすのは躊躇われたが、この中でヤスオの次に早いのはシーフのミキしかいない、後は僅かにでも時間を作る事が出来れば、全員を生かして返せる。


「【堅牢】!!」


―ヤスオは【堅牢】を唱えた!!

―ミキの防御が1段階上昇! 風属性耐性上昇!


 万が一を考えてミキに持続型の防御魔法を掛ける、そして強く大地を蹴りこんでナイトスペクターの周囲を駆けまわり始めた。ここは先ほどと同じ林の中である以上、あのような騎士鎧を身につけたまま身軽に動くのは至難、ヤスオはそう考えていた――


「いざ…駆け巡らん!! 【閃光脚】!」


―【開幕】 ナイトスペクターの【閃光脚】発動!

―【速】+10 【最速行動】!


「!?」


 ヤスオが牽制に斬り掛かろうとした一瞬でナイトスペクターはその場所から掻き消え、剣を構えていたファッツの目の前に現れる。


「ん…な!?」


「一手馳走仕る。【四奏蓮華】!!」


―ナイトスペクターの攻撃!! 【四奏蓮華】発動!

―ファッツに甚大なダメージ! 【捕縛】付与!

―ファッツに絶大なダメージ! 【捕縛】付与!

―クリティカル! ファッツに致命的なダメージ! 【麻痺】付与!

―ファッツに甚大なダメージ! 【捕縛】付与!

―ファッツは倒れた!

―連鎖キャンセル!


 目にも留まらぬ斬撃がファッツを襲う。

 装備していた鉄の鎧など紙切れ同然の様に切り裂き肉をえぐる。たった一度の攻撃で目の前が真っ暗になりその場に崩折れるファッツ、傷口から血が滴り地面をゆっくりと赤く染めていく。


「団長!?」


 一瞬にしてファッツが倒され驚きを隠せないフィル。

 余りに出来事に上手く行動を起こす事が出来ない、そしてそれをナイトスペクターが見逃す訳がなく、窪んだ眼窩の奥に光る実態の無い瞳が彼を捉える。


 だが―

 一条の光が動こうとしたナイトスペクターを捉える! 

 その光はノーヴァの放った弓技【流星縛】

 

 対象に大ダメージを与えると共に相手を縛り付け捕縛させる、中級の弓技であり、即死が効かないモンスターや動きを鈍らせたい相手に使う弓技の中では基本の攻撃だ。


 一切の殺気なく放たれた矢は、気配を読む事に長けているナイトスペクターの感知をギリギリまで無効化しその頭部を穿とうとしていたが。それよりも先に掲げられた盾にあっさりと阻まれてしまう。


「むっ…!」


 盾で防いだ矢が弾かれた瞬間に光を放ちナイトスペクターを覆い捕縛する。

 身体の動きが止められた一瞬の隙を付き、ヤスオが全力で跳びかかった。


「おおおおっ!」


 全身金属鎧のモンスターに小剣で立ち向かうのは無謀。更に言えばたった1アクションでパーティの中で一番タフなファッツを倒されたと言う事は、この中であのモンスターの一撃に耐えられる者は居ない、一番防御力が高いカノンだが、あの連続攻撃を受けてしまえば、為す術もなく倒されるだろう。


 だからヤスオの取った行動は剣を使っての攻撃ではなく、真下に倒れこんでいるファッツの救出だ。力なく倒れ更には金属鎧を身につけているファッツの重さは並大抵の物ではないが、それでも今まで育ててきた【力】は伊達ではなく、身体を持ち上げファッツの手を自分の首元に回し引きずるように歩いて行く。


「身を挺して仲間を救うか、良き魂の持ち主よ。だが、私を包むこの光はこれで消え―」


「わああああああああっ! 【スティール】!!」


「な…!? なんと!?」


 縛り付けていた捕縛効果が解除され今正に動こうとした矢先に真後ろからミキが走り寄ってきた、彼女自身ヤスオの言葉に従ってあちこち動き周り、絶対に近づかないつもりでいたが、ナイトスペクターが動きだしファッツを運び出そうとしているヤスオが狙われたと思った瞬間、堰を切った様に走りだしたのだ。

 

 今までスリにしか使っていなかったシーフ専用のスキルを発動させる。

 ダメージにはならないし、注意を引けるかもわからない。だがそれでも弓で攻撃するよりも何よりも可能性があったからかもしれない。そして自分がなんでここまでやっているのかもわからないが…この後の事を想像するだけで、彼女は怖くなったのだ。


 そしてその行動は…成功した。


「嘘…でしょ?」


 カノンが驚愕の声を漏らす。

 走り抜けたミキの両手には、先程までナイトスペクターが身につけていたサーコートと【ぎっちり握りこんで居たはず】の盾が収まっている。あまりの盾の重さに足がもつれて倒れこんだが、肝心のナイトスペクターはまったく動かず自分の空いた左手とミキを交互に見つめていた。


「ヤスオぉ! 早くこっちにこい!!」


「ミキ!? お前なんて無茶を!」


「いいからぁ!」


「盾は俺が持つ! ミキ走れるか!?」


 絶叫に近い声でヤスオを呼び寄せるミキ。

 そして彼女の行動で自分を取り戻したフィルが近くにあった盾を持ちミキを護り始めた。ヤスオもファッツを背負いながら、それでもかなりの速さで彼女達と合流する。


「カノンもノーヴァもこっちに来い! 逃げるわよ!」


「ふ、ふふふ……ははははは!」


「ひぅ!?」


 カタカタと身体を震わせていたナイトスペクターが高らかに笑い始めた。それは狂ったような激高したような笑いではなく、心の底から楽しくて笑っている感じの様に思えた。その笑いはヤスオ達全員がひと纏まりになった頃に収まり、持っていた剣をゆっくりと鞘に収める。


「……ど、どういう事だ?」


 先程まで感じていた威圧感は消え去り戸惑いを覚えるフィル。


「見事だ、力無き少女よ。そして勇気ある者よ。汝等二人は我が好敵手となるのに相応しい、だが力も技もまだ足りぬ。私が願うのは死闘、血沸き肉踊る闘舞よ。この場は引こう、何れまた汝等が私と同等の力を得、私と出会うのを待とう」


「見逃すって…言うのか?」


「好きな様に受け取るがいい、戦士達よ。では何れ相見えよう、その時は心躍る闘いをしたいものだな。その盾とマントは諸君らに贈ろう。私もまた未熟と言うことよ」


 嬉しそうに笑ったあと軽く一礼をし、踵を返しナイトスペクターはダンジョンの奥へと消えていった。


 残されたヤスオ達にそれぞれの思いを残して―― 



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