プロローグ:旅立ちと膝枕
初めまして。まごーじといいます。
連載小説に初めての挑戦です。休みの合間を縫ってなんとか続けていけたらと思います。
俺には夢がある。世界の海を船で渡ることだ。海賊や海軍に憧れているのではなくただ海を旅してみたいのだ。
そんな俺の名前は浦賀俊。高校を卒業後就職。二十六歳の時に退職して貯めた金で中古の船を買った。このご時勢に安定した収入源もなくして何をしているんだと罵られつつも夢に生きる俺は船旅の準備を進めていた。
今思うと後悔してる部分もある。高卒とはいえ中々いい会社に就職できたし二十五歳の時には一年間だけだが支店長の役にも就く事ができた。彼女もいたし収入も安定していた。
彼女は俺の夢について理解があり別れを切り出したところで応援していると言ってくれた。両親には会社を辞めて彼女とも別れたと事後報告になったが許してくれた。夢が叶った後の事は相談にのってやるとも言ってくれた。
そして二年かけて準備は整った。停泊予定の港の手配。領海、国境、入国の問題。食料、燃料の問題も全て整った。これから始まるのは後悔ではなく航海だ。
「いってきます」
そう一言だけ呟いて港から旅立った。
出航して数日。フィリピンに向かっていた俺はある異変に気づいた。台風などの発生情報もないのに天候が荒れだしたのである。熱帯低気圧が発達しはじめたところなのだろうかと疑問に思っていると突然暴風雨に襲われた。
豹変。
雨、風、雷が渦巻く空間を俺は必死に生きようとしていた。掴めるものにしがみつき舵をとろうと努力してみたが衝撃で体が壁に激突。気を失ってしまった。
目が覚めると嵐は過ぎ去っていた。船に損傷もなく波は穏やか。さっきまでの嵐は一体なんだったのかと思うほどである。
「げ……通信機器が全滅してる……」
損傷は見受けられなかったが内部機器はやられていたようだ。フィリピンに着いたら修理しないといけないだろう。方角もわからなくなってしまった為、夜をまって星を見ながら航行しようと思った瞬間、目の前にとんでもないものが存在していた。
大きい蛇。どのくらい大きいかというと全長100m太さ10mってところだろうか。ぶっちゃけ化け物である。ってちょっとまて!! なんだこれは!! 新手の海坊主か!?
「ぅわ……うわあああああああ」
とにかく俺は叫んだ。恐怖によって支配された俺の心は泣き叫ぶことを選択した。その叫びも虚しく化け物は襲い掛かってきた。
その時、船が光で包まれた。次から次へと起こる異常事態に俺の頭はショート寸前だったが根本的なところで冷静だったようである。
「あの化け物をなんとかしなくちゃ!!」
そう声に出すと突然体から脱力感を感じた。膝をつき体の異変を確かめる。100m走を全力疾走したあとのような疲労感に悩んでいると轟音が鳴り響いた。
目を疑う光景がそこにはあった。俺の船に砲がついていた。口からは煙が上がっていた。ふと化け物を見てみると顔の少し下の部分に大穴が開いていた。化け物は奇声をあげると海に沈んでいった。
「これ……昔の軍艦か?」
明らかに中古で買った船の姿ではなかった。鋼鉄に身を包んだような船体。艦橋に主砲に機銃。写真でしかみたことないがWW2時代の駆逐艦とよく似た姿になっていた。
「夢だな。うん夢だ」
そう思い瞼を閉じた。異常な疲労感もありすぐ眠りにつけた。
しばらくすると体を揺さぶられる感覚に陥った。
「あと五分……」
「お兄さん! お兄さん! 大丈夫!?」
「お兄さんって俺妹いないけど……」
ゆっくり体を起こして声の方向を見てみる。すると白髪……いや銀髪の少女が俺を起こしていた。腰まである三つ編みが特徴のかわいらしい娘だ。てか誰だこの娘。
「……どちらさまでしょうか?」
「あ、えっと……エミリア・ハリケーンと言います。先ほどは危ないところをお助け頂きありがとうございました」
「助けた? 俺が?」
「先ほど海王マンダと闘っていたのですが手も足もでず……諦めかけていた時、突然海王の体を何かが貫いて……」
それって夢の中にでてきたでっかい蛇の事だろうか。という事は……。
「まだ夢の中だったみたいだ」
「え? あ、ちょ!? また寝ようとしてる!」
「だって夢の中なんだもん。おやすみエミリア」
「…………」
さて、今度はちゃんと起きようと思っていると頭を持ち上げられた感覚に再び起こされてみる。
「何をしてらっしゃるんですか?」
「いえ、せめて膝枕をと……。よくよく考えたらあれだけの魔力を消費して疲れないわけがありませんでした。ごゆっくりおやすみください」
「……お、おやすみ」
美少女の膝枕で眠れるなんていい夢だったじゃないか。数年に一度あるかどうかのいい夢に違いない。少し起きるのがもったいないと感じつつも早くフィリピンに辿りついて船を修理せねばならんのだ。
(ぼくの世界にようこそ。異世界の旅人さん)
「今度は誰だよ」
(この世界の管理者ってところかな。とりあえず必要な情報だけ君の中に詰め込んでおいたよ)
「必要な情報って何のことだ?」
(この世界の知識さ。さっきだってエミリアって少女と普通に会話できてたみたいだからね。問題なさそうだ)
「一体何の話をしてるんだ?」
(すぐに理解しろとは言わないさ。普通じゃない出来事に遭遇してるわけだからね。とりあえず僕の言うこと聞いてもらえるかな)
「わかった聞くよ」
(君は元の世界で船旅をしていて暴風雨に襲われて海王マンダに出会いエミリアを助けた。ここまではわかるかな?)
