狂気に支配される少女と復讐に囚われた男
群にはルールがある。人類、蟻などのおおよそ社会を構成する生き物に取っては当然のことだ。だから、そこからはみ出したモノや敵対するモノには社会全体で協力して殲滅をはかるのだ。
抉れた目、砕かれハミ出した脳髄。死屍累々の無残な残骸を踏みしめて、私たちは進む。そんな社会を維持するために。この深い森に潜む人類の敵を滅ぼすためにここに来たのだ。
木々が生い茂る邪魔な草木をかき分けて、私がしばらく歩いていると場違いなほどに綺麗な白いワンピースを着た少女がいた。なぜ、こんな辺境に少女が!?
「やった会えたわ! 嬉しい!! エリ、私に会いに来てくれたのね」
大好きな人に会えたのだろう。歓喜の声。私はそんな声高い少女の朗朗とした音吐に反応し、彼女を凝視する。どう見ても、可憐な少女。端正な顔に緑眼、金色の髪がワンピースによく映える。
「オティーリエ!?」
だが、こいつは危険だ。殲滅対象4290316番。今回のターゲットだ。私はこの作戦の隊長ダヴィート・ガウエイン。
「惑わされるな!! エリオス、あいつは1桁台の被験者だぞ!! オティーリエは15年前に死んだんだ」
ガキの頃からの友を餌に人類の仇なす敵を葬りさる。これほど酷いことがあるだろうか。だが、私は家族を、友をオモチャのように殺し、喰らったコイツを許せない。そして、あの惨劇から15年の間、ずっと復讐の機会を伺っていた。これがようやくまわってきたチャンスなのだ。
「わ、わかっている」
吃るように慌てて頷く友を見つめて、少しの罪悪感と憐憫の情を持ってしまう。私は知っているのだ。オティーリエとエリオスの関係を。
だって、彼とはガキの頃からの友人だったから。あの美しい少女のような化け物は元エリオスの婚約者。いや、あの化け物が人類だった時と言うべきか。
「エリオス、そんなに怯えないで。ああ、周りにいるゴミたちが煩いからそんな目をしているのね? すぐに片付けるわ」
アレクトラル連邦共和国はとんでもないことをやってくれたよ。何が人類の進化だ。化け物を生み出しただけじゃないか!!
「あ、あああ!!」
肉眼で捉えきれないほどの速さで動くとは!? 部下たちが次から次へと悲鳴をあげる。視界に広がる凄惨な光景。部下らの腕や足がもぎ取られている。いや、落ちている彼らの千切れた腕や足の所々に生々しい噛み跡がある。あの一瞬で喰われたのか!?
「エリオスを中心に隊列を組め!! これならば奴も大規模な現実空間情報操作を行えないはずだ!!」
恐怖で足が竦まないように歯を食いしばってそう指令を出す。人類はとんでもないモノを作り出してしまった。
「フフフ、鈍間ね。それにしても人間はとても美味しいわ」
そう言って、千切れた部下の腕を美味しそうに咀嚼して呑み込んでいく。くそ、化け物め。
「そんな人間ばかり食っていたら体に悪いぞ? 喰らえよ!! 私の積年の恨みを!!」
人類がやられてばかりだと思うなよ!! 私は大型の装填可動式弩砲に思念情報遮断の魔装弾を装填し、ぶっ放した。
「どこかで、見たことあると思ったら、まだ生きていたの? ダヴィート?」
一瞬だけ、驚いた顔をした化け物は魔装弾を軽やかに躱すとそんなことを言ってきた。くそ、スピードが違いすぎる!!
「ほう、私の名前を覚えていて貰って光栄だよ」
私は口元を釣り上げてそう言ってやる。化け物のくせに人間のように話しかけるなよ!!
「覚えているわ! あなたは私たちの故郷ジェニース村で泣き叫んでいたものね。やめてくれ、私の家族を! 妹を食べないでって!!」
ああ、覚えているよ。おまえは村のみんなを捕食したんだ。忘れるわけがない。
「そうそう、お兄ちゃん。私はあなたの妹でもあるのよ?」
そう言って、奴の小柄な体がさらに小さくなる。クリーム色の髪にダークブラウンの瞳。ま、まさか…
「お兄ちゃん、やめて!? 私は生きてるの。だから、殺さないで!」
「妹の顔になるのはやめろ!? 声を真似するな!」
この化け物が。くそ、妹を騙るなよ。ああ、妹が汚れるだろ!
「それにしても、脳味噌に電極を刺して、人体改造してもその程度なのね。ガッカリだわ」
私の頭から生える電極を見て、見下したような表情でそう言ってきた。いや、この化け物は私は見下しているのだろう。修練に修練を重ねて。それでも足りない力の差を苦痛が伴う脳領域拡張電極移植手術で埋めようとした馬鹿な男であるこの私を。
「エリオス、早く私と一緒にずっと生きましょう? こんなゴミどもなどといても意味なんてないわ」
視線を私からエリオスに移して、彼に語りかける。やめろ、エリオスはまだおまえのことが…
「エリオス、逃げろ。早くここの森から駆け抜けろ」
このままでは勝てない。利用しておいてなんだが、彼は私の友人だ。生き延びて欲しい。身寄りのなくなった私たちは軍に所属するしかなかったのだ。私はエリオスがこの作戦に参加することは反対だったのだ。だが、上層部の意向に逆らえるはずもない。せめて、逃げてくれ。
「…あ、あああ」
私は奴に攻撃をしようと再び装填可動式弩砲を掴もうとした。だが、その瞬間、オティーリエが凄まじい速さで私の首を掴み持ち上げてきた。小さい私の妹の姿で…
なんと、滑稽な。なんのために私はここまで生きてきたのだろう。苦しい。空気が吸えない。
「ようやく、あなたとゆっくり、話す機会ができて嬉しいわ」
私を腕を折、大地に捨てると元のオティーリエの姿に戻る。ああ、激痛で意識が飛びそうだ。視界に映る我が友とその元婚約者だった存在が重なる。
「ねぇ、覚えている? あの村にあった高台の鐘の前であなたが約束したことを?」
優しげに微笑む彼女。それを前にエリオスは表情を引きつらせている。ああ、逃げろよ。馬鹿が!!
「返事をくれないの?」
そう言って、エリオスの前に首を伸ばして眺めるオティーリエ。
「あなたは愛しているって言ってくれたわ。そう、永遠に私だけを…」
恍惚という表情は彼女のためにあるのだろうか。そう言わんばかりに満面の笑みを怪しげに浮かべるオティーリエ。
「嬉しかったわ」
淡々と語る彼女の声音はまるで恋い焦がれた少女のモノように純粋であり、扇情的だ。
「でも、あなたは永遠を生きれないわ」
「…な、なにを言って」
怯えた顔を引きつらせるエリオス。突如といて彼を抱きしめる彼女。
「見て、私はあの頃のまま、でもあなたはどう見ても老いたわ」
幾度も死線を乗り越えてきたエリオスにそれを言うのか? 彼はここに立つためにどれだけ苦労したと思っているのだ。いや、わかっている。彼女が彼をどうしたいかは…
「愛してるワ。あなたを喰べたいくらいに。一つになりましょう?」
私の上に溢れる赤い血。流れ飛び散る脳髄。ああ、これが地獄という奴か。生きたまま食われる人間をまたこの目で見ることになろうとは…
───私の意識はそこで途絶えた。




