誘惑
今回は若干の性的描写がありますのでR18とさせていただきます。ご注意ください。
――シドニィ――
彼を住処である廃墟のような館へ連れ帰って三日が過ぎていた。回復魔法で傷は癒えてるはずなのに目を覚ます気配がない。
嘘でしょ? もしかしてエーテルの副作用が原因なのかしら? 息もしてるし脈もある。でもこのまま栄養を摂取できなければ人間は死んでしまうわ。
「ねぇ……おきてよ……ねぇってば!!」
いくらゆすっても起きなかった。私は焦りを感じ始めていた。まずい。このままだと彼も私もやばい。
「このまま精をもらえないと私まで……」
長い期間精を得ていない私もそろそろ限界だった。最悪の手段として人間なら誰でもいいから現状を告白して少しでも精を分けてもらおうと考えていた。それにしてもおかしいわ。あの冒険者ギルドに多額の報酬を用意してランクも下げて依頼をだしたというのに誰もこないじゃない!
ああ。精を搾取できないサキュバスは死ぬ。そんなサキュバスいるわけないって思っていたのに……ここにいたのね。
「トシ……目を覚ましてよ……」
いつしか彼を呼びかけるうちに名前で呼ぶようになっていた。あまりに無防備でかわいらしい寝顔が今は憎い。この状態だと仮に意識が戻っても精はもらえそうもないなぁ。
そうだ。いつ起きてもいいように栄養のつくお粥でも作ってみようかしら。料理には自信あるしね。そう思い台所に向かおうとした私についに限界が訪れた。
「や、やばい……体が分解されてきてる……」
私の足や肩の一部が灰化しかけていた。ふとトシを見てみるがやはりまだ起きる気配はない。
「まったくもう。気持ちよさそうな顔して寝ちゃって。そんなにいい夢見てるのかしら」
完全に灰となるまでもう少し時間があるはずだ。
ならばせめて……。
――トシ――
気がつくと見覚えのない天井が視界に収まった。
どこだここは?
体をゆっくり起こしてみた。すると傍に置いてあった机に湯気が立ち込めたお粥が準備されているようだ。
「誰かが助けてくれたのか?」
部屋を見渡すが誰もいない。
「ご好意に甘えて少しお粥をいただきます」
そう言葉にしてお粥に手を伸ばそうとしたときだった。何かが肩から崩れ落ちた。
「す、砂!? いや灰か?」
右胸から下あたりに違和感を感じて確認した。
「シ、シドニィ!?」
サキュバスのシドニィがほとんど灰と化していた。掴んだ腕がまるで粉雪を掴んだような感触を残しつつ崩れていった。
「シドニィ!! シドニィ!!」
きっと彼女が助けてくれたのだろう。命の恩人だ。その恩人が死に掛けている。手遅れかなのか? すでに両手両足は灰と化している……。
「あ……」
「シドニィ!? ど、どうしたんだこの状態は!?」
「よ、よかった……気がついたのね」
「それよりも君だ!! どうしてこんなことに……」
「気にしないで……気づいてたかもしれないけど私は落ちこぼれのサキュバスなの……精を受けられないサキュバスの末路よ……」
「まさか……長期間精を?」
「言わないでよ……これでも悔しいんだから……」
シドニィの頬に一筋の雫がこぼれた。
「でも最期に……サキュバスらしくないけど、あなたを助けられてよかったわ……」
「まさか俺に回復魔術を何回もかけたりしたんじゃ……」
「ふふ……サキュバスがそんなことすると思うのかしら?」
まだシドニィの胴体部分は温かい。まだ間に合うかもしれない。この状況で俺にとれる手段は……一つしかない。
「なんかしおらしいシドニィってすごくいいな」
「な、なに言ってるのよ……突然どうしたの?」
「それとなんかムラムラしてきた」
「……へ?」
「今のシドニィは愛おしい。だから……その、いいか?」
「ど、同情ならやめて……惨めだわ」
「同情じゃなければいいんだな?」
そう言ってシドニィの唇を奪った。
「……ばかぁ」
「こんなにベッドで密着されてちゃ元気満々なわけですよ」
「……トシィ」
シドニィは止まらない涙を拭おうとせずルビーのように輝く瞳で俺を射抜いた。
「やっぱりシドニィはサキュバスだな。もう我慢できないんだが?」
「…………きて」
こうして俺はシドニィと一夜を過ごした。
翌朝。俺は目覚めた。正直に言おう。足腰に力が入らず立ち上がることもできない。聞いた話では三日間ほど寝込んでいたようだし、起きてすぐに行為に及んだ結果がこれである。
