SP-07 【あの人が残してくれた歌】
ホープタウンの中央広場ミキが暇そうに歩いていた。
釈放されてからは余程の事がない限り暇つぶしを兼ねてその辺を歩いている。町の人間や冒険者がそれはもう楽しそうに歩いているので少し前の彼女なら美味しい餌があちこちに転がっていると感じていただろう。
「……はぁ、暇」
つい先日レベルが上がってしまったのでほぼ毎日やっていた外でのウサギ狩りはやめていた。一度レベルが上がったらたかがウサギ程度を毎日飼った程度ではレベルなど上がらないとわかりきっているからだ。一応素材を売れば小銭程度にはなるがそんな小銭を欲しがるほど現在は貧乏でもない。
恩返しの為とはいえヤスオと一緒にダンジョンアタックを何回かしているお陰で数ヶ月は遊んで暮らせるだけのお金は溜まっている、なので日々ショッピングや食べ歩きをしているのだ。高い宝石や化粧で着飾るのが結構好きなので宿には沢山の衣服や宝飾品が並んでいる。
「………なんか面白いことでもねぇかなぁ…」
中央広場には沢山の人間が居る。町長に許可を取り出店を出している冒険者や大道芸人などをいくつもみかけるホープタウン程度の小さな町では滅多に無い光景だ、これが大都市なら冒険者専用の広場などがありそこで似たような事をしているが、一般人や冒険者が忌避を感じることもなく集まっているここはとてもおかしい。
「ん?」
ふと一人の大道芸人に目が行く。
いやよく見ると大道芸人と言うよりは歌い手の様だった。身振り手振りを加えながら鈴のような声色で歌を歌っている。内容は陳腐なラブソングだが、ミキはそれをある程度近くで聞いていた。
「歌…かぁ………」
小さな頃はミキも歌が好きだった。
母親と一緒に意味はなくとも楽しい歌を考えて歌っていた事がある。一緒に歌う事で笑ってくれる母親が好きで、一生懸命歌を考えて母親に聞かせていた事がある。
だが…今は歌は歌わない。
今の生き方の中で歌なんてものは役に立たない事を彼女自身が理解していた。何の役にもお金にもならない物など今のミキには何の価値も無い。
「……つまんね」
「お? ミキじゃないか」
「!? うぉあ!? 吃驚した!! ヤ、ヤス…オ?」
耳障りに思えてきた歌い手から離れようとした時声を掛けられビクっと飛び跳ねかけるミキ。直ぐ横を見ると同じく吃驚した表情のヤスオがそこに居た。どうやら彼女の驚いた声に同じく驚いていたらしい。
「いきなり声かけんなよなぁ、滅茶苦茶吃驚したじゃん、賠償として彼処の串奢れ」
「それはこっちのセリフだ、お前こそ彼処のハウンド串奢れ」
「んなっ! そこは男が金出す所じゃん!」
にんまり笑顔でそうのたまうミキに降参とばかりに肩をすくめるヤスオ。
最近はこの構図になる事が多くなってきた。
「で、何してたんだ?」
「んー、暇だからぶらついてたのよ。あんたこそ珍しいわね? 仕事か訓練しかしてない男なのに」
「週に1日は休んでるっての。暇だから出来そうな依頼探しに来たんだけどな」
「おま、それワーカーホリックって言うんだよ?」
疲れた表情で言うミキ。
この男なら365日ずっと働いててもおかしくないと思っている。
「あの歌ってる人見てたのか?」
「別にー、なんでもいいじゃん」
「いや歌が好きなのかなって思っただけだ」
「…嫌いだね、歌なんて」
歌えば思い出してしまう事があるから今のミキは歌が嫌いだった。
今聞いていたのはあまりにも暇だったからだと心の中で蓋をする。そんなミキの様子を見ていたヤスオが少し離れると行って出店に歩いて行く。
「ほれ、飲むだろ?」
「奢り?」
「お金くれるなら貰うぞ?」
口角を少し釣り上げ笑みをこぼすヤスオ。
「冗談、んじゃもらうわ♪ ………ふぅ、結構美味しいわね」
「まずいのは置いてないだろ。あぁそうだついでだしこれ渡しておくよ」
そう言ってヤスオが取り出したのは4枚のカード。
