SP-08 【お約束は踏むべし】
ダンジョン内をミキを先導に進んでいく。
シーフである彼女の能力はかなり高く、危なげなく周囲を探索できている。
「ちょっと止まれ~? あっちになんか罠っぽいのが見えるから」
「また罠かよ」
フィルが辟易した様子を見せる。
探索を始めてから僅か数十分、ターン消費はまだ4程度しか消耗していないが、この時点で罠を発見した数は5箇所を超える。どれもこれも致命的と言う罠では無かったが発動させてしまえば大変なことになるものばかりだった為、一つ一つ解除していくしか無かった。
「んなもん知るかっての、とりあえず解除するから周り見といてね」
「わかったよ。気をつけて行けよミキ?」
彼女の腕は中級クラスのシーフと同等とも言えるが、罠が確実に解除出来ると言う訳ではない。軽い足取りで向かおうとするミキにヤスオが声を掛けた。
「あいよ、なんかあれば護ってよね?」
「任せろ」
その言葉に少しだけ笑みを零しミキはトラップの解除を執り行う。
魔法が掛けられたシーフツールは、様々なトラップ解除を可能とする。たとえ物理的ではない魔法タイプの罠でも実力とこのツールさえ用いれば解除する事が出来る。まるで自分の意思を持ったかの様に動くミキの両腕が其処に設置されいているトラップを小さな火をバケツの水で一気に消してしまうかのように、あっという間に解除する。
この間僅か1~2分にも満たず、立ち上がって此方を向きシーフツールを人差し指でクルクルと回しながら、勝ち気な笑みを見せた。
「どうよこのミキ様の完璧な解除♪ ま、これも私が凄いからよねぇ♪」
「そうね、流石シーフなだけあるわ」
含みを持たせた様に言うカノン。
実際には脳内で【すごいすごい! 何あれ早い!?】とかやっているが、表向きは不敵に笑っているように見える。
「うぐ…褒めてるのか分かんねぇよ」
「十分な働きさ、シーフの役目はトラップの排除にモンスターの索敵。戦闘は基本二の次でいい。中級上位や上級になれば話は違うが、今のレベルで何でもかんでもは、後の経験を浅くする」
ミキのシーフとしての実力は十分だとノーヴァが言う。
ヤスオの様になんでも出来る汎用タイプを目指すのもいいが、それが全部実用できるタイプと出来ないタイプが居る。初期の方から全てをやり通すのは余程の天才でない限り不可能であり、無意味だと彼はミキに諭す。
勿論ヤスオのあり方を否定している訳ではない。とは言えヤスオが天才かと言われればノーヴァは直ぐに否定するだろう。それこそ色々手を出して困っているのが今のヤスオの現状なのだから。
「は、ははは…」
「ヤスオはヤスオでどこでも使える汎用性を高めていけばいい。君はそれが性にあっているのならそうするべきだ、出来ないなら無理としてもね」
「俺は槍しか使えねぇし、ヤスオの様に色々出来るのは凄いと思うぜ」
軽く雑談を交わしながらも誰もが警戒心を解いては居ない。
ミキが居るとはいえ、モンスターの奇襲を100%防げると言う訳ではない。下級ダンジョンと言えども警戒を緩める事はせず再び探索を開始する。
その後もミキが歪な窪みの中からアイテムを見つけ出したり、宝箱を発見して調べたら彼女でも解除出来るかわからない石化トラップが仕掛けられていたので、泣く泣く諦めたりなど、悲喜交交と言う感じでどんどん先に進んでいく。
戦闘も何度かあったのだが、大体がハウンドやゾンビだけでありその程度の戦力ではまるで戦いにもならず邪魔な障害物を排除する感覚で蹴散らされていった。
…………
暫く探索を続けると少し大きめの沼を見つけた。
濁った緑がかった黒い液体が泡を発生させながら臭気を撒き散らしている。この世界にはゲームなどでお馴染みの毒の沼が普通に存在している、顔を顰めつつもミキが調べに入り、直ぐに毒の沼だと判明した。
沼自体はそこそこ大きいが迂回して進む事は容易で、少し遠回りすればここで戦闘でも起きない限りは問題なく突破出来るのだが、ヤスオ達はその沼地の中心部分を見て止まらざるをえなかった。
