入学試験
シドニィがエミリアの館にやってきて数ヶ月が経過した。俺達は入学試験対策を実施していた。初級魔法の練習と一般問題。エミリアも学校に通う事にしたらしく三人揃って初級魔法は問題なさそうだった。
だがシドニィと俺が一般知識に乏しくエミリアとアリアさんが家庭教師として対策してくれた。シドニィは料理スキルが高くあのアリアさんですら認める腕だった。エミリアは家庭教師の代価として料理をシドニィから学んでいた。
そこで今回俺達が試験を受ける事になっている魔法学校について説明しようと思う。
『国立魔法学校 ノースアトランティス』
北のアトランティスである。アトランティスってどっかで聞いたことあるな。伝説の都市だったか。
入学できる年齢は早くて十歳から。上は上限なしとのことだ。そもそも種族によっては何千年も生きる事ができるらしく年齢自体あまり重要視されていない世界らしい。驚いたことにサキュバスのような知能の高い魔物も問題なく入学できるらしい。なんでも優秀な人材発掘と国の発展、技術革新を主にしているらしく階級も種族も関係なく集めているようだ。
学科は多くある。各魔法専攻科目に錬金術科、剣術科、回復魔法専攻科、特殊魔法科などなど。研究施設も多くあり歴史、地理、算術といった授業も取れる。大学のような場所だ。
俺はもちろん専攻は錬金科だ。あと歴史と地理の授業も取ろうと思う。天文学も教えているようだし楽しみだ。航海に必要となる科目は全部受けようと思っている。
算術はぶっちゃけ小学生レベルの算数と文字の書き方読み方だった。方程式のようなものは魔法式では使うみたいだが一般的には使わないため算術科では教えないらしい。ここで俺はカルチャーショックを受けた。識字率が低いという事だ。国民の五割が文字を読めそのうち二割が文字を書けるらしい。つまり残り五割は文字を読む事も書くこともできないようだ。これは相当不便ではないだろうか。嫁入り前に算術と家計簿をつけれるようになることはやはり必須とのことだが。というわけで算術は取らないでよさそうだ。統治神様? ありがとうございます。
エミリアは回復魔法専攻科を選択するようだ。シドニィは俺と同じく無属性で火の性質をもっているらしい。サキュバスの特性と火の魔法を組み合わせてみたいらしく特殊魔法科と算術を学んでみたいようだ。
そして魔法学校のある位置はここ港街フィッシャーより徒歩で一週間はかかる場所にあった。北の王国第三都市『サードノース』と呼ばれる地に存在している。魔法学校は寮もあるらしいのでそこに住む事ができるようだ。助かるなぁ。
と、言うわけでついに試験日となり俺達は第三都市サードノースへと来ていた。エミリアの館は由緒ある貴族の館。アリアさんと王国から派遣されたメイド数人で護ってくれるとのことだ。ハウスキーパーと呼ばれる人たちらしい。何はともあれこの一週間何も問題なく旅を終えられたのはよかった。
「お兄様! ついにサードノースに着きましたわ!」
「綺麗な街ね。あなた、そのうちデートしてくださいね?」
「ああ、てかすごい所だな……」
第三都市サードノース。そこは雲まで届くのではないかというくらい高い壁に覆われた巨大な都市だった。距離も外周五百km。広すぎわろた。奄美大島と同じくらいの大きさじゃないか。
「なんでもこの高い壁はドラゴンの侵入を防ぐために建設されたそうです。過去に襲撃された事があるようですね。壁の素材は魔法力で多くの魔術師がシフト制で維持しつづけているみたいです」
「あ~ドラゴン達ってめちゃくちゃ強いからね~」
「こんだけ大きな都市が被害を被るわけにはいかないからな」
「お兄様、シドニィ早く行きましょう!」
「はいはい。エミリアはこどもね。はしゃいじゃって」
「むぅ! こどもじゃないもん! もう十五歳だもん!」
エミリアは十五歳なのか今知ったぜ。シドニィっていくつなんだろ……サキュバスって寿命の概念があるんだろうか。聞きたいけど女性に年齢を聞く事はタブーだよな。
「じゃあ私より年上なのね。まだ生まれてから六年しか経ってないもの」
「え?」
「サキュバスは成人女性の姿になるまで五年くらいなのよ」
「そ、そうなんだ」
「随分と速い成長速度だな」
「つまり……それ以上の成長はもうないってことなのかな?」
こらエミリア。言ってはならんことを。ほらみろ! シドニィの額に青筋が!
