第二百二十四話
「エルフの子供?」
「にゃ~、外見で判断しては駄目でござるよ。エルフ達は寿命が長い代わりに体の成長もゆっくりで、あれでもアルハレム殿よりも歳上でござるよ」
アルハレムの呟きにツクモが訂正をする。
猫又の魔女が言う通りエルフは、人間種に属する五つの種族の中で最も寿命が長いと同時に体の成長が遅い種族として知られている。エルフ達は最初、ヒューマンの半分のスピードで体が成長するのだが外見が二十代くらいになると成長するスピードは更にその半分、ヒューマンの四分の一となるのだ。
そのため種族全体で容姿が整っている上に若い姿を長期間保っていられるエルフは、この世界で最も美しい種族と呼ばれているのであった。
「猫又……。それに私達のことを知らないってことはこの辺りの人間じゃない?」
ツクモ、そして彼女と話しているアルハレムを見て、エルフの集団でリーダー格らしい外見は少女のエルフが疑問を口にする。
「その通りでござる。ここにいるアルハレム殿は中央大陸の……」
「貴女には聞いていないわ。黙りなさい、猫又が!」
「……にゃ?」
猫又の魔女が自分の主である魔物使いの青年を紹介しようとすると、少女の姿をしたエルフが怒鳴るように言葉を遮る。その言葉からは隠しようのない嫌悪の感情が感じられ、見れば他のエルフ達も嫌悪の感情がこもった視線をツクモやアルハレム達に向けていた。
「私はこの周辺の領地を治めているエルフの領主シンの娘リン。……それで? 貴方の名前を聞いても?」
「俺はアルハレム・マスタノート。中央大陸にある国、ギルシュから来たギルシュの勇者だ。そしてここにいるのは俺の仲間達だ」
少女の姿をしたエルフ、リンに名前を訊ねられてアルハレムが名乗ると、それを聞いたリンの片眉が上がる。
「中央大陸から来たギルシュの勇者? ……それであれは貴方達がやったの?」
そう言ってリンが視線を向けたのはつい先程アルハレム達が退治した悪食蟻の死骸の山だった。特に隠す事でもなかったのだ魔物使いの青年は質問に答える事にした。
「ああ、そうだ。ついさっき俺と俺の仲間で退治した」
「……そう。私達も最近数を増やしている悪食蟻を退治しにきたのだけど、貴方達が退治してくれたのね。ありがとう。お陰で助かったわ」
悪食蟻を退治したアルハレム達にリンは感謝の言葉を述べるが、棒読みで実際には感謝の気持ちなど欠片も無い事は明らかだった。
「でもこれで貴方がここにいる理由は無くなったでしょ? 用が済んだのだったら早くこの森から出ていってくれないかしら?」
「……何?」
口調こそ丁寧ではあったが内容は完全にこちら見下したリンの言葉にアルハレムが眉を僅かにしかめる。
「さっきも言ったと思うけど、この周辺は私の父が治めている私達エルフの土地なのよ。……はっきり言ってそこに貴方達のようなエルフ以外の人間の種族や猫又がいるのは目障りなのよ。分かったら……ひっ!?」
強気な態度でアルハレム達に言葉をぶつけていたリンだったが、その途中で小さい悲鳴を上げて言葉を止めた。
『…………………』
リンが悲鳴を上げて言葉を止めた理由は、アルハレムとツクモの背後にいるリリアを初めとする彼の仲間達の視線だった。自分の主、または兄を明らかに見下した少女の姿をしたエルフの言葉は魔女達と戦乙女の怒りを買い、強大な力を持つ彼女達の怒りの視線はエルフ達に恐れを懐かせるには充分すぎた。
「う……! と、とにかく早く中央大陸に帰ることね! 皆、行くわよ!」
リリア達の怒りの視線によってすっかり気圧されてしまったリンは青い顔をしてそれだけを言うと仲間のエルフ達を連れて立ち去っていった。そしてリン達の姿が見えなくなってしばらくした後、リリアが不満気な表情で口を開いた。
「全く何なんですかあのエルフ達は? アルハレム様に向かってあんな失礼な事を言うなんて。アルハレム様が止めなかったら全員骨の十本か二十本へし折っていたのに」
リリアの物騒な言葉にアルハレムとツクモ以外の全員が頷く。実際魔物使いの青年が視線で止めていなかったら間違いなく彼女達はエルフ達に襲いかかっていただろう。
そんな戦乙女の妹と魔女の仲間達に魔物使いの青年はため息を吐いて言葉をかける。
「落ち着けってお前達。あのリンってエルフの言葉が本当だったら、この辺りを治めているエルフと事を構えるのはまずいだろう? ……それにしてもあのエルフ達、やけに俺やツクモさんを敵視していたな? エルフはヒューマンや猫又と和解したんじゃなかったのか?」
「にゃ~、それなんでござるが……」
アルハレムの漏らした言葉にツクモが言い辛そうに口を開いた。
「これは最近隠れ里で聞いた話なのでござるが、どうやらツクモさんがマスタノートに行っていた十年の間にエルフ達の一部に変な動きが出始めたらしいのでござる」
「変な動き?」
「そうでござる。今は一線を退いたエルフの長老達が若手のエルフ達に何やら吹き込んでいるらしいのでござるよ。……そしてその、エルフの長老達というのがエルフこそが至上の種族と信じて疑わない者達で……」
僅かにヒスイの方を見ながら言うツクモを見てアルハレムは全てを理解した。
「なるほど。確かにそんな長老達の影響を受けたら、あのリンとかいうエルフ達がああなるのも当然ですね。……はぁ」
ツクモの態度から察するに、恐らくは百年以上前にヒスイを拐ってマスタノート領に魔物を生み出す森が作り出したのにも、そのエルフの長老達が多少は関わっているのだろう。
しばらくはここにとどまるつもりであったアルハレムだが、そうなると隠れ里の猫又達の誘惑に加えてあのリン達のようなエルフに関わっていくことになると思うと魔物使いの青年からため息が漏れた。




