アリスハルトとリオちゃん
テラスに向かう途中でコーヒーを買った。授業で脳をフル稼働させた為、砂糖たっぷりのやつにした。ヴィリアンも同じチョイスだった。エミリアはいつもなら紅茶なのだが対抗するようにコーヒーを選んでいた。その後苦い顔をしていたことは言うまでもない。
テラスには丸いテーブルと背もたれのついたイスが多数設置されていた。よくあるカフェテラスのような場所だ。シドニィが戻ってきた時に事を考え四人座ることができるテーブルを選んだ。エミリアは俺の隣に、ヴィリアンは対面に座った。
「さて、まずは私の事から話そうかしら」
ヴィリアンはコーヒーを一口飲むと俺の目を見てそう言った。
「改めて自己紹介。私の名前はヴィリアン・アリスハルト。北の王国『三大将』が一角。武門アリスハルト家の長女で時期将軍よ」
「えっと……俺はウラガトシ。異世界の海から迷い混んできたんだ」
「二人共かなりすごい自己紹介ですよね」
「時期将軍って……すごい人に出会ったな……」
「私からしたら異世界から来たってナチュラルに発言するトシに驚いてるんだけど。本当なのエミリア?」
「はい。私が海王と戦っていたら突然船と一緒に現れて……沖合いの海だったし近くに船舶はいなかったもの」
「海王の話は聞いてるわ。眉唾ものだと思ってたのだけれど本当だったのね」
「先に言っておくけど俺は第五位のウラガとは関係ないよ」
先にそう言っておけば話が楽になると判断したのだが……。
「あら? そんな事ないわ。むしろますます無関係に思えなくなってきたわ」
「へ?」
「そうね。まずはアリスハルト家の事から話すわ」
武門アリスハルトと言えば半世紀前なら東の王国イスの大将軍の一門だったらしい。千年以上もの間イス軍のトップにいた家系で槍と弓と魔法を使いこなす最強の武門で有名なのだそうだ。現在はイス滅亡にしたがい王族や生き残り達と共にこの北の王国で庇護を受けてるようだ。
「私のお爺様がイス最後の将軍だったの。ウラガの事もよく知っているのよ」
「俺と何か共通点でも?」
「黒髪」
そういえば一部の種族とイスの人間特有なんだっけ。
「決定的だと思ったのは異世界から来たってところかしら」
「え?」
「お爺様が若い頃の話なんだけどね。ウラガとは友人としての付き合いがあったそうなのよ。いつか元の世界に戻りたいってよく話していたんだって」
「まじかよ」
「あなたのいた世界にウラガって名前の人は多いの?」
「かなりいると思う……が」
「何か心当たりでもあるのかしら? 特にウラガが来たっていう七十年前とかに」
「俺の爺ちゃんの兄弟で長男が行方不明って話を聞いてる。まぁ普通に考えたら遺体も残らずに亡くなったんだなと思うところなんだが」
「どうして亡くなったって判断に到るのかしら?」
「七十年ほど前に俺のいた世界では大きな戦争があってな。すごい威力の爆発のすぐ近くにいたらしくてな」
「なるほどね……ちなみにウラガは全身に包帯を巻いているそうよ」
「……まぁ他のウラガさんって可能性もあるかと」
「ねぇ? 私はいつか第五位のウラガを殺さないといけないみたいなのよ」
突然物騒なことを言い出した。何を言ってるんだと言い返そうと思ったが真剣な眼差しに言い出すことができなかった。
「アリスハルトは北の王国では新参でね。信用がないのよ。それでもお父様が武門の意地を見せて三大将の地位に昇りついたわ。その時期将軍候補が女である私に不満をもつ将軍や軍人が多くてね……。将軍となる実力を示すにはイスの仇であるウラガを倒すことだって一部のお偉いさんに提案されてて」
「……なるほど。もしかしてウラガを擁護してる人たちって王族や軍の中にいたりするんじゃないか?」
「あら? なぜわかるのかしら」
「ヴィリアンのお爺様と仲良かったって言ってたじゃないか。もしかしたら五十年前の真相を知ってる人間が一部にいるとは普通考えるだろ」
「普通にいるかしら」
「真相を知ってても知らない振りや偽の真実を作り上げて利用するやつがいるだろう。大体こうゆう話には表と裏、二面性があるもんだよ」
「つまり?」