「エミリア? 言い残すことはあるかしら?」
「ひえぇぇぇ」
と、コントしてる二人は置いといて街並みを眺めてみた。馬車がたくさん走っている。建物も三階建てが多い。西洋の街並みって感じだな。すると街の地図が記載された掲示板を見つけた。学校の位置と冒険者ギルドの詳しい場所がちゃんと書かれていた。
「やっぱりギルドってここにもあるんだな」
「ギルドはかなり小さい街にも支部はありますからね」
「最悪金銭面で困るようなことになってもなんとかなりそうだな」
「あれだけの大金があれば問題ないんじゃないかしら?」
「世の中何があるかわからんからな」
海王討伐の報酬でもらったイチオクエンは現在入学費用や滞在費等を差し引いてもまだ金貨九千枚以上残っていた。やはりそう簡単になくなるような金額じゃなかった。
「とりあえず学校に向かおう。はやく着くにこしたことはない」
「そうですねお兄様」
街の入口から三十分ほど歩くと校門が見えてきた。レンガ造りのようだな。試験会場のある建物は……三km先なのか。遠いな。
「学校も広いですね~」
「私こんなに大きな建物に入るのは初めてで興奮してきたわ」
そう言うとシドニィが体をくっつけてきた。こんな所でやめなさい。
とりあえず俺達は会場まで校内の風景を見ながら歩いていた。手入れされた道と木々に大学もこんな感じだったのかなと経験できなかったキャンパスライフに心が躍った。
試験会場の建物につくと一階のカウンターで受験番号を受け取り最初の筆記試験会場へ案内された。
すると着いたらすぐに試験開始らしく席につくなり問題用紙が配られた。なんでも受験者数が多すぎるため時間前に着いた受験者はさっさと開始する事になったのだそうだ。問題もたった五問。少なすぎである。しかも一問でも回答できればいいようだ。これって文字が読めるかどうかくらいの確認しかできないのでは。だがこれなら一番筆記を心配していたシドニィも大丈夫そうだ。
第一問目。あなたの名前をフルネームで記入せよ。
なめてんのか。
もちろん三人とも合格ですぐさま二次試験の面接と魔法実技に移った。体育館のような場所に案内されると試験管がまっていた。十人ほど同時面接を受けて簡単な受け答えを終えたあと魔法の適正確認となった。エミリアの館で行った方法と一緒で水晶玉に魔力をこめるやり方だった。相変わらず無と金である。試験管は結構珍しい適正結果ですよと一声掛けてくれた。
そして魔法実技。初級魔法を何でもいいから発動してくれとの事だ。なんとなくよく使っていた火球とシャワーを使用したら即合格だった。詠唱しないでその発動時間はすごいと太鼓判を押してくれた。素直にうれしい。てか詠唱のほうがどう考えても時間がかかるんじゃないだろうか。なんか長いし覚えづらいし。
エミリアももちろん合格。シドニィはサキュバスという事でいろいろやらされたようだが問題なかったようだ。
流れるように試験は終わった。正直あっけなかったと思った。本来なら今くらいの時間が試験開始と聞いていたのだが、まぁいいか。
合格証明書を受け取り寮の手続きに向かった。なんと手続きした順番で空いてる好きな部屋を選べるらしい。やったぜ。角部屋角部屋!だがエミリアとシドニィは浮かない顔をしている。
「どうした? 二人共?」
「だって……男女で寮が分かれてる……」
「お兄様と暮らせないなんて聞いてません!」
「いや、寮って普通そうゆうものだろ」
「しかも男子寮に女子は立ち入り禁止って!」
「それも普通じゃないかな……」
「女子寮に男子禁止ってふざけてるわね」
「それはもっと普通だよ」
寮制度に不満らしい。説得しても納得しない二人に悩んでいるといい考えが浮かんだ。
「じゃあしばらくは寮生活で我慢してさ、学校生活に慣れてきたら学校の外で家を借りてみるか?」
「さすがお兄様です」
「賛成よ! むしろなぜ最初からそうしないのよ」
「金かかるじゃん。あと家賃とかの相場がわからないから調べてからな。俺の持ち金で五年以上暮らせるようならそうしよう」
なんとか不満は解決できそうだ。
「もし、あなたがエミリア・ハリケーン様でしょうか」
「はい。どちら様でしょうか?」
老齢の男が急に話しかけてきた。風格のある人物だ。長いウェーブの金髪に長く尖った耳。エルフ族だろう。初めて見た。
「突然失礼しました。学校長のトーマスと申します。お見知りおきを」
「学校長!?」
