錬金
ついに始まった憧れのキャンパスライフ!
早速錬金術の授業を選択して教室に向かった。教室の中へ入ると十人ほどの生徒がすでに待機していた。獣耳が特徴の獣族、尖った耳が特徴のエルフ族、背が低いが筋肉質のドワーフ族、俺と多分同じ人族。
色んな種族に視線を浴びせられ少し緊張しつつもぺこっとお辞儀をして席に着いた。
空席はまだ半分以上あるようだが生徒はこれだけなのだろうかと思っていると先生が入ってきた。点呼などとらずに授業開始となった。
「ではまず、初めまして。錬金術科一学年を担当するモイストです。皆さんよろしくおねがいしますねっと……廊下の皆さん! もう授業は始まっていますよ! 教室に入ってください」
と、自己紹介の途中で廊下に顔を出して言い放つとぞろぞろと生徒が入ってきた。
おいおい。ここは不良が集まってる高校かなにかか? いや、注意して教室に入ってくるだけましだな。不良は言い過ぎた。
「最初の授業として、錬金術の基本となる錬金溶液について勉強していきましょう」
おお。本格的な授業が早速受けられそうだ。わくわくしてるとモイストは四種類の液体がはいった瓶を取り出した。
「赤色の溶液は魔法でいう火の特性をもっています。青は水、緑は風、黄は土の特性です」
俺は準備していた用紙にメモを取り出した。この世界にはノートがないのだろうか。購買で探してもみつからず連絡用の用紙を準備してきたのだが誰も書き記したりはしていなかった。
こいつらもしかして……記憶力がいいのか!?
「この世のあらゆる物質は魔法四属性のどれかに対応しています。例えば錬金術で造りたいものが岩であればこの黄色の溶液をベースに造る事ができます。氷なら青の溶液ですね」
という事はあの四種類の溶液を持っていれば色んなものを造る事ができるのだろうか。
「つまりこの溶液さえあれば錬金術の半分はマスターしたと言っても過言ではありません。全てはこの基本から派生していきます。というわけで今日はこの赤の溶液の造り方を学んでいきましょう」
面白そうだ。溶液も錬金術で造るのだろうか。それとも何かの素材と組み合わせて調合するのだろうか。
「溶液はある素材を二つ使って調合します。赤の溶液の場合は『赤い牙』と『純水』です。赤い牙は狼系統の魔物から手に入れます。純水は各地にある川の上流付近で採取できます。本来ならそれらを集める事から始めるのですが今回は私が用意したものを使って実際に調合してみましょう」
そう言うとモイストは全員に赤い牙と純水を配り始めた。それにしても今回はと言ったか。もしかしたら都市を出て魔物を狩りに行かされたりするのかもしれないな。
「ちなみに『純水』は他の溶液でも必ず使いますので覚えておいてください」
純水と何かを調合するといいのか。今度純水が採取できる地を調べて置かなければ。
「まずは赤い牙を磨り潰して粉末にします。ちょっと力がいりますががんばってください」
よし。すりすり~。
なんかあれ思い出すな。トンカツ頼んだらでてくるゴマするやつ。
「粉末状にできたら瓶に移し変えてください。そしてゆっくりと純水を注いでみてください」
ゆっくり……ゆっくり……おお!!
瓶の中が赤く光輝いて少し熱を発した。すると透明だった液体が赤く染まっていった。
「トシ君いい感じですね。これで完成ですよ」
「ありがとうございます。少し熱いですね」
「少し熱いくらいが一番いいんですよ」
「はい。わかりました」
うまくできたようだ。うれしいなぁ。
「他の皆さんも上手くできたようですね。ではこれから課題を発表します。この用紙に純水を含めた五つの素材と採取場所を記載しています。これから一年以内にこの素材を手に入れて四つの溶液を造りあげること。これを進級課題とします。魔物は皆弱いタイプばかりですが決して侮らないように。あと戦闘に自信のないものは他の魔法の講習を受けたり護衛を同伴することを許可します。素材を手に入れて調合が上手く行かない場合も相談に乗ります。一年ありますので焦らずいきましょう」
一年か。これだけの期間を使ってでも溶液の調合をマスターさせるという事は余程重要なんだろう。さっきも錬金術の半分はマスターしたといっても過言じゃないとか言ってたしな。少ししたらエミリアやシドニィを誘って採取に行ってみよう。
「突然ごめんなさい。今いいかしら?」
授業が終わり教室を出ようとした時に声を掛けられた。声の方に振り返ってみると超が三つつくほどの美女が立っていた。金髪ショート、赤と緑のオッドアイ。ダメージジーンズにヘソ出しタンクトップ。その上から茶色のジャケットを羽織っていた。
うわ。やばい。めちゃくちゃタイプなんですけどこれどうなんでしょう。
「はい。なんでしょうか?」
「私はヴィリアン・アリスハルト。あなたの黒髪ってもしかして東の国の人なのかと思って、つい声を掛けちゃったわ」
「俺はトシといいます。東の国って言ったらイスですよね。でしたら違いますよ」
「へぇ珍しいわね。黒髪は東に住んでる人たち特有だと思っていたわ」
「ヴィリアン・アリスハルトさんのようなオッドアイも初めてみました。素敵ですね」
「あら、ありがとうトシ。あとヴィリアンでいいわよ」
「ではヴィリアンで」
きたーーーー!!