「ヴィリアンにウラガを倒せって言うのはウラガを邪魔と思ってるやつらじゃないのかって話だ。国を滅ぼした大罪人って事で国民にも納得せざるを得ない理由もあるしな」
「そうかもしれないわね」
「ヴィリアンはウラガの事どう思っているんだ?」
「お爺様はあの時の事を詳しくは教えてくれないのよ。でも悪い印象は受けてないわね。大爆発の話は有名だけど本当に彼がやったなんて証拠は序列に変動があったって理由だけだって聞いてるし」
「それ結構確定的じゃないのか?」
「当時の第五位はたしかにイスの人間だったんだけどその時イスにいたとは限らないしね」
「お兄様とヴィリアン難しい話……」
エミリアは拗ねていた。苦そうな顔をして。
「一つ疑問なんだがヴィリアンはなぜ学校に入学したんだ? 実力はすでに将軍クラスなんだろ?」
「正直ここで教えてもらうことは錬金ぐらいしかないわね。ただこの学校にはいるのよ。私が将軍になるために倒すことができれば皆が納得する。そんな人物が」
「え? 序列に名を連ねているやつがいるのか?」
「ええ。第六位『魔女』が在学してるわ。在学というより研究施設を利用してるって感じらしいけど」
「魔女!?」
「エミリアも知らなかったのね。結構有名なんだけど」
「序列ってことはすごい奴なんだよな?」
「すごいどころではありませんよお兄様! 全ての属性の魔法を極めてるとも聞いてますし錬金術の権威でもあるって話ですよ」
「まじかよやべぇな」
全ての魔法を極めてるとかもう魔王でいいんじゃないのかそいつは。いくらヴィリアンでも相手が悪いだろう。
「う~ん……ヴィリアンってどのくらい強いんだ?」
「ドラゴン数匹くらいなら一人で倒せるわ」
「ヴィリアンも大概だな」
「でも相手が魔女だと……」
「自分でも難しいとは思うわ。でももし戦えるなら武門の誉れよ」
かっこいい。ヴィリアンまじかっこいい。実際戦っているところは見た事ないがきっといい将軍になるんだろう。なんというかカリスマがあるんだよな。
「でもウラガの件はわかったわ。もしかしたら親族かもしれないって程度で覚えておくわね」
「そうだな。俺も少し気になってきたけど今は魔法の習得のほうが先だな」
「ところでトシはどんな魔法使うの?」
「俺特有の魔法は船を変形できるって言えばいいのかな」
「なかなか面白そうな魔法ね。今度素材集めに行くとき見せてよ」
「まかせておけ」
「もう! お兄様ったら! それってデートですよね? シドニィに言いつけますよ!」
「素材集めだ! 授業の課題なの! 仕方ないの!」
「落ち着きなさいってエミリア。とりあえず魔女とはどうすれば戦えるのかしらねぇ」
「直接申し込みに行ったらいいんじゃないか? 研究室にいるんだろ?」
「そんな簡単に会えるものかしら?」
「私が学校長に問い合わせてみますよ」
そう言うとエミリアは走って学校長室へ向かった。
「ちょ! エミリア!? そんな急ぎの話じゃないんだけど」
「エミリア張り切ってるなぁ」
「はぁ。まあこれでアポがとれるならそれはそれでいいかしらね」
「そうだな」
「そ・れ・よ・り・も」
「うん?」
「やっと二人きりで話しができるわ」
俺はドキっとした。ヴィリアンのオッドアイが俺を誘惑してる。ように見える。
「私って幼い頃から男達に混じって訓練してきてね。大体強い男ってわかっちゃうのよね」
「ほほぉ。それが?」
「トシ。あなた相当な力をもってるわね」
「まさか。火属性の魔法が中級でそれ以外は初級以下ですよ」
「船の魔法があるのよね? どんなものか期待しているわ」
船か……。舟、船、艦……。戦艦山城を簡単に再現できるようなら確かに強力な魔法なんだろうけどな。海の上でならかなり強いだろうがタイマン向きじゃなさすぎる。なんとも言えん。
「トシは本当に錬金術を学びにきただけなの?」
「ああ。あとは天文とか地理とかだな」
「勤勉なのね……もうエミリアが戻ってきたわ。あの顔から察するに魔女に会えそうね」
「随分早いな」
「ヴィリアンー! 魔女に会えるわよー!」
「ありがとうエミリア。それでいつ会えるのかしら?」
「今」
「え?」
「研究室で休憩中だから今ならいいみたい」
「そ、そう。ならすぐ行こうかしら」
