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空賊と漁師 (短編版)

作者: BEAR'S PAD



第1章:一人の漁師


渡り鳥は厚い雲の上を飛んでいた。

その鳥の目は雲の下にいるとある国に向けられていた。

そこには一人の漁師がいた。

彼はどこかこの世から抜け出したいと思っている。彼の国では、男たちが財と名誉を競い合い、自然や女を蔑む価値観で形成されていた。

そのせいか、この国では女の仕事である漁師という職についていた。反抗心もあったのだろうが、それとは別に海には彼が求めるものに近いものがあったのだ。

それは言葉で表現するなら自由だった。人と関わる必要もなく、どの道をいくかも決められておらず、比べ悩むこともなく、ただ美しく優しい水の中ですごくのが好きだった。

そして、いつしか彼は自分のお気に入りの入江を見つけることができた。そこは、街から少し遠いところにあり、誰一人として立ち入ることのなく、太陽が照りつける浜と一本ヤシの木がある入江だった。

こここそ、自分が求めていたところだと確信した彼は1日の大半をその入江で過ごすようになっていた。その月日が経てば経つほど、彼の街での生活が過ごし難くなっていった。


第2章:外海の女


彼はその入江をオアシスと名付けた。彼は日常の世界をますます忌み嫌い、オアシスに来ては浅瀬で小舟を浮かべ日光浴をし、心の浄化をしていた。

いつものように小舟の上で横たわり、黒ずんだ世界で汚れ、疲れた体と心を癒していると女性の声が聞こえた。

「もしもし、お休みのところすみません。」

眩しい太陽光が降り注ぐなか、目を開けるとそこには小舟を覗く女性の頭があった。

彼は驚き、体を起こした。

小舟の横にはこの船より一回り大きく、使い込まれた帆船が並んでいた。どうやら、その帆船に乗っているのは彼女の一人のようだ。

「漁師さん。私は沖の方にいたのですが、この辺の海は初めてで風の流れを読み間違えてしまい。この入江に入ってしまいました。ここは風がないので沖に戻ることができません。よろしければその小舟とオールでこの船をあの大きな岩のところまで引っ張っていってくれませんか。」

彼は困惑していた。まず、彼女の言う大きな岩とはこの入江を囲んでいる結界巨石と呼ばれるものだ。これらは大きな注連縄を巻いており、沖から強い海流と風を弱くしている効果がある。そのため、この入江はとても静かで平和だった。彼は以前、一度外界に出てみようと結界巨石の近くまで行ったことがあったが、あまりの海流の強さを目の当たりにし、引き返したことがあった。

そしてそれ以上に困惑したのは彼女の態度だ。その態度から外海の女性であることは間違いなかった。彼の知っている世界では女性は蔑され、男性に対してここまで正面から向き合って対等かのように話すことはない。また、その凛とした姿勢は男にもない上品さを醸し出していて、お願いされているこちらが下のように感じてしまったからだ。

彼は彼女の顔から視線を外し、帆船を見渡すフリをしながら少し嫌そうに答えた。

「わかりました。それではロープをつなげてください。」

「ありがとう」

小舟と帆船は一本のロープで繋がれ、彼は力一杯オールで漕いだ。静かな水面からオールが大きな音をたてて現れてはまた水に潜った。静かな入江にその音が響いていた。

ふと漕ぎながら、彼女に目をやった。彼女はこちらを伺う様子もなく空を眺めていた。風を読んでいるのだろうか。そのとき一瞬、帆柱の影になにかいたように見えたが、確かめることができなかった。結界巨石がもうすぐそこにきていたからだ。

「もうそろそろです。」

そういって、彼女に出発の準備をするように促した。

結界巨石のそこにつけてロープを解こうとしたとき、彼女がそれを遮った。見上げると彼女はまたあの断れない空気を醸し出しこちらに要望した。

「ここも、まだ十分な風がありません。また、外海の海流に流されてここに戻ってきてしまうかもしれません。なので、あと少しだけ引っ張っていってはくれませんか。」

これにも困ってしまったが、また戻って来られては今まで漕いだ分が無駄になってしまうため、渋々承諾した。

万が一のことを考え、もう一本のロープで小舟と結界巨石をつなげてまた漕ぎ始めた。波が強くなり、結界巨石とつなげているロープもいっぱいになってきて、これ以上いけないと思ったとき

