本場のメイドさんと魔法
五時間ほどで港に着いた。停泊場所はエミリアの所有しているスペースを貸してもらえることになった。ちなみにエミリアの船は海王マンダに沈められてしまったらしい。
「さぁ着きました! ここが港街フィッシャーです」
「おぉ……あそこにみえるのは漁港か?」
「そうですよ。朝早くから漁にでてる人も多いので」
どこの世界も漁業関係の朝は早いということか。するとエミリアは俺の手をとり自宅へと案内してくれた。港から徒歩で十五分と行った場所に二階建ての屋敷が見えてきた。西洋の古い館のような外見だが手入れがきちんとなされ美しい建物だった。
「お帰りなさいませお嬢様」
「只今戻ったわ。出迎えありがとうアリア」
「いえ、こちらの方はお客様でしょうか?」
「今日から一緒に住むことになったトシさんよ。部屋を用意してもらえる?」
「かしこまりました。すぐにご用意します。トシ様は一旦客室にご案内させていただきます」
「あ、どうもありがとうございます」
うおぉ……。俺は感動していた。本物のメイドがいた。見事なエプロンドレス。髪を後ろで纏めカチューシャを着用。お辞儀から歩き方まで訓練されたメイドだということが素人の俺でも一目でわかった。一緒に住むというエミリアが発した言葉に一瞬するどい目つきをしたように見えたが気のせいだろうか。スカートの中にはやはりナイフといったものが装備されているのだろうか……。客室に案内されるとエミリアが入ってきた。
「どうかしら? 住みにくいとか文句があれば言ってくださいね」
「文句なんてあるわけないでしょう」
本当に文句なんかない。ぶっちゃけ実家より豪華で綺麗な部屋だ。そう……客室の時点でな! そう憤っているとメイドのアリアさんが紅茶を持ってきてくれた。
「準備ができましたらお呼びしますので」
「ええ、ありがとうアリア」
「では、失礼します」
お辞儀をして部屋を退出する姿に見惚れてるとエミリアが顔を膨らませていた。
「もしかして……アリアって好みの女性だったりするんですか?」
「本場のメイドを見るのが初めてでさ。お辞儀の仕方から歩き方に立ち方。普通じゃできないなぁと感心していたところです」
「そ、そうだったんですね。あ、それと敬語やめてほしいなぁなんて」
「あぁ、ごめんごめん。それじゃあ普通に喋らせてもらうよ。そのかわりエミリアも敬語禁止」
そう言って一口紅茶を含んでみた。衝撃を受けた。俺が過去に飲んできた紅茶はなんだったのかと真剣に考えさせられる味だった。香りも素晴らしい。
「もしかして紅茶飲むの初めて?」
「いや初めてではないんだけど……いや初めてだ。今まで飲んでたのは違う飲み物だったようだ」
「ふふ、そうなのね」
今一度改めてエミリアの姿を確認する。背は低めで体は細め。長い銀髪を三つ編んでいる。服装は黄色に近いベストのようなものを着込み白のミニスカートを着用している。その上から黒いマントを被っていた。俺のいた世界ではまず見かけない。いてもコミケ会場やコスプレ会場くらいのものだろう。マントを脱いでると脇が丸見えで目の保養になるが視線を別の方向に向けるのがつらい。
「それじゃあ改めて……今回は本当にありがとうございました。トシさんは命の恩人です」
「あぁ……ほんと気にしないで。俺今でも若干頭が追いついてないし」
「トシさんは海王ってどのような存在か知ってる?」
「いや知らない。結構やばいやつだったりするの?」
そう言うと海王についてエミリアは語りだした。本来海は海神リヴァイアという神様が管理しているのだが海王マンダは監視を逃れる術をもっていたらしく港近くで暴れまわっていたらしい。マンダは魔物の亜種らしく海王とは強さのランクを表しているとのこと。海王は本来一国の軍隊で相手にするようなレベルらしい。
「あれ? エミリアはなんで海王と戦っていたの? もしかして航海途中に襲われただけ?」
「あ……実はその……」
するとエミリアは暗い顔をして俯いてしまった。さらに涙を堪えて震えているのがわかった。
「すまない。つらい事を思い出させてしまったようで……これを」
「……こ、これは、プロポーズのハンカチ!?」
「……は?」
「あ、トシさんはこっちの世界の仕来りを知らないんでしたね……」
そう言うとまた俯いてしまった。
「海王に挑んだのは私の両親が……」
俺はそこまで聞いて察した。恐らく海王に命を奪われたのだろう。涙が止まらなくなったエミリアを抱き寄せ頭をそっと撫でる。泣き止むまでずっとこうしていようと思っているとアリアさんが戻ってきた。
「た、大変失礼しました」
そう言ってそっ閉じである。恐らく誤解であろうがなんだろう。こっちの世界にきてから誤解ばっかり受けている気がする。
「ご、ごめんなさい。落ち着きました」
「俺の胸でよければいつでも」