あまりに無造作に渡されたので素直に受け取ってしまったがそのカードを見て今度はリアルで飛び上がってしまった。
「んなっ!? ハウンドカード2枚にファングラビットカードに…これ、レアのウッッドカードじゃん!? ナチュラルカードまであるじゃんか!?」
「この前さカードが叩き売りされてたからついでに買ってきたんだ僕は自分のカードセットしてるからミキに渡すから使っとけ」
軽く言うがカードは決して安いものではない。
溢れているほど数があるハウンドカードでも1枚10万は軽くするのだ。そしてナチュラルカードはモンスターカードより更に手に入れにくいため価値が高い。その中でもウッドカード、そのまま木のナチュラルカードだが市販の安い装備品を一式装備する並に防御力を上げる事が出来るカードだ。
「なにこれ、ミキ様をお礼殺すつもり?」
「お礼殺すなんて言葉生まれて初めて聞いたわ」
「あんたねーいや貰うけどさ。何? 私の恩を更に増やして囲うつもり? 超お断りです」
「いやお前に対してそれは絶対にないから安心しろ」
微妙な目をして言うヤスオ。
見た目はかなりの美人だが気性をこれでもかと知っているヤスオにとってそんな感情はまったくといいほど湧き上がる事がないようだ。
「それはそれでムカつくわね!?」
「どうすりゃええねん」
思わずエセ関西弁っぽく突っ込むヤスオ。
一応渡した意味があるのでジュースを一口飲んだ後に訳を話し始める。
「ほら前にカノンと二人で聖魔法書くれたじゃないか。それの御礼も兼ねてるっつーか、それだけカードでHPと防御力を高くしておけばダンジョンである程度耐えられるだろ? 熊って何故か後ろ攻撃してくるし。ちなみにカノンにはすでに違うものを渡してるからお前だけじゃねぇ」
「………はいはい、あんたに含むものなんて無いってこと位はこんだけ付き合ってりゃ嫌でもわかるわよ。ありがたくもらっておくって、さんきゅ」
もらったカードをポーチに突っ込み礼を言う。少し気恥ずかしいのか横を向きながら。
「それにしても女にばかりプレゼントとかやっぱあんたも男よね。もう少し顔が良けりゃ強いし甲斐性もあるんだしモテただろうに、残念な奴♪」
ニヤニヤ笑いながら言うミキ。
さっきまで感じていたつまらなさはもうどこかにいっていた。
「残念でした。フィル君達にも上げてます~。確かにお前の言う通り僕だって男だし女の子は好きだけどな」
この世界に来るまではギャルゲーやエロゲーを一日中遊んでいるほどには女性は今も好きだ。だが今のヤスオにとってそれ以上にやりたい事があるから女性が可愛いから云々などは考えている暇がないだけである。
「あとブサイクなのは知ってます」
「うん、ごめん」
あまりに真顔で言うのでつい謝ってしまう。
「戦闘時何故かミキって狙われやすいし、ヘルハウンドカードとかありゃいいんだけどなぁ。そうすりゃ熊の攻撃も一撃は耐えられるし」
「だから、あんたが居るんじゃん。喜んでミキ様の壁になりやがれ♪」
「あ、超護る気が失せた」
「すいませんマジ勘弁してください」
まるでコントの様なやり取りに二人して笑ってしまう。
元は犯罪者と加害者だった二人だがなんだかんだと馬があっていた。人に触れられるのを極度に嫌がるミキが笑いながら触ることがある位には。
「ま…感謝してるわよ。暫くはひっついてやるから安心しろって」
「その言葉のどこに安心すればいいんだよ」
「あんた、私レベルの美少女なんて滅多に居ないよ~? むせび泣いて感激しろっ♪」
此処に来るまでミキにとって自分と敵しか居なかった。
今はそこに仲間と友人が出来たのかもしれない、彼女自身わかっていないがこの時間が楽しいと思っている自分が居るのだから。
「……歌…今度また歌ってみるかな…」
「ん? なんだって?」
「なんでもねぇよ、ばーか♪」
母親との思い出。
母親の所為で消した思い出。
少女は漸く前を向き始めたのかもしれない。




