第五十八話
魔物が現れて戦闘になってから数分後。
ダンジョンが作り出した五十体を越える植物の人形達は、そのほとんどがアイリーンとアリスンの二人によって短時間で破壊され、被害を最小限にひかえて戦闘は終了した。
しかしそれでも兵士達の中には数名の怪我人が出ており、アルテアはそんな怪我をした兵士達の前に立つと、自分の手のひらを兵士達の怪我をした箇所に向けた。
「気を楽にして。すぐにすむから」
アルテアがそう言うと彼女の手のひらから暖かな光が放たれて、光に当てられた兵士の怪我が少しずつ治っていく。
これがアルテアの固有特性「癒しの光」の効果。
アルテアは自分の輝力を消費することで他人の怪我を癒す固有特性を使って、城の兵士達だけでなく領民達の怪我も分け隔てなく治してきた。そのことから怪我を治してもらった人々は彼女のことを「慈悲の聖女」と感謝の念を込めて呼んでいた。
「さて、そろそろいいでござるか? 皆、『大きいヤツ』が出てくる前に先に進むでござるよ」
怪我をした兵士達の治療が完了したのを確認してツクモが周囲に呼び掛ける。
「大きいヤツ? 何ですかそれは?」
「先程の植物の人形と同じ、このダンジョンが生み出す人工の魔物でござるが、こちらはダンジョン内に入り込んだ敵の排除が専門なのでござる。当然、植物の人形よりずっと強くて……あちゃあ」
アルハレムの質問に答えていたツクモは言葉の途中で顔をしかめて頭に手を当てた。
「噂をすれば影、でござるか……」
次の瞬間、地面が大きく揺れて盛り上がった。植物の人形が現れた時も地面が盛り上がったが、今回のはそれよりずっと大きかった。
盛り上がった地面から現れたのは土と岩でできた一体の巨大な人形。
背丈は成人の男の三倍以上あり、武器らしいものは持っていないが、岩の突起に包まれた足元まで届く両腕が凶悪な印象を与えていた。
土と岩の人形を見ながらリリアがツクモに訊ねる。
「あの巨大な人形はどれくらい強いのですか?」
「植物の人形よりは数段強いでござるな。だけど動きは単調でござるから、戦乙女なら充分勝てるでござるよ」
「そうですか……」
「何よ? 貴女があの人形の相手をするの?」
アリスンの言葉にリリアは首を横に振って否定する。
「いいえ。あの人形と戦うのは……アルハレム様です」
『なっ!?』
リリアの言葉にこの場にいるほとんどが驚きの声をあげる。驚きの声をあげた者達の表情からは「アルハレムでは勝てない」という考えが見てとれて、それが彼の僕であるサキュバスにはこれ以上なく不満だった。
リリア達はこの一ヶ月間マスタノートの城で暮らして、そこで城内の人間の中にアルハレムを下に見ている者がいることを知った。
戦乙女でないアルハレムが優秀な戦乙女である母親に姉、妹より戦闘能力が劣って比較されるのは仕方がない。だが、それだけでアルハレムよりも強いわけでもないのに、彼を下に見る者がいることはリリアにとって到底我慢できることではなかった。
(丁度いい機会です。今のアルハレムには戦う力があることを、ここにいる無知な者共に見せつけてやります)
「アルハレム様」
「……ああ、分かったよ」
リリアの考えを理解したアルハレムは僅かに嬉しそうな笑みを浮かべると、僕のサキュバスと口づけをを交わした。
戦闘中にいきなり口づけを交わしたアルハレムとリリアの姿にほとんどの人間が驚くが、魔物使いとサキュバスは周囲の人間の声に耳を貸すことなく、口と口を介した輝力の補充を行う。
「……ぷは♪ これで準備完了です。アルハレム様、ご武運を」
「ありがとう。リリア」
「にゃー……。あの、お二人さん? 二人の仲がよいのは分かったでござるが、今はそんなことをしている場合じゃ……にゃに!?」
周囲の人間を代表してツクモが話しかけようとした時、アルハレムの体が青白い光、輝力の輝きに包まれた。




