説教
土下座。それは日本に古くから伝わる作法の一つである。俺は過去に自分の保身の為に使ったことがある。彼女と別れるときだ。彼女への申し訳なさからというのは言い訳に近い。本当は自分を許してほしいからという意味合いで行った事だ。
今回もそれと同じような事をしている。エミリアに対しての謝意があるのは間違いない。だが結局は許してほしいが為に使っている。本来は土下座ってどういう意味で使っていたのだろうか。昔の時代劇ではよく農民が大名行列に対して使っていたような気もする。もしかしたら謝意の作法ではないのかもしれない。
「聞いているんですか!! トシさん!!」
はい。聞いています。もうかれこれ三時間は……。
足の感覚がなくなって久しい。
「いい加減頭を上げて私の目を見てください! 反省してるんですか!?」
「……はい」
「トシ様。足を崩してもいいとは一言も発しておりませんが?」
「……申し訳ありません」
エミリアとアリアさんの説教は大変厳しいものであった。彼女達に土下座は通用しなかったようだ。というかこの世界にこの作法はないのかもしれない。
「トシ様。私は何日も連絡もよこさず放浪してくるような子に育てた覚えはありません」
「……はい」
アリアさん。あなたは俺のお母さんではありませんよね? なんて言ったらきっと怒鳴り返されるだろうと思い言うのをやめとく。
「先ほどから気になっていたのですがどこでなにをしていらしたのでしょうか? 衣服も洗濯されていますし体も綺麗です。いい香りも漂ってきていますね」
「うぐっ」
「え? どうゆうこと?」
「どこか色街にでもいかれていたのでしょうか? とお聞きしていますお嬢様」
「色街!? ほ、本当なのトシさん!?」
俺はまだシドニィの話を切り出せていない。遅れて帰ってきたという事実だけでこの有様だ。言い出すタイミングを掴めていなかった。なのにアリアさんから先に聞かれてしまった。これはつらい。
「実はその、オーク討伐の続きがありまして……」
「聞きましょう」
正直に話した。シドニィとの出会いと付き合うまでの経緯をありのままに。ちなみに最初シドニィが騙そうとして近づいてきたことは黙っていた。
「……え? トシさんすいません。もう一度話してもらえませんか? 彼女ができたとかって幻聴が聞こえてしまったので」
「トシ様。相手はサキュバスですよ。テンプテーションにやられてしまったようですね」
「はい。やられてしまいました。理性はありますが」
「…………」
「トシ様。お嬢様のお気持ちに気づかれていたのでは?」
「……え?」
兄のように慕ってくれているとは思っていたが……え? 違うの?
「あきれました。トシ様がここまで鈍感なお方だとは」
「そ、そうなのエミリア?」
「……知らない」
「その、俺はエミリアを妹のような存在としてみていた」
「トシ様。以前にもお話しましたがこの国の婚姻制度は理解していますね?」
理解はしてる。ここ北の王国ノスでは国民の男女比率が偏っている。なんと7:3で女性が多い国なのだ。つまり男女一組で結婚してしまうと国民の4割に相当する女性が未婚となってしまう。そこで国が打ち出した方針が一夫多妻制。財力、経済力のある男性は数人の妻をもつことを許される。実際には許されるというより義務に近いらしい。
「そこでお聞きします。お嬢様の入り込む余地はおありでしょうか?」
「……まだわかりません」
正直に言った。ぶっちゃけわからない。冒険者ギルドの依頼だけで養っていけるのか。そもそも俺は一度夢の為に彼女を捨てている経緯があるし、いづれは海に出ようと思っている。このへんはシドニィにも話さないといけないな。
「一応言っておきますが、お嬢様を妻に迎えるということはハリケーン家の当主になります。国王の後ろ盾もある最高貴族の家系です。経済面ではまず心配することはないと思いますが」
「で、ですが……」
「わかったわ。トシさん」
「はい。何がわかったんですか?」
「今日からお兄様とお慕いさせていただきます。私はシドニィさんのように命を賭してお兄様にお仕えと思います。そして私をお認めいただけるようになった暁には、妻として傍にいさせてください」
「…………」
お兄様だと!? ちょっと憧れていた呼ばれ方だがちょっとまってくれ。どうすればいいんだよ。俺は複数の女性と付き合うなんて器用な男じゃない。そんな友人がいたがあいつのようになれる自信がない。
「トシ様。ここは男気を見せるところかと存じ上げます」
存じ上げないでください。お願いします。
「仕方ありません。今回の事を国王に報告しましょう。お嬢様に不義を働いた不届き者が住み着いていると……」
「わかりました。エミリアは俺に任せてください」
「お兄様!」
「さすがはトシ様でございます。ですが今日は夜通し説教させていただきますのでお覚悟を」
「はい……」
結局俺は朝までアリアさんに絞られた。久しぶりに怒られて泣きそうになった。
――シドニィ――
「って事になったんだシドニィ」
なったんだって……。あなたったら相変わらずかわいいわ。すごく申し訳なさそうにしちゃって。別に妻だろうが妾だろうが私は一緒にいられればそれでいいのに。
まぁ予想通りね。身元不明だったあなたを館に住まわすなんて、主かメイドが好意を抱いているに決まってるじゃない。今回の話では主がって事だったけど案外メイドのほうも怪しいわね。
それにしても異世界から来ただなんて。さすが私の未来の旦那様だわ! 他の人が持ちえていないであろう経緯を持ち合わせているなんて素敵! このまま抱いて!
