第五十六話
休憩が終わるとアルハレム達は三十数名の兵士達を率いていよいよ魔物を生み出す森に突入した。
森の中は一見静かな普通の森だったが、すぐに普通の森とは違う異常が感じられた。
鳥や獣どころか虫の鳴き声すら聞こえない完全な静寂。
巨大な無数の樹木が壁のように左右で列をなしてできた森の深部へと続く緑の道。
確かにここは百年以上昔にエルフ族が一人の魔女、霊亀の力で造った森の迷宮のようだ。
森から感じられる異質な雰囲気に兵士達は緊張した表情で前に進み、その兵士達の前にはアルハレムを初めとするマスタノート家の四姉弟に六人の魔女、それにビスト伯のライブを加えた十一名の兵士達の指揮を執る集団が歩いていた。
「ツクモ。お前は以前、このダンジョンの最深部へ行ったと言っていたが、そこまでの道は覚えているのか?」
「覚える必要なんてないでござる。これも前に言ったでござるよ? このダンジョンには核にされた霊亀の意思が宿っていると。霊亀の意思はツクモさん達を自分を助けようとする味方だと知っているでござるから、こうして罠も回り道もない一本道のルートを用意してくれているでござるよ。だからこのままこの道を進めば一時間もしないうちに霊亀が封じられているエルフ族の街へと着くでござる」
集団の先頭を歩くアイリーンが隣で歩くツクモに訊ねると、猫又の魔女は気楽な調子で説明する。
「そうか」
「ただし……。このダンジョンには霊亀の意思以外にもエルフ族の『エルフ族以外の外敵を排除しろ』という命令が宿っているでござるからな。ときどき霊亀の意思を無視して突然ダンジョンの形が変わる等の防衛機能が働くので油断は禁物でござる。そう……」
そこまで言ったところでツクモは気楽な表情を真剣なものに変えて足を止め、アイリーンも足を止めると後ろの兵士達にも手で止まるように指示を出した。
「こんな風に」
「っ!? 総員、戦闘準備!」
ツクモの言葉を合図にしたように森の地面、樹木の壁がいくつも盛り上がって異形の影が姿を現し、それにいち早く気づいたアイリーンが兵士達に指示を飛ばす。
地面、そして樹木から現れたのは植物でできた人形らしきものだった。
背丈は人間の子供くらいだろう。外見は木の葉や草を集めて無理矢理人の形に固めたような姿で、手には背丈の倍以上ある木製の剣や槍等を持っていた。
その植物の人形はここにいるほとんどの人間、マスタノート家に関する者達にとって見慣れたものだった。
「何ですかこの不細工な人形達は?」
「………?」
「魔物? 生き、物、なの?」
「コイツらがマスタノート領で暴れている例の魔物だよ」
突然現れた植物の人形の群れを見て首をかしげるリリア、レイア、ルルにアルハレムが答える。
今ここに現れた植物の人形達こそが、マスタノート家がこの地を治め始めた頃から戦い続けてきた魔物だった。いくら倒しても何度でも森から生み出され、森の外に出てきては領民や旅人を襲ってきた正体不明の魔物の群れ。
「その正体はこのダンジョンの防衛機能が外敵を排除するために作り出した人工の魔物でござる。時折森の外に出て人々を襲うのは、ダンジョンが外の人間を『侵攻しようとする外敵』と誤認して、それを排除しようとしたからでござる」
「……まさか我がマスタノート領、最大の問題であるこの魔物達が、百年以上昔に自滅したエルフ族の傲慢の産物であったとはな。こんな木偶人形相手にいつまで戦っていて、情けないやら腹立たしいやら分からないな」
「まあ、いいじゃない。このダンジョンを攻略して霊亀を助ければ、もうこの魔物達も出てこなくなって皆安心して暮らせるのだから」
ツクモの言葉にアイリーンが複雑な目で植物の人形、ダンジョンが作り出す人工の魔物を見ていると、彼女の横に進み出たアルテアが敵を前にしながらリラックスした表情で姉に笑いかける。そしてその後ろではアリスンが自分の武器であるハルバードを構える。
「どうでもいいから早くやりましょうよ、お姉様。いつものように蹴散らせばいいだけでしょ?」
「フフッ。それもそうだな。……では、いくぞ勇敢なるマスタノートの兵士達よ! この木偶人形との因縁、この戦いで終わらせるぞ!」
アリスンの言葉にアイリーンは小さく笑うと腰の双剣を引き抜いて掲げると兵士達を鼓舞し、兵士達もそれに己の武器を掲げて大声を上げることで応える。
「いやいや~。相変わらずオットコ前でござるな、アルの姉と妹は」
魔物の群れを前にしても物怖じせず、兵士達に絶大なカリスマを見せたアイリーン、アルテア、アリスンの三人の姿にツクモが呟くとアルハレムが苦笑しながら頷いた。
「本当に……。あの三人の姉と妹と一緒に歩くのって結構大変なんですよ」