「そして変なやつに話かけられている。今みてる夢の内容だろ」
(変なやつって……まぁ夢だと思っているみたいだけどそれが現実なんだよ)
「現実だって?」
(君はあの暴風雨で異世界に飛んでしまったってわけさ)
「そんな馬鹿な」
つまり、船出→暴風に襲われる→異世界に飛ぶ→海王とかいうのを倒す→エミリアに出会う→変なやつにその説明を受けている。これがリアル、現実だと言うのだろうか? そんなファンタジーな話あってたまるか。俺は世界の海を渡りたいんだ。
(残念だけど元の世界に戻すことはできないんだ。でもこの世界もいいところだし、まだ人間が未到達の海域だってあるよ。そっちのほうが燃えないかい?)
「み、未到達の海域だと?」
(あ、やっぱり興味ある?)
ある。ここが異世界でまだ未知の海域があるということは浪漫あふれる話じゃないか。俺の常識では地球で未到達なのは深海や地中深くに宇宙といったものだ。表面の世界は衛星やらなんやらで全てわかっている。
「興味はある。未知との遭遇は男の浪漫じゃないか」
(よかった。目が覚めたらこれが現実だってのが嫌でもわかるはずだから、あとは何とかがんばってね)
「おう。ありがとな」
そうして目が覚めると陽が落ちプラネタリウムの世界が飛び込んできた。あまりの美しさに半目でぼーと眺めているとある事に気づいた。見知った正座や星が一切見当たらない。幼い頃から望遠鏡を覗いてきた俺にとってこんな星の配列は見た事がなかった。ということは……夢で話した内容は本当に……。
「おはようございます。結構長い事目を覚まされなかったので心配しました」
「おはよう……どのくらい寝てたの?」
「半日ってところでしょうか」
「半日って……ずっと膝枕してくれてたの!? 足大丈夫!?」
「もう感覚もありませんがすぐ治ります」
すると彼女は手から青白く輝く光を発した。それで足を撫でるようにするとぴょんっと立ち上がった。
「もう治りました」
「そ、そうですか」
「あの……」
「ん? どうしました?」
「失礼でなければお名前を教えていただけませんか?」
「浦賀俊だ」
「ウラガトシさんですね。よろしくおねがいします。改めて私はエミリア・ハリケーンです」
ハリケーンとはかっこいい名前じゃないの。すごくいい。
「ウラガトシさんの魔法ってすごいですね……。船をあんなに大きくしたりする魔法なんて聞いたことないですが……」
言われて気づくと船は元の大きさに戻っていた。砲もなくなっているし中古で買った船そのものだった。
「あ~トシでいいよ。エミリア」
「で、ではトシさんで……」
何やら顔を赤くしてもじもじしてる。かわいいなぁ。するとエミリアはとんでもない事をいいだした。
「こんなに男性の方に交際を求められた経験がなくて……その私なんかでよければ……」
「へ? 交際?」
「だって名前を呼び捨てで平気で呼ぶなんて……付き合ってもないのに恥ずかしいです」
常識の違いってやつか。この世界では名前で呼び合うのが夫婦の決まりみたいなものなのだろうか。ここは正直に経緯を話すことにした。このままではいらぬ誤解が生じる可能性が高い。
「……異世界からですか」
「そうゆう人って他にもいたりする?」
「昔話や伝承でそういった者がいるというのはありますが……実際に聞いて目にしたのは初めてです」
「そうか……これからどうしよう……」
女々しくしているとエミリアは俺の頭を撫でてくれた。励ましてくれているのだろうか。自分より小さな女の子に慰めてもらうなんて……ちょっといいかも。
「とりあえず港に帰りませんか?」
「それがいいな。方角はわかるか?」
「これが港町を指しているコンパスです」
手にもって位置を動かしても針の先が向く方向は一緒だった。
「これってもしかして魔法とかで?」
「そうですね。各港町では帰りやすいようにとこういったコンパスが売られていますよ。海に出る者はみなどこかの港のコンパスを持っていますね」
「なるほど」
そもそも魔法とはなんぞ。あれか。手から火や水出したりとかか? それとも何か召喚したりするのか? 未知の海域もそうだが身近にあるこの魔法からまずは手を出してみるか?
「そういえばさっき船を変形させる魔法を使ってましたが、あれもとっさにって感じですか?」
「全く魔法を使ったって実感はない。でもあの形状の船には見覚えあるからとっさに……だったんだろうな」
「あんな大規模な魔法を異世界からきてすぐ使えるなんて……」
「魔法って難しいのか?」
「基礎的なものでしたらほとんどの人が使えるようになりますよ」
「俺も勉強したり修行したりしたらできるようになるかな?」
「あれだけの魔法を行使できたのであれば大丈夫だと思います」
「じゃあ港に戻ったら練習して……あっ」
待て。俺はこの世界でどうやって暮らしていけばいいんだ? 海をさまよって魚でも釣って過ごすか? まずい。とりあえず拠点となるような場所を探して食える状態にしなくては……。
「あの……よかったら私の家に来ませんか?」
「…………」
「助けてもらった恩もありますし……何よりあの海王を一撃で下したんです。港の皆さんも受け入れてくれますよ!」
「……いいの?」
「もちろんです。仕事が見つかるまでいてくれても構いません! 別に一生いてくれて……こほん! とにかく安心してください」
「では、お言葉に甘えて」
「はい!」
なんとか問題は解決しそうだ。港に着いたらエミリアの家でお世話になることになった。すぐさま働き口を探して家賃の一部でも支払わなくては……。落ち着いてきたら魔法の習得に取り掛かるとしよう。そして最終的には……。
――――未知の海域へ!!