ふむ。さすがのヴィリアンも緊張しはじめたか。そりゃそうだ。相手はあの第六位。いくら将軍候補といっても緊張せざるをえないだろう。なにしろ序列の中には軍属の人間がいないらしいしな。つまりどの国の将軍よりも強いって事だ。
「あ。シドニィはどうしよう。俺はここで待っとこうかな」
「もう授業は終わってる時間ですが遅いですね」
「私としては一緒に来て欲しいわね」
「仕方ありませんね。私が残りますのでお兄様はヴィリアンと一緒に行ってください」
「いいのかエミリア?」
「将軍候補とはいえヴィリアンも乙女です。お兄様にエスコートしてもらえて嬉しくない女性はこの世にいません」
「あはは……」
過大評価。俺に似合いすぎる言葉である。
こうしてヴィリアンと研究室に向かった。テラスから徒歩で三十分もかかる遠い場所だった。案外道中は普通であり生徒や教師もちらほら見かけた為、予想していた研究室に近づくたびに緊張感が高まるなんて事はなかった。
「ここかな?」
「なんのセキュリティもなかったわね。これってアポなくても扉を叩いたら会えたんじゃないかしら?」
「そうかもな」
「じゃあ……ノックするわね」
「ああ」
さすがに緊張感がピークに達した。相手は第六位『魔女』。こんな簡単に会える相手じゃないはずなんだが……。その事がかえって俺達を不安にさせていた。
コンコンっとヴィリアンがノックをした。
「……もう一度」
コンコンっと再度ノックをした。
「返事がないわね」
「三十分くらいかかったからな。もしかしたら外出したのか?」
「どうなのかしら」
「少し待ってみようか」
「ええ」
と近くにあったベンチに腰掛けようとした時である。
女が大きな荷物を肩から引っさげて歩いてきた。
黒の生地に赤と紺色のチェック模様が入ったミニスカート。上は白のブラウスのような服のみ。黒の長髪で顔立ちは……俺の世界でいう日本人の顔……。そしてなにより、なにより……、なにより!!
「むー!! むー!!」
シドニィが縛られてその女の肩の上でじたばたしていた。
「あなた達が学校長の言ってた件の人達かしら。待たせてごめんなさいね。さっき夢魔を見かけたのよ。ちょっと幼いけど将来はすごいサキュバスになるわ。でもね、サキュバスの魅了で使用される魔法の成分を研究してみたくなって拉致ってきたの。つまりはサンプルよ。大丈夫。殺したりはしないわ。でもね。いくら魔女と呼ばれる私でも間違いは犯してしまうものなのよ。ちょっと手元がくるってサキュバスが死んじゃったりなんて可能性が0パーセントとは断言はできないわ。でもそうなっても仕方ないわよね。きっとそうなる運命なのよ。その時はちゃんと埋葬してあげるから心配しないでね。と、ここまでは冗談。ただ魅了を見せてほしいだけなのよ。本当よ? 信じて? 信じてくれるわよね。うん。ありがとう。ところであなた達は私に何か用があるようだけどなにかしら。用件を言う許可を出すわ。特別なんだからね」
めちゃくちゃ早口言葉でそう言った女はどうやら魔女らしい。
「あの……そのサキュバスの子。俺の彼女のシドニィなんです。解放してくれませんか?」
「あらやだ。どうしてこんなかわいい夢魔があなたみたいな男と付き合ってるのかしら? これは研究のしがいがありそうだわ。美女は意外と面食いじゃないのかしら。統計をとってみる必要があるわね。ちなみに私は面食いよ。イケメン大好き。あとお金も大好き。つまりイケメンで金持ちがいいって事よ。二度言わせないで」
勝手に二度言ったくせに……。耳を集中させないと何言ってるかわからんぞこれ……。
「私はヴィリアン・アリスハルト。今日はあなたに話が会ってきたのだが……先に私の友人を放してもらえないだろうか」
「アリスハルト! 知ってるわ! イスを何千年も護り続けてきた武門ね。でも残念だったわね。灼熱にやられちゃったんでしょう? 悔しいわよね。でも仕方ないことよね。アリスハルトに国を護るだけの力がなかったってことだもの。もし灼熱より強かったのであれば滅亡なんてしなかったわ。落ちぶれた武門。滑稽で笑えるわね」
「…………」