「よし。ここでいいでしょう。」と彼女は微笑んだ。

その言葉を聞いてホッとした瞬間、突然、空から何かが降ってきた。


第3章:次の世界


大きな影が小舟を破壊してしまった。彼は何が起きたかもわからず水の中に落ちていった。

彼女の腕がとっさに彼の腕を掴んだ。彼もそれに呼応するかのように力強く掴み返し、もう一方の腕で帆船の縁を掴んだ。物凄い勢いで体が海からあげられるのを感じた。

長い衝撃が落ち着き、引き上げられる力が弱まったとき、彼女の声がした。

「ようこうそ。私たちの世界に。」

目を開き、再び顔を彼女に向けるとそこには目の前には想像していない光景がひろがっていた。

彼女は大きな襟のついた赤い立派なコートを羽織り、彼女の背後には大きなワシが帆船のロープを掴み、飛んでいた。帆船の上には何人もの女たちがみんなローブや奇妙な格好をして帆船を操作していた。

まるで祭り事をしているかのように賑やかな光景だった。そのうちの一人が彼を縁の中に引き込んだ。

目の前の突然の出来事に彼は何も言葉を発することができなかった。視線を外すとそこには空が広がっていた。海の姿はどこにもなかった。彼はすぐに彼女に言い放った。「今すぐに戻してくれ!あの海に、あの世界に!」

しかし、彼女は彼の動揺し、荒れている様子に構うことなくただ答えた。「それはできない。もうこんな高いところまで来てしまったし、それにこれは君が望んだことでもあるんだ。それにほらもうすぐ私たちの船に到着するよ。」

立て続けに目に入ってくる光景と受けれいられない事実のせいで、彼はとうとう頭がおかしくなったと思った。彼は両膝、両腕をついた。

ワシはただただ、空に浮かぶ巨大な飛空挺に帆船を引っ張っていった。



第4章:赤い空賊

飛空挺の中も女たちだらけだった。男といったら彼をいれて4人しかいなかった。ずんぐりとしたダニー。臆病なショーン。痩せっぽちのテリー。そして彼だ。

この船では女たちが舵を切り、船を動かしていた。男たちの仕事は雑用ばかりだった。テリーに女性がなぜこんなに多いのか聞いたことがあった。テリーが言うには、この空域では地上には女性は少なく常に多くの女性が空へと逃げてきたのだという。しかし、それ以上に詳しいことは何も教えてくれなかった。

彼はテリーとともに渋々見習いをすることとなった。帰りたくとも帰れないのだから仕方がない。自分が生きるために、自分の居場所を築くために、必死に頑張ることにした。

しかし、彼がここにきてから一月ほど経っても、彼がその環境に馴染むことはなかった。とにかく肩身の狭い思いをし続けた。何人かの女性は男をよく思っていなかったし、蔑むものもいた。特に、女を蔑む世界からきた彼のような男は余計に忌み嫌われたのだったのだ。


第5章:衝突

彼をよく思っていないものの中にアンという女空賊がいた。彼女はことあるごとに彼を攻撃した。最初は彼もよく反抗していたが、今はもう落ち着いていた。彼は、次第に雑用に積極的に取り組むようになってきた。彼は経緯はどうあれこの世界で生きていくしかないのだとどこか悟ったのだ。そして、過去の世界と決別をし、せっせと働き始めることを決めた。

しかし、彼の心は未だに不安と恐怖でいっぱいだった。女性に支配される恐怖、自分だけよそ者だという不安だ。いつ、この船に居場所がなくなるかわからない。彼はとても辛かったが、その思いが雑用に取り組む原動力となった。

彼がせっせと働いていくうちに周りからも頼りにされることが増えて、それが彼に安心感を与えて

くれた。そのうち言われることのみならず、自分から仕事を見つけるほど成長していった。

みんなが彼を認め始めていくなかアンだけは唯一彼を嫌っていた。ある日、彼はみんなのドレスがしまってあるクローゼットルームの掃除をしていた。ドレスを整理に取り組んでいたとき、アンがやってきた。彼はちょうど、彼女のドレスに手を触れていた。