「じゃあまたそのうちに……話を戻しますが数年前に海を渡っていたときに海王に襲われて両親は命を落しました。その時いつか私の手でと思って魔法を習得して挑んだんだけど……力及ばず……トシさんに助けてもらう形になってしまって……」
「あの時もしかして海に浮いてたの? 船らしきものは見当たらなかったんだけど」
「はい。私は突然船が現れてびっくりして、勝手に申し訳ないと思いつつ風魔法で飛びついちゃって」
「その時ってでかい船だった?」
「それはもう。あんな船初めて見ました。突然小さくなって魔法の船だったんだって気づきましたけど」
突然見た事ない船が現れたら俺が異世界からきたって話に納得したのも頷けるか。
「なので私は親の仇まで討ってもらって……本当に感謝してもしきれないんです」
「そっか。じゃあ魔法教えてくれないかな。あとお金の稼ぎ方も」
「魔法なら大丈夫ですがお金なら私のほうで用意しますよ?」
「いや……それだとなんか情けないから……」
「じゃあギルドに加盟して討伐依頼等をこなして稼ぐのがいいかも。トシさんならすぐある程度の魔法使いこなしそうですし」
ギルド。この世界の派遣会社のようなものらしい。護衛任務に討伐依頼。毎日のようにいくつもの依頼があるため力や魔法に自信のある者は冒険者として活動するのが一般的らしい。さらに魔法が得意なら魔法協会にて研究や指導を、剣術等が得意なら武術協会にて鍛錬と指導といった仕事があるらしい。それ以外となると商人や自営業、農作業などがあるらしい。
ちなみにエミリアは貴族とのことだ。両親やその前の代の時、国に多大な貢献をしたというハリケーン家は国が存在する限り生涯安泰の保障を受けてるらしい。両親が亡くなった時には国王がお忍びでこの館まで来て弔いをしたのだとか。そうなると本物の貴族の家系で間違いないだろう。
こうして俺はとりあえず魔法の習得を目指してエミリアに教えを請う事になった。アリアさんが用意してくれた部屋へ入るなり疲れが溜まっていたのか次に起きたのは翌日の朝だった。
陽が昇り始め空が少しずつ明るくなっていく時間が好きな俺は庭にでていた。椅子を拝借し煙草をふかす。恐らくこの世界には煙草はないだろう。船に積んであるもので最後になるはずだ。禁煙するいい機会だと思おう。
「おはようございますトシ様」
「おはようございますアリアさん。煙ご迷惑でしたでしょうか」
「いえ、昔は旦那様も愛煙されていましたので……珍しい形をしていますね」
俺は聞き逃さなかった。旦那様が愛煙していたという言葉を。パイポのようなものだろうか。禁煙するいい機会とはなんだったのか。でもエミリアが嫌がるようなら禁煙する方向で考えておこう。
「もう少しで朝食の準備ができますので」
「はい。ありがとうございます」
本場のメイドが作る食事。期待せずにはいられない。紅茶の味を思い出しただけでも涎が口の中を支配する。
そして朝食の時間となり席についた。パンにソーセージにチーズが主食のようだ。さらにスープとサラダもあった。そう、こうゆうのだよ。洋食の朝食。これを待っていたんだ。
パンにチーズを塗りソーセージと一緒に口にする。濃厚な味のチーズと胡椒のきいたソーセージが眠気を吹き飛ばした。そこにもっちりとしたパンのあっさり加減が憎い。そこにサラダを一掴み。爽快感が広がり始めたところにスープを流し込む。パーフェクトだ。最後に火照った体に潤いをもたらすアイスティーで締める。
「ごちそうさまでした。こんなおいしい朝食を食べるのは初めてです」
「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけて光栄に思います」
「トシさんって大袈裟ね」
「いや。それはエミリアがこの味に慣れているからであって普通一般的には……」
今朝の朝食について熱く語り始めてしまったことは割愛するとして午前中は魔法の特訓を受けることになった。エミリアから魔法について一から詳しく教えてもらうことになっていた。
まずは魔法について。魔法とは六つの系統があるとのこと。生まれつき得意な系統魔法は一つと決まっているらしい。
火・水・風・土・金・無の六つ。詳しく説明するとこうである。
火:炎を操る魔術がメイン。身体強化などもこちらになる。
水:水を操る魔術がメイン。回復系魔法も水系統になる。
風:風を操る魔術がメイン。上級魔術師になると自在に空を飛んだりもできる系統。
土:土や砂を操る魔術がメイン。罠設置など意外と応用力が高い系統。
金:いわゆる錬金術。いろんな素材から新たな物を作りだす魔法。商人や薬剤師に多い系統。
無:上記五つの系統に当てはまらない系統魔法。特殊魔法、特質魔法などと呼ばれる。
「ここまではわかりましたか?」
「なんとか」
「では続けますね」
さらには相性があるとのこと。火が得意な人は水が苦手といった感じだ。
火×水 風×土 火○風 水○土
逆に相性のいい属性魔法はかなりレベルの高い魔法まで習得できるらしい。錬金の金系統は特に苦手な魔法系統をもっていないかわりに上級レベルの魔法に達するのは難しいとのこと。無属性はいろんなパターンがあるらしく法則がないとのことだ。
