第二十三話
(……おお、女神イアスよ。これは何かの試練なのでしょうか?)
友人であるビスト伯がいる屋敷に向かうため、街中を歩いていたアルハレムは空を見上げると、この世界の全てを創造した女神イアスに心の中で問いかけた。
アルハレムは今、これ以上にない苦行を歩んでいた。もしこれがクエストブックのクエストなのだとしたら、達成時の報酬に神力石を十個くらいは貰わないと割に合わないと思う。
『………』
街の住人達は皆、通行人も露店の商人達も驚愕の表情でアルハレムを、いや正確には彼の隣を見ていた。
アルハレムの隣にいたのは種族特性で人間の姿となり、リリアから借りた衣装……体の秘所を隠す機能しかない極細の帯を身に付けたレイアだった。
(やっぱり目立つよな……)
隣に歩くレイアを横目で見てアルハレムは胸の中で一人ため息を吐く。
人間に変身してもしていなくてもレイアは皆が振り返るほどの美人だ。それが裸同然の格好で、しかも歩く度に艶のある黒髪と豊かな乳房を揺らす姿は正に注目の的だった。
「お、おい……。何だあの女?」「スゲェ美人……! でも何で裸なんだ?」「いや……何か帯みたいなのを身に付けていないか?」「あんなの裸と同じだろ」「もしかしてあの女、戦乙女か? 戦乙女には大胆な服装をする奴がいるけどよ……あれは大胆すぎないか?」
周囲から街の住人達の声が聞こえてくる。
「おかあさん。何であのお姉ちゃん、裸なの?」「しっ! 見てはいけません!」「それより女の隣にいる男は誰だ? もしかして女の恋人か?」「だとしたらとんだ変態だぜあの男。自分の女にあんな格好をさせるんだからな」
言葉とともに投げかけられる街の住人達の視線がアルハレム達に突き刺さる。
(うう……もう嫌だ……)
「………? ………♪」
穴があれば入りたい心境のアルハレムの歩調が遅くなると、隣を歩くレイアが首をかしげてから彼の腕を引き寄せて抱き締める。
「なっ!? レイア!?」
『…………………………!?』
レイアにしてみれば早くいこう、という意思表示のつもりなのだろうが、彼女の豊かな乳房がアルハレムの腕に当たって変形したのを見てこの場にいた全ての男達が絶句した。そして一瞬の沈黙の後に起こったのは、一人の男に対する男達の嫉妬と怒りだった。
「あ、あの野郎……! なんて羨ましい真似を……!」「俺達に対する当て付けか? そうなんだな?」「どうだった!? やっぱり柔らかいんだよな!?」「チックショウ! 金払うから代わってほしいぞ!」「憎い……! あの餓鬼が憎い……!」「嫉妬で人を殺せたら……!」
(な、何だか周りの視線が強くなったような……? というか男達が今にもこちらに襲いかかってきそうな目で見ているんだけど? お、俺、何かしたか?)
周囲から向けられる男達の怒りを通り越してもはや殺意すら感じられる無数の視線。それらを全身で感じたアルハレムは針のむしろにいる気分だった。
「ふふっ♪ アルハレム様、大人気ですね♪」
ビスト伯に会いに行くのを諦めてここから逃げたそうかとアルハレムが本気で考えていると、背後から彼にだけ聞こえる音量の女の声が聞こえてきた。技能の透明化を使って体を透明にしているリリアの声だった。
アルハレムもまたリリアにだけ聞こえる音量の声で答える。
「ふざけるな。こんな人気なんかいらないっての」
「照れないでください♪ ……それにしてもアルハレム様の隣にいるのがレイアだけと思われるのは気に入りませんね。私も姿を見せましょうか?」
「それだけはやめろ。お前今、正真正銘の全裸だろうが」
アルハレムの言う通り、今のリリアは唯一の衣装であった極細の帯をレイアに貸しているため、一糸纏わぬ姿で後をついていた。もしこの状況で全裸のサキュバスが現れたら一体どんなことになるのか……恐ろしくて想像もしたくない。
「透明化しているから皆が私を見えていないのは分かっていますけど、裸で街中を歩いて沢山の人達に見られていると……胸がドキドキしますね♪」
「……前から薄々思っていたけど、お前やっぱり露出狂だろ」
「失敬な。何で私が露出狂なんですか。私の裸はアルハレム様だけのもので、簡単に人目にさらす安っぽいものではないですよ」
ジト目となって話すアルハレムにリリアが心外そう返すが全く説得力がなかった。
「……でも」
「でも、何だよリリア?」
「でもアルハレム様が姿を現せと言うのでしたら……忠誠の証として、私……」
「さっきからお前言っていることが無茶苦茶だよ! 忠誠の証って何だよ!? 俺はそんなこと望んでいないからな!? ……もういいから行くぞ!」
リリアとの会話に耐えられなくなったアルハレムは、二人の魔女を連れて一刻も早くビスト伯の屋敷に向かうことにした。