「実は国王から実の娘のようにかわいがっているハリケーンの娘が入学するからよろしくと手紙を頂きまして」
「そうでしたか」
国王は年に一回はエミリアの誕生日にお忍びで館に訪れていたらしい。俺が世話になる少し前にも来ていたようだ。本当にハリケーン家と王族は仲がいいんだな。
「国王と私も長年の付き合いがありましてな。エミリア殿の事も色々聞いております。お転婆だが知的で美しくハリケーン家特有のカリスマ性を持ち合わせていると」
「さすがに言いすぎですよ……」
「実際目の当たりにするとそれがよくわかります」
お転婆で知的で美しいか。まさにその通りだな。若干親ばか発言にも聞こえるが間違っていない。カリスマ性に関してはそうだな。普段は三つ編みにしてかわいさを演出しているが、実を言うと風呂上りにたまにみかける三つ編みを解いているエミリアはお姫様のようだった。長い銀髪が本当に美しいと思った。あれでドレスを纏っていれば女王にも見えなくもない。俺が兵士だったのなら惜しげもなく命を捧げる覚悟ができる相手かもしれないとさえ思った。
「そこで相談があるのですが……」
「なんでしょうか?」
「ハリケーンの名前は有名です。その威光をお借りするというのも失礼なのですが……」
何か言いにくそうだな。場所を変えようか。
「よかったら場所を変えませんか?」
「そうですねお兄様。学校長様もよろしいでしょうか?」
「こちらこそ申し訳ありませんでした。このような廊下で」
「私もついていっていい?」
「もちろんですよ。シドニィ殿」
「あれ? 私も知ってるの?」
「サキュバスの入学生ともなると珍しいですからね。職員の間でも噂になってましたよ」
「なんか照れくさいわ」
そして校長室へと案内された。ここなら腹を割って話ができるだろう。そこで俺だけが自己紹介していないことに気づいた。
「申し送れました。ウラガ・トシと申します」
「これはご丁寧に。トーマスです」
「お兄様は挨拶するとき変わったお辞儀をしますよね」
貴族の胸に手を当てる挨拶はなんか似合わないんだよな。やっぱり腰を曲げ頭を下げてお辞儀するのが落ち着く。貴族同士の挨拶でなければなんでもいいようなので俺はこうしていた。
「お兄様という事はハリケーン家の者でしょうか?」
「いえ。客ですね。エミリアには兄と慕われています」
「おお! でしたら是非あなた様にもお願い申しあげたいことがございます」
「とりあえずお話していただけますか」
「では……」
なんでも多くの種族、階級の者が集まってくる事で生徒達に派閥ができたりまとまりがないとのことだ。そこで有力な貴族や王族の人物が入学してきた際にはこういったことを毎年相談してるようだ。ほとんど取り合ってもらえなかったり良い案をもらえないらしい。そこで何かいい方法がないかと尋ねてきたのだ。
「いい大人が生徒に頼ってしまい情けない限りでございます」
「わかりました。この件について考えてみます。ですがまだ学校の状況や雰囲気がわからないのでまだなんとも……」
「はい。もし良さげな方法が見つかりましたらご一報ください」
俺がいた世界の学校を思い出してみた。大学は私服だが中学や高校はほとんどが制服着用だったはず。たしか全員が同じ服を着ることで同じ学校で学ぶ仲間だという意識を無意識のうちに芽生えさせているんだったか。効果あるかわからないが試してみる価値はありそうだな。学校の様子を見て進言してみるか。
校長室を後にして俺達はそれぞれ寮の部屋へ向かった。男子寮と女子寮は結構離れていた。途中でエミリアとシドニィと別れると急いで角部屋へと向かった。どんな部屋なのか気になっていたからだ。
201と書かれた部屋の扉を開ける。
「おお! いい部屋じゃないか!!」
入口に入るとまずはリビングキッチンがあった。大体8畳くらいの広さだ。トイレにシャワーも別々だ。部屋は一つ。思っていたより広かった。10畳くらいはある。ベットや机にイスも備え付けられていた。
二人には悪いが俺はここで学園生活を送りたい。内心そう思ったのは内緒である。
エミリア・ハリケーン:銀髪三つ編みの少女。十五歳。白い肌に美人な顔立ちでスタイルも成長途中ながらすでに目を見張るものがある。有数の貴族ハリケーン家の現当主。水魔法を得意系統としている。少しお転婆だが国王や学校長にはカリスマ性を備えていると評される。主人公をお兄様と呼び慕っている。