第八十三話
ゴブリンの集団との戦闘から数日後。それから後は特に大きなトラブルもなくアルハレムの一行は、ギルシュの王都「ウルフポリス」に辿り着いたのだった。
「ここが王都か……。やっぱり賑やかだな」
「うん。それにマスタロードよりずっと建物とか人の服が綺麗」
「アルハレム様とアリスンさんは王都に来たことがないのですか?」
馬車の窓から王都の様子を見ているアルハレムとアリスンにリリアが訪ねる。
今この馬車にはアルハレムとアリスンにアストライア、そしてリリアの四人が乗っていた。
この旅が始まってからリリア達五人の魔女とアリスンは「自分がアルハレムと一緒の馬車に乗る」と強く主張していて一歩も譲らず、誰がどの馬車に乗るかを決めるためだけに何度も仲間割れに発展しそうになった。それを防ぐためにアストライアは「二台の馬車にはそれぞれ四人ずつ乗って、誰が乗るかはくじ引きで決めろ」と数日前に取り決めて、今日の所はこのメンバーとなったのだ。
朝のくじ引きでこのメンバーになったときリリアとアリスンは狂喜乱舞していたが、他の魔女はひどく落ち込んでいた。今頃もう一台の馬車の中では四人の魔女達が暗い顔や拗ねた顔をして王都の景色を眺めているだろう。
「ああ、そうだ。俺とアリスンは自分達の領地からあまり出たことがなくて、他の領地に行ったのもライブが治める領地ぐらいなんだ」
アルハレムがリリアに答えると、サキュバスの魔女は首をかしげて新たな疑問を口にした。
「あの、これは生前のお父様から聞いたのですが、貴族の方々はよく宴を開いてそこで他の貴族と知り合ったり自分の子供を紹介したらしいのですけど、今はそういう宴はしていないのですか?」
「宴? ……ああ、もしかして社交界のこと?」
今は滅んだ大国の大神官であったリリアの父親が生きていたのは今から二百年以上昔である。その頃からも社交界に似た宴があったことに軽く驚くアルハレムだった。
「社交界ね……。一度も行ったことはないな。興味もないし」
「私も」
アルハレムとアリスンが興味無さげに答えるとアストライアも頷く。
「それが賢明だな。確かに貴族同士の係わり合いは大事だがそれは相手によるし、そんな事に金を使うくらいなら軍備に回した方がずっといい。私は過去に一度だけ、今の爵位を継承した時に社交界に出たが面倒なだけだったぞ」
心から面倒そうに貴族らしからぬ言葉を漏らすアストライアに、リリアは戸惑った顔をする。
「え? それでいいんですか? お父様の話だと宴……社交界は将来の結婚相手を探す大切な場所だと聞きましたけど……?」
「フッ、リリアよ。私よりもお前の方がよっぽど貴族らしくないか? 別に構わんよ。結婚相手なんか自分で見つければいい。実際、マルスとアレスは私自身が見つけて婿にしたのだから」
アストライアはリリアに誇るように答えると二人の男性の名前を口にした。
「マルスとアレス?」
「マルス義父さんはアイリーン姉さんとアルテア姉さんの父親で、アレス父さんは俺とアリスンの父親だよ。二人とももう死んでしまったけど、マルス義父さんとアレス父さんは双子の兄弟で、元々は旅の傭兵だったんだ。それで傭兵としては優秀だったのを見抜いた母さんが、二人とも自分の婿に迎えたってわけ」
初めて聞く名前に首をかしげるリリアにアルハレムが説明するとアストライアがそれを聞いて頷く。
「そうだ。マルスとアレスも私と同じくらいに剣の腕がたって頭が回り、何よりいい男だった」
「それは……アルハレム様のお父様でしたらそうでしょうけど、旅の傭兵の兄弟をお婿さんに迎えて大丈夫だったのですか? 面子とかを気にする貴族とかに何か言われませんでしたか?」
「当然言われたな」
リリアの質問にアストライアは懐かしい顔をして答える。
「マルスとアレスを婿に迎えると、リリアの言う面子を気にする貴族達が何人も押し掛けてきてな。『旅の傭兵などを婿に迎えるなど正気とは思えない、貴族の誇りを保つためには傭兵などをより自分達の方が結婚相手に相応しい』と下心が丸わかりな台詞を言ってきたので……」
「きたので?」
「その貴族達を魔物と戦っている戦場に連れていって『私の婿となるならば、その前に私と共に戦ってくれる力と勇気を見せてもらいたい』と言ってやったのだ。そしたらその貴族達は全員泣きながら逃げていって、それ以来私の結婚に口出しをする奴はいなくなったな。……それにしてもあの時の貴族達の慌てよう。今思い出しても笑いが込み上げてくる。フフッ……」
過去の事を思い出して笑いを堪えるアストライアにリリアは唖然となり、アルハレムとアリスンは話に登場した貴族達に同情してため息を吐くのだった。