それを見た彼女は彼に食って掛かった。彼を突き飛ばし、怒鳴り散らし、理不尽な罵声を浴びせた。それは彼にとって、とても酷い仕打ちだった。不安と恐怖を心に秘めながら、なんとかそれらを解消しようと頑張ってきた彼としては、その状況に対しどうすればいいかも分からず、悲しみのあまりたまらず泣きそうになった。涙をこらえるうちに、その悲しみは怒りに変わりアンに矛先がむけられた。

彼がアンに殴りかかろうとしたとき、間に一人の女性が割って入った。

「船長。。。」アンが静かに呟いた。

「なにがあったかの説明はいらない。二人とも黙ってついておいで」

彼は驚いていた。彼が初めて船長を見たからではない。その船長とは彼を騙し、攫った入江の女性だったのだ。

船長は船をとある島へと向かわせていた。島に到着すると、船長は二人を島のなかにある森へと連れていった。


第6章:気づき

そこは、深い霧で囲まれた美しい杉林だった。空気はひんやりと冷たく、地を覆う沢山の緑がさらに二人の気持ちを落ち着かせた。

森のなかで、船長は二人を向き合わせた。向き合うと互いに再び怒りが込み上げてきた。

「二人とも、ここなら誰にも聞こえない。聞いているのは私だけだ。存分に自分の思っていることを言ってごらん。」

その思いもよらない言葉に彼は困った。彼は心に閉まってある不安と恐怖に向き合うことを避けていた。嫌だったからこそ、仕事に没頭し忘れようとしていたのだった。またそれ以上に、彼に はそれらをさらけ出したところで問題が解決されないどころか、より反感を買ってしまうのではないかという恐れがあったのだ。

しかし、そんなことを考えているうちに、彼の口からは怒りに押されて感情が漏れた。

「不安なんだ。ただ不安なんだよ。ここには僕の仲間はいない。僕を受けて入れてくれる人もいない。だからといっても元の世界に帰りたくても帰れない。あの漁師だったころには戻れない

。ここで生きていくしかないんだ。なのにお前はなんなんだ!なぜ僕に突っかかってくるんだ。なぜ邪魔をするんだ!」

アンも彼と同じだった。彼女も自分の心と向き合いたくなかった。彼が船長に選ばれてこの船に招かれたことに対して、苛立ちを感じていた。しかし、自分がそれを認めてしまうと自分も彼を認めてしまうことになる。そして、自分は船長から選ばれていなかった事実と向き合うことになってしまうからだった。向き合えば、自分の方が下だと思ってしまうかもしれない。それほど、彼女は船長を慕っていたのだった。そして、男より劣っているということが許せなかったのだ。

しかし、彼が先に感情をさらけだしたことで彼女もつられた。

「私は悔しかった。悔しいと感じていること認めたくなかった。船長がお前を認めたこと。船長がお前を選んだこと。そして、お前は船長どころか周りからも認められ始めた。私は羨ましかったんだ。お前みたいのように頼られるのが、羨ましくて仕方がなかったんだ!」

二人が霧のなかへ思いを吐き出し終わると、自然と遠くから音楽が聞こえてきた。次第に、三人を囲んでいた、霧は薄くなり周りには船員たちが輪になって歌っていた。それは友情を表す歌だった。


心配はいらないよ

僕たちは同じさ

いつも一緒さ

さあ、一緒に踊ろう

一緒に歌おう


船員たちのなかには、テリー、ショーン、ダニーが他の船員たちと一緒に手を繋ぎ、歌っていた。

彼にとって、あんなに彼女たちに蔑まされていた、男たちが楽しそうにしているのが信じられなかった。

テリーたちは僕たちに向かって歌った。


君にはみんながついている。

不安に思うことなんてないんだよ。

君はこの船に乗ったときから、みんなの一員なんだ。

君を認めていない人なんかいない、誰も君を下だと思うことなんてないんだ。


二人はその歌に喜びと気づきを得て涙を流した。

自分たちが、自分たちこそが、自分を仲間はずれに追いやり、自分を認めていなかったんだと気付くことができた。

そして、再びお互いを見た二人は相手のことをまるで自分の分身かのように愛おしく思えた。船長が二人を大きな抱擁で包むと二人のタガがとうとう外れて、子供のように泣きじゃくった。


彼らは自分で自分の世界を創っていたのだ。

周りから、こうみられているのではと思ってしまうのは、

自分もその一人だからに他ならない。


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