この世の春がきたーーーー!!
ああ、素晴らしきかなキャンパスライフ。まさか授業初日でこんな美女に出会えるとは。
え? シドニィとエミリアはどうしたって? シドニィは彼女。エミリアは妹分。ヴィリアンは友達でいいんじゃないか?
とにかくこんな美女と出会える事自体が俺にとってファンタジックな事なのだ。
さらにだ。
さらにさらにさらにだ!!
なんとヴィリアンの方から青の溶液の素材である『サファイアタートルの涙』を一緒に探しにいかないかとお誘いを受けたのだ。
騙されてるんじゃないかって? こんな美女になら騙されたってかまわないさ。
でもなんであの教室の中で俺にパーティーの誘いを持ちかけたんだろうか。確かに気になるな。
「あなたが一番真面目に授業に取り組んでいたからよ。せっせとメモとってたみたいだしね」
光栄でございます。はい。
俺は昔、小学校や中学校の先生が黒板の文字をノートに写すことがめんどくさくて提出の際にはよく注意されていた。嫌々ながらもノートに教えを書くことを覚えた。だが今は感謝したい。ありがとう! 過去の先生方!
と、調子に乗っていると教室の外から殺気を感じた。外を見るとシドニィとエミリアが黒いオーラを放ちながら笑顔で俺とヴィリアンの様子を伺っていた。
「随分楽しそうですねお兄様」
「ええ、なにかとてもいい事があったみたいね~あ・な・た?」
「や、やぁ二人共。どうしたんだい? たった今授業が終わったところなんだけど」
「そんな事よりお兄様? こちらの方はどなたなんでしょう」
「私もすっごく気になってたわ」
「あ、ああ。こちらはヴィリアン・アリスハルトさん。授業で一緒だったんだ」
「初めましてヴィリアンです」
「シドニィよ。あとトシは私のものよ」
シドニィ。そう言ってあまりない胸を押し付けながら腕を組むなよ。場所を弁えようぜ?
なんか俺。変なテンションだな……。
「アリス……ハルト?」
「どうしたエミリア?」
「あ、すみません。私はエミリア・ハリケーンです。トシさんの妹分です」
「え? あなたハリケーンって……あの?」
「えぇ。たぶんヴィリアンさんが思っているハリケーン家のハリケーンです」
「もしかして私達……大分前に会ってるかもしれないわね」
「そうですね。ヴィリアン・アリスハルト。思い出しました! 長女の……ですよね?」
「そうよ。一応あまり声に出さないでもらえるとうれしいわ」
「ですよね。申し訳ありません」
ん? エミリアとヴィリアンは知り合いなのか?
「三人に提案があるのだけど、時間が空いてるのなら少しお話できないかしら?」
「俺はいいぞ。エミリアとシドニィは大丈夫か?」
「私は次授業ね」
シドニィは授業があるらしい。
「私は今日はもう予定がありませんので付き合いますよ」
エミリアは大丈夫そうだ。
「じゃあテラスでお茶しながらでいいかしら?」
「わかった。シドニィも授業終わったら待ってるからな」
「絶対待っててね? あなた」
「わかってるって」
少し寂しそうな顔をしたシドニィだったが次の授業に向かっていった。
俺達もテラスに向い始めようと廊下に出るときだった。俺の目はヴィリアンの背中に注目がいった。
ジャケットの背中部分に槍と弓が交差して燃え盛っている紋章のような絵がプリントされていた。
「うわぁ。この紋章? いいな」
「あ、やっぱり」
「うふふ。エミリアはやっぱり見た事あるわよね」
「そりゃもう」
「え? なになに?」
「テラスでじっくり話すわ」
「そっか。楽しみにしとくよ」
「あとトシについても聞かせてほしいわ。特にウラガの名について」
「……え? どこでそれを」
「だってノートに書いてあるじゃない」
ノートの表紙を見てみる。
ウラガトシと思いっきり名前が書かれていた。
俺ってバカなのかもしれない……。