こいつ……喧嘩を売ってるのか? いや試してるのか? それにしても酷い言い草だ。初対面でこれはないだろう。
「返す言葉もありません。ですがシドニィは放していただきたい」
「せっかく拉致してきたのに嫌よ。殺さないって言ってるんだから少し貸しなさい。魔法を使ってもらうだけって言ったでしょう。それとも言葉も理解できないのかしらね。まったく落ちぶれた武門は武だけじゃなく知も失ってしまったのかしら。そんな人が時期将軍だなんてこの王国もそのうち滅亡しちゃうんじゃないかしらね~」
「魔女さん」
「魔女さん? 私は『ディアボロ・シーソーゲーム・リオンジョーカー』。かわいい名前でしょ? 特別にリオちゃんって呼ぶことを許可するわ。なんでそんなに怖い顔してるのかしら。ただでさえ醜いのにさらに酷くするなんて考えられないわ。神経疑っちゃう。そんなんじゃ女の子にモテないぞ!」
「いい加減シドニィを放してください!」
「そこまで言うなら考えてあげないこともないわ。ほら夢魔。今魅了使いなさい。さっさと成分だけもらったら放すから。じゃないとこの二人がうるさいのよ。ほんと耳障り。私って話が長いというか同じ事を何度も繰り返し言ってくる人好きじゃないの。ほら早くして」
するとシドニィの体から一瞬魔法の力っぽいものを感じた。これが魅了の魔法か?
「うん。ありがとう。あなたサキュバスよね? あまりに魅了の力が弱くてびっくりしたわ。ほんと初めてよこんな弱っちぃ魅了。あ。てことはそこの男。こんな魅了に引っ掛かったのかしら? バカだマヌケだアホだ。あはははっはははは! 久しぶりにこんなに笑ったわ。お腹がよじれちゃう。本当によじれたらどう責任とってくれるのよ」
「もう知らねぇよ……大丈夫か? シドニィ」
「うぅ……心が痛いわ……」
「俺も……」
「私もよ……」
こんなのが第六位なのか……。いろんな意味で関わりたくない相手だ……。てかもう話したくない。
「で? どっちが私にようがあるのかしら? そっちのブ男? それとも武門? なんちって」
「私です。ディアボロ・シーソーゲーム・リオンジョーカーさん」
「リオちゃんって呼んでくれないと話聞かなーい」
「リ、リオちゃん話を聞いて?」
「敬語使わないと聞かなーい」
「リオちゃん話を聞いてくれませんか?」
「いいわ。寛大な器をもった私が許可するわ」
「私と実戦していただきたいのですが」
「え? こわっ!! 喧嘩するの!? 嫌よ。怪我したら危ないじゃない。血が流れるのは好きじゃないのよ。それに服もやぶけちゃうわ。それに万が一死んじゃったりしたらもっと嫌よ」
「そこをなんとか……」
「いーやーよ!」
「どうすれば戦ってもらえますか?」
「そうねぇ。コレを壊すことができればいいわよ」
そう言うとリオちゃんはヴィリアンに四角い箱を手渡した。
「壊しちゃっていいんですか?」
「いいよー。できるもんならね」
「では……」
そう言うとヴィリアンは槍で貫こうとしたが……。
「硬い……」
「でしょでしょ? 私が発明した物質なのー! 全く自分の才能が怖いわー。ほんと怖いわー」
「なあ。俺が挑戦して壊すことが出来てもヴィリアンと戦ってくれるか?」
「いいわよ。特別に許可してあげる」
かなりむかついていたので俺は久しぶりに船の魔法を使ってみることにした。この研究室の近くにある庭に半径20mほどの池があった。そこに土で船の形をしたものを粘土細工の要領で造り池に浮かべた。そして……。
砲塔のみ再現。12cmくらいの単装砲!!
「目標。硬い箱! 狙え」
箱を空に投げた。池には砲塔が再現されており角度を自動で調節して箱に一撃を加えた。
「…………」
「あ……ごめん。粉々になっちゃったみたい」
「……すごい」
リオちゃんは呆然とした顔で砲塔を眺めていた。
「おい! おい! リオちゃん!!」
「……はっ!? な、なにこれ!?」
「えっと……武器?」
「これが武器!? 凄まじい威力ね……ほしいわ」
「それよりヴィリアンと戦ってくれますか?」
「いいけど条件があるわ」
「条件?」
「あなたが勝ったら第六位の座は素直に譲るわ。でも私が勝ったら」
「勝ったら?」
「この男をもらう」
とんでもない事になってきた。