昨晩の話だ。一度目の行為が終わるとシドニィの灰化は止まり失った部分がみるみる治っていった。その時点ではまだ虚ろな彼女だったが二度目の行為が終わると完全に復活した。その様子をみるにまだ終わりそうもないと思った俺はお粥を一旦食べ初めて体力の回復に努めた。その後計六回を数えたところで俺が限界を迎えた。何日も動かしていなかった体の筋肉が悲鳴をあげたのである。シドニィもそんな俺を見て今日はこれでおしまいと言ってくれた。そんな彼女は今……。
「……ぐぅ」
俺の左胸を枕代わりにして眠りについていた。何でも灰化しているときに気に入ったらしい。
この状態じゃどっちにしろ起き上がれないか。それにしても三日以上連絡もなしにエミリアの館に帰っていない。まずいな。きっと心配してあちこち探し回ってくれているだろう。だが全身筋肉痛に加え疲労感がやばい。今日一日は動けないだろうな。
「……あ、おはよう」
「おはようシドニィ。気分はどうだ?」
「最高よ」
「そうか。よかった」
シドニィが目を覚ました。最初に出会った時よりもいい顔をしていた。だがそんなに見つめないでくれ。恥ずかしいだろ。
「……ジー」
「いや、ジーって……」
「童貞じゃなかったのね」
「ちょ、それが何か?」
「べ、べつに!」
俺だって二十八年生きていたんだ。彼女だっていた。経験豊富とは言えないが優しく抱くくらいの心構えはできている。
「その、なにか不満な点でも?」
「不満なんてあるわけないわ」
「そうか」
「あ、ありがとう」
「いや。こちらこそ助けてもらった。お礼を言うのは俺だ。ありがとう」
「トシって彼女とか奥さんいるの?」
「いない。でもなぜ?」
「べ、別にいいじゃない聞くくらい! そ、そうよ! もしいたら相手に悪いなと思って!」
なんか人間みたいな感性をもったサキュバスだな。
「同居人の二人が女性だがそうゆう関係ではないよ」
「同居人?」
「俺はある館で世話になってるんだ。そこの主とメイドさんが女性ってだけだ」
「……ふーん」
「ふーんって……」
「で? もう帰っちゃうの?」
「すまないが一日ここで休ませてもらえないか? 体が思うように動かないんだ」
「特別に許可するわ」
一日滞在の許可を得た俺は帰った際の言い訳を考え始めたのである。
――シドニィ――
なんとかお粥は作れた。栄養満点だしトシが起きて食べてくれたらうれしいな……。
まさか最期にやったことがお粥を作ることなんて……きっとサキュバス史上初ね。
でも、もう本当にだめね……。最期くらい……男に寄り添ってもいいわよね。そして意識の戻らないトシの傍に横たわった。
「トシって結構筋肉あって男らしいのね……」
胸を撫でてみると見た目よりも筋肉で覆われているのがわかった。なんとなく枕にしてみる。あ、これ最高ね。なんだろう。最期だというのに探し求めていた場所が見つかった気がするわ。私はそのまま右手でトシの肩を掴み抱き寄せるようにして最期の瞬間を待つことにした。
意識が朦朧としてると私を呼ぶ声が聞こえた。トシだ。よかった。気がついたのね。少しだけ元気がでて会話することができた。するとトシは恥ずかしいことを言ってきた。
「なんかしおらしいシドニィってすごくいいな」
突然何言ってるのよ。恥ずかしいじゃない! トシは私を抱いてくれるようだった。でも同情されて抱かれるのはサキュバスとして恥だ。ギルドに依頼して保身の最終手段に使おうとしたけど……。あれこれ考えていると私はキスされた。
キスをした時間はほんの十秒ほどだった。でも私にはそれが永遠とも言える長い時間に感じた。幸福感を感じた。充足感を感じた。
私は幸せを感じた。それでも素直になれず馬鹿なんて言ってしまったけど最後にはちゃんと言えた。
「…………きて」
トシは優しかった。身体を労わるように優しく。灰化を早く止めるために一回目はすぐに終わってくれた。すると失っていた部分がどんどん復元されていった。体中に力が充満していくのがわかった。すると彼はすぐに二回目を始めてくれた。
うれしい。
精だけじゃない別のなにかが私の心を満たしてくれた。これが愛なのだろうか。さすがに同情や情けといったものが多分に含まれている愛だと思う。おそらく私が初めての相手じゃないと思った。それでも私はうれしかった。
