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第四話

 魔女。


 それは人間の女性によく似た姿をした魔物の総称である。


 美しい姿とは裏腹に強力な力を持ち、また雌しか生まれないので種族を維持するために他の種族の雄を襲うという魔女は、魔物の中でも特に恐ろしい存在とされていた。


 何故、魔女がそこまで恐れられているかというと、その最大の理由は「魔女もまた戦乙女と同じように輝力を使える」という点だろう。


 人間の女性は一部の女性しか戦乙女になれない、輝力が使えないのに対して魔女は生まれてくる全ての子供が輝力を使うことができる。人間を上回る魔物の身体能力を更に輝力で強化できる魔女の戦闘能力は戦乙女の上をいくと言われている。


 そしてサキュバスは無数の種族がある魔女の中で最も有名な魔女の種族である。


 歴史上で最初に確認された魔女の種族こそがサキュバスであり、一説によれば世界に存在する全ての魔女の種族はサキュバスから派生して進化したとされている。今ではサキュバスの目撃例はないが、それでもサキュバスの存在は世界各地で語り継がれていた。


 アルハレムは目の前で巨大な鳥籠に囚われているリリアが魔女で、しかもサキュバスだという事実に呆然となり、ただ彼女の姿を見ていることしかできなかった。


「それで?」


「……は?」


 リリアに声を投げ掛けられアルハレムは思わず間の抜けた声を出した。


「は? じゃなくて、貴方の名前ですよ。私はもう名乗ったのですから貴方も名乗るのが礼儀なんじゃないですか?」


「あ、ああ、そうだな。……俺の名前はアルハレム。アルハレム・マスタノート。……冒険者だ」


 アルハレムが名を名乗ると、リリアは形のいい眉をわずかに動かして見定めるように彼を見つめる。


「冒険者……。確かクエストブックに選ばれたヒューマンでしたね。何でもクエストブックに書かれた試練を全て達成すると女神に願いを叶えてもらえるとか」


「よ、よく知っているな……」


 記憶を探るように話すリリアに、魔物がクエストブックについて知っているとは思ってもいなかったアルハレムは驚きを隠せなかった。


「昔、お父様から教えてもらったことがありますから」


「お父様? そう言えば君、父親が大神官だって言っていたな。それで母親がマリアスって名前のサキュバスで……って、マリアス!? ま、マリアスが母親って、まさか……あの伝説の?」


 アルハレムはリリアの自己紹介を思い出したところで何かに思い当たって目を見開き、そんな彼の驚く様子を見てリリアは誇らしげに頷く。


「その様子だと私のお母様のことを知っているようで嬉しいですわ。そう、お母様はかつてサキュバスの全部族を統べる女王であり、たった一人で人間の軍隊を退けたこともある最強のサキュバス。私はそんな『伝説のサキュバス、マリアス』の娘なのです」


「……そうか、君があの『伝説のサキュバス、マリアスの娘』か」


「………あれ? 今、微妙に何か違いませんでしたか?」


 リリアは自分の発言とアルハレムの発言にわずかな「ズレ」を感じて首をかしげるが、それに気づかないアルハレムは言葉を続ける。


「子供の頃に聞いたことがある。二百年ほど昔にマリアスと呼ばれる強大な力を持ったサキュバスが、今は滅びた大国の大神官を拐い、大神官との間に一人のサキュバスを生んだって話を……。

 そのサキュバスは何を考えたのか、母親から受け継いだ力と美貌を使って、父親が生まれた大国を滅ぼそうとしたそうだ。サキュバスはたった一人で国の騎士団を壊滅させ、主だった王族や貴族を次々と魅了して操り、国は滅亡の一歩手前まで追い込まれたらしい。

 しかし最後には国の王子と王子に従う戦乙女によって倒され、封印された悪名高き伝説のサキュバス『マリアスの娘』。

 ……それが君なんだね?」


 アルハレムが語ったのはこの世界に古くから伝わる伝説だった。


 かつてこの大陸には栄華を極めた一つの大国があったが、ある時を境にその大国は急激に国力が衰えていき、やがて無数の小国に分裂してしまった。そしてそれの原因として伝わっているのが「マリアスの娘」の伝説である。


 たった一人で国を傾けたサキュバス「マリアスの娘」の伝説は、姿を消したサキュバスの存在を今も人間達の間で認識させ、魔女という存在を恐ろしいものと思わせる大きな要因となっているのだが、当の本人である「マリアスの娘」はというと……。


「…………………………え? 何ですか? それ?」


 と、目を丸くして驚いていた。


「え? 何ですかって……君が伝説の『マリアスの娘』なんじゃないのか?」


「確かに私のお母様はマリアスですし、今アルハレムさんが言った伝説(?)にはいくつか心当たりがありますけど、自分から国を滅ぼそうとしたことなんてありませんよ?」


「……そうなのか?」


 目の前のサキュバスが嘘を言っているように見えずアルハレムが尋ねるとリリアが頷く。


「ええ。何で私がお父様の故郷を滅ぼさないといけないんですか? それにお母様とお父様は誘拐した、されたの関係ではなくて、お互いに一目惚れして駆け落ちしたんですよ?」


「か、駆け落ち?」


 予想だにしなかった話にアルハレムは言葉を思わず呟き、そんな彼をよそにリリアは「そうですか……。外ではもう二百年も経っていたのですか……」と遠い目をしていた。

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