黄金色に輝く神聖な力さえ感じさせる宝箱が沼の中心にある石で出来た台座の上に安置されていた。とは言えあれを取りに行くとなれば普通にこの毒の沼を歩いて行かなくてはならない。試しにファッツが石を投げ入れた所。何かが溶けるような嫌な音が沼地から聞こえてくる。
「こりゃ…空でも飛ばないと取りに行けないな」
「うー…さっきも宝箱諦めたのに…ヤスオ、なんとかなんないの? あれ絶対良い物入ってるって!!」
「すげぇ罠臭いけど…確かになぁ…」
一時的に空を飛ぶスキルなどがある事は知っているが、それを持ち合わせている者はこの中にいない。つまりは諦めて先に進むしか無いのだが、ここでヤスオがふと何かを思い出す。
それは阻害魔法使いオッターの事だ。
アルスやティル、アリーと同じ位に尊敬している魔法使いで阻害魔法の使い手である彼は土の防御魔法を本来の役割ではなく違う使い方をしていた。敵を閉じ込めるため、敵の行動を阻害させるためという所業を見せた人物でもある。
「よし…やってみるだけの価値はあるかな」
「ヤスオさん?」
「ちょっと思いついたことをね。【土壁】!!」
―ヤスオは【土壁】を唱えた!!
ヤスオが魔法を展開すると同時に地面から頑丈な土の壁がせり上がる。その高さはゆうに6,7メートルを超えており、味方に安心感を齎す魔法の壁が形成された。
「…? 何やってんだ?」
「ここからさ。上手くいってくれよ……【土壁】!!」
―ヤスオは【土壁】を唱えた!!
ヤスオは土の壁に手を当て、【この壁を起点】に再び魔法を唱える。
すると本来地面からせり上がってくる筈の壁がせり上がった壁を起点として横向きに壁がどんどんと伸びていく、自重によって多少下向きになるがそれが却って幸いし、宝箱まで届く緩やかな坂道が完成した。
「えぇぇぇぇぇぇぇ……防御魔法だよね、それ…」
いきなり魔法を使って道を作り出すという暴挙を行ったのを見て流石のノーヴァも表情を崩してしまう。阻害魔法を使って道を作ったりなどをする魔法使いは少ない…というか殆ど居ないのだ。
「オッターさんがやってたことを真似てみたんだ、思いの外上手くいったね」
「あー、オッターさんか。確かに凄かったよなあれ」
たった一人で戦況を作り変えたその姿をフィルもファッツも見ている。様々な阻害魔法で敵を止め、土壁系の魔法でモンスターを止めたあの姿は一度見たら忘れられないほどだ。
「とりあえず急ごう、防御魔法って直ぐ切れるからね」
そう言って壁で出来た橋を進んでいく。
全員が渡りきった2~3分後に土の壁はスっと消えてしまった。
待ってましたとばかりにミキがトラップの有無を調べ始める。
今まで見たことのある木製や鉄製の宝箱と違い、ミスリルか何かで出来たような王族が所持していそうな宝箱を前にして興奮するなと言うのが難しいだろう。
かく言うヤスオやフィルもこういう宝箱を見れば嬉しい物がある、ファッツに至ってはしきりにガッツポーズしているほどである。
「おぉ! これ罠ついてない♪ らっきー」
「こういう場所にあるからトラップをつけてないってやつかな?」
「いや、寧ろこの沼自体がトラップなんじゃないかな?」
「んなもんどっちでもいいっていいって♪」
「よーし! ミキ行けっ!」
急かすようにフィルが言うと同時にミキが思いっきり宝箱を開ける。
そしてその中には様々なマジックアイテムがこれでもかと言うほどつめ込まれていた。
―鉱石(未鑑定)を手に入れた
―薬瓶(未鑑定)を手に入れた
―マジックアイテム(未鑑定)を手に入れた
―服(未鑑定)を手に入れた
―聖なる場が解除された!!
―結界が解除された事で抑圧されていた毒の沼が襲いかかってくる!!
「「嘘おおおおおおお!?」」
誰の言葉かわからないが、その声をかき消すかのようにうねりながら毒の津波がヤスオたちを埋め尽くそうとしていた。