「じゃあ次はトシさんの得意な系統を調べてみましょう。この水晶玉に手を置いてみて」
「はい。何かするのか?」
「とっさに船を変形させた感覚って思い出せるかしら?」
「うーん。あの時はたしか化け物を倒せる船を強くイメージしたような……」
「そのイメージを目を瞑って思い出してみてください」
「わかった」
目を瞑り船をイメージする。中古の船から化け物を倒せる軍艦へ変化させるイメージ……。
「目を開けて」
「はい。うおっ!」
水晶玉から強烈な白い光が放たれていた。あまりの眩しさに驚いてしまうほどだ。
「これって……どうなの?」
「金……かな?」
疑問系である。魔法を習得しているエミリアでも分かり難い結果がでているのだろうか。するとアリアさんが声を挟んできた。
「これは無に属しています。無の適正を持ってる方は少しだけ他の適正反応がでますので」
「わ、わかったわトシさん! トシさんは無の適正よ!」
「お、おう……それと少し金が混ざっているんだな」
となると火や水といったわかりやすい魔法は使えない可能性があるのか。うーん。説明聞いた限りでは火と水が実用性高そうに感じたのだが……無か。よりによって一番分かり難いものときた。
「ということはやっぱり船を変形させる力がメインの魔法なのかしら」
「金の属性反応が少しでてましたから他の系統も少しは扱えるかもしれませんね」
「おぉ……それは楽しみだ」
するとエミリアは人差し指を立て小さな火を点けた。ライターの火力レベルである。
「人差し指に集中して火をつけるイメージなんだけどやってみて」
「よし」
ライターをイメージしてみた。普段からよく使うものだしイメージは容易い。
「できたわね。一発でできるなんてすごい想像力ねトシさんって……」
「おお……もうライターいらねー」
初めて魔法を自分の意思で使った感想がこれである。その後も水、風、土、金の簡単な魔法を教えてもらったが全部できた。どこまでレベルが上がるかは不明だがかなり幸先のいいスタートをきったようだ。
「じゃあこの座ってる椅子を別なものに変える事ってできる?」
「ちょっとやってみる」
椅子に手を触れてイメージする。ふかふかのソファ……人をだめにするソファ……。
「……変わらないわね」
「だめか……」
さすがにイメージどおりのものがなんでも創造できるなんていったらチート能力すぎるわな。するとアリアさんが自室から船の模型をもってきた。木でできた帆船の模型である。アリアさんの趣味で作っているのだとか。
「船を変形させる力であればこれでも出来るのではないかと思いまして」
「試してみます」
小さい模型の船だし仮に変形しても問題ないだろう。そうだ。プラモデルをイメージしたらもっと確実ではないだろうか。そう考え俺のかつての部屋にある一年かけて造った模型をイメージしてみる。戦艦『山城』。独特で巨大な艦橋が有名で外国でも人気のある日本の戦艦だ。さすがに無理があるかと思っていると……。
「おお!?」
「すごいわ! これなんていう船!?」
「こ、こんな船……見た事もありません……ですが美しい」
できてしまった。どうやら俺の変形の能力は船関係にだけ働く魔法のようだ。という事はだ。俺の中古の船でこの魔法を使えば戦艦山城を再現できるのだろうか? いやまて……以前は駆逐艦ほどの大きで全力疾走後のような疲労感を感じていた。何倍もの体積がある戦艦になんて変形させてしまったらやばいだろう。
その後アリアさんはいくつも船の模型をもってきてくれた。色々試してみるとイージス艦に空母に潜水艦に屋形船に漁船まで俺の記憶にある船関係は全て再現できた。アリアさんは魔法で再現された模型たちに夢中でどんな船なのかと説明を求めている。
「これでトシさんの魔法が何なのかわかったわね」
「でも船関係でしか扱えないとなると限定的だよな。ギルドの依頼って海関係のものはあるんだろうか」
「全くないということはないと思うけど……安定した収入を得るのは難しいかも」
「だよな……」
「ならば金の魔法を伸ばしてみてはいかがでしょう。全系統が使えるのも金によるものだと思いますので」
「それがあったか」
金。つまりは錬金術。これも分かり難い系統だ。エミリアは水系統が得意で風と土系統も扱える。アリアさんは火系統で風と土も扱えるが錬金術に関しては二人ともさっぱりらしい。
「錬金術となると一番いいのは……学校よね」
「そうですね。魔術学校の錬金科が有名です」
「学費は払うわ。学校に通ってみるトシさん?」
「いや、そこまで世話になるわけにはいかない。まずは自力で稼げる道を探してみるよ。それで学費が貯まれば考えてみる」
「そう……あっ」
エミリアが何かに気づいたようだ。何かを含んだ笑みで俺を見ながらこう言ってきた。
「自力で稼いだお金ならいいのよね?」