二回目が終わるとトシは疲労困憊だった。無理もないわね。三日間も意識を失っていたというのに。そう思うとまたうれしく感じた。そうだ。お粥を食べさせてあげよう。そう思って器を取ろうとすると無理するなと言って自分で食べ始めた。無理してるのはあなたじゃない。そんなトシの背中を見つめているとすごく愛おしいと思った。これはサキュバスが持ちえていい感情じゃないのはわかっている。けど我慢できずに私はその背中に抱きついていた。トシは特に気に掛けずにお粥を頬張っていた。よくみると目に少しだけ涙が浮かんでるようだった。なんでも昔食べた母親の作ってくれたお粥に味が似ていて思い出したみたい。よくわからないけど悪い気分じゃないわ。
それから少しだけ話をして三回目に突入。でもここからは私がサキュバスという魔物であることを認識させるに足らない状態になってしまった。立て続けに何回もした事によりついにトシが倒れてしまった。調子に乗りすぎてしまった……。
「もうそろそろご勘弁願えますか?」
「今日はここまでにしましょう」
上から目線な私である。何様なんだ一体。トシには四回も助けてもらっている。私が助けたのは今回の一回だけ。どう考えても私が下手に出ないといけない立場なのに。そう考えているとトシは眠ってしまった。ああん。もう少しお喋りしたかったのに。
ここでおとなしくすると思ったら大間違い。私は灰化していたときに見つけた場所へ再び戻った。あ、そうだ。右側ならトシの心臓の鼓動が聞こえやすいかも。そう思って逆側へ移動した。
これだ! これよ! 私はこれを感じるために生まれてきたのね!
感動した。勝手かもしれないけどここは私の定位置としよう。
そして……次の日はちゃんと別れを告げよう……。
――トシ――
夕方ごろになるとなんとか立って歩くことができるようになった。これならもう帰れるだろう。帰り支度をしていると当初の目的を思い出した。依頼である。ポケットの中を確認してみると角が四本……依頼失敗である……。
「はぁ。初めての依頼失敗かぁ」
「依頼ってギルドの?」
「ああ。オークを五体狩れってやつなんだけど。証拠になる角を四つしかもってなくて」
「……もしかしてFランクの金貨十枚の依頼って見てない?」
「あったあった。それがどうした?」
「依頼主、私なの」
「え? じゃあ依頼内容にあった館ってここ?」
「そう。これが依頼達成確認書。受けてないみたいだけどこれがあればなんとかなるでしょ」
「おぉ……」
まさか依頼主がシドニィだったとは。なぜこんな依頼を出したのかは聞かないでおこう。空気を読む事は大切である。
「トシはもう帰れるのかしら?」
「うん。そろそろお暇しようかと」
「そう。なら私達が会うのはこれが最後になるわね」
「なんで?」
「なんでって私は魔物サキュバスよ。あなたは人間。相容れない関係なの」
「…………」
シドニィは目を伏せながらそう言った。とりあえず話しを聞いてみよう。
「もう少し、ちゃんと訳を話してくれないか?」
「私はサキュバス。貴方以外の男もきっと誘惑するわ」
「他には?」
「魔物と一緒にいたいと思う人間がいるわけないでしょう」
「……他には?」
「あなたにだって家族のような存在がいるのでしょう。なら……一緒にはいられないわ」
「そうか。俺以外の男にシドニィの誘惑が通じるかは疑問だな。それと魔物じゃなくてシドニィはシドニィだ。家族のほうは説得するとしか言えない」
「無理よ……」
あれ? なんで俺はこんな事言ってるんだ? シドニィとこれから一緒にいるのは当たり前の事だとなぜ思っていた?
まぁ考える必要もない事だ。俺は。
「シドニィが好きだ。一緒にいてくれないか?」
「……簡単に言わないで。なんとか決意したのに」
「その決意を俺と一緒にいるという決意にかえることはできないだろうか」
「……うぅ、うー」
うーうー言いながら抱きついてきた。まだ迷ってる感じだけど考え直してくれたのだろうか。
「わかったわ。でもいきなりあなたの住んでる館に行くのはちょっと気が引けるからしばらくここにいるわね」
「うん。ありがとう。これからもよろしくおねがいします」
「あ、こ、こちらこそよろしく……です」
「今回の件は俺の館の主に話してみるから。なんとか説得して許可が下りたら一緒に暮らしてほしい」
「……ほ、ほんとにそんなこと。信じていいの?」
「途中で信じられないと思ったら俺の精を死ぬまで搾り取って捨ててくれていい」
「信じるわ。本当にありがとう」
こうしてシドニィが彼女となった。魔物サキュバス。人間に近い感性をもった未熟なサキュバスだがこの世界で初めての彼女だ。大切にしようと心に誓った。
そして俺はエミリアたちにどう言い訳して説得するのかという大きな問題にしばらく悩むことになる。