「それから俺には夢があるんだ」
やっぱりあなたは最高の男だわ。壮大な夢をもってそれに突き進んでいるなんて。私も一緒に行くわ。だってそうでしょ? あなたの隣にずっといるって決めたんだもの。航海の危険性を教えてくれたけど、仮にそれで死んでも後悔はないわ。あなたの傍で逝ける事になんの不満があるというの?
「来年は学校に行こうと思っている」
まだ学ぼうというのね。さすがだわあなた。私も行きますわ。その為には私も冒険者ギルドに登録して依頼を受けてお金を稼がなきゃ。
「それまではエミリアが館に一緒に住もうと言ってくれている。会ってもらえないだろうか」
恋敵の登場ね。望むところだわ。お兄様とか呼んでるらしいけどまだまだね。無理やりにでも奪おうって心意気はないのかしら。そんな小娘が私の相手になるのかしら。
そして私はエミリアの館へと向かったわ。門の前で思ったの。
前言撤回。まさかあのハリケーン家だなんて。エミリアってハリケーンの一族だったの!? 超有名な貴族じゃない!! 当主が娘一人になって夫の地位を狙ってる男がわんさかいるって聞いているわよ!? 色んな意味であなたが心配になってきたわ。逆恨みとか権力争いに巻き込まれてしまわないかしら……。
「初めまして。メイドのアリアと申します。当主がお待ちしていますのでご案内します」
「ど、どうもシドニィよ」
このメイド。
只者じゃない。魔物サキュバスの嗅覚がそう訴えている。こいつを敵に回してはいけない。
「私がハリケーン家当主のエミリアと申します」
「シドニィよ」
なるほど。これがハリケーンのお嬢様ね。お嬢様というには少し活発な印象を受けるわね。あの銀色の髪……綺麗ね。
「お兄様の件でお話があります」
「こちらもよ」
そしてしばらく二人で話しをした。将来について。お互いが妻として両立できるように。正直そのへんはどうでもよかった。さっきも言ったけど私はあの人の傍にいられればそれでいいの。
でも有り難いわ。エミリアもメイドのアリアも私を魔物だと言って追い出そうとはしなかった。国王に進言して魔物ではなく魔族として扱えるようにしてあげると言ってくれた。これはうれしい。確か村の族長も魔族として認識してもらえないかと国に掛け合っていたはずだ。毎回夜這いで掛け合うからとっ掴まっていたけど。でもハリケーン家といえどそんな簡単にできっこないだろう。でも心遣いだけはありがたく頂戴するわね。
それから私に部屋を用意してくれた。さっきまで住み着いていた場所とは天と地の差がある部屋だった。まさか私がこんな部屋に住めるなんて。さらに一緒に試験対策をしようと言ってくれた。お金があれば大体入学できるらしいが初級魔法と基本的な一般問題が出題されるみたい。これも助かるわ。人間の一般常識にはちょっと疎いし。
エミリア。私達いい友人同士になれそうね。
「でもシドニィってサキュバスの割りにちょっと貧相よね。体が」
いいライバルになれそうね。エ・ミ・リ・ア?
「きゃーやめてやめてー」
「このこのこの!」
離れた場所からあの人が微笑ましそうな顔で眺めていた。
シドニィ・ムゥマ:金髪ショート。赤めで褐色。身長は150cmくらい。角は小さい為髪の毛に隠れている。翼と尻尾は出し入れ自由。エミリア宅にはトシがコーディネートした清楚っぽい服装をしていっている。白のロングスカートに水色セーター。上からジーンズの上着を羽織っているって感じの娘です。